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#16 「夢」の機関

 なんだかんだで、ここでの生活は3か月が経った。

 カターリア王国の宇宙港の街での生活は、徐々に変わりつつある。いや、徐々になどというのはおこがましい。劇的に変わりつつある。

 まず、近所にショッピングモールが出来た。宮殿よりも大きな建物で、4階建てのその建物の中には、多くの店がある。

 こいつが出来たことで、私とセシリオの生活が一変する。

 戦艦の街以上の店の多さ。スイーツや映画館だけではない。見たことのない店が無数にある。

 その一つ、「スポーツジム」というところがあったので、中を覗いてみた。

 するとそこには、ゼークト大尉と一緒に運動をするナタリーがいた。動くベルトの上を、その場で走るナタリー。魔導士の中でもあれだけ虚弱な方だった彼女が、今ではすっかり筋肉質な体型になりつつあった。闇の使い魔は、今や筋肉の使い魔でもある。


「やあ、シェリル!気持ちいいよ!やってみない!?」


 と勧められたので、ロードバイクというやつに手を出すも、すぐに疲れてへたばってしまった。私よりも虚弱だったはずのナタリーが、これほどまでに力強くなるとは……まさに、継続は力なり、だ。

 いや、そんなことはどうでもいい。ショッピングモール開店による最大の恩恵は、これだ。


「ええと、まず量は2人分で、ハンバーグと野菜炒め、と」


 スマホのアプリでセットすると、勝手に料理を作り出す。

 そう、調理用ロボットを購入した。ショッピングモールのあるお店で買うことができた。

 これに加えて、ショッピングモールでは食材も手に入る。わざわざ王都の市場まで行かなくても、たくさんの食べ物が手に入る。

 おかげで、私のような生活力ゼロの人間でも、自分の部屋で作りたての料理が食べられる。

 ところで3か月前に、私とセシリオは正式に夫婦になった。


「なあ、シェリル」

「なんじゃ」

「夫婦になろう」

「いや……すでに我々は夫婦ではないのか!?」

「形式だけでなくて、書類上でも夫婦になる必要が出てきたんだ。この星の出身者は、それ相応の理由がないと、この街に住めないんだよ」

「そうなのか!?それは困る!」

「てことで、夫婦になれば、このまま継続して住むことができるんだ」

「なるほど……分かった!今すぐ、夫婦になろう!」


 というやりとりの後に門のそばの事務所に出向き、書類上でも我々は夫婦になった。

 で、それから3か月、宇宙艦隊司令部に勤務するセシリオがいない間でも、私は昼間の間を生きぬく術を身につける。

 まず、お金の使い方を覚える。電子マネーだから、買い物は楽だが、その分残高に気をつけねばならない。そこでまず、数字を覚えた。

 文字も読めねば、いろいろと支障がある。だが、そこはスマホ任せで読ませていたが、そのうち私自身も多少はここの文字が読めるようになってはきた。

 で、問題は食材の買いだしだ。試行錯誤の上、スマホで気になる料理を見つけ、そこに表示された食材を買い込むようになった。これを部屋に戻って、冷蔵庫や棚に入れる。

 で、今、調理ロボットに作りたい料理を指示しているところだ。スマホ経由で指示を出し、調理開始のボタンに触れる。

 すると、調理ロボットが動き出す。奇妙な2本の腕で、冷蔵庫や棚にある食材を取り出しては、勝手に作ってくれる。ああ、なんと便利な機械なのだろうか。これでセシリオに頼らなくても、食事が作れるようになった。

 せっせと料理を作っている間に、私は先日見始めたドラマの続きを見る。そのドラマの今日の話は、奥さんの不倫がついにバレて、旦那と不倫相手の男が相見えるという場面。男同士、一触即発の雰囲気、やきもきしながら見つめるその奥さん……なんという話かと思ったが、なぜかこのハラハラドキドキする展開がたまらない。

 このドラマは、風の魔導士エルケに教えてもらったのだが、あの娘はこういう破局もののドラマが大好きらしい。他にも、逆に男が不倫する方のドラマも見ているそうだ。まあ、確かにエルケの旦那はいかにも浮気しそうな男にも見えるが……まさかこやつ、そうなることを望んでいるのか!?

