#7 旅路
翌日のこと。魔導士一同が、食堂に集結した。
全部で4人。気づけば、ヴィレンツェ王国に次ぐ規模の魔導士を抱える組織になった。
が、全員、手枷も首輪もついていない。我々は自由に扱われてるところが大きく違う。
「改めて、皆に確認したいことがある」
私が口を開く。すると、私に対抗心を燃やすあのセイラが叫び出す。
「ちょっとあんた!なに突然この場を仕切るのよ!」
「いや、別に仕切っているわけではない。単なる提案じゃ」
それを見たナタリーは、ミレーユに耳打ちしている。
「誰?この人」
「ああ、元カターリア王国の水の魔導士」
「ええ~っ!なんで、そんな別の国の魔導士までいるの!?」
「まあ、いろいろと、ね」
とにかく、私は続ける。
「たいしたことではない。我らは魔導士、その気になれば、この船の中でも魔導を使うことができる。だが、それをこの船内では使わないと、ここで取り決めておきたい」
「なんだ、そんなこといちいち言うために、私達魔導士を集めたの!?」
「大事なことだ。我々にも関わる話だからな」
「私とセイラさんは水の魔導士だから、水がなきゃどのみち魔導は使えないわね」
「そう。一番心配なのは、私とナタリーだ。特にナタリー、そなたがこの艦内の全員の視野を奪ってしまったら、大変なことになるぞ」
「大変って……どうなっちゃうの!?」
「美味しいものが、食べられなくなる!」
一同、しーんとなった。
「……なるほど」
「それは、そうだよね」
「そうね、毎日、美味しいものを食べさせてくれるこの船で、闇の魔導を使ったらダメよね……料理どころじゃないわよね」
「ということだ。我々魔導士一同は、これから毎日、美味しいものを食べて、楽しいことを知らなければならない!それゆえに、この艦内での魔導を封じる!それだけのことだ!」
「ううーん、確かにあなたのいうことは、一理あるわね……分かったわ。その提案、受けましょう」
セイラが悔しがるが、ここの食べ物にすっかり慣れてしまった我々にとって、この艦の中で魔導を使うことはあってはならない。
「でもこの船の人達、私たちを拘束しないよね」
「そうじゃ。よくはわからぬが、なぜか人間とは自由でなくてはならないと考えているらしい。たとえそれが、魔導士であってもだ」
「そうなの?でも、魔導士の反乱が怖くないのかな?」
「いや、怖いとか怖くないとかではない。彼らにとっては、人が自由であることが当たり前なのだ。たとえそれが怖い相手であっても、法を犯すことでもしない限り、拘束することはないというぞ」
「そうなの?それはそれでありがたいけど、なんだか変な感じ……」
と、そこにセシリオ殿が現れる。
「魔導士の皆さん、お話し中、申し訳ないのですが……」
「なんじゃ、何があった、セシリオ殿」
「いや、これから宇宙に出るんだよ。それを知らせにきたんだ」
「宇宙?」
「そろそろこの駆逐艦、補給を受けないといけないんだ」
「補給ということは、食べるものが少なくなってきているのか?」
「そういうことさ」
「それは困るな。だが、宇宙というところは、テレビで真っ暗な場所だと言っておったが」
「そうだけど、補給の際には戦艦に寄るから、その中にある街にはいけるよ」
「戦艦に街!?なんじゃそれは!?」
「戦艦の中には、小さいながらも街があるんだ。皆さんも、それぞれ担当の者が付き添ってくれることになっているから、ぜひ楽しんできて下さいね」
ということは、私はセシリオ殿と共に街に行くことは間違いなかろう。セイラは、あのバルド中尉だ。
ナタリーには、艦長の指名でゼークト大尉というパイロットが担当に当てられた。ナタリーはどちらかというと優柔不断なところがある。あのパイロットは、そういう人物を引っ張るのに適している。そういう判断で、人選されたようだ。
ミレーユはというと、最近妙な人物と知り合った。
整備科のルーカ軍曹という、おとなしい人物。そういえば、ミレーユの首輪を切ったのは彼だった。
その首輪を切ってくれたお礼を言わねばと、わざわざ彼を探し出して一緒に食事をしたそうなのだが、そこで会話するうちになんとなく波長が合ったようで、それからはずっと一緒に食事をとるようになった。
物静かな人物を好むミレーユにとっては、彼はぴったりな人物のようだ。最初は明るい性格のミレーユ相手に戸惑っていたルーカ軍曹だが、この不思議なミレーユに惹かれ始め、今ではすっかり仲がいいようだ。
だが、宇宙というところに行くこと自体が初めてのこと。私はこの魔導士の中で最も長くこの船にいるが、そんな私でさえ始めていくところである。
一体、どんなところなのか?
