#4 救出
軍勢が、動き始める。
といっても、渡河を始めたわけではない。軍勢が、河原から離れ、近くの森に潜み始めたのだ。
指揮官とミレーユだけが残る。おそらく、敵の軍勢が近いのだろう。
この先は確か、ヴェストリア公国。元々、ヴィレンツェ王国の公爵、ヴェストリア公が自身の領地の自治権を主張して、独立をした国だ。
この両国、決して仲が悪いわけではない。だが、ヴィレンツェ王国からすれば、周辺国の統治を進めている中で、自身の国から独立した国があるのを放置するわけにはいかない。そんなわけで、何かと言いがかりをつけてはヴェストリア公国をけしかけていると聞いたことがある。
そしてついに、その両国はぶつかることになった。
多分、その公国軍を待ち構えているのだろう。渡河したところを、ミレーユの水の魔導で混乱させ、一気に攻めるつもりだろう。
だから軍勢は隠れ、指揮官とミレーユだけが取り残されている。
「これより緊急発進する!全員、席に座れ!」
パイロットが叫ぶ。が、私は叫ぶする。
「頼む!ちょっと待て!」
「ど、どうしたんですか、シェリルさん!?」
「あそこに、私の仲間、魔導士がいる」
「えっ!?どこです!?」
「あそこ!しゃがんでいる指揮官の前に座っている、あの娘だ」
双眼鏡というもので、その姿を見るセシリオ殿。
「……本当だ。手首に鎖が繋がれていて、首にも……」
「あれは水の魔導士、ミレーユと申す者。できれば、救ってやりたい」
「といっても、正当な理由がなければ、さすがに我々は動けないな。うーん、どうしたものか……」
セシリオ殿は考え込む。前回の場合は、私だけ置いていかれてしまったから保護をした。だが、今彼女は指揮官のものだ。
「ところで、あそこに軍勢がいるということは、もうすぐ別の軍勢が攻めてくるということなのか?」
「おそらく。この先にはヴェストリア公国がある。再三にわたり、我が王国はあの国を挑発してきた。だから多分、ヴェストリア軍が攻めてきているのだろう」
「なるほど、そういうことか。ならば、やりようはあるかもしれないな」
そう言ってセシリオ殿は、無線機で船に連絡を入れる。
「2810号艦、陸戦隊のセシリオ少尉だ。たった今、地上にて戦闘行動を確認。これより、連合軍規第53条に基づき、停戦行動を行います。なお、我々の位置より東側にも進撃中の群があると思われるため……」
あの船に、これから戦さが始まることを知らせている。その報告を終えた後、セシリオ殿はパイロットに言った。
「直ちに発進し、あの指揮官の前に出てください!」
「なんだと!?何を始めるつもりだ!」
「停戦行動ですよ。このまま放っておけば、ここはいずれ戦場になります」
「だが、あの前に出てどうするんだ?」
「いつも通りですよ。威嚇射撃を行い、軍勢を撤退させるんです。艦長の許可は取りました」
「分かった。では、これより当機は停戦行動に入る!」
ヒィーンという音とともに、哨戒機が動き始める。そのまま低空で川の上を飛び、あの指揮官とミレーユの前に出る。
突然現れた、未知の空飛ぶ物体。指揮官はもちろん、ミレーユは驚いている。
その彼らに向かって、セシリオ殿は哨戒機につけられた拡声器というものを使って叫んだ。
『ヴィレンツェ軍に告ぐ!我々は、地球528、遠征艦隊所属の哨戒機である!直ちに軍を引き、戦闘を回避せよ!さもなければ、我々は連合軍規第53条に基づき、攻撃することもありうる!』
だが、その言葉を聞いて撤退しようなどとするはずもないだろう。早速、その司令官は、ミレーユの手枷を取り始めた。
「くる!ミレーユの水魔導が!」
「ど、どれくらいの魔導なんです!?」
「このあたりの川の水を持ち上げて、それを球にしてこちらにぶつけてくるはず!かなり大きな水の塊だ!」
「ゼークト大尉!どうします!?回避しますか!?」
「いや、敢えてそれを受けてやろう。要するに、その水の魔法ってやつを跳ね返しゃいいんだろう?」
パイロットは自信満々のようだが、ミレーユの力は相当なものだ。
彼女はとても気弱だが、力はとても強い。3人いる水魔導使いの中で、おそらく最強だ。渡河をする300人の兵を、その水魔導で溺死させたことすらあるほどの使い手だ。
その魔導を、こんな小さな哨戒機で受けるというのか!?
だが、私のあの爆炎魔導すら跳ね返した彼らのことだ。よほど自信があるのだろう。敢えてその攻撃を受けることにしたようだ。
半分泣きそうな顔をしたミレーユだが、両手を広げ、呪文を唱えているようだ。彼女の水の魔導が、押し寄せてくる。
「くるぞ!バリアシステム、展開!」
それを真っ向から受ける哨戒機。大丈夫なのか、本当に?
