#8 街での騒動
「あれ?どうしたの、シェリル。なんだか、疲れ切った顔をしているよ?何かあったの?」
ミレーユが、心配そうに尋ねてくる。
「ちょ、ちょっと格納庫にいたのじゃ。セシリオ殿の重機の整備を眺めておったからな」
ずっとセシリオ殿の部屋にいたと言うのは、なんとなくはばかられたので、ついこう応えてしまった。
だが、眺めているだけでこれほど疲れることはなかろう。なんてバレバレな嘘をつくんだ、私。
「へぇ~、整備を眺めるのって、疲れることなんだ。私もルーカさんの仕事を眺めるときは、気をつけないといけないね」
……相手が私よりも世間知らずな魔導士で助かった。おかげで、なんとかその場はごまかせた。ところで、私は今、再び艦橋にいる。
セシリオ殿によれば、これから戦艦カンディアに入港するのだという。だがこの駆逐艦も船なら、その戦艦も船だという。船が船に入港?妙なことを言うものだ。
だが、その言葉の意味は、すぐに分かった。
戦艦という船は、途方もなくでかい。長さがこの駆逐艦の10倍以上あると言う。幅も同じく10倍以上。35隻の駆逐艦を受け入れることができる船だという。
だが、その姿は船というより、岩のようだ。ぽっかりと暗闇の只中に浮かんだ巨大な灰色の岩、そう表現した方がしっくりくる。
「戦艦カンディアより入電!第7ドックへの入港許可を承諾!以上です!」
「了解したと返信せよ。繋留ビーコン捕捉用意!艦首、ちょい右!」
「面舵0.2度!両舷減速、赤20!ビーコンを捕捉!」
「よーし、両舷停止!進路そのまま、繋留用意!」
「繋留ロックまで、あと30…20…10…ロック!」
ガチャンという音がして、船が止まった。
「前後ロックの艦固定よし!各種姿勢、問題なし!」
「よし、機関停止!エアロックの接続開始!」
「エアロックとの接続完了!戦艦カンディアより乗艦許可、下りました!」
「了解した。艦内マイクを」
この大きな岩のような戦艦に駆逐艦が取り付いた途端、艦長が何やら取り出して話し始める。
「達する。艦長のマクシムだ。これより当艦は補給のため、戦艦カンディアに12時間停泊する。出発は、艦隊標準時の翌0800。出発の30分前までには帰投せよ。以上」
その放送を聞くや、ぞろぞろと艦橋内の人達も動き出す。セシリオ殿が、私の肩をポンと叩く。
「じゃあ、早速行こうか」
「うむ。参るぞ!」
急に元気が出てきた。憧れの街が見られる。地上では叶わぬ夢も、この宇宙という虚無の空間の只中で叶えることができる。なんだか、妙な話だ。
エレベーターで一番下まで降りて、そこから戦艦に繋がる通路を抜ける。と、広い場所に出る。その向こうには、なにやら人が並んでいる。
「あそこで、電車というものに乗るんだ」
「デンシャ?」
「大勢の人を運ぶ、箱のようなものだよ」
確かにその直後に、箱のようなものが走ってきた。それにしても、随分と長い箱だ。ゆっくりと止まり、何箇所か扉が開いて、そこから中に人が次々に入っていく。
中には大勢の人が乗っている。もはや立っているのがやっと。セシリオ殿が言う。
「すぐ次の駅ですから、我慢してて!」
しばらく暗いところを走るこの電車と申す箱は、やがて明るい場所に出た。
停止する電車。止まると同時に、一斉に扉が開く。
「さ、ここが目的地だ。降りようか」
私の手を引いて降りるセシリオ殿。私は人ごみとともに、その駅というところを出る。
暗いところから急に明るい場所に出たため、目がなかなか馴染まない。おまけに人混みと屋根が邪魔で、その先がなかなか見えない。が、ようやく広い場所に出られた。
そして、私の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
大勢の人、たくさんの店、高い建物。よく見ると、上にも人が歩いている通路のようなものがある。
あちこちに、食堂の前にあるような、動く絵の看板が置かれている。食べ物や服、それに……なんだろうか?見たこともないものを売ってる店がある。
そういえばセシリオ殿は、小さな街だと言っていた。だが、これのどこが小さな街だ?王都の街よりもずっと大きくて、たくさんの店がひしめく、想像以上の場所だった。
その店の一つが気になったので、セシリオ殿に尋ねる。
「おい!セシリオ殿!あの店はなんじゃ!?」
「えっ!?ああ、あそこは雑貨屋だよ」
「ザッカ!?なんじゃそれは!?」
「うーん、なんて言えばいいのかな、とにかく、行ってみようか」
とセシリオ殿がいうので、目についたその店に入る。
そこにあるのは、動物の形をした置物、紙を何枚も重ねたノートと呼ばれるもの、そしてペンもある。
