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#5 難航

 私とセシリオ殿は、艦長に呼び出された。


「どういうことか、説明してもらおうか!?」


 いきなり不機嫌だ。何かあったのか?

 この船で一番偉いとされる艦長が、こうも不機嫌なのは、どうやら私とミレーユが原因のようだ。

 今、こやつらの星の者達が、我がヴィレンツェ王国との接触を果たしたらしい。

 だが、いざ交渉というところになって、私とミレーユの2人の返還を条件に出してきた。

 私とミレーユをヴィレンツェ王国に引き渡さねば、この先の交渉はない、と。

 その横には、少し歳をとられた男性が同席している。黙って、セシリオ殿の話を聞いている。


「……もちろん私は、彼女らを保護しました。その後、地上に送るという話もしています。ですが、先ほどももうした通り、彼女らの置かれた状況があまりに非人道的であり、彼女らには戻りたいという意思が無いのです。それで、依然として保護を続けている、というわけです」

「つまり、ヴィレンツェ王国に彼女らを返せば、再び拘束される、ということか」


 私はセシリオ殿の言葉に付け加えて言った。


「いや、それどころか、おそらく私は殺される。軍の指揮官に向かって、火の魔導を放とうとした。戻ればそれを咎められて、拷問の末に殺される」

「なぜ、殺されると言い切れるんですか?」


 艦長が、私に尋ねる。私は少し目を閉じて、そして応える。


「王国にはかつて、11人の魔導士がいた。だが、今は10人だ」

「それは、1人が戦場か病気で亡くなったか、それとも逃げ出したか、ということですか?」

「いや、私達の前で、殺された」


 艦長室の中は一瞬、静まり返る。


「どういうことです!?殺されたとは……」

「彼女は光の魔導士だったが、戦場で手枷を外された時に、眩い光の魔導を使い、逃げようとした。だが、結局捕まって、一晩中拷問されて、挙げ句の果てに私達の前で、首をはねられた」

「なぜ、そんなことを……」

「首をはねた後に、立ち会った貴族が言った。脱走や反旗を企てた者は、即死刑だと。首を飛ばされて、動かなくなったその魔導士胴体を蹴飛ばしながら、その貴族は我々にそう言ったのだ。私達はその夜は、恐ろしくて眠れなかった。今でもその光景を思い出すと、恐ろしくなる」


 すると、黙って聞いていた横の男性が、初めて口を開く。


「なるほど、分かりました。では答えは明白です。彼女らの引き渡しは拒否する。それでいいでしょう」


 すると艦長が反論する。


「しかし交渉官殿!それではあの最大の王国との交渉が……」

「いえ、構いません。一時交渉を中断して、周りの王国から交渉を始めます。ヴィレンツェ王国は、その後でもいいでしょう」

「ですが、それでは……」

「強国ほど、交渉の条件を渋るもの。その際は、周りの弱小国を優先して、その強国の周りをぐるりと同盟国にしてしまうんです。そうすれば、自ずと交渉のテーブルにつかざるを得なくなる。交渉術の基本ですよ。ついでに、他の王国に対しても、魔導士の解放を条件に入れることにしましょう。もはやあなた方の能力は、地上での戦闘の道具にしてはなりません。我々がきたことで、時代が変わったのです」


 どうやらこの人、艦長よりも偉い人らしい。交渉官と言っていた。艦長とセシリオ殿、そして私は、その交渉官殿が哨戒機で飛び立つところを見送る。


「シェリルさんでしたっけ?残りのあなたの仲間も、いつか自由になれる日が来ますよ。少し時間がかかるかもしれませんが、その日を楽しみにしていて下さい」

「うむ、分かった。そのような日が来ることを楽しみにして、待つことにする」


 私が応えると、その交渉官殿はニコッと笑って哨戒機に乗り込んだ。これからヴィレンツェ王国に、我々の返還拒否、および、魔導士の解放という条件を伝えるそうだ。


「さて、少し忙しくなるかもしれないな」


 セシリオ殿がつぶやく。


「何がじゃ?別にセシリオ殿が他の王国との交渉をするわけでは無いだろう」

「いや、我々が周囲に囲まれた王国との交渉に入るや、おそらくヴィレンツェ王国は軍事行動を起こすはずだ。我々に対する意思表示も兼ねて、大々的に動き出す恐れがある。そうなると、陸戦隊である我々は忙しくなる。当然、王国の魔導士達も駆り出されるのだろうな」


