#13 王国との交渉
「どう言うことですか!?交渉官殿!」
「言うたままじゃよ」
「まさか、魔導士全員を殺してしまうおつもりですか!?」
「そんなことするわけないじゃろ!むしろこの先、魔導士が安心して暮らせるようにするために、そう宣言するんじゃよ」
「ど、どう言うことじゃ、交渉官殿!」
あまりに唐突すぎる提案で、私もセシリオも納得がいかない。
「魔導士が全員死んだ、ということになれば、街を歩くものは皆、魔導士ではない。そこに本物の魔導士が歩いていたとしても、だ」
「……つまり、『魔導士』というものがいなくなったと思わせたい、そういうことですか?」
「そうじゃよ。王国軍が、これだけの大軍をもって現れた。しかも、シェリル殿の放った最初の一撃で、相当混乱は起きたようじゃからな、これまでにない、とんでもない戦いだった、ここにいる兵士達は皆、そう思っておる」
「そりゃそうでしょう。あれだけの派手な魔導が放たれた。人型重機も、3機も飛び込んできた。普通の戦さではない、と思うのは当然でしょう」
「だが、その3機のうち、1機は派手に壊されて後退した。残る2機も撤退した。その後、魔導でのやり取りはない。普通に考えれば、魔導士は死んだ、しかし敵である我々にも何らかのダメージを与えたため、重機は撤退した。王国軍は、優位に立ったのではないかと勘違いしてもおかしくはなかろう」
「ですが、あれは目的を果たしたために撤退しただけで、我々が負けたと言うにはちょっと……」
「いやあ、そんなもん、勝ったか負けたかなんて、大半の兵士から見たら分からんじゃろ。こっちが負けたと言いはれば、負けたことになる。駆逐艦を一斉に撤退させれば、なぜかは知らないが兵士の多くは王国軍は勝ったと錯覚するであろう」
「でも、そのままその先にあるモナーク王国に侵攻したりしないですかね?」
「そこは相手に、体勢を立て直すために一時転進すると約束させるんじゃよ。もし調子に乗って侵攻するようなら、我々が本当の敗北を味合わせることになるが、それで良いか?と」
「すごくいやらしい脅し文句ですね……でも、乗ってきますかねぇ、その話」
「彼らはなんらかの勝利を得てから、少しでも有利な状態で交渉に臨みたいらしい。ならば、勝ちを譲ってやれば、必ず交渉のテーブルに着く」
「でも、本当にいいんですか?そんな簡単に勝ちを譲ってしまっても」
「別にええよ。交渉のテーブルに乗れば、自身の置かれた立場を知るであろう。こんなことをしている場合ではない、と。百戦百勝は、善の善なるものにあらず。こちら側はもとより対等な交易と同盟関係を結ぶのが目的じゃから、別にこんな局地戦に勝った負けたなどはどうでもいいんじゃよ。そんなことよりも、さっさと相手を納得させて交渉に持って行ったほうがいい。この星には、1日も早くこの星にも連盟軍と張り合えるだけの実力をつけてもらわねばならない」
「だったら、包囲網なんて作らずに最初からそうすればよかったんじゃないですか?」
「包囲網ができたからこそ可能な交渉術なんじゃよ。まだ包囲網もできとらんうちからこちらが負けたように装えば、調子に乗ってさらに攻めてくるだけじゃ。もうこれ以上の戦争は不可能、もう無理、だが意地でも引き下がれない。そういう国には、相手をそこまで追い詰めたのちに、そこに針であけたような小さな穴のような妥協案を示す。そうすれば、そこに嫌でもすがってくる。こちらも思惑通りになるというものじゃ」
「そういうものですか……分かりました。で、我々はどうすればいいんですか?」
「これから、あちらでの交渉に立ち会ってもらう。場合によっては、いかに大変な戦いだったかを語ってもらう。実際に魔導士も死にかけたと、本物の魔導士から証言してもらう。その上でだ、この三文芝居のシナリオを、皆で納得してもらう。そういう手はずを取るために、お主らも必要なんじゃよ」
「わかりました、交渉官殿。我々武官からは、何も言うことはありません。文官である貴殿に、従うのみです」
「では、行こうかのう」
「はっ!お供いたします!」
哨戒機のある格納庫に向かい、乗り込む交渉官殿と我々2人。中には、ゼークト大尉ともう2人の男が乗っていた。
