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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

公爵令嬢よりもこっちの方が性に合ってるわ!!

作者: 猫なの

婚約を破棄する、ですってえ!!??

直ちにこの家から出ていけ、ですってえ!!??


卒業パーティーに多くの貴族たちの前でボンクラ王子に婚約破棄を言い渡され、さらには目の前でぶりっ子男爵令嬢とのラブロマンスを見せつけられた。

その後帰って早々両親には絶縁するから出て行け、と。


私、元公爵令嬢エリザベス18歳、現在腸が煮えくりかえって仕方がないのである。



金目の物は全て取り上げられた。

私専属メイドだったメリッサがこっそり、少ないのですが、と申し訳なさげにお金をくれた。

「お嬢様、私も一緒に……!」

「ダメよ! 貴方、結婚したばかりじゃない? 何バカなことを言っているの? フフッ 大丈夫よ、むしろこんな家出て行けて清々するわ!」

「お嬢様……」

ああ、メリッサ、この恩は絶対に忘れないわ!


ドレスは目立つだろうと脱ぎ捨て、持っている中で一番目立たなそうなワンピースを着た。本当は動きやすい服を着たいのだけど、淑女には必要ないと捨てられたので仕方がない。


机の引き出しを乱暴に空け、地図を探す。

確かにここに入れてあったはずなのよ!

私は片付けが苦手だ。部屋はメイドが掃除するのでともかく、机の引き出しの中なんかはごちゃごちゃだ。

ようやく探し出すと、部屋を出て物置部屋から大きなリュックを持ち出した。


次に厨房に忍び込むと、その大きなリュックに食料を入るだけ詰め込んでやった。

夜だったから料理人はいなかったし、ついさっきまで公爵令嬢だった女が、宝石などはともかく食料だなんて、こんな乞食みたいなことをするなんて思いもしなかったでしょうね。簡単に忍び込めたわ。


フンッ、もうこの国に用はないわ!!

あんなボンクラが王になって、あんなぶりっ子が王妃になるのならば、滅んでしまえばいい!

私は勢いよく外に飛び出した。


夜中、外には飲んだくれか荒くれ者しかいない。

飲んだくれや荒くれ者共は、私をギョッとしたように見ると避けていった。

失礼な人たちね。


私は早々にこのアメリア王国を出た。

歩いて隣国、ハイリル帝国まで行くつもりだ。

ハイリル帝国……。

ほんの一瞬、幼い頃に会った男の子のことが思い浮かんだ。


馬も乗らずに、それも夜更けに一人で、そんなことが出来るのは高ランクの冒険者くらいだ。

怒りにまかせた衝動的な行動ともいえる。

しかし私にはそれが出来るだろう自信があった。

私の魔力は膨大で、制御は下手くそだけど、ぶっ放すだけならそこらの魔物や獣くらいは簡単に葬れる。

水や火は魔法で出せるし、食料も大量にかっ攫ってきたわ。

体力は根性でなんとかする。


――――走って、走って、走り続けた。

どうにも頭に血が上って仕方がなく、朝になるまでに走り続け、6匹の魔物や獣を葬った。

朝陽を見ると、ようやく落ち着いてきて、道ばたに倒れ込んだ。

疲れすぎている。

身体が泥や、魔物や獣の血などで汚れている。

スカートは破れてボロボロ、走るためのものではないオシャレ靴は途中使い物にならなくなって捨てた。

ふと足を見ると血だらけだった。

身体のいたるところが擦り傷だらけだった。

しかし精神がそれを拒否するように益々力がみなぎってくるような気がした。

そんなことどうでもいいと本能が言っていた。


――意外に魔物や獣が多かったわね。

近道をしたのがいけなかったかしら。

そういえば、この道はとても危険だから絶対に通ってはいけない、緊急事態に高位の騎士や高ランクの冒険者を連れて通ることがあるくらいだ、って誰かが言っていたっけ。今思い出したわ。

でも、隣国まで馬車で行ったなら一週間、歩いて行けば20日以上はみるべきで、そんなチンタラして行くのは面倒だと思ったんだもの。

まあいいわ。どうにかなったんだから。

えっと、あと何か言っていたような気がするわ。

何て言っていたかしら……?


ああ、身体に強化魔法をかければ、馬車よりも速く駆けて行ける、なんて言っていた。


私は直感的に思った。

――――私にはそれが出来る。出来るに違いないわ。


その時ハッとする。

靴もなしにこんなに走ってこれて、こんなに傷だらけで、痛みをあまり感じない。

食料がパンパンに入った思いリュックを、背負っていることさえ忘れていた。


もしかして、私すでに強化魔法をつかって……?


「フフフフフッ、ウフフッ、フフフフフッ」

私は思わず笑いが漏れた。


笑い声を上げたまま、私は飛び上がるように起き上がって走り出した。


ようやく自覚して身体で感じた。

私は今、途轍もないスピードで駆けている。


「フフフッ、フフ、フハッ、アハハハハッ、ハハハハハハッ!!!」

これが笑わずにいられようか!

自身の才能の素晴らしさといったら!


途中、2メートル以上はある大きな魔物が襲いかかってきたが、巨大な火の玉をつくって投げつけた。あまりに雑に投げるので直撃することはなかったが、かすっただけで体中を燃やし灰になった。

そしてドカーンという爆発的な音ともに地面を削って、土埃が舞い上がった。


その土埃の中を止まることなく走り抜けた。


「いつもいつも、制御制御と鬱陶しかったのよ!!!!」

私は思うままに叫んだ。



途中、お腹が減ったと思って休憩することにした。

あまりに酷い傷は苦手な治癒魔法で治した。


リュックから食料を取り出した。

肉を中心に入れてきた。

肉を火で焼いてそのままかじりついた。

私は料理が苦手なのだ。

すると、止まることなく、マナーも何もなく、必死に獣のように食べていた。

ようやく落ち着いた後、私は呆然とした。

そして理解した。

これだけ魔法をつかったのは初めてだったわ。

なるほど、確かに魔法をつかった後はお腹がすくと思っていたけれど、これは魔力を補うためだったのかもしれない。


3日足らずで隣国にたどり着いた。

私は地図を読むのは得意だし、方向感覚がとても良いから迷わずに来られた。

ただ食料は腐っていたので助かった。


私のあまりのボロボロな格好に門番には心配された。


「君、襲われたのかい!!?? 大丈夫か?」

「ええ、お気になさらず。それよりも入れてくれないかしら? えっと入国料はおいくら?」

「いやいやいや!」


門番は慌てて私を奥の部屋に通すと、水と身体を拭くタオルと服を用意して出て行った。

せっかくだからと軽く身を清めて、用意された服を着て門番を呼んだ。

入ってきた門番は目を見開いていて驚いた様子であった。

身綺麗になった私があまりの美しさだったので驚いたのだと思われる。


その後改めて入国料を聞くと、メリッサにもらったお金が半分以上が取られるようだった。庶民の相場はよく知らないけれど、知らないから余計に、入国料を払ってしまうと今晩の宿代や夕飯も心配になる。

払えないと言うと、身ぐるみを剥がされたのだからそうだろうと頷かれて、後で払いに来てくれればいいと言われた。身分証も必要らしいが私は持ってきておらず、それもまたそうだろうと頷かれ、同じく後ででいいと言われた。

保護名簿に書いておくと言われた。そういう者はそういう対処をするらしい。


「この恩は忘れないわ」

私がそう言うと、門番は照れたように笑った。


身分証を作るのに手っ取り早いのは冒険者ギルドに登録することらしく、またそこではお金を稼ぐこともできるらしい。


冒険者ギルドに行くと、受付で説明を受けた後、登録をすました。

名前の欄を書く時に、エリザベスと書くのも嫌で、適当にエルという名で登録した。


私はふと思う。

――剣が欲しいわ。


私は公爵令嬢でありながら剣術が得意だった。

魔法よりも剣の方が好きだった。

それにこの国に来るまでの全く人気のない道ならともかく、街の周辺で制御が下手な魔法をつかうのは危険だろう。

現実的にも剣が必要だ。


ともかくもお金がなければ剣も買えない。

依頼を受けよう。依頼達成でお金が稼げるらしい。

難易度が高いほど稼げるらしい。

初めは討伐依頼といったらゴブリンくらいしか受けられないらしいけど仕方がない。


依頼書の並ぶ掲示板を眺める。

ゴブリン討伐依頼の紙を見つけると、ビリッと剥がして冒険者ギルドを後にした。


今日、やり方くらいは知っておきたい。それに少しでもお金があると安心だわ。


冒険者ギルドの登録時にもらった簡単な地図を取り出して一瞥すると、すぐにしまった。ゴブリンがいるという森の近くまで身体強化して走って行くと、サクッと5匹ほど倒した。

