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#11 ヴィレンツェ王国包囲網

 こうしている間にも、ヴィレンツェ王国を取り囲む12の国のうち、10の国との交渉がまとまった。すでに一部では、宇宙港の建設も始まっているという。

 彼らの力の前には、魔導士など大して意味がない。このため、カターリア王国以外にいた4人の魔導士も、地球(アース)527所属の別の駆逐艦に保護されているという。

 あとは2つの国と同盟が結ばれれば、ヴィレンツェ王国の包囲網が完成する。

 が、この2つがなかなか首を縦に振らない。というのも、この2カ国はヴィレンツェ王国との同盟国。不可侵の約束を交わしているという。だから、ヴィレンツェ王国を追い詰めるがごとき所業には加わらないという。


「やれやれ……困ったものだ。どうしたものかな」


 交渉官殿が困り果てている。


「でも、この短期間で12の国のうち、10も交渉締結できたのですから、今からヴィレンツェ王国との交渉を再開してもよろしいのでは?」

「いや、ダメだ。中途半端はいけない。ここはやはり12カ国すべてを味方にしなければ、意味はない」

「そうですか……ならば、交渉官殿。一つ、具申したい作戦があるのですが」

「なんだ?」

「簡単です。ヴィレンツェ王国内に、ある噂を流すんですよ」


 この艦の副長の提案を、交渉官は渋い顔をして聞いた。


「……あまり、気は進まないな。それではだまし討ちではないか」

「なあに、この星の文化レベルならば、誤った情報が流れることは多々あること。別に、騙したわけではないですよ」

「なんという割り切りようだ……まあ、この際だ。仕方がない」


 渋々ながら交渉官殿は、副長の作戦を了承した。

 ……という話を、セシリオ殿から聞く。


「で、どういう作戦なのだ!?」


 私はセシリオ殿に尋ねる。


「工作員を派遣して、王都中に噂を流すんだ。モナーク王国とルクセン王国とが、我々と同盟を締結した、と」


 モナーク王国とルクセン王国とは、包囲網の残りの2カ国である。


「そんな噂を流して、どうするんじゃ?」

「それを知れば多分、ヴィレンツェ王国は動く。そのまま諦めて我々との同盟締結に応じてくれればいいが、これまでの例からして、この2つの国に報復軍を送り込む可能性が高いと思われる」

「うむ、私もおそらくは後者だろうと思う。ヴィレンツェ王国がそう簡単に方針を変えるとは思えない」

「なぜ、そう思う?」

「今の国王は好戦派じゃからな。この島を統一することが自身の使命だと言っておるそうだ。そんな国王が、いくら進んだ文明であるそなたらを相手にしても、早々に諦めるとは思えない。なんらかの痛手をこちら側に与え、交渉の際に自分に有利な立場に置くまで、軍を送り続けるだろう」