6人で、王国軍の陣幕の前に降り立つ哨戒機。当然、複数の兵が現れて、哨戒機をぐるりと取り囲む。
ハッチを開けて先に出たのは、セシリオだ。陸戦隊員でもある彼は、ここでは護衛役も兼ねている。
「こちらの司令官、または大将閣下にお会いしたい!我々はこの戦いを終わらせるための、交渉のためにやってきた!」
ざわつく兵士達の間から、1人の指揮官らしき人物が現れた。
あの人物、見覚えがある。たしかオレリーの首輪の鎖を持っていた人物だ。おそらく、セシリオにも見覚えがあるだろう。
「あの化け物を操っていた騎士殿とお見受けする。我らと話し合い、何をどう終わらせるつもりなのか!?」
「それは我ら武官のあずかり知らぬこと。交渉にあたっては、文官である我らが交渉官殿が行うことになっている。我々はその同行者に過ぎない」
「では、その交渉官と申すものに、この場で用件を伺おう」
「最重要事項ゆえ、他の兵の前では話せません。この軍勢の最高指揮官に直接お話したい。是非、お取り次ぎ願いたい」
お互い、ついさっきやりあった者同士、ぴりぴりとした空気を感じる。だが、相手の指揮官はセシリオの言葉に応じる。
「分かった。取り次ごう。しばし待たれよ」
意外と冷静な対応を取るあの指揮官。しばらくすると、もう1人の人物を連れて現れた。
「交渉官殿をお迎えにあがりました。こちらへ」
「はっ!」
セシリオは敬礼し、中に入って交渉官殿を呼ぶ。なかから、交渉官と2人の付き添いの男、そして私が出てくる。
「……シェリルか」
その指揮官はボソッと呟く。私は軽く頭を下げて、特に目も合わせず、その前を通り過ぎる。
陣幕の中に、数人の貴族出身の指揮官がいた。真ん中には、おそらく王族と思われる人物が座っていた。
「交渉官のシュバイツァーと申します」
「私はヴィレンツェ王国の第1王子、グラツィアーノだ」
なんと、ヴィレンツェ王国軍は総大将に第1王子、つまり次期国王陛下となられるお方を繰り出していた。
「まずはそなたらに抗議したい!以前の交渉では、我々には散々攻撃を加えることはしないなどと言っておきながら、何度我ら軍勢に損害を与えたことか!そなたらの言葉、とても信用できぬ!」
「お言葉ですが王子殿、我らはあなた方に攻撃した覚えはございません。あくまでも、あなた方の戦闘停止を要求し、そのための最低限の行動を起こしたのみ。魔導士の保護も、威嚇射撃も、その一環でございます」
「だが、実際に死んだ兵士もおる!」
「それは、我々の直接攻撃によるものではないでしょう。暴れた馬に踏まれたとか、爆風に吹き飛ばされてたまたま運悪く落ちたとか、事故によるものでございます。我々が直接攻撃を行えば、この程度の軍、いや、あなた方の王都も一瞬にして消滅させられるほどの武力を、我々は持っているのですよ」
「うぬー……」
「我らの目的は、あなた方の殲滅ではございません。あくまでも対等の同盟締結と、連合内の星々との交易条約の締結、たった2つのことを要求しているに過ぎません。これは、あなた方にとってもとても利益のあること。その要求に応じていないのは、もはやこの辺りの国では、あなた方だけですぞ」
「し、しかしだ!われら王国にとって、負けて同盟に甘んじたと言うのはいささか……」
「そこで、今回の提案では、あなた方が勝ったことにする。我々は損害を受け、撤退する。あなた方は勝利宣言して凱旋する。そういう話にしましょう、というご相談に参ったのでございます」
「な、なんじゃと!?我々が勝っただと!?」
まあ、この状況でいきなり「勝った」ことにしろと言われても、相手も困るじゃろうな。
「はい。その後、我々は和平交渉のため、王都に赴く。そういう話にした上で、あなた方は交渉の座について頂く」
「うむーっ……」
しばらく考え込む王子。
「だが、譲られた勝ちなど、何の意味があろうか!?我々はあくまで、本当の勝利を手にするまで徹底抗戦をする!」
「そのようなことを言っている場合ではないのです、王子殿」
「なんじゃと!?周りの王国がそなたらになびいたくらいで、ヴィレンツェ王国は動じはせぬぞ!」