 と思ったら、そうではないらしい。


「ジョルダーノのやつが浮気したら、どう対処すればいいか、今からこれでみっちり勉強しておかないとねぇ」


 なんだ、浮気対策のために見ているのか。だがお前の場合は、その浮気相手を風の魔導で吹き飛ばせばいいんじゃないのか?わざわざドラマで勉強する必要などあるのか?

 なお、ミレーユはというと、料理にはまっている。調理ロボットも使うが、自身でも作るようになったらしい。今まで暮らしていて気づかなかったが、手は器用なようだ。

 で、そのミレーユから言われたのは、肉と野菜のバランスなど、栄養に関するのことだ。肉ばかりでもダメ、野菜も取らないと、大変なことになると彼女がいうので、私も食材には気を使うようになった。

 さて、ドラマも終わり、夕食も出来た頃、セシリオが帰ってきた。


「ただいま~」

「おお、おかえり。お疲れなのじゃ」


 私は玄関に向かう。


「飯ができとるぞ。食うか?」

「はいはい、食べますよ。でもそういう時は、『ご飯にする?お風呂にする?それとも、あ・た・し?』っていうんじゃないのかなぁ……」

「何をいうか、それを以前私が言ったら、飯が先じゃと言うたのはセシリオではないか」

「あれ!?そうだったっけ?」


 で、2人で食卓テーブルに座り、いざ夕食を食べようかと言う時に、セシリオが突然こんなことを言い出す。


「実はシェリルに、大事な話があってね」

「なんじゃ!まさかそなた、不倫をしてましたと言うのではなかろうな!?」

「……ドラマの見過ぎだよ。そんなわけないだろう。明日、シェリルに司令部まで来て欲しいんだ」

「司令部じゃと!?浮気相手はそこにいるのか!?」

「んなわけないって!シェリルの魔導を研究したいと言う人物が来ているんだ」

「なんじゃと!?すると私がその男に言い寄られて不倫に発展し、セシリオと泥沼の争いに!?」

「……いい加減、ドラマの話から離れようよ。相手は地球(アース)001からの研究者だし、そんなことにはならないよ。私も立ち会うんだから」

「では、明日は私も一緒に出かけるのか?」

「そうだ。でも、なんだか魔導士が実験台にされてしまうようで気がひけるのだが、宇宙のためだと説得されてね。断れなくて」

「まあ、そんなことは気に病まなくても良いぞ。私も久しぶりに魔導を使いたいところじゃったし、悪い話ではなかろう」

「そう言ってもらうと、助かるよ」


 ということで、3か月ぶりに私は司令部に立ち入った。

 あの時よりも、随分と建物や柵などのものが増えている。そこにある30階建の最も高い建物が司令部だ。

 エレベーターに乗り、4階に上がる。そこは応接室のある場所。その一つに、セシリオと共に入る。


「いやあ、あなたが火の魔導士、シェリルさんデスか!?」


 妙にテンションが高い人物が現れた。誰だ、こいつは?


「はあ、そうだが……」

(わたくし)、こういうものです!地球(アース)001で宇宙物理学をやっとります、イズミって言いますデス!」


 と言いながら、小さな紙切れを渡してくれた。セシリオによれば、これは自己紹介用の名刺というものだそうだ。


「はあ……で、その『ブツ切り学』をされてるお方が、なんの御用じゃ?我が魔導で、なにかをぶった切って欲しいのか?」

「あっはっは!あなたは、なかなかジョークセンスのあるお方だ!デスが、ある意味、現代の常識をぶった切ってもらうため、(わたくし)はここにやってきたんデス!」


 苦手だな、こういう妙に自信満々な奴は。どう考えても、こやつでは私の不倫相手にはなるまい。相性が悪すぎる。


「ところで、私の魔導を研究したいと聞いておるが、私は何をすれば良いのじゃ?」

「簡単デス!あなたに思う存分、魔導を放ってもらいたいんデス!私はただ、その現象を解明すべく、測定させてもらいますデス!」


 なんだ、本当に魔導をぶっ放せばいいだけなんだ。にしても、何をしたいのだろうか?