「何度やっても同じなのに……そろそろ、諦めてはくれないのかなぁ」


 ため息をつくセシリオ殿。陸戦隊所属のこやつにとっては、確かにこの状況は負担だ。


「ところで、セシリオ殿」

「なんだい?」

「そろそろ、服を着てもいいか?」

「ええ~っ!?もうちょっとだけ、余韻を楽しみたいなあ」

「おい!いい加減、私も風呂に入りたいんじゃよ!ほれ、見ての通り、汗でびっしょりだろうが!」

「うーん、そこがたまらないんだけどなぁ……」


 まったく、身体を許した途端、ますます遠慮がなくなったセシリオ殿。この男、案外図々しいな。

 で、服を着ようとベッドを降りようとする私の腕を掴んできた。


「なんじゃ、まだ邪魔するのか!?」

「服を着たいなら、一つ約束をしてよ」

「まだ何かあるのか!?」

「いや、前から思うんだが、そろそろ『セシリオ殿』というのは、やめないか?」

「なんじゃと!?うーん、ではなんと呼べばいいのか?少尉殿か!?」

「いや……普通に『セシリオ』でいいよ」

「ええ~っ!?ちょ、ちょっと待て!呼び捨てでいいのか!?」

「なんだ、変なこと言ったか?」

「いや、だがセシリオ殿は私にとって大事な人だ!それを呼び捨てにするなど……」

「大切な人だと思うなら、なおのことそう呼んで欲しいなぁ」

「そ、そうなのか?分かった。じゃあ……セシリオ」

「うん、いいね!もう一回!」

「セシリオ」

「もう一回!」

「何度言わすんじゃ!セシリオ!」

「いいね!ますます親近感が湧いてきたよ!」

「あ、おい!ちょっと!」


 そのまま腕を引っぱられて、そのままベッドの上でもう一回相手をさせられてしまった。まったく、この男は……

 すったもんだの後、ようやく着替えて風呂場に行く。そこには、ミレーユとドーリスがいた。


「あれ?シェリル。どこにいたの?お風呂に誘おうと思って部屋に行ったらいなかったから、ドーリスだけ誘ってきちゃったけど……」

「ああ、今までセシリオの部屋にいたからな」

「せ、セシリオさんの部屋に!?」


 あ……しまった。思わずバラしてしまった。


「シェリル!あんた、何やってたのよ、そんなところで!」

「なんじゃ、ミレーユだってルーカ少尉の部屋に行ってるじゃないか!」

「そ、そんなことないよ!」

「先日の戦闘の後に、格納庫でそう言ってたじゃないか」

「あ、いや、そうだけどさ……うーん、もう!そうよ!行ってるわよ!昨日も今日も!でもでも!どうせ王族や貴族の相手をさせられるなら、好きな人となら交わってもいいかなあと思っただけで!」

「なんだ。ならば、私と同じではないか」

「へぇ~っ!なーんだ、2人もそういう関係になってるんだ!」


 ドーリスが突然、妙なことを口走る。


「そ、そういうのって、まさかドーリスもか!?」

「レオポルトさんね、とっても優しいんです。だから、なんだか気に入っちゃって。それで昨日の夜、私もレオポルトさんの部屋に押しかけちゃった。それでね……」

「いや、まだ会って2日だぞ!?早すぎはしないか!?」

「そうかな?だって私、すでに貴族や騎士、3人と交わってるんですよ、あの塀の中で。会って一刻も経たない男性の相手をさせられてるから、2日もあれば充分な方です」


 ああ、そうだった。そういえばドーリスは23歳。そういえば、そろそろ次の魔導士を産まされる歳になっていた。


「でもさ、あそこじゃベッドの上に縛り付けられてやられちゃうの。逃げ出さないようにっていうけどさ、塀の中なんだから逃げられるわけないし、絶対、あれはやつらの好みでやってるんだよ。いくら私でもね、それはないんじゃないかって思ってたの。でもさ、レオポルトさんは私のこと、優しく抱きしめてくれるの。ご飯も美味しいし、最高です、この船!」


 楽観的なわりには、これまで随分と酷い目に遭っているドーリス。彼女からすれば、ここは本当に天国だろう。


「だがレオポルト少尉は一度、死のうとしたんだぞ!?セイラが助けなければ、今頃は……」

「うん、聞いた、その話。でも、もう死ねないなあって言ってたです」

「なぜだ?」

「私がいるからだって。一緒に食事したり、話をしてると元気が出るって言ってくれたんです。嬉しいです。レオポルトさん、そんなに私のこと思ってくれてるなんて、大好きです!だからさ、私もこの人のためなら、なんでもやろうって思ったんです!」

「そうだよね、私も分かるなぁ。私もこの船でルーカさんに出会って、ああ、この人のためなら何かしてあげたいなあって思ってさ」

「そうか……皆はすごいな。私は、そこまでは考えていただろうか?」

「何言ってんの!私はシェリルが一番羨ましいよ!」

「なぜだ?」

「だって、いつもセシリオさんと一緒に出撃してるじゃない。私なんて水の使い魔で、たいして力はないから、ついていったところで足手まといになるだけだもん。一緒に行けるシェリルが、一番羨ましいよ」