やはり森には冒険者が何人も魔物を倒しに来ているので、小さい魔法しかつかえなかった。途中、ハッとひらめいて、手足を強化して殴って蹴ってすると簡単に潰せたので、ああ、これはいい、と思った。


ゴブリンの耳を持って冒険者ギルドに戻り、依頼達成を報告しに行くとお金をもらえた。宿屋を紹介してもらったけど、宿代くらいにはなるようだった。


宿屋に行って部屋に入ると、緊張の糸が切れたように意識がプツンと切れた。



――目が覚めると、お腹がすいたと思う。

お金だけ持って宿を出た。


太陽が眩しい。昼のようだった。

少し見て回ると、屋台が並んでいたので、そこで肉や果物を幾つか買って食べた。

まだまだ足りないけれど仕方がない。今晩の宿代くらいは残しておかないと。

今日はゴブリン倒しまくってお金を貯めて、夕飯、満腹になるまで食べ尽くそう。

うん、そうしよう。


昨日段取りは分かった。迷いもなくサッとゴブリン討伐依頼の紙を剥ぎ取った。

どうやら、ゴブリンなどは常に討伐依頼が出されているらしい。


今日は38匹倒した。それ以上はゴブリンを見つけることが出来なかった。

結構お金はもらえた。結構と言っても高が知れているけれど。


そして冒険者ランクが上がった。

ランクが低いうちは、強者ならば簡単に上がるようだ。



夜、賑やかな飯屋に入ると、どんちゃん騒ぎの中、私は黙々と食べ尽くした。

私のテーブルには空になった皿が積み上げられていた。


宿代や食べ物や相場は大体分かったから、メリッサにもらったお金も投入する。

宿代以外のお金全部なくなってもいいわ。

明日の朝ご飯が食べられないのは難点だけど、ゴブリン倒せば昼からは食べられる。とにかくお腹が減って仕方がない。


ようやく分かったけれど、メリッサはそれなりのお金をくれたらしい。

節制をすれば一ヶ月はもったかもしれない。

でもメリッサ許して、今日一日で、それも夕飯だけでなくなるわ!

まあ、メリッサは私の性格を分かっているでしょうから大丈夫でしょう。

目に浮かぶわ。

こんな私を見たらきっと困ったように笑うのでしょうね。フフッ


でも明日から少しずつお金を貯めましょう。

剣も買いたいし、早々に入国料も払っておかないと。

たしか一週間以内と言っていたから。


「――いい食べっぷりだなあ」

近くの席の酔っ払いが関心したように、そして少し引き気味に言う。

「フンッ、腹が減って仕方がないのよ!」

私がそう言うと酔っ払い共は可笑しそうに笑った。

「そうかそうか! じゃあ、これやる。これも上手いぞ!」

「いいの?」

「ああ、いいさ!」

「ありがとう!」

そうすると、何人もの酔っ払いが私の皿に料理をのせてくれた。

ラッキーだったけれど、私の格好が薄汚れているから同情してくれたのかもしれないわね。


せっかく門番にもらった服は泥やゴブリンの血が少し付着しているし、傷もあって、髪もボサボサ。

この国にたどり着いた時のことを考えたら今の姿はそこまで酷いと思わなかったから、別にいいかと思っていたけれど、明日水浴びでもしようかしら。

そういえば宿のおばさんも嫌な顔をしていたし、この飯屋の店員も疑惑の目を向けていたからお金はあると見せたのだ。

それくらいは汚いのだろう。

服の汚れは落ちないだろうから、服は買わなければならないわ。


あああ! どうしてもお金が入り用ね!!



◇◇◇



1ヶ月後

入国料も払ったし、服も2着買った、ちゃんと身綺麗にもしていて、毎食爆食いしている。


そして今日、ようやく剣を買いに武器屋に来た。

高いものはまだ買えないけど、それなりのものは買えるくらいは金が貯まった。


ギルドの職員や飯屋で知り合った冒険者は、防具を買えとうるさいが、それよりも剣だ。おさがりの防具をやるとも言われて付けてもみたこともあったけど、動きづらいったら!

後で買わなければとは思うけど、それは金に余裕が出来てから高い防具を買うことにした。高ければ動きやすいのもあると言っていたから。



私は武器屋で剣を見定めていた。

少しくらいなら剣の善し悪しが分かる。

ああ、やっぱり良い剣は高いわね。


そして格安のところに目を向けた。

こういうところに、呪いだなんだと訳ありだけれど最強の剣があったりするのよ!


「坊主、この剣だけは辞めておけ?」

キタ!! これね、この禍々しい剣!


――私は最近男に間違われることが多くなった。

私は元々可愛らしく女らしい顔ではなく、美形と言われるような顔つきで、女であれば美女の類いだ。

胸はペッタンコというわけでもないが少し小さめで、動きやすくするために布をキツく巻いているのでいつもは平らである。

服装も動きやすいものにしているため女らしさはない。

髪は後ろで適当に縛っているが、男でも髪が長く縛っている人は時々見掛ける。

まあ、男に変に絡まれるのは面倒なのでそれでいい。

そう思って、最近は一人称も「俺」と言っている。


「この剣がどうかした?」

「これは使い手を選ぶんだ。

受け入れられなかった今までの持ち主は切り刻まれて――」

「ああ分かった。これを買う」

「は?」

「最強なんでしょう?」

「まあ、途轍もない切れ味ではあるだろう。しかし――」

「いくら?」

「だからなあ――――ちょッ!!!?」


私は躊躇せず剣を抜いて、一振りしてみる。

うん、手によく馴染む。

異常なほどの一体感がある。


「な、なにを……!?」

「何もなかったけど?」

「……ああ、そうだな。しかし……。うーむ」

「いくら?」

「もう、知らん! 持ってけ! タダだ!」

「本当? ラッキー!」



私は早速森の奥までやって来た。

剣を抜く。

身体強化した。

身体強化は魔力を注げば注ぐほど力は強くなるが、魔力を多量に注ぎすぎると身体から漏れ出てしまう。まあ、私の魔力が規格外だからなのでしょうけど。

しかしここ1ヶ月で、全てとまではいかないまでも、大体は身体に魔力をとどめることができるようになった。


剣の強化も、剣も身体の一部と考えれば身体強化と要領は同じだろう。


目を閉じて、集中する。

剣との一体感がより一層高まった感じがする。


気配を感じて目を開けると、大きな魔物がこちらにやって来ていた。


――イケるわ!!


私は魔物に猛進していって、そのままの勢いで、全力の一振りをする。



魔物が真っ二つになるのだった。

飛び散った血が顔に付いた。



私は思わずニヤッと笑った。

「これが一番、性に合ってるわ!!」



そして思った。

「こっちの方が性に合ってるわ!!」



公爵令嬢だった頃の煌びやかな生活よりも、この血にまみれた生活の方がよっぽど、私の性に合っている。


公爵令嬢だった頃、違和感があった。

面倒だと思っていた。全てが。


私は今までにないほど清々しい気持ちになった。


――私は剣を振って血を払った。

後ろで縛っていた髪をほどく。

剣をうなじに当てると、髪をバッサリと切り捨てた。


金の髪がサラサラと風に舞って飛んでいくのだった。



◇◇◇



3年後

私は3年でAランク冒険者に上り詰めた。

もうすっかりこの生活にも馴染んだ。


今日私は門番のパウロさんに会いに行っていた。

この国にボロボロでやって来た時に、服をくれたり、冒険者ギルドを教えてくれたりして世話になった人だ。


「これ、美味かったから買ってきた」

そう言って私は、高級菓子を渡した。

私は甘いものが好きだ。公爵令嬢だった頃はそれだけが唯一の楽しみだった。

そんな舌の肥えた私が言うのだから間違いはないはず!