 私はそれを聞いて、セシリオ殿の腕を掴んだ。私は言った。


「私も行く!他の魔導士も、助けたい!」

「だが、毎回助けられるかどうかは分からないよ!?」

「相手がどういう魔導士かどうか分からなければ、対処法が分からぬであろう。私が行って魔導士を見れば、相手がどんな魔導を使うかが分かる。そなたらの助けにはなるはずだ」

「そういわれるとそうだな。確かにその通りだ。『闇』の魔導なんてものを使われたら、我々のバリアシステムでは防げない。使い手の情報は重要だな」


 などと言いながら歩いていると、ミレーユが向こうから歩いてくるのが見えた。


「あ!いた!やっと見つけたよ、シェリル!」

「どうした、ミレーユ」

「えへへ、そろそろお昼の時間だなあと思ってさ」


 ここに来て2日目。すっかりここでの生活が気に入ってしまったミレーユ。特に食事が楽しみで仕方がないらしい。

 この通り、明るい性格だから、周りの人とも随分と仲良くなった。私はセシリオ殿くらいしかまともに話せない。

 だが、あの塀の中では、これほど明るくはなかった。魔導士同士ならば心許して明るく話してくれるが、見張りの兵相手では怖気ついて話そうともしない。それがここでは、誰とでも気兼ねなく話す。

 あの時、指揮官から奪い取るように連れてきてしまったが、それでよかったようだ。明るく振る舞うミレーユを見てると、つくづくそう思う。

 だが夕方には、あの交渉官からヴィレンツェ王国との交渉が暗礁に乗り上げたことを知らせる電文が届く。相手は激怒し、我々に対して宣戦を布告するとまで言いだしたらしい。

 だが、交渉官殿もひるまない。交渉を中断すると言いだして、そのまま立ち去ったそうだ。


「いいのか、そんなことを言うと、あの王国は意地になって軍勢を動かし始めるぞ!?」

「大丈夫だよ。あの交渉官は、かつていくつもの星の交渉をまとめ上げたベテランだ。きっと考えがあっての行動だよ」


 そういえば昨日くらいから、セシリオ殿は私に対して言葉遣いが馴れ馴れしくなってきたな。相変わらず優しいのだが、なんというか、客人から友人にされてしまったようだ。

 だが、不思議とその方が私にはちょうどいい。私も、セシリオ殿に遠慮する必要がない。


 で、早速、交渉官殿は隣のカターリア王国へと向かったそうだ。ここはなんどもヴィレンツェ王国の挑発に乗り、攻め込んでは軍勢を撃ち減らされた国。すぐに交渉に乗ってくれたそうだ。

 だが、ヴィレンツェ王国を包囲する国は12。これらとすべて交渉するのは時間と労力がかかる。本当はヴィレンツェ王国と先に同盟を結べば、周りの小国はすぐに追従してくる。これの逆をやろうと言うのだから、交渉は難航することになる。

 しかも同盟締結の条件に、魔導士の解放を掲げている。カターリア王国には、水の魔導士が1人いるため、この条件のおかげでいきなり頓挫する。そこで交渉官殿は、我々に要請してきた。


「なんですか?交渉官殿の要請って」

「簡単だよ。魔導士など不要だと思い知らせるために、我々の力を見せつける。ただ、それだけだ」

「ああ、つまり、デモンストレーションをやれと」

「そういうことだ。その際、シェリル殿も連れていくようにと」

「ええ~っ!?シェリルさんを!?どうしてですか?」

「最強の魔導士である彼女がすでに我々の手中にあることを示した方が、相手は動くそうだ」

「そうですか……なんだか、彼女を道具に使うようで気が引けますが、なんとか頼んでみます」


 と言う話になったそうなので、私もカターリア王国に行くことになった。


「本当に大丈夫?」

「平気じゃ。その方が交渉が進むとあれば、協力しないわけにはいかぬであろう」

「そうだね。じゃあ、お願いするよ」


 駆逐艦2810号艦と申すこの船は、一路、カターリア王国に進路をとる。翌朝には、カターリア王国の外れの平地へと降り立つ。

 ヴィレンツェ王国の宮殿をも上回る大きさの空飛ぶ船の登場に、下で整列して見送る兵達はさぞかし肝を冷やしていることだろう。その船が、平地の端に降り立つ。ズシーンという音を鳴り響かせて。