「そうですね。私の光の魔導なんて、ここじゃなんの役にも立たないから、やっぱりシェリルが一番羨ましいかな」

「そ、そうか?だが、こやつらは私の魔導などはるかに上回る力を持っておるから、別に私の魔導など関係ないぞ」

「でも、シェリルが私達を見つけてくれて、それで私達は助かったんです。セシリオさんに信頼されてるからこそ、一緒に行動できて、だから私達は助かったんです」

「……このまま、あとの6人も、助けられるといいなあ」

「そうじゃな。皆、今頃はどうしているだろうか?」

「そうね。きっと塀の中にいるんだろうな。こんな世界があることも知らずに」


 立ち昇るお風呂の湯気を見ながら、私はふと残りの6人のことを思った。

 兵士達に見張られて、気が抜けない生活をしていたあの塀の中で、私達は気を紛らわせるためによく話をしていた。出身も歳も性格もバラバラな私達だったが、少しでも希望を見出そうと皆で結束していた。

 戦場から無事に帰ってくると、皆で喜んで迎えたものだ。自身の魔導の生み出した凄惨な光景を目の当たりにして落ち込んでいても、皆が忘れさせてくれた。

 また、みんなで集まりたい。みんなでパフェやアイスを食べたい。そしてワイワイしゃべりたい。他の王国の魔導士とも、一緒に喋れたらいいな。

 そんなことを考えていたら、ヴィレンツェ軍が動いたという報がもたらされる。早速、私は格納庫に向かう。


「ルクセン王国に行軍中のヴィレンツェ王国軍を発見。数は2000。あの魔導士を輸送する馬車も確認されました」

「妙だな、いつもに比べて数が少ない。ルクセン王国の動員兵力は3000と聞いた。通常はその倍以上を連れてくるはずなのだが……」


 確かに今回のヴィレンツェ軍はちょっとおかしい。ここ最近は7000だの9000だのと動員兵力を増やしてきたのに、今回はそれに比べると、随分少ない。

 何を考えているのかわからぬが、数が少なければこちらとしてはやりやすい。私は格納庫に向かう。

 と、そこにドーリスもやってきた。


「シェリル!やっぱり、私も行くです!」

「ドーリス、何を……」

「私は光の魔導士!兵の目を眩ませることくらいならできるです!だから、何か役立つかもしれないです!」

「だが、ルーカ軍曹は許可したのか?」

「ミレーユが説得してくれたの!ミレーユも、そうしてくれって!」

「そうか……そうだな。2人いる方が、魔導士を見つけやすいからな」


 そう言って、2人で格納庫に向かう。


「1番、6番、発進準備完了!」

「ハッチを解放する!そのままジャンプして降下し、ヴィレンツェ軍の前にたちはだかれ!」

「了解!発進する!格納庫内の整備員は退避!」


 天井のハッチが開く。青い空が見える。


「ルーカ軍曹!行くぞ!」

「了解!少尉殿の後についていきます!」


 まずはセシリオの人型重機が先に飛び出した。バンッと音を立てて飛び上がったかと思うと、そのまま地上に向かって落ちていく。


「高度800、降下速度20!ヴィレンツェ軍の先頭集団へ移動!」


 2機の重機はゆっくりと降りる。ここは谷間の一本道。そこを4列で進軍するヴィレンツェ王国軍。

 重機2機で、十分塞がるほどの道幅だ。

 ここでは道幅が狭すぎて、10人以上がいっぺんにかかってくることはできない。しかも相手は無敵の2機の重機だ。

 もはや、戦いにはなるまい……そう思った時、突然、谷間の崖からガラガラと音がする。

 しまった。そうだ、「地」の存在を忘れていた。


「セシリオ!バリア展開じゃ!」

「なんだって!?」

「『地』の魔導が来る!」


 この重機の数倍の大きさの岩が、後から後から崩れて落ちてくる。そうか。彼らの狙いは、最初から我々だったんだ。

 バリアで防御するものの、次々に崩れ落ちてくる岩によって、閉じ込められてしまった。

 周りをすっかり岩で囲まれた。計器類の光が、機内を照らしている。窓の外は、すでに岩壁だ。


「せ、セシリオ!どうする!?閉じ込められてしまったぞ!」


 だが、意外とセシリオは冷静だ。すぐにルーカ軍曹の重機に呼びかける。


「どうだ、軍曹。問題ないか?」

「はい。いけます」

「では、行くとするか」


 何をやるのか?私はセシリオに尋ねる。


「なあ、セシリオ、何をするつもりじゃ?」

「簡単だよ。この重機は元々、削岩用の機械なんだよ」

「削岩?」

「だから、こういう岩を砕くために作られた機械なのさ!」


 そういいながら、重機の両手を岩壁に押し当てる。


「削岩モード発動!前方の岩の壁を砕く!」


 セシリオが叫ぶと、目の前の岩がガラガラと砕け始めた。

 何が起きているのか?よくわからぬが、岩壁が崩れて、次々に小石に変わっていく。


「この岩の成分を分析し、その共振周波数の振動エネルギーを与えるんだ。すると、大きな岩でもこうやって砕けていく。こいつは資源探査用に作られた機械だから、こうやって岩を砕いては内部を調べ、資源を探し出すためにこういう機能もあるのさ」