「一つ尋ねたい。私の魔導を解き明かして、なんとされる」

「こちらの技術武官から、あなたは『ダークエナジー』を使い、反物質を空間上に大量に生み出す能力を持つと伺ったんデスよ!その原理がわかれば、我々はある『夢』を実現できるんデス!」


 イズミというこの研究者は、突拍子もないことを言い出す。私の魔導が「夢」を実現する?


「……話が飛躍し過ぎて、よく分からぬ。私の魔導が、どんな夢を実現できるというのか?」

「生み出された反物質と物質を反応させてエナジーを生み出す機関……これまで、空想の話でしかなかった、対消滅エンジンの実現デスよ!」


 ますます分からないことを言い出すこの研究者。一体、何語を喋っているのか?

 ところが、セシリオがその研究者の言葉に反応した。


「ええーっ!?『対消滅エンジン』って、よくアニメやドラマで出てくる、あれですか!?」

「そうデスよぉ!夢物語でしかなかったあのエンジンが、シェリルさんの能力のおかげで、現実味を帯びてきたんデス!」


 今度はセシリオのやつまでおかしなことを言い始めたぞ。なんなのだ「対消滅エンジン」というのは?


「ああ、対消滅エンジンというのは、物質と反物質をぶつけて発生する『対消滅』という現象によって生じるエネルギーを利用するエンジンのことさ」

「なんじゃ、対消滅ってのは、そんなにすごいのか?」

「すごいも何も、質量が全てエネルギーに変わるからね。今使われている核融合より大きなエネルギーを生み出すとされている。と言っているシェリルの魔導が、まさに『対消滅』だよ。このあいだのあの実験で、あの炎の球の中にほんのわずかな量の電子と陽電子があって、それが何かのきっかけで触れる瞬間にあれだけの大爆発を起こすと聞いたよ」

「なんじゃ、あれが対消滅という現象なのか。ならばなぜ、そなたらほどの技術の力でその程そのものが作り出せんのじゃ?」

「対消滅自体をさせることは簡単デスよ!だが、そのためには陽電子を作り出さなくてはならないんデス!が、そのため対生成といって、エネルギーを使って陽電子を作り出すしかない!しかーし!対消滅が生み出すエネルギーよりも対生成に使うエネルギーの方がどうしても多くかかってしまうため、現実には不可能とされた技術なんデス!」

「ならば、その陽電子とやらをどこからかかき集めてくればいいではないか」

「それが、この世には陽電子は存在しないのデス!だから、集めるのは無理~!」


 と言いつつも、少し冷静になって話し始めるイズミ殿。


「……デスが、厳密には存在しているんデスよ。ミクロの世界で、ごく微量の陽電子が。この何もない空間、宇宙のあらゆる場所で、常に電子と陽電子の対が生まれ、瞬時に消滅するという現象が起きているのデス」

「なんじゃそれは?」

「デスが不思議なことに、それを引き起こすエナジーの正体が今の物理学でも分からないんデス。真空中に存在する未知のエナジー、それを『真空のエナジー』や『ダークエナジー』などと呼んでいるんデス!」


 そういえば、その話は以前にも聞いた覚えがあるな。戦艦内で魔導を放った時に、技術武官から言われた覚えがある。


「私の仮説では、あなたの魔導の正体は、『ダークエナジー』の集中によってなされているのではないかと考えてるんデス!あなたは、ダークエナジーの使い魔なんデスよ!」

「だ、ダークエナジーの使い魔!?なんだその呼び名は、それじゃ私がまるで悪魔ではないか!」


 でも実際、戦場では敵の兵から悪魔と呼ばれていたと聞いた。だが、こいつによれば私は正真正銘の「悪魔」だったのか。


「あの~、うちの妻にあまり酷い呼び名をつけないでくれます!?要するに、真空中に存在する謎のエネルギーを使う魔導士ってことでしょう?」

「そうなんデスが、ここは『ダークエナジーの使い魔』といった方が、威厳があってかっこいいデス!」

「威厳よりも、イメージの方が問題だよ……まったく、科学者ってやつは……」


 セシリオの言う通りだ。私のことを、なんだと思ってるのか?