 この船には、3体の人型重機を搭載している。1体はセシリオ殿搭乗のもので、他の2体は別の船から借りたものだ。この3体は今、この駆逐艦の甲板上に載っている。

 船の着陸とともに、この3体が地上に降り始める。地上に降りたとはいえ、駆逐艦の甲板はかなりの高さだ。

「じゃあ、いくよ、シェリルさん」

「あ、ああ、いつでもいいぞ」


 他の2体とともに、セシリオ殿の人型重機も降下を開始する。

 ゆっくりと降りる3体の人型重機。ズシーンという音を立てて地面に降りるや、ウィーン、ウィーンという音を立てて歩き始める。


『では、これより人型重機による高エネルギー砲の実弾演習をご覧いただきます。陸戦隊!砲撃準備!目標、崖下の模造標的(ダミー)!』


 拡声器で、カターリア王国側にこれから行うことを説明する士官。ハリボテのようなもので作られた標的が、崖の下に3つ置かれている。あれを攻撃することで、この人型重機の持つ武器の威力を示すようだ。

 カターリア王国の兵達を見る。1人、手を鎖で繋がれた人物が見える。あれは多分、この王国にいる唯一の魔導士であろう。


『陸戦隊!構え!エネルギー砲、装填開始!』


 キィーンという音がする。この重機の右腕にはめ込まれたあの筒の先端が、青白く光る。


『3機斉射!撃てーっ!』


 合図とともに一斉に放たれるこの重機の魔導。まっすぐ、その標的に向かって飛んでいく。

 が、ハリボテなどあっさりと貫通し、その向こうにある崖まで青白い光の筋が伸びる。そして、その崖もろとも、猛烈な爆発が起きる。

 セシリオ殿によれば、これはわざとだという。ちょっと強めの魔導を発して、崖ごとぶっ壊すつもりだと言っていた。セシリオ殿の思惑通り、崖の岩がガラガラと崩れ落ちる。

 大きく削れてしまったその崖をみて、カターリア王国の兵達は明らかに動揺している。おそらく、想像以上の魔導だったからであろう。


『攻撃終了!人型重機、砲撃用具納め!』


 右腕を下げて、直立する3体の重機。そして振り返り、歩き出す重機達。

 内、2体はそのまま上昇し、駆逐艦の甲板に向かう。ただ、セシリオ殿の乗る重機だけは、カターリア王国軍のいる方へ向かって歩いていく。

 そこには、昨日会った交渉官の姿がある。隣にいるのはおそらくカターリア王国の王族か貴族だろう。その前に重機を停めるセシリオ殿。


「では、ひと仕事してきますか」

「うむ。分かった」


 などと言葉を交わし、2人で地上に降りる。

 指揮官経験のありそうな貴族らしき人物が、その王族らしき人物に何かを話しかけている。多分、私のことを教えているのだろう。私は、この王国の兵を幾人も倒してきた魔導士。そんな魔導士が、なんの拘束具もつけずに歩いてくる。


「私は地球(アース)528、遠征艦隊所属の駆逐艦2810号艦の陸戦隊員、セシリオ少尉と申します!」

「わしはカターリア王国の第3王子、アンドルーと申す」


 セシリオ殿に引き続き、私も名乗る。


「私は元ヴィレンツェ王国の魔導士、シェリル。ですが、今は王国より解放されて、こちらの船にて保護されております」

「そ、そなたがあのヴィレンツェ王国最強と言われた火の魔導士か!?」

「そうでございます」

「だが、なぜ拘束もされず、自由にしておられるのか!?」

「先ほどの魔導をご覧になられましたでしょう。私の力など、もはやなんの役にもたちませぬ。ですから、私は自由なのでございます」


 カターリア王国の第3王子に、あらかじめ用意した台詞を話す私。まあ、嘘はついていない。実際、私の魔導など、もはや彼らの前では何の功もなさない。


「どうですか、王子。我々の立場では、魔導士の人道的扱いを進めておりますが、ご覧の通り自由にしたところで何か問題が起きているわけではありません。あなた方も魔導士に自由を与えれば、それを上回る力を手にすることができるのでございますよ」

「うむ……そうじゃな。分かった。そなたの交渉条件を、認めよう」

「ははっ!」


 交渉官殿も、上手くこの第3王子をそそのかしたものだ。だが、この第3王子は思わぬ条件を出してくる。


「ただしじゃ、解放した魔導士は、そなたらに引き取ってもらう」

「は?なぜでございますか?」

「万がひとつにも、ヴィレンツェ王国の者が解放した魔導士を連れて行き、我々へその力を向けるやもしれぬ。ならば、そなたらに保護されてもらった方が我らとしては安心じゃ。それならば、魔導士の解放を認めるとする」

「分かりました。仰せのままにいたしましょう」


 そこで、鎖に繋がれた魔導士が連れてこられた。その場で鍵を外し、駆逐艦から派遣された別の士官に引き渡される。

 だがこの魔導士、なぜか私を睨みつけてくる。なんだ?私は、何かしたのか?