などと考えているうちに、周りの川の水がさざなみ始める。そして、宙に浮き始め、一箇所に集まる。
この哨戒機よりも大きな水の球ができる。河は一時水を失ったが、上流から再び水が流れ込み始めていた。
そして、その水の球を、この哨戒機めがけてぶつけてきた。
「全員!衝撃に備え!」
ドバァと襲い掛かる水の塊。それをかろうじて弾き飛ばす哨戒機の防御の魔導。その防御の魔導と水とがぶつかり合い、水蒸気が上がっている。
やがて、目の前が晴れる。もうもうと水煙が残るこの河の上で全く無傷の哨戒機が浮かんでいるのを見て、指揮官もミレーユも驚愕しているのがわかる。
徐々にその2人に近づく哨戒機。この化け物の登場に、慌ててミレーユを引っ張って逃げようとする指揮官。
だめだ、ミレーユは置いていってもらわないと。私はセシリオ殿に言った。
「この扉を開けよ!」
「えっ!?どうするんです!?」
「私がミレーユを、助ける!」
「いや、1人じゃ危ないですって!ちょっと待ってください!」
とセシリオ殿は叫ぶが、くびの鎖を引っ張られて泣きそうな顔で連れていかれるミレーユを見ると、たまらなくなった。
その扉の下にあたりを触っていると、扉が開いた。私は思い切りそれを開き、外に飛び出す。
「あっ!シェリルさん!」
私は、河の浅瀬の上に降りる。私は叫ぶ。
「待て!ミレーユを、置いていくのじゃ!」
指揮官は、私の方を見る。そして叫んだ。
「なんだお前、シェリルじゃないか!?死んだのではないのか!?」
「この者達に助けられた。そして、自由をもらった。そこで知ったのだ、お前らが、我々をいかにひどい目に合わせてきたかということを!」
「な、何を言っている!?」
「ミレーユ!あなたを助ける!なんとしても!」
そして、私は両手を広げる。そして叫んだ。
「直ちにミレーユを離せ!さもなければ、私の爆炎魔導を発動し、森に潜む軍勢に向けて放つ!」
「な、なんだと!?」
「シェリル!あなた、何を考えて……」
「いいから!早く離しなさい!」
だが、指揮官は離そうとしない。ミレーユの首の鎖を引っ張って、連れて行こうとする。
仕方がない。私は魔導を発動しようとした。
だが、セシリオ殿が立ちはだかる。
「待て!これ以上、人を殺しちゃいけない!」
そういうとセシリオ殿は、指揮官の下に走っていった。
指揮官は剣を抜く。そして、セシリオ殿に斬ってかかる。
あわや、セシリオ殿が斬られた、と思ったその時、ものすごい火花が飛び散る。
指揮官の剣が、まるでガラス細工のように溶けて変形していた。それを見た指揮官は、ミレーユの鎖を放り投げて逃げ出した。
残されたミレーユは、腰が抜けて立てないようだ。もともと気弱な彼女だ。このセシリオ殿の不思議な魔導を目の前にして、恐怖で震えている。
私はミレーユのもとに駆け寄る。そして、彼女を抱きしめた。
「もう大丈夫だ、ミレーユ」
「シェリル……あなた、もう死んだって……」
「いや、この人に助けられたのじゃ」
「ええっ!?この人、誰なの?どこの国の人!?」
「それは後でゆっくり話す。だから、一緒に行こう」
ミレーユは、セシリオ殿に背負われて哨戒機へと向かう。私もそれについていく。中に入って、ハッチを閉じる。
「あの、シェリル。これから、どこにいくの?」
「船だ。空を飛ぶ船にいく」
「ええーっ!?だ、大丈夫なの、それ!?」
「あの塀の中より、はるかにいいところだ」
「じゃあ、出発しますよ、シェリルさんに、ええと……ミレーユさん?」
「私を連れて行って、ど、どうするつもりですか!?」
「そうですね……まずは、その首輪を取りましょうか」
「へ?首輪を取る?」
予想外の返答に、ミレーユは驚いている。
もう空高くまで飛んでいる哨戒機。昨日の私と同じような反応を示すミレーユ。この見たことのない魔導について、しきりにセシリオ殿や他の2人の士官に尋ねている。
そして、空飛ぶ船についた。あの大きな腕を見て、恐怖で私にしがみつくミレーユ。だが、私はミレーユを救い出すことに成功した。それだけで私は満足だ。
他の9人の魔導士の中で、ミレーユと私は一番仲が良かった。火と水、本来なら相反する属性同士だというのに、妙に気があった。だから、ミレーユを助け出せたことは、私にとってはとても大きな成果だ。
船に戻り、ミレーユも首輪を外される。食堂でピザというものを食べて、その美味しさに驚愕している。そして、テレビによる星の国の話を受けて、彼らのことを知る。その後は私とともに風呂に入り、これまでにない心地よさを味わった。
ただ、慣れない場所だということもあって、私と同じ部屋で寝ることになった。同じベッドの中で、ミレーユはつぶやく。
「ねえ、シェリル。私達、本当にここでは戦争に利用されないの?」
「奴らの魔導の方が遥かに上だ。そのつもりはないようだ。だから、安心していい」
「そう。シェリルが言うのなら、間違いないかなぁ……」
疲れて寝てしまったミレーユ。その寝顔を見ているうちに、私も寝てしまった……