「ああ、嬉しいが、いつももらいすぎだ」

「別にいいって言ってるじゃん。あんたにはここに来た時世話になったし」

随分出世したので金はあった。

メリッサに恩返しするために相当な金を貯め込んでもいる。

それでもあまりあるくらい金はあった。

Aランク冒険者ってのは結構儲かるらしいわね。


「だから、そんなことは仕事の範囲内でやったことで、それもたいしたことをした覚えはないよ」

「いや、あの時、無理矢理入国料を取られてたらヤバかった。保護って措置があったとしても、面倒くさくてそんなことしない奴もいる」

「まあ、助かったと言ってくれるのは嬉しいけどさ。

でももっと自分のために金つかえよ?」


「そうは言っても、食費には目一杯つかってる。剣はこれでいいし、防具もこの前変えたばっかりだしなあ。ポーションなんかも治癒魔法あるから必要ないし。ドレスなんてもう着な――」

「――――それだよおお!!!」

パウロさんは堪えきれなくなったように言った。


「おかしいだろ!!? お前女だったよな? なのに何で男のフリしてんの? しかも何でAランクになってんの!?」

「ハハッ!」

パウロさんがあまりにも動揺しているので私は思わず笑った。


「別にいいじゃん!」

「別に良くはないが」

「普通に、男に間違われることが多かったから、それでいっかって思っただけ。

男だと思われてれば男に変に絡まれないしな」

「なるほど」


「それに、俺がAランクになるだなんて当たり前じゃねえか。

俺は強いからなあ!」

自信満々に言うと、パウロさんは呆れたようにため息をついた。


「まあ、パウロさんだから言うけど、俺は、いや、私の本当の名前はエリザベス。実は昔、とある隣国のとある公爵令嬢でとある王子と婚約をしていたの。けれど婚約は破棄され、家も追い出された。王妃になるためにあれだけ我慢して我慢して我慢し続けたのに……!!」

「何言っているんだ……? はあ、冗談か……」

「私がダンスだ、お茶会、パーティーだ、とやっていられると思う?」

「いや?」

「分かってくれた? どれだけ大変だったか」

「全く」

「あっそ! ま、昔のことはもうどうでもいいけどさ」

パウロさんは信じていない、という風を装っているようだったが、私があと一言二言昔のことを話せば信じ始めそうな予感はした。

「嘘だぜ?」

私はそう言っておく。

「だよなあ!!」

パウロさんは安心したように頷いた。

この人騙されやすいんだろうなあ……。



「――もうすぐ、Sランク冒険者のレイズが戻ってくるってよ?」

いつもの飯屋で夕飯を食べていると、そんな会話が聞こえてきた。

「Sランク冒険者?」

私がそれにわって入ると、「そういえばエルは3年前に来たんだったか」と言って話し出した。

ここにいる人たちはほとんど顔見知りだ。私はエルと名乗っている。


「ちょうどあんたと入れ替わりで、長期の依頼を受けてこの街を出て行ったんだが、それがもうすぐ帰ってくるらしい。レイズと言えば剣聖の呼び名で有名だぜ? 知らないのか?」

「知らねえよ?」

私はそう言って口いっぱいに肉を頬張った。

うん、相変わらず美味しいわ。

でも、まだまだ足りねえ。そう思って追加を注文する。


口に出す時は、もちろん女口調にはしないし、冒険者たちと話している内に勝手に乱暴な言葉遣いになっていった。

そして、頭で何かを思い考える時は、長年の話し口調がそこまで変わることはなかったが、だいぶ無意識に乱暴な言葉を思うようになった。


その内、公爵令嬢だった時の口調を忘れてしまうのかもしれないわね。

まッ、別にどうでもいいけど。


「剣聖ってことは剣がすごいんだな。フーン」

「お前、余計なことすんじゃねえぞ?」

「余計なことってなんだよ?」


でも、Sランクになるための試験官、頼んでみるのもいいかもしれない。


ランクの低い時は依頼を達成していくことでランクが上がっていったが、Bランクからは高ランク試験官の元、試験に受からなければならない。

Sランクになるためには、Sランク冒険者の試験官が必要で、Sランク冒険者はこの国に3人、試験を行うことすら難しい。

試験内容はもっと困難。これまでとSランクに上がるのは全くの別物だ。


そこまでSランクにこだわってはいないんだけど、Sランク冒険者が戻ってくるっていうならせっかくだし。



それから少しして、レイズというSランク冒険者がこの街に戻ってきた。


冒険者ギルドの中ではたくさんの人たちがレイズって人を囲んでいた。

人をかき分けて背伸びしてみる。


うーん、おっさんね。

ガッシリとした体型の40代くらいのおっさん。大きな剣を背負っている。

へえ、大剣を振り回すというのもいいと思っていたのよ。

でもやっぱり動きやすい方がいいかと思って。


少し人が減ってきて、ギルドマスターがおっさんに話しかけ始めると、皆気を遣ったように散っていった。私はラッキーだと思っておっさんに近づく。


で、でかい……。

予想以上の背の高さに驚いた。2メートル以上は絶対にある。私は165センチで、男とすると背は低い方なので若干ムカつく。


私はほとんど真上を見て言う。

「俺はAランク冒険者のエルだ」

おっさんは少しキョロキョロしたあと、ふと下を見て私に気が付く。うぐぅ……。


「お、おお。どうした?」

「俺はSランクの試験を受けたい。あんたに試験官をお願いしたいんだけどダメ?」

「……死ぬかもしれないぞ?」

「フンッ、死ぬかよ」

「そう言って死んだ奴が何人もいる」

「あっそ。でも俺は死なないから大丈夫」

「忠告してもそう言う奴は大体死んだ」

「フーン。ダメってこと?」

「知ってるか? Sランクの試験は今までの試験とは違う。試験官はただ見てることしかできねえ。死にそうでも助けてやれねえんだ」

「死にそうにもならねえな」

……面倒くさい奴。


「……このチビは何だ?」

おっさんがギルドマスターに聞くと、ギルドマスターは困ったように言った。

「この子はたった3年でAランクまで上り詰めたのですよ。それで、なんとなく分かるかと思いますが、自信過剰で無計画で無鉄砲、なのです」

「実力は?」

「確かではあるのですが……」

「なんだ?」

「私はあのような品のない戦い方はどうかと……」

「別にいいじゃん? 強けりゃ」

私がそう言うと、ギルドマスターは呆れたようにため息をついた。

「まあ、お前は昔から神経質だったからな」


おっさんは私の肩に手を乗せると言う。

「悪いが試験官は引き受けない。Sランクの試験官は残酷なんだ。

俺には無理だ。こんなチビ見殺しにするのは心が痛む」

「むう、何度死なねえと言えば」

まあいいや。私は諦めた。こっちだってこれ以上頼み込むのは面倒くさいし。


「だが、コイツの言う品がねえって戦い方は少し興味がある。

見てやってもいいぜ?」

「へえ、じゃあお願い」

私は不敵に笑った。



次の日、ギルドの地下訓練場でおっさんと対面していた。

周りにはたくさんの冒険者たちが野次馬に来ている。


「いつでもいいぞ?」

おっさんはそう言って、軽く剣を抜いた。


強者に斬りかかれることに私は興奮していた。

けど、若干苛つきもしていた。


こんな所で本気出せるわけないけど!?

ギルドが吹っ飛ぶわ、マジで本気になったら街すらなくなるわよ!


ただのAランクだったら、制御しながらもまあまあ本気出せるかもしれないけど、私はAランクでもずば抜けている。正直Sランクの試験でさえ楽勝と思っているくらいだし、本気のほの字も出せねえわ!!


「チッ」


身体強化すると、剣に魔力を注ぎながらおっさんに猛進して行った。


これでおっさんが受け止めなかったら、この訓練場は半壊するからなッ!