「それでは、我ら陸戦隊、および魔導士は撤収いたします!」

「ご苦労だった、セシリオ少尉殿」


 交渉官と第3王子に敬礼して、人型重機に戻る。私もセシリオ殿に連れられて、後ろの座席に乗り込む。

 そのまま重機は上昇し、駆逐艦の甲板の上に乗る。すると駆逐艦は上昇を開始する。


「これでようやくひとつ、乗り切ったな。にしても、魔導士を引き取れと言われるとは……」

「確かに、野放しにはできぬであろう。いきなり解放されても、我ら魔導士は生きる(すべ)を持たぬ。それに、他国に渡るのがもっとも恐ろしいことだ。それならば、この船にいる方が安全と考えるのは当然であろうな」

「そうなんだけどね……なんだかうちの艦、魔導士だらけになってきたなぁ」

「なんじゃ、魔導士が増えると、困ることでもあるのか!?」

「いや、そんなことないよ!大歓迎です、魔導士様!」


 適当に応えたな、セシリオ殿め。まったく、こやつは調子がいいのか悪いのか。

 上空で格納庫に入るセシリオ殿の重機。他の2体は、合流した別の船にそれぞれ帰っていった。

 格納庫の扉を抜けて、艦内に入る。会議室のあたりをすぎると、ちょうど先ほど解放されたカターリア王国の魔導士が出てきた。

 彼女は、水の魔導士だと聞いている。ちょうどミレーユと同じ属性の魔導士だ。その水の魔導士が、私を見るや、突然名乗り出す。


「私はカターリア王国の魔導士、セイラ!そなたがヴィレンツェ王国最強と言われた火の魔導士、シェリルか!?」

「そうじゃ」

「その最強の魔導士を破るために機会を狙っていたというのに、まさかこの船に保護されていたとは、なんたる無様(ぶざま)か!?」


 いきなり喧嘩を売ってきたな、この魔導士。


「別に無様(ぶざま)だとは思わぬ。むしろ、今までの方が無様(ぶざま)だった。そなたもいずれ、分かるであろう」

「だいたい、そなたが私と対決できる戦場に現れなかったから、対決にならなかったのであろうが!もっと河原のそばとか、池のそばに現れたならば、私も駆り出されて、そなたよりも私の方が強いということが証明できたであろうに!」


 人の話を聞いていないな、こいつ。どうやら、私に対する対抗心でいっぱいのようだ。

 だが、確かに私がこやつと真っ当にぶつかれば、負けるのは私だ。火の魔導は、水の魔導に弱い。炎を消されてしまうからだ。だからこそカターリア王国との戦いでは、彼女の水の魔導を警戒し、私は水場のある場所に連れて行かれなかったのであろう。私がそうしたというより、指揮官がそうしただけのことだ。


「まあ、そなたのいう通りであろうな。私の魔導は火属性。水属性に敵うわけではない」

「口で言われたって納得できないのよ!実際にそれを見せつけなきゃ、意味がないわ!」

「そんなこといわれても、もはやどうしようもないであろう。それよりも、解放されたことを喜び、魔導士同士、仲良くするべきではないのか?」

「冗談じゃないわ!私は鎖で繋がれながらも、あなたに勝つことだけを夢見て耐えてきたのよ!それがどうして急に同じ船に乗って、仲良くしろだなんて言われても、できるわけないでしょう!」