宇宙も気になるが、その戦艦の街というのも気がかりだ。
私達は「街」に行ったことがない。この地上の街すら知らない。
馬車で横を通ることは度々あった。大勢の人々が行き交い、多くの店があり、皆、笑顔で話していた。
楽しいところ。そういう印象はあるが、その中まではどうなっているのか、何が楽しいのか、知るはずもない。私達はただ、馬車の中から人々を眺めることしかできなかった。
そんな街に連れて行ってくれるのだという。小さな街だと言っていたが、関係ない。少々小さかろうが、我々が憧れ続けた場所である「街」に行ける。
踊る心を押し隠して、艦橋へと向かう。大気圏離脱をするから、一度見ておいた方がいいと言われ、セシリオ殿に誘われたからだ。
そのセシリオ殿についていき、4人は艦橋に入る小さな扉を開けて通る。そこには、艦長を始めとする20人ほどの乗員達と、大きな窓がある。
4人は、その窓のそばに駆け寄る。
「規定高度まで、あと2000!視界良好、問題なし!」
「直前30万キロ以内に障害物なし!進路クリア!」
「各種センサー、および機関正常。問題なし」
「まもなく、規定高度、4万メートルです!」
後ろでは、なにやら乗員らがなにかを艦長に報告している。ここは他と違って、緊迫した雰囲気がある。
それにしても、確かまだ昼のはずだが、空は暗い。地上だけが明るく見える。不思議な光景だ。
あまりの高さに、かえって怖さが感じられない。見慣れた山や街の姿は見えず、島全体の形がよく見える。
「大気圏離脱時には、大きな音がします。しばらくすると止みますから、それまでは我慢して下さい」
と、セシリオ殿がいうが、どれほどの音がするというのだろうか?
「これより、大気圏離脱を行う!両舷前進いっぱい!」
「機関出力最大!両舷前進いっぱーい!」
その直後、ゴォーッという大きな音が響いてきた。と同時に、窓や床がビリビリと小刻みに揺れる。
あまりのうるささに、ミレーユは耳を塞いでいる。
窓の外を見る。地面が流れるように後ろに飛んでいく。いや、多分こっちが前に進んでいるんだろうが、どういうわけか、周りが後ろに走っているように錯覚する。
その地面は過ぎ去り、あたりは星空にようになる。ところが、駆逐艦が向きを変えると、そこには青くて丸いものが見えてきた。あれは、我々の地球だ。
映像では見せてもらったが、実際に見るものは映像などとは比べ物にならないほど雄大な姿だ。思わず4人は窓にへばりついて、その地上の本当の姿を見て息を飲んだ。
それ以上に、この周りにある真っ暗な星空の空間の奥行きを感じる。あれだけ大きな地球であっても、この広大で真っ暗な空間から見れば、ほんのちっぽけな存在にすぎない。
その地球を通り過ぎ、月の横を通った。普段は黄色く輝く月も、近くで見ると灰色で、なんだか穴ぼこだらけだ。月とはこんなところだったのか?4人は、食い入るようにその月の真の姿を見る。
やがて月も通り越して、小さな星が散りばめられた真っ暗な空間になる。青くて丸い地球は、もはや小さな点のようになってしまった。
なんとこの世は広いのか?我々はヴィレンツェ王国など30の国がひしめく小さな島の中の、そのまた塀の中で暮らしていたのだ。それに比べてなんとこの宇宙は広いことか。
人が住む宙域を端から端まで行き来しようとすると、この駆逐艦でも半年以上はかかるという。それですら、この宇宙の中にある星の集団である銀河系という場所の、ごく一部に過ぎない。
さらにその銀河というものより遠くにも別の星の集団があって、その集団の数が数千億個もあると言われている。もはや私には、想像できないほど広大な話だ。