「そのようなことを申しているのではありません。あなた方は知らないのです、この宇宙、星の世界に、もっと強大な敵がいることを」
「きょ、強大な敵、だと!?」
「今あそこに浮かんでいる駆逐艦。一つの星に、あれが一体何隻あるか、ご存知ですか?」
「あの砦のことか。ざっとみると10。ということは、20か30あると申すか?」
「いえ、1万でございますよ」
「い、1万!?」
「駆逐艦1万隻をもって、初めて対抗できる敵。そういうものが、宇宙には存在するのですよ。あなた方の星も、我々にその存在を知られた以上、その敵と戦わざるを得ない状況に陥っているのです」
「ま、待て!そのような話、初めて聞いたぞ!」
「それは、我々の話を聞く前に交渉を打ち切ったからにございますよ。どうして我々があなた方に同盟交渉を申し出ているのか、お分かりいただけたでしょう」
「う、うむ」
「すでに同盟の成立したカターリア王国には、30隻の駆逐艦が常駐できるほどの宇宙港が、完成しつつあります。他の11の王国でも、同様に宇宙港の建設が始まっております」
「……つまり、我らはすでに出遅れていると」
「その通りでございます。あの駆逐艦を有する王国が、もうあとふた月もすればぐるりとヴィレンツェ王国を取り囲んでしまうことになりますな」
「まずはその、強大な敵とやらの話だ。わしに詳しく聞かせろ!なにゆえ、あんな大きなものが1万も必要だと言うのだ!?」
「よろしいですよ。そのための人物も呼んでおります」
そこで、傍にいたあの2人の男が登場する。
陣幕に映し出された映像、そこに登場するのは、連合と連盟という2つの勢力の話、そして無数の駆逐艦に大型の戦艦。それらがあの広大な宇宙空間で戦闘をしている場面が映し出されていた。
「ちなみに、この駆逐艦から放たれる一発の砲撃で、あなた方の王都ラマグレットを一瞬にして消滅できるほどの威力があります。そんな武器を持つ駆逐艦が、防衛のために1万、遠征のためにはさらに1万隻必要となります」
「うう……は、話が大き過ぎて、ついていけぬ……」
「ですが、この王国だけでは当然、それを維持するだけの人も費用もまかないきれませぬ。ゆえに、この星全体が一致団結せねば、外の強大な敵に対抗できないのでございますよ」
この話は、私も駆逐艦に乗った直後に聞かされていた。まさかこんな話も聞かずに、ヴィレンツェ王国は交渉を拒否し続けていたのか?
「これらの現実にくらべたら、ここでの勝利へのこだわりなど、まるで意味がありません。我々はとにかく、あなた方と早く交渉の場を持ちたいだけでございます。そのためなら、ここで王国軍がかろうじて勝利し、我々が負けたと宣伝していただいても結構でございますよ」
「うむ……」
「実際に、我々の側にもこの戦闘で危うく命を落としかけたものがここにおります。我らとて、今回の戦いほど激しいものはありませんでした。あなた方が善戦したことは疑いありません。必要なら、彼ら自身から証言させますが」
と言って、セシリオと私を指差す交渉官殿。敬礼するセシリオ。王子はじっとセシリオを見て、言った。
「いや、分かった。そなたの提案を受けるよう、わしから陛下に進言いたそう。今回、我々は辛うじて勝利し、そなたらとの和平交渉の座を持つことになったと、そう言えば父上も動かざるを得まい。その上で、宇宙のことを申し上げる」
「ははーっ!ならば2日後には、その交渉の座を持つということで」
「分かった。それでよかろう」
ついでに、戦さの激しさを伝えるため、そして王国としても今後安易に軍事行動に走らぬために、魔導士が全て死んだということにしてもらうことも了承された。
こうして、2時間にも及ぶ交渉ののちに、ようやく陣幕から出られた。周りを見ると、すでに王都へ帰るための撤収作業を始めていた。
「そこの、騎士殿!」
哨戒機に戻ろうとしたその時、セシリオに声をかけるものがいた。それは先ほど、我々と王子との仲介役をした、あの指揮官だった。
「私は、ヴィレンツェ王国の前線指揮官を任された、王国騎士のリナルドと申す」
「私は地球527遠征艦隊、駆逐艦2810号艦所属の陸戦隊、セシリオ少尉といいます」