 ああ、だめだ。すっかり興奮して、私のいうことなど聞こうとしない。困ったものだ。


「まあまあ、セイラさん、でしたっけ?ここじゃ魔導を使って争うわけにはいきませんし。それよりも美味しいものを食べて、機嫌を直してください」


 すると、仲裁に入ったセシリオ殿に向かって睨みつけるこのセイラという魔導士。


「あなた、誰!?そういえばさっきもシェリルと一緒だったわよね?なんなのよ、あんたは!?」

「私は陸戦隊所属のセシリオ少尉。先日のカターリア王国軍とヴィレンツェ王国軍との軍事衝突をやめさせるために出撃したところ、このシェリルさんを保護した者です」

「へぇ~っ。つまり、シェリルの騎士様なんだ。王国最強の魔導士が、男にたぶらかされていたとは驚きねぇ」

「おい!そういう言い方はないだろう!」


 セシリオ殿がムキになって抗議する。が、セイラの言葉を聞いてハッとした。そうか、そう言われてみればこのセシリオ殿は、私の騎士様なのか。

 それで私は、セシリオ殿の腕をぎゅっと抱きしめる。そして、セイラに向かっていった。


「そうだ、セシリオ殿は私の騎士様!私を助け、新しい生き方を教えてくれた、まさに恩人!そなたのいう通りだ!」


 それを見たセイラは、急に顔を赤くして言い出す。


「なななななんてことなのですか!?よ、よりによって最強の魔導士たるものが、男の腕を抱き寄せるなどとは……」

「私はすでに最強の魔導士などではない。新しい生き方を探している、1人の人間だ。だが、セシリオ殿なしにはまだ何もできぬ弱い人間だと知った。だから今、私はこの騎士様、セシリオ殿に頼っているのだ」


 セシリオ殿の顔をチラッと見る。なんだか、顔が赤い。どうしたのか、熱でも出たのであろうか?

 それよりもセイラの睨みつける顔が怖い。私、何か変なことを言ったか?


「く、くやしい~っ!魔導どころか、人生の伴侶をもう見つけていただなんて!分かったわ!あなたの勝負、受けて立つわ!私だって新しい伴侶を、見つけてみせる!」


 などと言って、どこかへと言ってしまった。それを案内役の士官が追いかける。


「……なにをさっきからあやつは叫んでおったのだ?」

「うーん、どうやら君をライバルとすることで、辛い暮らしに耐えてきたんだろうな。それが急にライバルでなくなったから、そのぶつける先がなくなってしまった。そういう感じかな」

「そうなのか……私は別に、誰かに勝とうとか、そんなことを考えたことはない。ただ、退屈な日々が嫌いだった。でもそれも、セシリオ殿との出会いで大きく変わった」

「あの、シェリルさん?」

「セイラの申す通り、セシリオ殿は私にとっては騎士様であったな。人型重機に乗る騎士様。上手いこと言うな、あの魔導士も」

「シェリルさん!」

「なんじゃ、せっかく人がそなたを素直に認めているというのに!大声を出しおって!」

「……あの、そろそろ、私の腕を離してもらえませんか?周りの人に、注目されてます」


 私は周りを見た。本当だ。10人以上の人が、私とセシリオ殿の方をじーっと見ている。

 確かに、私は人見知りな方だから、これだけ大勢に見られると私はちょっと恥ずかしくなる。私はセシリオ殿の腕を外す。

 人々が解散したところで、セシリオ殿はボソッとつぶやくように言う。


「さてと、ひと仕事終えたことですし、もうそろそろ夕食の時間ですから、食堂にでも行きますか」

「うむ。そうじゃな。行くとしようか」


 食堂に着くと、そこにあのセイラという魔導士もいた。トレイを持って、料理が出るのを待っている。こちらと目を合わせるなり、一瞬睨みつけて目を背ける。

 まったく……どういう想いを抱いて生きてきたか知らないが、時代は変わったのだ。私など意識してどうするというのか。

 だが、食事を始めたセイラは、まんまとこちらの術中にはまってしまう。ヴィレンツェ王国よりも小国のカターリア王国の魔導士の扱いなど、間違いなく劣悪だ。そんなところからこの食堂にあるものを食べれば、そのあまりの美味しさに、あの不機嫌な態度も改めざるを得ない。

 実際、頬を抑えてニヤニヤしながら食べていた。正面にいる士官に、その食べ物を指差して何かを尋ねている。そしてまたひと口食べては、ニヤニヤしている。

 その様子を私がニヤニヤしながら見ていると、それに気づいて急にツンとした顔に変わる。だが、食べ物の力とは恐ろしいものだ。しばらくすると、また頬を抑えながらニヤニヤと食べている。