一応は加減してるんだから、いいでしょ!

もう! 面倒くせえなあ!


「――――ちょ!!? おま」

近づくにつれて、おっさんは慌てたように私を止めようとした。

自分が受け止めなければ、訓練場がとんでもないことになると分かったのだろう。


私は構わずにおっさんに向けて剣を振るった。

その途中で私の剣は止まる。

おっさんはちゃんとその大剣でもって受け止めてくれたのだ。


私は思わずニヤついた。

まあ、これなら安心して多少は動ける。


剣と剣がぶつかったその瞬間、風が吹き荒れて、観戦していた冒険者たちは慌てて訓練場から出て行った。


その後、間を空けることなく、速攻して斬りかかって、その度におっさんは必死な形相で受け止めた。

もう少し、強めでも大丈夫か?

私は見極めるように、少し強くして剣を振ると、訓練場の壁が風圧でヒビがはいり始めた。


「うえ?」

思わずこれはヤバいかもと思って一瞬動きを止めると、おっさんは私の剣を弾いた。


「ゴラアアアアア!!!

あ、危ねえだろうがよお!

俺が受け止めなかったらとんでもねえことになるところだっただろうがよお!!」


私はそんなおっさんを気にせずに言う。

「フウ、少し、スッキリした」


ストレス溜まってたかな?


その後、私は証拠隠滅のため、ヒビが入った壁に土属性の魔法をつかって修復を試みる。

「うーん」

「修復は出来たな」

壁は所々不自然に盛り上がっている。


「ところで何だ? お前のその魔力は。正直驚いたぞ。

俺の知っている中でもこれほどの魔力量を誇る奴はいねえ。

それにあれだけの魔力をほとんど身体強化につかうなんてなあ」


「ああ、俺も、俺より魔力の多い奴を見たことがない」

「それで、どうして剣なんだ? これだけの魔力量を持っているのに」

「魔法ぶっ放すのも結構好きだぜ? でも制御が下手くそなんだ」

「確かにな」

おっさんは不自然に盛り上がっている壁を見て苦笑した。


「あとは好みの問題。俺はこれが一番スカッとする」


そう言うと、おっさんは面白げに私を見た。


「いいな、お前」

「何が?」


「お前のその雑すぎるな戦い方、俺は好きだぜ?

本当にスカッとするためだけに剣振ってるって感じだな」

「まあそうだけど」

「正直、お前とは本気の戦いをしたくないと思ったぜ。

お前だったら、Sランクになれるだろうな」


「もう、別にいいよ。そこまでSランクになりたいわけじゃない。

今まで通り魔物ぶっ倒して、たくさん飯食えればいいんだ。

ただ、Sランクのおっさんが戻って来て、せっかくだし、受かる自信しかないし、頼んでみただけ」


「おっさんって……俺、剣聖……。フウ、まあいいや。

ていうか、そんな程度だったのかよ……! Sランク試験以外でも、Sランクになる方法があるって教えてやろうとしてたんだが」

「へえ?」

「もしお前が、あり得ねえが万が一にもSランクレベルに達していたら、試験官やれねえ代わりに勧めようと思ってたんだよ」

「何ソレ?」

おっさんはポケットから一枚の紙を取り出した。


「時々、国から重要機密の特別依頼が出されることがある。

それはギルドマスターとSランク冒険者にしか知らされない。

その依頼は、Sランク冒険者か、ギルドマスターかSランク冒険者が推薦する者が特別に受けることができる。

依頼達成すれば、国から報奨金がもらえるし、大役を務めきったとなったら国王直々に褒美がもらえる。つまり、Sランクにしてもらうことができる。

どうするよ?」


「受ける。国の特別依頼とか面白そうだし」

「面白そうかよ? ――じゃあ、手を出せ」

手を差し出すと、おっさんは私の手に何やらでかい判子のようなものを押し当てた。

「熱ッ!!?」

「これで、お前はこの依頼のことを誰にも話すことができない」

「いきなりすんなよ。まあいいけど」

「依頼はいくつかある。気になるやつを言ってみろ」


私はおっさんに差し出されたその紙を受け取って目を通した。

要人護衛、要人暗殺、超危険な魔物の討伐、超危険地帯での採取……。

「……?」

「何かあったか?」

「――このアメリア王国の革命軍の援助、またある人物の捜索保護って」


「ああ、我が国、ハイリル帝国の第一王子シオン殿下の依頼だ。

まあ、隣国のアメリア王国は今の王になってからいろいろと大変でな。

それで革命が起ころうとしている。今、アメリア王国は混乱していて危険な状態だ。王の陰口を言ったものなら、それだけで不敬罪とされ、多くの貴族、一般市民が処刑されている。

アメリア王国が無能な王の所為でハイリル帝国もいろいろと被害を被っている。

革命軍に加担しろってことだな。

革命軍の頭は元第二王子だ。第一王子が即位してから追放されたんだな」


「……知らなかった」

私は呆然として、青ざめていった。


「こんなに酷いことになったのは本当につい最近の話だし、今あの国から出るのは難しい状況だから知らなくても無理はない。だが、なんとか脱出した人々が逃げてくるのは時間の問題で、あと少ししたら周知の事実となるだろう」


「メリッサ……! それにあの子……、ああ、なんてこと……!」


私は頭を抱えた。

メリッサの困ったような笑顔が頭に浮かぶ。


それに気弱で私のことを姉上と呼んで慕ってくれた第二王子のクリストファー殿下も、追放されてしまっただなんて……!


「わた……俺、これ受ける!

ボンクラな王をぶっ飛ばさねえと気が済まねえ。

…………この革命は絶対に成功させなきゃならねえ」


それは私の使命とも言えるかもしれないわ。

――――やはり、ケリを付けなければならないようね……。


「それに、ある人物の捜索保護、とあるけど、俺も捜して助けたい人がいるんだ……! 迷惑はかけないと約束するから」

メリッサ……。


「うーん、そんな個人的な私情で依頼を受けちゃあいけねえ」

「……ッ」

おっさんは取り乱している私の頭を乱暴に撫で回した。

「って言う奴もいるだろうが、分かった。それを受けよう」

「本当?」

「ただ、こちらにも捜したい人がいるということは話しておこう。

それでもいいというのなら受けよう」



◇◇◇



次の日、私はおっさんと王宮に向かった。

王宮に行くと、ちゃんと話しは通っていたようで、すんなり中に入ることができた。


応接室まで行く道のり、おっさんが私に言う。

「あまり無礼なことはするなよ? 言うなよ?」


実は依頼主のシオン殿下とは幼い頃に会ったことがあるんだけど、まあ、幼い頃だし、私も随分変わったから分からないでしょうね。

元々女っぽい顔ではなかったけど、男として過ごしていたからか、かなり男前になってきた、と最近感じるのだ。やたら逆ナンされるしな。


まあ、別に、バレても悪いことなんて何もない。

追放された公爵令嬢が他国で冒険者やっていて、何か問題があるかしら?


応接室に着くと、部屋に通された。

――――そこにいたのは、シオン殿下ではなく宰相補佐であった。


「実はシオン殿下にどうしても外せない要件がありまして、代わりに私が。

捜索依頼の人物については直々にちゃんと説明したいようでしたがね」


シオン殿下の代わりに宰相補佐が話してくれるらしい。

シオン殿下が即位した時に、ことの人が宰相となるのだろう。この人とも会ったことがある。シオン殿下がアメリア王国に来たときに一緒に来ていたのだ。


「えっと、その方とは一体どなたなので?」

おっさんがそう聞くと、宰相補佐は言う。

「アメリア王国の元公爵令嬢、エリザベス様です」



「…………………………は?」



「何か?」

私の動揺を察した宰相補佐が聞く。


「ハッ! えっと、その、し、知り合いだったので」

「知り合いなのですかッ?! 今どうしているかご存じで?」


ええ!? 

って普通そう聞くよね、私はバカか!


――――でも、ぜんッぜん、まッッッたく、バレていないようねッ!!!


というか、それは私だと言った方がいいのかしら?

だが、待てよ、そうしたらメリッサを助けに行けないんじゃねえか?

