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 自室に一歩足を踏み入れる。

 護衛によってゆっくりと閉められた扉は、ささやかにカチリと音を立てた。

—————最後までああだったな。

 高く掲げられた十字架。

 燃え盛る炎。

 あの部屋を出た後の、奴の——俺の王位継承とともに着任した王宮魔法使いの———末路。

 俺が決めた末路だった。

 男子禁制、女であっても制限が加わる『穢れなき乙女』の塔の中に、無断侵入したからだ。

 しかし奴は腐っても王宮魔法使い。

 あの牢も含め随所に魔力封じの護符をたっぷりとつかっていたものの、リスクはあった。

 奴が言った『逃げる気がない』という言葉が嘘であるとか。

 その予想通り、奴は磔にされ炎に包まれながら、逃げられないか『実験』してみていたようだ。

 軍の人間の何人かが巻き添えを食らい、危うく奴より先に逝きかけた。

 先日着任した新しい王宮魔法使いが予め甲冑に術を施していたのと、咄嗟に防壁を張ったためにそいつらは難を逃れた。

 そのあたりのロスもあってだろうが、新しい王宮魔法使いは抑え込みにかなり手こずっていた。

 得意技を封じられ、多勢に対して磔という手足の自由を完全に奪われた状態にあってなお、奴は強かった。

 新しい王宮魔法使いの苦労の甲斐あってその後恙無く処刑は完遂され、その力のほども王宮内の限られた一部には周知された。

 そして、

—————最後まで奴は吐かなかった。

 俺が思っていた通り、だ。

 嘘に決まっているのだ。

 これまで奴がこの世から消した人数が、ゆうに百を超える事は知っている。

 それに対し何の良心の呵責もない、そういう奴だと知っている。

 父王の魔法使いの弟子として、幼い奴と知り合ったそのときから。

 『実験』。

 あのころから一貫してそう言ってきたのを知っている。

 目的の邪魔だとかそういった類ではない。

 試してみたいということ。

 『術も、やり方も、対象も、いろいろ試したいんだ』

 屈託なく満面の笑みだったのを知っている。

 魔力の保持量は魔法使いとしては普通程度。

 ただ、得意な魔方陣にかけては右に出るものがいなかった。

 魔力をある程度蓄えて一気に放つ事も可能で、緻密さを要するのが性に合っていたのだろう。

 俺の指示で父王とその魔法使いを殺め、奴が王宮魔法使いになってから、幾つもの条件を複雑に組み合わせた仕込みで、一人、また一人と俺の邪魔者達を消していった。

 だからあるに決まっている。

 絶対に。

 塔のどこかに。

 奴が遺したもう一つの魔方陣が。

 ただ、そうはいっても塔を壊すわけにはいかない。

 あれはこの国の伝統だから。

 それを知るのは今はもう、俺と元帥だけになった。

 あの塔の中にいる『穢れなき乙女』の本当の意味。

 ゆっくりと臙脂色の絨毯を踏み締め、隣室へと向かった。

 音もなく、足形は沈む。

—————まさか今更助けようとしたわけはあるまい。

 なぜ奴が塔に入ったのがあのタイミングだったのか。

 王子が高熱にうなされ、命すら危ぶまれたあのとき、王宮魔法使いが塔の中にいたのか。

—————なぜ“上”でなかったのだ。

 男子一系。

 王を継ぐ者はたった一人でいい。

 成人した王位継承権をもつ男子のみに口伝される、主になるべき男子を確実に守るための術。

 魔術大国たる我が国の王家、その秘中の秘。

 王位継承権をもつ男子が命を落とした時、あるいは王が跡継ぎなく息絶えた時。

 塔の上からステンドグラスの光を浴びた塔内の床。

 元の床の模様の上に、その時その時で違う模様が上書きされたその様を見て、必要な線を読取るために王宮魔法使いが天窓に登ること。

 必要な線を追記し、魔力を注ぎ込むことで発動され、それにより速やかに塔の中にいる全ての人間の命を吸い取り、王家の男子に注ぐということ。

 1回で使い捨てになるくせに、秘術が王家の外に露見する——通常の建築物には有り得ないものが壁面や地中から掘り出されて——のを防ぐため、塔を取り壊さないでいること。

 建築に携る人間の口から漏れるのを防ぐため、作業員全員に術を掛けてから仕事をさせた。

 まれに術がかかっていない人間が何かしらを見知った場合、その全員が確実に始末されてきた。

 中の人間の命はなるだけ王家と血が近いほうがよく、健康であればそのほうが当然良い。

 そうでなければ一人二人では済まないため死体の後始末が面倒だ。

 兵器として利用するには大掛かりでコスト効率が悪く、場所に縛られるという問題がある。

 それ以上に、王家の血脈が有力者に流れて分家ができたことによって過去に起こった秘術を巡る内紛、それを再び起こさないために必要なことでもある。

 自国の姫は最高の人材だった。

 姫でなくても、姫として育てられることになる二人目以降の男も同じく、最高の人材だった。

 奴にこの『塔の姫君』の真実を聞かせた時の、あの台詞は今も覚えている。

『え? 死体の始末?

 なんとでもなるでしょ、そんなこと。

 まとめて何人かやっちゃった方がよくない?