 何を言っているのかわからないが、とにかく何らかの方法で岩を砕いているようだ。あっという間に岩の壁はなくなり、目の前が明るくなる。

 重機を生き埋めにできたと勝鬨をあげていた軍勢は、突如無傷で現れたこの2機の重機を見て唖然とする。セシリオはそれを見て、警告する。


「無駄な抵抗をやめ、直ちに軍を退け!我々にこんな攻撃は、通用しない!」


 そう呼びかけるセシリオの重機に向かって、叫ぶ男がいる。


「動くな!」


 どうやら叫んだのは、姿格好からして指揮官のようだ。その前に、3人の兵士がいる。

 その3人は、それぞれ1人づつの人物に向けて、短剣を向けている。


「お前らが、魔導士を集めていることは知っている。こやつらを殺されたくなければ、我々の進軍の邪魔をせぬことだ!」

「なんだと!?」


 なんと、魔導士を人質にしてきた。こんなことは初めてだ。

 そこにいる3人は、「地」のダフネ、「風」のエルケ、そして「木」のマリスカだった。

 その3人に短剣を向けて、我々に向かって牽制してきたのだ。

 3人とも、手枷をはめられ、首輪を握られている。その胸に短剣を当てて、こちらに見せつけている。


「バカな、魔導士を利用している王国軍が、魔導士を盾にするとは……」


 私もセシリオも衝撃を受ける。なんということだ。王国の武器として貢献してきた魔導士の命ですら戦場の駆け引きに使うとは、何という卑劣な。

 だがこの指揮官、つまり王国の貴族にとっては、我々魔導士など道具にしか思っていない。だからこそ、こんな真似ができるのだ。


「退かぬようならば、見せしめを作るしかないな。では、役立たずのこいつから片付けるとしようか」


 指揮官が叫ぶ。指した先にいたのは、「木」のマリスカだった。

 兵士はそのマリスカの胸に、短剣を突き刺す。


「ぎゃあぁぁぁぁっ!」


 悲痛な叫びが響く。私は、思わず目を覆う。だが、その瞬間に、急に辺りが眩しくなった。


「な、なんだこれは!?」


 光の玉が、空中に浮かぶ。間違いない、これはドーリスの光の魔導だ。


「よし!これなら……」


 そう言って、セシリオは重機を走らせる。光によって目をくらまされている兵士たちを蹴散らし、その3人の元に重機で走る。


「ちょっと目を塞いでて、シェリル」


 3人の前に到着したセシリオは、ハッチを開く。ハッチのガラスが光を遮ってくれているが、開けてしまうと急に眩しい光が入ってくる。

 白い闇だ。真っ白で、全く前が見えない。眩しすぎて、目が開けられないその光の中に、セシリオ殿が飛び込んでいったようだ。

 何が起きているのか、全くわからない。だが、しばらくするとセシリオは、1人づつ魔導士を捕まえては、重機の中に放り込んでいるようだ。

 やがてハッチが閉まる。周りが暗くなり、やっと私も周りが見えるようになった。足元には、3人の魔導士がいた。


「せ、セシリオ1人で運び込んだのか!?」

「ああ、そうだ」

「だけど、どうやって!?あの光の中を、どうやって!?」

「これを使ったのさ」


 そういって、頭の上にあるものをコンコンと指で突く。

 それは、ゴーグルと言って、まさにこの重機の操縦席を覆うガラスと同じ働きをするものが取り付けられた、目を覆う道具だった。それで目を覆い、あの光の只中を単身走り抜けたのだ。