ペンは不思議なことに、インクをつけることなくそのまま書くことができる。その横には、なにやら妙なものが置いてある。
「セシリオ殿!この丸いのはなんじゃ!?」
「ああ、それはテープだよ」
「テープ?」
「ほら、ここに絵の書いた紙がひっついてるだろ?こうやって、なにかを貼り付けるために使うものさ」
ここには不思議なものばかりが売っている。ものを挟んだり、飾ったり、書いたりするものが多い。なるほど、これが雑貨か。
と、店の奥に目を移す。そこに丸くて綺麗な石がたくさん入った箱が置いてある。
大小さまざまな石。すべて、綺麗な球体だ。大きなものもあれば、小さなものもある。
「せ、セシリオ殿!なんじゃこの宝石のようなものは!?」
「えっ!?宝石!?ああ、それは水晶玉だよ」
「おい、ここには、こんな綺麗な鏡まで売ってるぞ!?なぜこんな高級なものばかり扱っているのか!?」
「いや、別にそんなに高いものじゃないよ。そんなに気になるなら買おうか?」
「欲しい!ぜひ欲しい!」
ということで、手鏡と、手の平大の水晶玉を買ってもらった。
だが、これはこの街のごく一面に過ぎなかった。
セシリオ殿が私をぜひ連れて行きたいという店に行くと、そこには不思議な食べ物が売られていた。
信じられない色をしている。赤や青、緑色もある。そんな妙なものが入った金属製の桶のようなものに詰められて、ガラスの容器の中に並べられている。
で、セシリオ殿から、少し明るい青色と、白の丸い塊を入れた容器を渡された。
まず驚いたのは、とても冷たいものだということ。ここはほどほどに暖かい場所。そんな場所で、この冷たさ。ここには、氷の魔導を使う者でもいるのか?
「それはアイスといって、駆逐艦では食べられないものだよ。そのスプーンですくって食べるんだ」
というので、さじを使って一口食べる。
……なんだ、この味は!?なんと表現すればいいのか分からない味が、口の中に広がる。
夏場に数度だけ、果物をもらったことがある。あの味に近いが、こちらはそれがより強い。
「セシリオ殿!な、なんと言えばいいのか、この味は!?」
「ああ、それは『甘い』というんだよ」
「甘い」。そういうなの味があることを、私は初めて知る。思わずばくばくと食べる。が、冷た過ぎるせいか、あまり一気に食べると、頭にツーンとくる。おもわずこめかみの辺りを押さえてしまう。
この街には、他にもたくさん「甘い」ものがあるようだ。お土産として、駆逐艦に持ち込めるものもあるという。新たな味との出会いに、私は猛烈に感動する。
しかし、この街はとても広い。4層にもわたって積み重ねられた街ゆえに、歩いて移動するのが大変なほどだ。
おまけに、珍しいものがたくさんある。王都の街ですらないものが多いのではないか?アイスなど間違いなくヴィレンツェ王国ではあり得ない。たくさんの氷の魔導士でもいなければ、あのようなものは王都では作れぬであろう。
そして、映画館というところにも行った。そこでセシリオ殿お気に入りのアニメと申すものを見る。
だが、あのスマホとかいう小さな画面とはわけが違う。大きく、しかも飛び出して見える。
主人公の女騎士は、次々に敵を破り、敵の城にたどり着く。その魔導を使える女騎士の前に現れた「最後の敵」というやつには、あまりにも強すぎた。青白い光を何発も出す。苦戦する女騎士。さすがの私も驚愕のあまり、危うく自身の魔導を放ちそうになった。それをセシリオ殿が止める。
「だ、大丈夫だよ!アニメなんだから!ここで本物の魔導など放ったら、えらいことになる!」
結局、その最後の敵を倒す女騎士。敵を倒して、街に平和が訪れる……
ああ、魔導を使わなくてよかった。部屋が明るくなると、そこは大きなスクリーンと呼ばれる幕が張られた広い部屋だったことを思い出す。
「……いや、すまぬ、セシリオ殿。思わず、魔導を使うところだった。じゃが、あまりにあの最後の敵とやらが恐ろしうて」
「でもほら、主人公がちゃんとやっつけたじゃないか。大丈夫だったでしょう?」
「なあ、セシリオ殿」
「なんだい?」
「私があの女騎士の立場だったら、あの敵を倒せただろうか!?」
「変なこと聞くなあ……でも多分、倒せただろうね。どう見てもあの主人公よりもシェリルの方が、魔導の力は上だから」
「そ、そうか?」
「だけど、現実ではあんな敵が現れることはないだろうから、大丈夫だよ。そんなのが現れたら、私が重機に乗ってやっつければいいだけだし」
「むー……そなた、私を褒めておるのか、けなしておるのか、どちらなんじゃ!?」
なんとなくムッとしたくなった。そんな私を、抱き寄せるセシリオ殿。