敬礼するセシリオ。その指揮官は、セシリオに尋ねる。
「セシリオ殿、そなたとの戦闘を目の当たりにしたものとして伺いたい」
「はっ!」
「そなたの持つ武器は、我らを簡単に蹴散らせるほどのもの。にも関わらず、我らを殺さず、挙句には命を落としそうになった。なにゆえにそのようなことができるのか!?」
「それは、あなた方を敵だとは思っていないからですよ。同盟成立ののちは味方となる人々。我々はそう思って、あの戦いに望んでおります」
「もう一つ伺いたい!何ゆえ魔導士と、シェリルと共に行動しておるのか!?」
セシリオは、私の肩を叩きながら言った。
「彼女は、戦闘でも私生活でも、私の大事なパートナーですから」
それを聞いたその若き指揮官は言う。
「そなたの言葉の意味はなんとなくわかるが、その真意までは分からぬ。だが、それが新しい時代の考え方なのか!?」
「そうですね、これからあなた方にとっては、驚くほどの変化が訪れることでしょう。食べるもの、道具、そして思想。そのときに、貴殿にも分かることでしょう。では、これで」
そう言ってセシリオはその指揮官に敬礼し、私の肩に手を添えたまま哨戒機に戻る。
あの指揮官は一度、戦いで関わったことのある人物だ。私を道具にしか見なかった人物に対して、堂々と大事なパートナーだと言い放ったセシリオ。哨戒機内で隣に座るセシリオの手を、私は思わず、ぎゅっと握る。
「どうしたんだい?シェリル」
「いや、不覚にも今のやりとりで、そなたに惚れてしまった……」
「ええ~っ!?それって、今まで惚れてなかったってことなの!?」
大声で叫ぶものだから、交渉官殿を始め、皆がこっちを見る。
「バカ!『さらに』と言う意味じゃ!今さら、何を言わせるんじゃ……」
私もつい大声で言い返してしまった。周りはこっちを呆れた顔で見ている。なんとおバカな2人だろうと思ったことだろう。
さて、ヴィレンツェ王国では勝利の報がもたらされ、王都ラマグレットでは勝利に酔いしれる市民が大勢広場に集まったと言うが、王国中枢部はそれどころではなかった。なにしろ、今さらながら強大な敵に備えて星をまとめ上げなければならない時代になりつつあることを知る。そして、その主導権を握る競争に、すでに出遅れたという事実を知ってしまったからだ。
最も早く同盟を締結したカターリア王国では、すでに宇宙港が作られ交易が始まっており、今も拡大中とのこと。司令本部も建てられ、この星の防衛の要はカターリア王国になりつつあった。
小さな野望に固守し、大きな変化を見逃したとあって、ヴィレンツェ王国の王族、貴族は大混乱に陥っていた。
「……だそうだ。自業自得といえばそれまでだけど、おかげで交渉官殿は大忙しらしいよ」
「まったく、我々にとってもいい迷惑じゃ。もうちょっと早くこの事態に気づいておれば、あんな苦労をせずに他の魔導士を救えたものの……」
ベッドの上で、セシリオと王国の不手際さについて語っていた。
「そういえば、あの3人の『世話人』を誰にするかで、揉めてるようだよ」
「そうなのか?」
「なんでも、希望者が多くて、艦長が人選に難儀しているらしい」
「そんなに魔導士の世話人になりたい者どもが多いのか、ここは」
「まあ、他の8人を見ればね……何故だか皆、上手くいってるカップルばかりだから、我こそはと思うのだろう」
「なんじゃ、ここの連中は皆、魔導士を嫁にするつもりなのか。なんと浅ましい……我らは誇りある魔導士だぞ!何を考えているのか……」
「そんな浅ましい男は、ここにもいるよ。ほれ」
私に顔を向け、にやにやしながら指を差すセシリオ。そういえば、こいつもよく考えたら、馴れ馴れしくて、実に浅ましいやつだった。
「ま、まあ、そなたは私の命の恩人だからな。他とは違う」
「そうかな。同じようなものだと思うよ、他の人も。ただ、たまたま私が前面に出る機会が多かったというだけで、みんなもいざ戦闘となれば、同じように守ろうとしてくれるさ」
と、セシリオ殿は言う。そのときはぼんやり聞いていたが、これがその通りだということを思い知らされる出来事がわずか数日後に起きるとは、この時は知るよしもなかった。