「さて、説明は以上デス!早速、シェリルさんには思う存分、派手にその魔導を使っていただきたいのデス!」

「それはいいが、ここでやるのか!?」

「オゥーノー!司令部ごと、我々が吹っ飛んでしまいます!ちゃんと安全な場所で、思う存分ぶっ放してもらうんデス!」


 といって、連れていかれたのは射撃演習場だった。

 人型重機や哨戒機の射撃訓練を行う場所で、ここなら私の魔導を何発撃とうがビクともしないという。

 ただ、魔導が炸裂する際には、身体に有害なガンマ線というものが生じるらしい。そのため、放った後は専用に作られた小屋に退避する。


「ではシェリルさん!豪快な一発、お願いするのデス!!」


 たくさんの計測機器が並んでいるこの射撃場で、私は久しぶりに魔導を放つことになった。早速、術式を唱える。


「この地に舞う火の精霊よ、我にその力を集めたまえ……いでよ!!爆炎球(エクスプロージョン)!!」


 目の前で炎がどんどんと大きくなる。それは私の3倍ほどの大きさまで成長し、前に向かってゆっくりと動き出す。

 200メートル先に、標的となるものが置かれている。ハリボテで作られた人型重機のような形のそれに接触すれば、大爆発を起こす。その前に私は、爆発とガンマ線の回避のために小屋に逃げ込む。

 小屋の頑丈な窓から、その大きな炎の球を眺める。ハリボテに接触するやいなや、私の魔導が炸裂する。

 白い煙状の波がものすごい速さで襲いかかってきた。それが到達するや、ズズーンという大きな爆発音とともに、この小さな小屋が大きく揺れる。

 辺り一面、まばゆい光で覆われる。計測機器のいくつかを吹き飛ばし、ようやく私の魔導による爆発は収まった。


「はぁっ!なんてすごい爆発だ!さすがはダークエナジーの使い魔デス!」


 私の魔導を見て、感銘を受けるこのイズミとかいう研究者。小屋の中にある小さなテレビを見ながら、ぶつぶつと話している。


「ふむ……だいたい0.5グラム程度の反物質が発生したようデスね!」

「ええーっ!?たったそれだけで、これだけの爆発……?」

「相対性理論によれば、1キロの反物質があれば、この王都が吹き飛ばせるんデスよ!?たかが0.5グラムと舐めてはいけないデス!」


 だが、肝心のそのダークエナジーってやつがどう作用したかまではわからなかったらしく、再び魔導を発するよう要求される。


「この地に舞う火の精霊よ、我にその力を集めたまえ……いでよ!!爆炎球(エクスプロージョン)!!」


 そして、また要求される。


「この地に舞う火の精霊よ、我にその力を集めたまえ……ry)」


 もう一回、要求される。


「おい!さすがにもう無理じゃ!撃ちすぎて腹が減った!これ以上は撃てぬぞ!」

「おおっ!3回でお腹が空くとは、つまり、一度の食事のカロリーで、3回分は撃てるってことデスね!?それはそれで、いい話を聞いたデス!」


 このイズミという研究者によれば、これはとんでもないエネルギー効率だという。

 3回の魔導ということは、これまでの経験では1500人は殺せる力だ。それがたった一度の食事によって得られたものとなれば、それは確かにとんでもない力だろう。


「いやあ……いいデータが取れましたデスよ!明日も、お願いするデス!」


 なんとまあ、明日も来いと言ってきやがった。まだやらせる気か。なんて図々しい研究者なのだろう。

 不倫どころではない、妙な男に、私のこの妙な能力を好かれてしまった。セシリオも呆れるこの研究者との付き合いは、まだ始まったばかりであった。

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