「よかったな、あのセイラとかいう魔導士」

「そうだよね。人殺しの道具ではなく、人間として扱えてもらえるのだから、幸せには違いない」

「だが、セシリオ殿よ」

「なんだい?」

「これから先、我々はどう生きればいいのか?」


 はたと食事の手が止まるセシリオ殿。しばらく考えて、応える。


「そうだなぁ。よくわからないけどさ、せっかく魔導士なのだから、それを生かした仕事をしてみればいいんじゃないかな」

「なんじゃ、私の魔導など、人殺しくらいにしか使えないぞ!」

「そんなことはないよ。例えば、この宇宙では稀に、特別な力を持つ人達というのがいるんだ」

「そうなのか?」

「例えば、どこかの星では『魔女』と呼ばれる人達がいるらしい」

「なんじゃ?その魔女というのは?」

「こっちで言う魔導に近いことができる人々で、重いものを片手で持ち上げて見せたり、空を飛んだり、そういうことができる人々だと聞いている」

「なんじゃ、その程度の魔導か。しかし、空を飛ぶというのは興味深いな」

「以前、その魔女のことを研究して、我々のこの船も少し性能を上げることができたと聞いたことがある」

「なんじゃ、研究材料に使われたというのか?」

「いや、それ以外にも、魔女達はその能力で働いているそうだよ。例えば、空飛ぶ魔女は手紙や荷物を運んだり、ものを持ち上げられる魔女は、荷物の運搬をしたり」

「だが、私の魔導は爆炎。そんなものを使って、何ができる?」

「うーん、真っ先に思いつくのは研究だけど……そうだなぁ……森を畑に変えるときに、焼き払ったり」

「その程度の用途ならば、そなたらのあのエネルギー砲の方が役に立ちそうな気がするな」

「うーん、そうなんだよねぇ……エネルギー砲と変わらない、か」


 まあ、こんなところで話したところで何か妙案がすぐに出るわけではない。別にこの能力を使わなくても、できることはあるだろう。


「ああーっ!ずるい!私を置いて、先に食事を食べているなんて!」


 そこにやってきたのは、ミレーユだ。ピザとフライドチキンを乗せたトレイを置いて、私に抗議してくる。


「仕方なかろう。私とていろいろと忙しいのだ」

「忙しいって言ったって、ただセシリオさんと一緒にいちゃいちゃしてるだけじゃないの!」

「いちゃいちゃって……なんじゃ、その表現は?」

「さあ、さっき食堂の前で他の人たちがそう話していたわ」

「ええーっ!?そんな話になってるの!?」


 セシリオ殿は驚く。だが、その「いちゃいちゃ」の意味がわからない。


「なんだ、その『いちゃいちゃ』というのは?」

「ええと、ですね……なんて言えばいいのか、その……」

「ミレーユはわかるのか?」

「さあ……でも、言葉の感じからすると、仲良くべったりしているって意味かな」

「では、どうして私とミレーユが『いちゃいちゃ』していると言われぬのだ!?」

「さあ……なんででしょうね?不思議ですね。女同士だとそう呼ばないのかな?」

「そ、そうだね……女同士ではあまり使わないかな、そういう言い方」

「ということは、男女限定なのであるか、その『いちゃいちゃ』とは?」

「もう……あまりその言葉に、こだわらないで欲しいなぁ」


 なんだか困り顔のセシリオ殿だ。これがセイラが「騎士様」と称した男。だが、今はおどおどしてて、あまり騎士という感じがしない。


「そういえば、カターリア王国からの魔導士もきたんだって聞いたよ?」

「聞いたも何も、すぐそこに……」


 私はセイラがいた場所を指差すが、すでにそこには彼女の姿はなかった。


「あれ、何処かに行ってしまったようだな。まあ、狭い艦内ゆえ、すぐに会えるであろう」

「ねえ、どんな感じの人だった!?同じ水属性だし、気になるなぁ!」

「私に猛烈な対抗心を持っていて、何を喋っても喧嘩腰だった。どうやら、私と対決を望んでいたらしいな」

「ええーっ!?そんなに凶暴な魔導士なの!?どうしよう……ちょっと話しかけるの、怖くなっちゃったなぁ」


 私は思うのだが、ミレーユならばすぐに打ち解けるのではあるまいか?同じ属性同士だし、対抗心は元々持っていないだろうし、あの性格ならばうまくやれるのではないか?


 カターリア王国から魔導士を引き取るという珍事はあったものの、翌日までにカターリア王国との同盟は大筋合意できたそうだ。

 そして、魔導士を持たない周辺王国のうち6カ国が、同様に同盟関係を構築した。

 この事実は、その2日後にはヴィレンツェ王国に伝えられる。当然、王国は激怒する。

 そしてヴィレンツェ王国は、その発端となったカターリア王国への侵攻を開始した。

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