「あと半日ほどで、戦艦カンディアに到着します。それまでは、食堂などでゆっくりしていて下さい」
セシリオ殿は、補充部品を発注するための仕事があるという。ほかの3人は皆、担当がいるというのに、私だけが取り残された。
仕方がないので、格納庫に行く。そこで、セシリオ殿の仕事を見学することにした。
「うーん、ここも交換だな。亀裂があるな」
「すいません、整備長」
「気にするな。こいつがそれだけ活躍してるってことだ。この亀裂の代わりに、大勢の人々が助かったんだぜ。そして、この嬢ちゃんもな」
どうやら、この人型重機はあちこち壊れているようだ。思えば、前回は目が見えない状態で7000人も相手に暴れ回り、挙げ句の果てにナタリーの元まで跳んで助けに向かった。あれは、相当な負荷がかかっていたようだ。
「ところで、ここにもう一体の重機を入れようと思うんだが」
「えっ!?もう一体!?」
「お前一人じゃ大変だろう。次は1万人くらいの軍勢を相手に戦わなきゃいけねえかも知れねえんだ。もう一体、欲しいところだろう」
「そりゃそうですけど……誰が操作するんですか?」
「ああ、ルーカ軍曹なら、操作資格を持ってるぞ」
「ええ~っ!?ルーカ軍曹って、ここの整備の……」
「あいつ元々、陸戦隊希望で、そっちの訓練を受けていたらしいが、結局選考にあぶれて整備員になったんだ。だが、ここは今、陸戦隊の需要があるから、一時転属させることにしたんだ」
「そうだったんですか……いや、助かります。前回も、運が良かっただけですから。よくこちら側に死人が出なかったものだと思いますよ」
まあ、闇の魔導を使うものなど、もはやヴィレンツェ王国にはいない。同様の目眩ましの魔導といえば、あとは「光」だけだ。
「地」、「風」、「雷」、「氷」、「木」、そして「鋼」がある。この中で厄介なのは、やはり鋼か。
兵士相手では無力でも、この重機はいわば鋼鉄の塊。彼女なら、これを一体操ることくらい容易いだろう。彼女が出てくるときのことも考えておかねば、さすがの人型重機でも勝てないかもしれないな。しかも、今後は複数の魔導士を組み合わせてくるかもしれぬ。
こんなちっぽけな、しかもその中の一つの島の上の覇権を握りたいがために、魔導士を盾に意地でも対抗してくるあの王国は、なんと哀れな存在か。彼らに、この宇宙を見せてやりたいものだ。
「さて、打ち合わせも終わった。いこうか、シェリル」
「行くって、どこにじゃ?さっき食事を終えたところだぞ?」
「うーん、そうだったなぁ……どうしようか」
「そうじゃ、そなたの部屋を見せよ」
「えっ!?私の部屋を?そりゃまた、なんで?」
「何か面白そうなものがないか、気になるからじゃ」
「いや、そんなものないよ!行ったところで、つまらないだけだって!」
「そうか~?そこまで拒絶するということは、きっと何かあるに違いない!いいから見せよ!」
「そうだぞ、少尉!恋人にここまで見せろと言われて、拒絶するやつがあるか!」
「せ、整備長~!」
というわけで、セシリオ殿の部屋を見せてもらうことになった。
「あの、最初に断っておくけど、絶対に面白くないよ。むしろ、後悔するかもしれない。今が、引き際だぞ」
「ふーん……そこまで言われると、ますます見たくなるなぁ。何かあるのか!?」
「いや、そんな、たいしたものなんて……」
と言いつつ、セシリオ殿が鍵を開けた瞬間、私は飛び込んだ。
「あ!ちょ、ちょっと待って!」
焦るセシリオ殿、だが、中にあったのは、私と同じ机にベッド、そしてテレビだけだ。
……いや、ベッドの上に妙なものがあるぞ?