 こんなところで、光の魔導が役に立つとは思わなかった。そのままこの1番重機は飛び上がり、再び6番重機のいる場所まで戻る。


「いたたた……こ、ここは……」


 2人が目覚める。私が声をかける。


「私じゃ!シェリルだ!」

「ああ!」

「ほんとだ、シェリルだ!」


 ダフネとエルケが私に気づき、口を開く。だが、もう1人の「木」の魔導士、マリスカはぐったりとして動かない。


「マリスカ!」


 胸元に剣を刺され、血が出ている。セシリオは無線でルーカ軍曹に知らせる。


「1番は6番の後ろに回り、刺された魔導士の応急処置をする!貴官の重機が前面に出ろ!」

「了解!」

 6番重機が前に歩み出る。セシリオは足元にある箱を取り出し、マリスカの元にくる。


「しっかりしろ!今、止血する!」


 そういうと、セシリオはなにやら丸い筒のようなものを取り出した。それをマリスカの胸元に向けて、何かを吹き付ける。


「なんじゃ、それは?」

「止血剤だ。これをかければ、流血は止まる。だが……早く撤退し、艦内で治療をしなければ……」


 だが、王国軍は引く気配がない。あまり時間がないと、セシリオは言う。


「重傷者収容!人命救助のため、1番重機は直ちに帰投する!許可を!」

「了解!代わりに哨戒機を出す!直ちに帰投せよ!」


 それを聞いて、セシリオは無線でルーカ軍曹に連絡する。


「軍曹!後を頼む!」

「了解!急いでください、少尉殿!」


 その連絡の後、猛烈な勢いで飛び上がる重機。ダフネとエルケは、何が起きているのか分からないと言ったところだ。


「な、なんなのだ、これは!?」

「少なくとも、魔導士を助けてくれる者達だ。マリスカも、きっと助かる!」

「助かるって……あの空に浮かぶ砦に向かっているのか!?」

「あそこには、ミレーユやナタリー、それに別の王国の魔導士がいる。さっき光の魔導を使ったのは、もう一台の重機に乗っているドーリスのおかげだ」

「なんだって!?捕まった魔導士は皆、生きているのか!?」

「話は後じゃ!とにかく、今はマリスカを助ける!」


 駆逐艦の真上に着くと、格納庫の扉が開く。その中に飛び込むセシリオの重機。

 降りると同時に、格納庫の奥の扉が開いて担架を持った人が2人現れる。


「医療班!こっちだ、早く!」


 直ちにマリスカは担架に乗せられ、運ばれていく。その様子をキョトンとした顔で見送るダフネとエルケ。


「ああ、お嬢ちゃんたちは魔導士だな。ちょっと待ってろ」


 そう言って、整備長がやってきた。大きなペンチを使い、慣れた手つきで手枷と首輪を切っていく。

 晴れて自由になった2人。だが、まだ状況を理解していない。


「なあ、シェリル」

「なんじゃ、ダフネ」

「どうなってるんだ!?私達は捕まったのか!?殺されるのか!?」

「いいや、そんなことはない。むしろ、自由になったのじゃ。見ての通り、私もそなたらも、首輪も手枷も付いておらぬだろう」

「そ、それはそうだが……ここは王国の敵の乗る空飛ぶ砦だと聞いている。なぜそこに、シェリルがいるのか!?」

「私はこやつらに助けられた。ここは魔導士を、人として扱ってくれる。美味しいものも、食べさせてくれる。そういうところだ」

「でもなぜ、そんなことを……おかしいじゃないか!何の利益もないことを、こいつらはするのか!?」

「そ、そう言われても、私はこうして自由に生きておるし、こやつともうまくやっておるし……」


 私はセシリオの腕をぎゅっと握る。それを見て、ますます怪訝な顔をするダフネ。


「そういえばこやつ、私の魔導を打ち破ったやつではないか!なぜそんなやつと、仲良くしているのだ!?」

「別に破りたくて破ったわけではない。そなたとて、好きで重機に地の魔導をかけたわけではないであろう」

「そんなことはない!シェリルやナタリーら、王国の魔導士が皆、こやつらに殺されたと聞いていた!だから、私はこやつらに怒りをぶつけたのだ!」

「なんじゃと!?私は殺されてはおらぬ!というか、現にこうして、私は生きてそなたと今、話しているではないか!」

「うっ!そ、そうだが……」

「ナタリーからは、私は祖国を裏切った者だと言われてたと聞いたぞ!それがいつのまに殺されたことになってるんじゃ!?」

「ああ……裏切った先で、見せしめに殺されたと聞いたんだ。だから、決して裏切るな、そして仇を取れと言われて……」

「そういうやつらは、そなたらを盾にしようとしたんじゃぞ!我々が魔導士を保護していると知っているから、そなたらを人質にしたのだ。何が見せしめで殺しただ!大嘘ではないか!」

「そうだ!突然あいつら、我々に向かって短剣を……」


 そこで、「風」のエルケが口を開く。


「まあ、よいではありませんか。シェリルの言うとおり、多分、助かったんですよ、私達は」

「エルケ……」

「現に、刺されたマリスカを大急ぎで治療してくれようとしていたではありませんか。この方達の目的は分かりませんが、ともかく、少なくとも私達の命を奪うつもりはなさそうです」