「現実にはもっと強大で、狡猾な敵がいるんだよ。我々こそがそいつらからシェリルを守ってやらなきゃならないんだよ。命がけでね」
それを聞いて、少し思った。そう言われれば、セシリオ殿はいつも戦場の前線に立っている。いくら重機に乗っているといっても、ガラス板一枚隔てて数千もの軍勢を相手にしたこともある。確かに、命がけだ。
だが、王国の兵など問題ではないらしい。本当に恐ろしいのは、この真っ暗闇の向こう側にいるという連盟という名の敵だという。
映画館のそばにあったクレープ屋のクレープを食べながら、その恐ろしい敵のことを話すセシリオ殿。うーん、だが、話しだけでは実感が湧かぬ。それにしても、クレープというものは甘くてとても美味い。
連盟のことよりもクレープの味に心奪われていた私の耳に、尋常ならざる叫び声が聞こえてきた。
「きゃーっ!」
クレープ屋のすぐ前で、ある女性が叫び声をあげた。大勢の人が集まって、大騒ぎになっている。皆、上を見上げている。
私も上を見上げてみた。ここよりも3つほど上の階層で、通路の柵を越えて、一人の男性が立っている。あと一歩でも踏み出せば落ちる、そんなところに男が立っている。
何をしようとしているのか?あと一歩でも足を踏み出せば、死んでしまうではないか。
「思い直せ!戻ってこい!」
上の方では、男性に呼びかけを行なっている。が、その男性は応じない。ジリジリと、その死の淵に向かって歩もうとしていた。
「なによ、あいつは!あれじゃ、死んじゃうじゃない!」
と、そこに聞き慣れた声がした。水の魔導士、セイラだ。
「セイラ!」
「えっ!?何よ、あんたもいたの!?」
「そなたなら、あの男を助けられるかもしれない!」
私は、そばにあった噴水を指差す。それをみて、どうやらセイラは理解したようだ。
「ちょっと!私がまさにそれを思いついたところだったんだから!あんたに言われて、気づいたわけじゃないわよ!」
などと強がるセイラ。だがその直後、男性は、まさに死の淵を超えた。まっ逆さまにこっちに向かって落ちてくる男性。
「水の精霊よ……私の呼びかけに応えよ……」
手を広げて、術式を唱えるセイラ。噴水の水が、バシャバシャと暴れ出す。
そしてセイラは、その手を斜め上、男性の方に向けた。噴水の下に溜まっている水が、一斉に男性めがけて襲いかかる。
その水の塊の中に、男性が突っ込んだ。しばらくすると水の塊をすり抜けるが、もはやそこは地面。ボトっと男性は落ちる。
セイラの作るあげた水の塊が、かなり落下の衝撃を吸収してくれた。おかげで、男性は何事もなかったかのように立ち上がる。
が、その上から大量の水が降ってきた。術式の解けた水が、一斉に降り注いだのだ。
「ゲフゲフ……な、なんなんだ、今のは!?」
助かった男が、びしょ濡れになった身体を起こす。そこには警官と申す者らが駆け寄る。
セイラとバドル中尉もその男の元に向かう。私とセシリオ殿も後を追う。
「なんだって飛び降りなんかするんだ!さっきの水の塊がこなければ、死んでいたぞ!」
「し、死ぬつもりだったから飛び降りたんじゃないっすか……しかし、なんなんだよ、さっきのは!?新たな自殺防止装置か何かか!?」
「さあ……我々にも分からない。いきなり、あの噴水の下の水が突然、飛んできたんだ」
そこにすかさずセイラが叫ぶ。
「どうですか、私の水の魔導は!」
それを聞いた警官らとその男はぽかんとした顔でセイラを見る。バドル中尉が間に入る。
「彼女はこの地球出身で、魔導士という特殊能力を持つ人物なんですよ。魔導を使うことは禁じていたんですが、飛び降りを見てやむなく使用してですね……」
「はあ?魔導?何を言っているんですか!」
バドル中尉が説明するが、警官は全く彼の言葉を信用しない。
「仕方ないわね。じゃあ、もう一度見せてあげるわ、私の力を!」
と言って、セイラのやつはまた術式を唱える。水が戻り始め、再びいっぱいになった噴水の下の水が、再び空中に浮き出す。
周りに人々も、この珍現象をスマホというやつを向けている。あれは、この現象を映像として残そうとしているんだそうだ。
「分かった!分かったから、水を元に戻して!」
警官の一言で、再び噴水の池の水はバシャンと音を立てて元に戻る。
周りに集まって人々の中に、テレビ局の人間と申す者もおり、しきりにセイラに質問していた。自慢げに応えるセイラ。その姿を見ながら、バドル中尉がセシリオ殿にボソッと言う。
「……えらいことだな、これは」
「そうですね、えらいことです」
「直ちに、司令部へ報告せねばならないな」
険しい顔で、私とセイラを見る2人。それは私達、魔導士にとっても、そしてこの宇宙にとっても大きな出来事であったようだ。