「なんじゃ、このベッドの上にあるのは?」
「わーっ!な、なんでもない!」
よく見ると、そこには絵が書かれておった。女の絵。しかも半裸のような姿の女の絵が描かれていた。大きな枕のようだ。
「随分と大きな枕じゃな。しかもこの絵。なんなのだ、これは?」
「あー……見られてしまった……」
シュンとしているセシリオ殿。しばらく黙り込んでいたが、重い口を開く。
「……これは、抱き枕と言うんだ」
「抱き枕?」
「まあ、寝るときにこうやって抱きしめているとですね、寝易くなるというか、そう言うもので……」
「女の絵が書かれてるが、何か意味があるのか?」
「いや!それはその!なんていうか……あるアニメのキャラクターの絵なんです」
「あにめ?きゃらくたー?なんじゃそれは」
「こういうものですよ」
そういって、ポケットから何かを取り出す。
四角いそれには、小さな絵が並んでいる、なんとも不思議な板だ。指先で動かすと、あの食堂のメニューのように画像も合わせて動く。
その絵の一つを指で触れると、全体が真っ暗になった。かと思いきや、突然、動く絵が表示される。
そこに現れたのは、剣を持った女騎士のような人物。だが、騎士にしては随分と露出度が高い姿だ。まさに、この枕に描かれている姿そのものだ。
そこに、顔が豚で緑色の怪物どもが襲いかかる。が、その女騎士、そいつらを剣でバッサバッサと斬りつける。だが、その奥からローブをまとった男が現れた。
なにやらぶつぶつと唱えると、突然、火の魔導を放つ。だが、その女騎士も対抗して、さらに強い火の魔導を放つ。
なんだこれは?剣が使えて、魔導まで放てるとは、この女、私よりもはるかに強いではないか。
「今人気のアニメなんだよ。もちろん、架空の人物だ。でもこの強いキャラが大好きで、先日、街に寄った際に買ったんだけど……」
「なんだ、そなた、女騎士のような魔導士を抱いて寝たいと思っておるのか?」
「うーん、まあ、そんなところだ」
そこで、私は聞いた。
「私じゃ、ダメなのか?」
「えっ!?シェリルを!?」
「そうじゃ、私とて魔導士。剣は使えぬが、枕ではなく本物だぞ!」
「いや、でも……」
「なんじゃ、私はそんなに魅力がないか!」
「めっそうもない!ありすぎて、困るくらいだよ」
「ならば、こんな偽物の女より、私に抱きつけばいいではないか。なんなら時々、この部屋にもきてやるぞ」
「ええ~っ!?シェリル、それはいくらなんでも……」
「そなたに救われた身だ。それくらいのことは、遠慮するな」
「はあ……では……」
それから私は、セシリオ殿に抱きつかれた。セシリオ殿の暖かさと高鳴る鼓動が、私にも伝わってくる。
ところでその黒い小さな板は、スマホと言うらしい。そのスマホとやらを使いながら、他にもいろいろなアニメやドラマ、ドキュメンタリー、そして音楽があることを教えてもらった。
これらは街で手に入れられるらしい。だが、これはその街で手に入るものの、ほんの一部だと言う。
ますます街に行くのが楽しみになってきた。私の知らない世界が、そこにはあるのだ。
で、なんだかんだとしているうちに半日が経ち、我々は戦艦に到着した。