「うむ。それどころか、あそことは比べ物にならないほど良い生活を送れるぞ。それは間違いない」

「それにしてもシェリル、すこし太ったのではありませんか?以前はもっと痩せてて表情も暗かったというのに、それもここでの生活のせいなのですか?」

「そうじゃ。ここの飯は美味いぞ!おかげで、元気になれた!」

「まあ、シェリルが笑顔になるなんて、やっぱりここは良いところなのですねぇ」


 ダフネは少し男勝りで、エルケはまさに風のようにふわふわとした感じの性格だ。そこにセシリオが私に言う。


「そんなことより、医務室へ行くぞ、シェリル」

「あ、そうだ!マリスカはどうなったんだろうか!?」


 4人で医務室の方へと向かう。ダフネとエルケ周りが気になって仕方がないようだが、今はそれどころではない。

 が、医務室に向かうと、マリスカは起き上がっていた。


「ああ、きたか」

「先生!どうなんですか!?助かるんです!?」

「いや、傷は思ったより大したことないよ。多分、本気では刺しとらんようで、傷は皮膚の表面だけじゃったよ。ただ……」

「どうしたんです?なにか、後遺症でもあるんですか?」

「うむ、意識を取り戻したのはいいんだが、さっきから全然喋らないんじゃ。名を尋ねても震えてばかりで、一向に答えなくてな」


 すでにマリスカの手枷も首輪も外されている。胸元には包帯が巻かれていて、血まみれの服も着替えている。私は医師に言った。


「ああ、それは気にすることはない。こやつ、元々人見知りで、知らない人とは喋らないだけなのだ」

「は?そうなのか?」

「だから、これがこやつの普通なんだ。心配には及ばぬ」

「そうだったんか。いや、それはそれで心配ではあるがな」


 そう。マリスカは極端な人見知り。私達魔導士には話しかけるが、他の兵士とは一切口をきかない。


「マリスカ!」

「あ……しぇ、シェリル……」


 急に知った人間が出てきて、安心したのか涙を出している。


「こ、ここは……ど、どこなんです……?」

「駆逐艦という船の中じゃ。そなた、兵士に刺されて、ドーリスの光の魔導で目を眩ませている間に、助け出されたのじゃ」

「そ、そうだったの……」

「まだ痛むか?」

「うん、痛い……でも、歩けないほどじゃない……」

「そうか。じゃあ、皆で何か食べないか?」

「えっ?ここは敵地……だよね?た、食べ物、くれるの?」

「当たり前じゃ。せっかく助けられたのに、食べ物をくれぬわけがなかろう」

「いや、でも私、手枷も首輪も外されて……」