何で捜しているか知らないけど、捜している奴が見つかったのに、送り出すようなことしねえよな。

ええっと、何で捜しているのかしら……?


私はなんだか嫌な予感がするので、とりあえずこう答えておく。

「知りません」

宰相補佐は項垂れた。落胆したようだった。

「そうですか……」

「それで、どうしてその方の捜索保護を?」


「ええ、実は、エリザベス様を王妃に迎えようと」

「……はあ!?」


「実はこの国では今王妃の座を巡って醜い争いが……。

どの令嬢をとっても角の立つ、なんとも微妙な状況。

そんな時、アメリア王国の革命の話。

元第二王子が反旗を翻し、王座に就けた時、エリザベス様を再び公爵令嬢に戻していただき、王妃になっていただくことを思い付きました」


コイツ、マジで何言ってんの……?


「これを機にアメリア王国との交友関係を結ぶこともできる。

元第二王子と同じく、エリザベス様も婚約破棄され追放された悲劇の被害者。

そして実はシオン殿下はエリザベス様に恋心を抱いていたのですが、アメリア王国第一王子の婚約者であったので諦めていた、という話は大衆受けもするでしょう。

それに元は王子の婚約者だったので、王妃になるための教養はもちろん、いろいろと図太……頼もしい方なので、醜い王妃争いに割って入っても大丈夫でしょう」


「王妃様……ですか。これは、思った以上の大役ですね」

おっさんが神妙な面持ちで言った。

「もちろん、報酬は弾みます。貴方方も助けたい人がいるらしいですが、依頼優先であれば構いません。貴方は貴重なこの国のSランク冒険者3人の内の1人。貴方に行って貰えるのは頼もしいですからね」


「――――ちょっとお、いいですか?」

私は堪えきれずに言う。

「なんですか?」


「候補がいない訳ではないのでしょう? 

というか、多いから争っているのでしょう。贅沢というものですよ。

どうすれば角が立たないかなんて、そんな都合がいいことあるわけない。

エリザベスが王妃になったとしても何かしら都合が悪いことは出てくるんだから」


私は続ける。

「俺は、ええっと、エリザベスのことをよく知っていますがね、彼女は容姿端麗、頭脳明晰、誰にでも優しくいつも穏やかで性格も良い、完璧な淑女でありましたが、実際はとても我慢していたのですよ。本当は雑で面倒くさがりな人でした。

今、公爵令嬢でなくなり、何のしがらみもなく、逆に生き生きしているのだと思いますよ。そっとしてやってはくれませんか?」


宰相補佐はそれを聞くと唸る。

「私たちも知っていますよ。エリザベス様の本質は。

そして貴方の言う通り、今を楽しく生きているかもしれません。

そうだとしたら、それを再び王族貴族といった世界に引き戻すのは彼女にとって悪いことなのではと確かに考えました」


「そうです!!」


「だから、もし彼女を見つけることが出来たなら、こう伝えてください。

絶対に貴方に窮屈な思いをさせない、と。

パーティーやお茶会などの類いは極力なくすし、貴方の好きだった剣術もやればいい、好きな甘味もいくらでも食べさせよう、他に何か要望があれば可能な限り叶える、と。これはシオン殿下の言葉です」


「はあ」


「それになにより、シオン殿下はエリザベス様のことを想っておいでです。

シオン殿下はこれは政略なのだ、となんだと言っておいでですが、私はシオン殿下がエリザベス様のことをずっと慕っていたことを知っています。

アイツは今何をしているのだろう、アイツのことだから……、といつも口に出していましたから。

先ほど言った、シオン殿下がエリザベス様に恋心を抱いていて、というのは本当のことなのです。まあ例のごとく、それなら大衆受けするだろうとか何とか言って誤魔化しているのですけれど」


イヤイヤ、シオン殿下が私のことを好きだなんて、そんなのあり得ないわ。

………………うむ、あり得ない……ことではない、かしら……?? んん??


「エリザベス様が婚約破棄され、追放されてから、ずっと捜していたのです。

アメリア王国も我が国ハイリル帝国も、他の国も捜しましたが見つかりませんでした」


さすがに、名前を変えて男として冒険者をしているとは思わなかったみたいね。

そして、今目の前にいるとは思ってもみないでしょうね。


「でも、今回アメリア王国の王と王妃が断罪される時、必ずエリザベス様は現われるでしょう。きっと婚約破棄されたことを恨んでおいでですから。一発殴っておかないと気が済まないと思っていることでしょう」


……よくお分かりで。


「ところで、エルさん、貴方とてもエリザベス様と仲がよろしいようで……。

どういう関係…………? まさか恋人などでは! ん……? えっと、そういえば、エリザベス様とどことなく似ていらっしゃいますね……?」


「へ? そ、そうでしょうか……?」

私の声は思わず裏返った。

「もしかして…………?」

「な、なんですか……!? なんだっていうんですか!!」

私は半ば勢いで聞く。


「――――親戚の方ですか?」


私は肩の力を抜いた。

「そうですね」


「やはり! 髪色と瞳の色は同じですしねえ。まあ、金髪に青い瞳、というのは貴族王族には多いですし、市井にもいないこともありませんけれど。

でもこれほどエリザベス様のことを分かっていて、髪と瞳の色が同じとなると、もしや親戚だと思ったのですよ。そのキリッとした顔立ちは似ていますね。美形な血筋なのですねえ」


「はあ」

私は気のない返事をした。


「まあ、エリザベス様は女性ですからね、キリッとした顔立ちではありますが、少し柔らかい感――……」


……コイツ、バカ?

本人を目の前にしてのその発言は……ねえ。


調べられたら嫌なので一応言っておく。

「まあ、認知はされていない市井出身なのですけどね」


その後、革命軍の援助依頼についての話をして終わった。

おっさんにはエリザベスと知り合いだったことについて聞かれたが、適当にはぐらかした。



◇◇◇



その日の夜、夢をみた。いつも夢なんてみやしないのに。


幼い頃、シオン殿下と会った時の夢である。確か7歳くらいだったか。

シオン殿下がアメリア王国に来て、私はボンクラ王子と共に話し相手に抜擢された。しかしボンクラ王子は熱を出したので、私だけ話し相手となった。メリッサや、シオン殿下と一緒に来ていた今日会った宰相補佐などが見守る中である。