 そのために普段のソレの世話とか、面倒でしょ?

 紛争は…まあ確かに一面では面倒だけど、それはそれでメリットあるよ』

 奴はいつも、どこまでも、自分の『実験』がしたいだけだった。

 俺の指示に従ってきたこれまでずっと、内密にと指示したから内密にしてきたわけではない。

 内密にした方が、より多くの、望んだ条件の『実験』が出来るからだ。

 巷では、奴は『穏やかな人格者』で通ってきた。

 しかし俺は奴を知っている。

 親しいわけではまったくない。

 でも、知っている。

 昔から、奴という人間を。

—————やりたかっただけだ。

 自分が王である俺にすら秘密裏に仕込んでいたもう一つの作品がうまくいっていることを試したくなったのだろう。

 奴がやりたいと思いそうな実験をやり尽せる程度は、対象も状況も与えてきたから。

 飽きたのかもしれない。

 俺が命じた以外にも色々やっているはずだ。

 弟子はいつもいたが、大抵いつの間にか居なくなり別人になった。

 奴はしらばっくれていたが、『実験』の対象にされたと踏んでいた。

 なぜなら弟子のその後を調査しても、場合によってはこの世にその人物が存在していた痕跡すら、ほぼ出てこなかったからだった。

 おそらく全員…もしかしたら——魔法使いは縁の薄い者が多く、本人から直接確認が取れた者がいたらという話だが——その縁者や知人も含めて全員が。

 居なくならなかった弟子には取り調べもしたが、何も出なかった。

 その時点で考えていた事だが、新しい王宮魔法使いの助言もあって、先がた追手を放った。

 奴曰く『そんなに心配するほどじゃない』とのことだったが、奴の弟子になって今迄生き残っている時点でむしろ奴とほぼ同等の実力者と考えてよいし、『ベクトルが違う』なら買収は難しい。

 また、数回顔を合わせた際怪しげな点がいくつも見受けられ——奴の弟子になる普通の人間など一人もいなかったが——、どんなに能力が高くても王宮魔法使いにするのは危険過ぎた。

 それだけ力のある人間になら、もしかしたら塔のもう一つの魔方陣の情報を奴は…

 はたと、立ち止まった。

—————なぜ俺はこんなにも執着しているのだろう。

 塔の隠されたもう一つの魔法陣。

 もしかしたら本当に奴の言ったとおり存在しないかもしれない代物に。

 俺は自らが欲した隣国の、その唯一のものを手に入れるため、戦を仕掛けているのではないのか?

 内紛の芽を摘み取り、残された荒地に新たな芽が何一つ生えないよう、恐怖政治という劇薬を撒いてきたのに?

 ついこの間からその芽になりそうなことを言い出した元帥も、暫くうちに処刑台に連れて行く段取りができているのに?

 この国の伝統の、真の秘密を知るのは俺一人になる、その目処がついたのだ。

 あとはその唯一欲しいものを手に入れたら、国などどうでも良い。

 だからこそ『塔の姫君』の真実は王子にも新しい王宮魔法使いにも伝えまい。

 奴はその荒れ果てた国で早死にするだろう。

 俺はそれよりも先に欲しいものを全て手に入れて終いにする。

 そう、その全てを叶えるためにあらゆる手段を行使してきたというのに、なぜ?

『僕はう—ちゃんに楽しんで欲しいんだ』

 思い出した声とその主の像を振り払う。

 善意を含んだ行動をとる、そんな人格の人間ではない。

 でも、あえて言うなら。

 俺という人間を、向こうもそれなりに知ってはいた。

 興味や関心があったかは別として。

 それこそ、幼きころから。

 友では決してない。

 長く知るというだけのこの関係、何とも言い表しがたかった。

 鏡を見た。

 父王よりも妃似と言われた顔だったが、今はどちらにも似ない年老いた皺だらけの顔が写る。

 幼きころ。

 疫病が蔓延したあのころ。

 “姉”と“姉”と“弟”を吸いとって生きながらえた顔だった。

 自らの姉弟全員を、自らに取り込んだ顔だった。

 そうして命の軽さを知って生きてきた。

 奴とは違った意味で。

 おそらく父王と同じく。

 そんな顔だった。

 そしてその軽さに対しては父王と同じく、その当時から今に至るまでなんの感慨も無い。

 何人、例えそれが目の前で行われた暴虐であったとしても、自分が指揮していても、どんな死に方をしても。

 むしろ目新しさがなくなる分、どうでも良くなっていった。

 王家の威信を傷つける、その危険を払えた安堵感が強く、その危険が生まれたことへの苛立ちがそれにも増して強かった。

 奴があのとき見つめていた顔は、今、恐らくあのときと同じく、涙一つ流さず、鏡の中からその事実をたたえて俺自身を見つめている。

 屠ってきた数々の命はそこにはない。

 ただ『狂王』のみだった。

『これは僕からのプレゼントだよ』

 振り払い、打ち消そうとするも、なお湧き上がる執着。

 欲しいと願った隣国の宝と同じく、いつか俺を滅ぼすかもしれない。

 脳裏で今再び響く奴の声はそんな蠱惑的な響きだった。

 踵を返す。

 口元が思わずぐにゃりと綻ぶのを自覚してなお、それを止めたいとは思わなかった。 

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