私はまだその頃は幼かったこともあり、完璧な淑女になりきれなかった。

雑で面倒くさがりな性格も隠すことを知らなかった。

対してシオン殿下は幼い頃から頭の回転が速く、考え方はすでに大人びていた。


「シオン殿下、この甘いの美味しいですよ?」

「ああ、ありがとう」

シオン殿下はなんの表情もなく言う。

美味しい甘味を勧めるのは私のいつものことであった。

それを美味しいと共感して欲しいのだった。

「美味しくありませんか?」

「美味しいですよ」

相変わらず表情はない。

あまり美味しいとは思ってはくれなかったのだと私は思った。

けど、私にとっては美味しかったので、これは絶対的に美味しいものなのだった。

そう思った上で言った。

「そうですね、これは美味しいのです。絶対に。私がそう思ったのですからね」

「?」

シオン殿下は不思議そうな顔をした。


「――シオン殿下の好きなことは何ですか?」

「そうですね、読書でしょうか。エリザベス様は何ですか?」

シオン殿下は表情なく言う。

「私は剣術ですわ」

私は迷いもなく言った。

「剣術……?」

シオン殿下は不思議そうな顔で聞いた。

「ええ、とてもスカッとしますわ」

私はニッコリと答える。

「そうですか……」


「ではシオン殿下、嫌いなことは何ですか?」

「身体を動かすことはあまり好きではないですね。エリザベス様は?」

「私は勉強とか、読書とか、刺繍とか、そういう類いのものですわ」

「どうしてお嫌いで?」

「とっても面倒なのです」

即答した。


「ああ、あと最近は魔法も面倒くさいですわねえ」

「何故?」

「だって、制御制御と鬱陶しいものですから。私は人よりも随分魔力量が多いらしいのです。だから制御をしないと人を傷つけてしまうかもしれないからと」

「なるほど」


「でも最初は楽しかったのです。本当に始めだけ。私の魔力量を知らなかったので、特に注意されることもありませんでしたから。まあ、訓練場を破壊してしまいましたけれど」


シオン殿下は一瞬目を丸くした後、思わずといったように笑い声を上げた。

「ハハッ!」

それから堪えようとしたようだったが、中々抑えることはできないようだった。

その様子はいつもの無表情とのギャップもあり結構面白かった。


「フハッ、ハハハッ、クククッ」

「大丈夫ですか?」

「フフッ、ええ、えっと、貴方は面白い方ですね」

「そうですか? 私は特に面白いことを言ったつもりはありませんよ」

それにシオン殿下は勘違いしたらしく言う。

「気を悪くしてしまいましたか? 失礼でしたね。申し訳ありませんでした」

「? 私は別に気を悪くはしていませんよ?」


「そうなのですか? あれだけ笑ってしまいましたし、ご令嬢に対し面白いなどと言ってしまいました」

「どこに笑う要素があったのかは分かりませんが、特に不快に思うことはありませんでしたし、面白いというのも、つまらないよりはいいのだと思いますわ」

「それならいいですが」


「私も面白く思いましたし」

「?」

「いつも無表情なのに腹を抱えて笑っていたシオン殿下は、正直少し可笑しくて面白かったです」

「なッ……!」


私がそう言うと、シオン殿下は少し怒ったような恥ずかしそうな何とも言えない顔をして、耳を赤く染めた。後ろに控えている、シオン殿下と一緒に来た宰相補佐がプッと吹き出す声が聞こえた。


「それに、それほど楽しそうに笑っているのを見て、私にもそこまで笑える何かが訪れないかと羨ましく思いました」


それからシオン殿下はよく喋るようになったし、表情も出るようになった。

私もそんなシオン殿下につられるように遠慮をしなくなった。元々あまり遠慮はしていなかったが。


「シオン殿下は勉強が好き、運動が嫌い。私は勉強が嫌い、運動が好き。正反対なのですねえ。私には勉強の何が良いのかサッパリ分かりませんし、走り回ることの楽しさを知らないなんて人生を損していると思いますわ」


「私だって運動なんてただ疲れるだけで何が良いのか分かりませんし、学ぶことの楽しさを知らないなんて損をしていると思いますよ。

というか、エリザベス様は勉学が大変優秀であると聞いたのですけれど」


「ええ、努力はしていますよ。

私はアメリア王国の王妃となるのですから、しっかりしていなければなりません」

「そうですか、フーン」

それを聞いたシオン殿下は何だかつまらなそうにそう言うのだった。


貴族特有の上辺の褒め合いもなく、会話を楽しんでいると感じた。

何て言うか、それほど気を遣わなくても良い相手なのだとお互いに認識した。

だから私はいつもよりもあけすけになってしまって、今になると、余計なことを言ってしまったと思うのだ……。


「あーあ、毎日つまらないのですわ。これから無事に王妃になれたとしても、ずっと窮屈に生きていかなければならないのかしら。

パーティーやお茶会は行かなくてすんで、好きな剣術もたくさんやれて、甘いものがいくらでも食べられる、王妃にそんな特権ができればいいのに……」


「私ならば……」

「はい?」

「実は私の妃になったものにはそういう特権をつける予定なのです」

目線を逸らしながらも、シオン殿下は私の方をチラと見る。

私はそんなシオン殿下を気にすることもなく言う。

「それはとても羨ましいです、シオン殿下の妃となる方は。

私、シオン殿下の婚約者だったなら良かったですわ」

「ああ、幸い私にはまだ婚約者がいないのですよ」

「そうなのですか?」

「ええ、そうなのです」

「なるほど」

「ええっと、エリザベス様は婚約して良かったと思っていますか?」


「良いも何も、私には選択肢がありませんし。

あのボンクラ王子には私がいなければなりません。きっと私よりも優秀で図太い貴族女性はいないのです。ボンクラが王になった時に私が実権を握って上手くやらなければならないのです。あんなボンクラに任せてしまったら大変なことになるのですから」


そう言うと、シオン殿下は難しい顔をして沈黙するのであった。

私は幼いながらもそういうことはしっかり分かっていて、それが運命であり使命なのだと思っていた。


そして、何て会話をしているんだ、とメリッサと宰相補佐はヒヤヒヤしながら顔色を悪くして聞いていたのであった。シオン殿下と別れた後、珍しくメリッサに軽はずみな発言を叱られるのだった。


しかし最後にメリッサは語りかけるように言った。

「お嬢様、ハイリル帝国王子の婚約者、というものなら、旦那様も奥様も許してくださるかもしれません。国王陛下も、ハイリル帝国と縁ができるのは良いことと考えるかもしれません。この国のことを考えることはそれは大事なことですが、私はお嬢様に幸せになっていただきたいです」

「ボンクラ王子の方から婚約破棄してくるならともかく、私自身がこの国を残して幸せになることは考えられませんわ」

「お嬢様……」

「大丈夫ですよ、メリッサ、私に任せておけばこの国は安泰ですからね」

「お嬢様、何度も言いますが、王子をボンクラと呼ぶのは良くありません。

誰かに聞かれたら大変ですよ?」



◇◇◇



2日後、王宮の応接室にアメリア王国に行くメンバーが集まった。

知らない人が2人。

まず自己紹介から始まった。


「俺は騎士団長のジークハルトだ。ジークと呼んでくれ。

目的は同じだが任務として行く」

ジークさんはおっさんと同じくらい歳に見える、がたいがいい人だ。

「俺はレイズ。Sランク冒険者だ。コイツ、エルを推薦した」

「私も同じくSランク冒険者。サラよ」

サラさんは私よりも少し年上くらいに見える。

そのくらいの歳でSランク冒険者になるのは、きっとすごいことなのだろう。

「俺はエル。Aランク冒険者だ。アメリア王国にいる恩人を捜し出して助けたい。

それについては許可をもらっている」


そしてジークが説明する。

「現在、元第二王子のクリストファー様との連絡が滞っている。

正直ほとんど何も分かっていない状況だ。ただ、そちらに向かって援助をするということについては、お願いするとの連絡があった。

拠点は分かっているので、ひとまずそちらに向かう。

そしてクリストファー様の計画を成功に導くのが今回の依頼だ。


そしてあと1つの依頼。エリザベス様の捜索保護についてだ。

エリザベス様の絵姿は預かっている。絵姿を見る限りとても美しくお淑やかな印象であるが、実際はとても快活な方であるらしい。

それに市井に降りたことで、当たり前だがドレスを着ることもないし、化粧をすることもない、見た目も多少違うかもしれない。

しかし知らずに依頼を受けたエルが、偶然にもエリザベス様と知り合いらしいので、そうかもしれないと思う方がいたら、エルに確認させれば良い。

説明を受けただろうが、エリザベス様は我が国の王妃になるお方。丁重に失礼のないように」



次の日の早朝、出発することになった。

「お前、荷物多過ぎじゃねえ? 何入ってんだよ?」

私の大荷物を見ておっさんが言った。

「肉だけど? 俺って魔力多いだろ? 魔力つかうと滅茶苦茶腹減るんだよ」

「ああ、聞いたことがあるわ」

サラさんがそう言った。

「サラさんは荷物が少ねえな」

「ええ、これは小さいバッグだけど、中は貴方のリュック以上に入るわ。

マジックバックっていう魔道具なの」

「それはいいな」

「身軽の方がいいから。

あと、そこまで年も離れていないだろうし、呼び捨てでいいわよ、エル」

「ああ、俺も身軽の方がいいけどよ、仕方ねえからな」

その魔道具、是非とも手に入れたい。


馬車の御者はジークさんが務めるらしい。


国外に出る時、門番のパウロさんに会うことが出来たので、一応言っておく。

「俺はこれから恩人のメリッサを捜して、ハイリル帝国に連れてくるつもりだ。

メリッサが来たら、良くしてやって欲しい」

「ああ、分かったよ。気をつけて行ってこいよ」

私がいつもの気軽さをもって言うと、パウロさんは何も知らないので、いつものように返した。



「どの道で行くんだ?」

私はジークさんにそう話しかけた。

「近道を知っているからそれで。危険な道ではあるが、これだけの強者が集まっているのだから何の問題もないだろう」

きっとあの近道だな。

「知っているようだな」

「ああ、通ったことがある。道は把握しているから迷うこともないだろう」

「それなら心強いな」


私は3年前、ボロボロになりながらも初めての身体強化に興奮して駆けて通った道を懐かしく思いながら進んだ。


そして1匹目の魔物が現われた。2メートルはあるかと思われる。

私は馬車から飛び降りると一直線に駆けていく。

一刀両断する。


「フンッ」


「やるじゃない」

馬車に戻るとサラがそう声を掛けてきた。

「あんたは弓が得意なのか?」

サラが背負う弓を見て聞いた。

「ええ、そうよ」


その時再び魔物が現われて、サラが馬車から身を乗り出して弓を構える。

それに構わず、サラの後ろから適当に作った火の玉を投げつけた。

魔物は焼け死んだのだった。


「な!?」

「ハハッ!」

サラは呆気にとられたようにこちらを見る。

私は思わず笑った。


おっさんが言う。

「コイツがすまねえな」


その後も魔物が数匹現われたが、時には斬って、時には魔法を放って倒した。

とても良いストレス発散になった。


魔法の制御をしなくてすむのはかなりいい。

制御も何も考えずに適当に作ったその火の玉は、大きさ威力がまちまちである。

結構な大きさになると、軽く地面を削ると土埃が舞った。


駆けて回りながら、魔物もいなくとも魔法をぶっ放した。

こんなに魔法をぶっ放せる機会滅多にないからなッ。


「ハハハッ、フハッ、ハハハハハッ!!!」

こんなに楽しいの、笑わずにいられようかッ!


そんな私をおっさんとジークさんは呆れたように見ていた。

「もう! 土埃がコッチにまでくるじゃない!」

サラが文句を言うのだった。


暗くなってくると、ちょうど良い場所を探し野営の準備を始めた。

そして夕飯にする。私は皆の作る食事とは別に肉を焼き始めた。

前ほど一心不乱に食べることはしなくなったが、それでもかなり食べ方は汚いだろう。おっさんとジークさんは少し引いている。


「よく食べるわねえ」

サラはどこか感心したように言う。


「ああ、食べるか?」

「いいの?」

「一応、多めに持ってきたからな」

「へえ、でも大丈夫よ」

すると、ジークさんが言う。

「じゃあ、少しくれ」

「いいぜ?」


ジークさんやサラも気安い性格をしているのもあって、すぐに打ち解けることが出来たのだった。



◇◇◇



それから4日でアメリア王国に着いた。

作戦通り商人を装い、潜入に成功した。


「酷い有様じゃねえか……」

私は思わずそうこぼした。


街の中は、多くの兵士たちが厳しい目でうろつきまわり、ごろつきだけでなく、普通の市民と思わしき者まで乱暴に抑えこんでいた。

多くの浮浪者が道ばたで座り込んで、住人は家から出てこないようだった。


「行くぞ」

おっさんがそう言って、呆然としていた私の腕を引っ張って、私は引っ張られるままに歩いた。

沸々と怒りが湧いてくる。


――――あ、あんの、ボンクラめえええ!!!


私たちは古びた倉庫にたどり着き、ジークがごろつきのような風貌の男に小さな声で何かを話し、その男が歩み始めるのについて行った。


倉庫の奥の奥まで行き、ガラクタが積み上げられた小さな部屋に入って、先導している男が鍵を取り出し、床に差し込んだ。

カチャッと音がし、床を外し、地下への階段が現われた。


階段を降りた先には、大きな空間が広がっており、多くの人がいた。

先導していた男が、1人に声をかける。

「クリストファー様をお呼びしますので少々お待ち下さい」


その後、1分も経たないうちにクリストファー様が現われた。


――――大きく、たくましくなられたわ……。

私は感心した。

そして懐かしさのあまり声をかけたいのを我慢した。


会議室のような部屋に案内されると、作戦が伝えられたのだった。

やはり私のことは分からないようだった。

それでいい。私はそう思った。


2日後夜会が開かれる。

こんな時に夜会だなんてふざけていやがる。


簡単にいえば、その夜会に、協力してくれている貴族と一緒にクリストファー様と革命軍副長が紛れ込む。

その後、時間をおいて何人かずつに分かれて、裏口の警備を倒して忍び込む。

合図で、一気に王と王妃を取り押さえるというものだ。



その日の夜、腹が減ったと思って目が覚めた。

といっても、食べるものなんてない。

多めに持ってきていた食料は、結局何だかんだ道中で食べきった。

いつものことである。


部屋を出て、ロビーで一人座った。何をするわけでもなく。


――私が王妃になっていたら、こんなことにはならなかったのに。させなかったのに。

少しは私が悪いのかもしれないわ。

私に悪いところなんて1つもありはしないけど。

そういう理不尽はあるものだから。


公爵令嬢だった時、私自身努力したことはもちろん、ボンクラにだっていろいろ説得した。

努力するように、民の声を聞くように促して、立派な王にしようとしたのだ。

時には叱って、褒めて、どうすればこのボンクラはまともになるのだろう、と試行錯誤した。今思っても、出来ることは全部したと思う。それなのにダメだった。


私は眠るでもなく、少しの間、目を閉じていた。



決行日の早朝、始めに夜会に紛れ込むクリストファー様と革命軍副長、そして私たちハイリル帝国の人間が貴族の協力者宅に上げてもらった。

打ち合わせをした後に、夜会へ忍び込むクリストファー様と革命軍副長は着替える。カツラ、帽子、眼鏡、メイクなどで、クリストファー様の印象とはかけ離れ、全くの別人となった。


私たちも警備兵の変装をする。

「エルはそういう格好するとますます美形だなあ」

おっさんがそう言った。

「フンッ」


クリストファー様はとても緊張している様子だ。

昔の気弱だったクリストファー様を知っているだけに、とても心配になる。

「大丈夫」

私はクリストファー様の肩に手を置いた。

「きっと出来るさ。ダメだったとしても、俺が何とかしてやるよ」

そう言って微笑むと、クリストファー様は驚いたように目を見開く。


「貴方は、私の知っている人にとてもよく似ていますね。

まあ、その方は女性で、もう少し柔らかい顔つきでしたが。

彼女は普段はとても穏やかな淑女でありましたが、気の知れた私の前では案外大雑把で男勝りなところがありました。フフッ 勇気づけられました。感謝します」


クリストファー様から離れると、それを見ていたサラが言う。

「アンタって、意外に気の利いたことも言えるのねえ」

「意外にってなんだ」

「そういう表情も出来るんだ」

「どんな顔だよ」

「優しい顔よ。いつもああいう風だったらモテるでしょうに。顔は良いんだから」



私たちは約束の時間、裏口の警備員を倒すと忍び込んだ。

サラは上から狙うので、別行動となる。


王と王妃の周りには近衛騎士や、今のこの状況、狙われることも多いのだろう、騎士数名、騎士団長までもいる。

革命軍はSランク冒険者に依頼をする伝手もなく、それを倒せる強靱な戦士もそこまで多くはない。私たちがしっかり援護しなければいけない。


私たちは優雅な音楽の流れる煌びやかな会場の中に足を踏み入れた。

見渡すと、変装したクリストファー様を見つけた。

クリストファー様も私たちに気が付き、程なくして王と王妃、取り押さえの合図した。


私たちで騎士たちを抑えこんでいる中、クリストファー様は王と王妃を取り押さえる。ぶりっ子王妃は最初はキーキー騒いでうるさかったが、その内諦めたように力を抜いた。ボンクラ王はあまりに暴れてうるさいので、私は思わず手が出ると同時に積年の恨みもぶつけた。


「こんの野郎、大人しくしやがれえ!! このボンクラ野郎!!!!」

「き、貴様、や、やめろ! 痛、誰か!!」

「うるせええ!! 金遣い荒い、努力しねえ、言い訳ばかり、ぶりっ子に騙される、民の声を聞きもしねえ、このボンクラめ!! ずっとなあ、お前みたいなナヨナヨした奴嫌いだったんだよッ!!」

「エ、エリザ――――」

その名を口にする暇もなくぶん殴った。

気絶をしたのだった。


「フウ」


「お前、やり過ぎだ」

おっさんが言葉とは裏腹にどこか清々しく言った。

「でも、スッキリした!!!」

「それは良かった」



◇◇◇



その後、私たちはエリザベスの捜索となった。

ジークさんはクリストファー様方との話し合いがある。


私はメリッサを捜すためにおっさんとサラと少しの間別行動させてもらい、元実家の公爵家を訪れた。

公爵家には、エリザベスの手がかりを捜しに先ほどおっさんとサラと来たのだが、私は適当に理由を付けて入らなかった。


警備もいないし、あまり人気を感じない。

私は勝手に入り込んで、懐かしい執事を見つけると、声をかけた。

「おい」

「おや、懐かしい顔ですね、エリザベスお嬢様」

私は驚いた。

「よく分かったわね」

「ええ、……そう言えば、ハイリル帝国のシオン殿下がエリザベス様のことを捜しているそうです」

「知ってるよ。言うなよ?」

「かしこまりました」


瞬時に私がエリザベスだと分かったことといい、この執事には知らないことなどない、何でもお見通しのような節がある。

お父様もお母様も弱みでも握られているのか、この執事にだけは強気でなかった。

この執事はお祖父様とお祖母様に仕えていたことがある。

私が幼い頃はよくお祖父様とお祖母様が遊んでくれて、その時にもこの執事は傍にいた。幼い頃はこの執事に懐いていたような、気がする……。

今思えば、お祖父様とお祖母様、この執事、そしてメリッサのおかげて私はまともに育ったのだと思う。


「元気だった……?」

私はふと聞いた。

「フッ、私のことはお気になさらず」

「そう?」

この執事はいつもこうである。

執事は言う。

「旦那様と奥様は近々処罰されるでしょう」

「いろいろ悪どいこともしていたようだったからな。まあ、正直この家を追い出された時は恨んだけど、もうどうでもいい、何も思わねえよ」

「そうですか。それで、何用で?」

「メリッサはどこに?」

「彼女は子が生まれてすぐにここを出て行きました。場所は……――」



その後、おっさんとサラと再び合流した。

「メリッサの居場所が分かったんだ!」

そう言うと、おっさんもサラも喜んでくれた。



「――メリッサ!!」

「貴方は……?」

メリッサはオンボロの小屋のような場所に住んでいた。

ノックすると幼子を抱いたメリッサが恐る恐る出てきた。

やはり私のことが分からない様子。


しかしすぐに

「もしかして……」

分かったようであった。


私はメリッサを抱いていた幼子ごと、柔らかく抱きしめる。

「メリッサ……!」

「ずっと、ずっと会いたかったのです……!! 

いつも思い出していたのです……! 心配で心配で……!」

「ああ、ありがとう、メリッサ……」


メリッサはしばらく私の腕の中で泣き続けたのだった。

一緒に来ていたおっさんとサラは静かに見守ってくれて、サラがつられて泣く声が僅かに聞こえた。


「――旦那はどうした?」

「死にました。殺されました……」

「そうか……」

「はい」

「ハイリル帝国に来るか?」

「ハイリル帝国……?」

「クリストファー様の元、この国も少しずつ良くなっていくだろう。それまででも良い。今はまだ不安定だし、治安も良くないからメリッサをここに残していくのは心配だ。俺はずっとハイリル帝国にいた。向こうなら俺の知り合いがたくさんいるから安心だ」

「そうだったのですか。私も……」


私はおっさんたちには聞こえない声で、メリッサに囁くように言う。

「だが、私は…………………………」


「フフッ、分かりました」

メリッサは困ったように笑うのだった。



◇◇◇



今日、王と王妃は処刑される。


まだ陽も昇らない時間、私は外に出た。


「お嬢様、行くのですね……?」

「ああ」

私は不敵に笑う。


「メリッサ、私は追放されて良かったと思っているわ。

自由になって、私らしく生きられた。

私にはこっちの方が性に合っている。

王妃なんて真っ平ごめん」


「そのようですね」

メリッサはクスリと笑った。


「メリッサ」

私は金の入った袋を渡す。随分ため込んだのだ。

メリッサは袋の中身を見て慌てる。

「こ、こんな大金……!」


「受け取れない、だなんて言うなよ?

メリッサだって同じ事をしてくれたじゃない?

子どもが大きくなるまでくらいは金に困らないだろう。恩返しってヤツよ。

ハイリル帝国に行ったら門番のパウロさんって人が、私の名前を出せばきっと助けてくれる。メリッサのこともちゃんと言ってあるし、お人好しなのよ」


「お嬢様……、本当に、ありがとうございます……」

「私はエリザベスの居場所が分かったから捕まえに行く、とでもホラ吹いといて」

「フフッ、分かりました」


私はメリッサに背を向けて歩き始めた。


徐々に走り始める。


夜明け前で、ほとんど人はいない。

新しい時代の幕開けで宴が各地で行われて、酔っ払い共が潰れているくらいだ。


「ハハハハハッ、アハハ!!」


私は突っ走って、押さえもせずに笑い声を上げた。


「隠れてコソコソするなんて、鬱陶しかったのよ!!!」



◇◇◇



その後、エリザベスの絵姿が各地に貼られて捜索が行われた。

もちろんハイリル帝国の国境門にも。

参考に、快活な性格であったこと、剣術が得意であったこと、甘味が好きであったこと等が書かれている。


パウロはそれを見て、一人ブツブツ話す。

「イヤイヤ、まさかそんなことは……」


そうすると、横に来た同僚が言う。

「少しエルに似ているかもなあ。まあ、エルはこんなお上品な顔立ちではないけどな。ていうか男だしな! ハハハッ」

エルはよくここに遊びに来ていたので、同僚もエルのことは知っていた。


パウロは思う。

エルが女だと知るのはおそらく自分だけ……。

前にエルが冗談交じりに語った身の上話を思い出す。

パウロは嫌な汗をかく。

「マジか…………」

全てを悟ったのであった。



◇◇◇



「パウロさん、今の話は本当ですか?」 

宰相補佐は顔を引き攣らせていた。

「え、ええ」


「まさか……。そんな」

エルの目の前で意気揚々とエリザベスのことを話していた自分を思い出す。

「私は、なんてバカなんだ……。殿下に何と言えば……。

言いたくない、言いたくない、絶対に言いたくない……」


その時、部屋のドアが開けられる。

入ってきたシオンはいつもの無表情はどこへいったのやら、満面の笑みを浮かべている。

それに続いてレイズとサラも入る。


「エリザベスの情報が入ったというのは本当ですか!?」

「情報が入ったのはありがてえな」

「でも、中々見つからないものねえ。エルもエリザベス様の居場所が分かったって伝言残して行っちゃったけど、一緒に連れて行きなさいよねえ」


「はあ、全く世話が焼けるったらないですね。

私が手綱を握っていないとどこへでも行ってしまうのですから。

仕方ないですからね、ええと、情報とは……?」


宰相補佐は苦い顔で口を開いた。

「実は……――」


聞いていく内にいつも以上の無表情になっていくシオンに、宰相補佐は顔面蒼白になりながら話した。


「――はああ!!? 嘘だろ……!? お、おんな…………」

「イヤイヤ、あり得ないでしょ!? へ? 女!? 王妃様!?」

レイズとサラは取り乱して驚愕と混乱を叫ぶように口にした。


その時である。

「――――――――フハッ! ハハハハハッ!!」

黙り込んでいたシオンが突然笑い出した。

ギョッとした視線がシオンに集まる。


シオンは黒い笑みを浮かべて言うのだった。

「エリザベス、これほど私を笑わせることが出来るのはやはり貴方だけですね。

フフッ、絶対に捕まえて差し上げます。もう手加減はなしですよ?」


かくして、エリザベスは多額の懸賞金が付けられて、指名手配の如く追いかけ回されることになったのだった。




To be continued

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