「いいんじゃよ、ここでは。魔導士といえども、自由じゃ。ほれ、ダフネもエルケ、あとミレーユもナタリーもいる。他にもカターリア王国から来たセイラという魔導士もいる」

「ええーっ!?他の国の魔導士もいるの?ところで、そこにいる男の人は……」

「ああ、セシリオといって、そなたを助け出した男じゃよ」

「あ、あの、私、ええと……あ、あり、ありがとう……」


 本当に他人の前だとうまく喋れないやつだ。一生懸命お礼を言おうとしているが、人見知りゆえにうまく話せない。


「いいですよ、お礼なんて。さ、それよりも皆さんで、何かを食べにいきましょうか」


 そう提案するセシリオ。そこに、ミレーユとナタリーも現れた。


「マリスカ!大丈夫だった!?兵士に切り刻まれたって聞いたから、心配で……」


 どういう話の伝わり方をしているんだ。刺されはしたが、切り刻んではおらぬぞ。


「うん、ミレーユ。大丈夫」

「本当に大丈夫?なんだか痛そうだけど……」

「うん、ナタリー。大丈夫だよ。まだ痛いけど、首輪や手枷がないから、その分楽でいい」

「そうだよねぇ、マリスカはいつも首輪を嫌がっていたものね」


 で、遅れてドーリスも現れた。どうやら、王国軍は撤退を始めたようだ。それで、ルーカ軍曹共々戻ってきた。


「マリスカ、大丈夫!?なんか刺されてたけど!」

「ああ、ドーリス、ありがとう……光の魔導で、私を助けてくれたって……」

「とっさに使っちゃったんだよ!だって突然あなたを刺すんだもん!なんとかしようって思って!」


 まあ、こんな感じに魔導士7人と、その世話係4人が集まってくる。そのまま皆で食堂に向かうことになった。ぞろぞろと歩く11人。


「ああーっ!ずるい!私も混ぜて!」


 セイラまでやってきた。他国の魔導士ではあるが、今や彼女も仲間だ。ちなみに、世話係であるバドル中尉もいっしょだった。

 エレベーターを降りて、食堂に向かう途中、そこで動く洗濯室のロボットアームを見て、恐れおののく新参者の3人。


「な、なにあれ……化け物?」

「大丈夫じゃ、ああいうのはこの船の中にあちこちいて、人のために働いておるんじゃよ」

「ええーっ!?あちこちにいるの!?なんだか、気持ち悪い……」

「そのうち慣れる。気にするな」


 特に怖がるエルケを引っ張って、この13人の大集団は食堂に着く。

 で、メニューの前に着いたのだが、そこに大きな男が立っていた。

 彼はこの船で最も大きな男で、ウバルド大尉という。よく食べる男なので、食堂の前でのメニュー選びにいつも時間がかかる男だ。それで、私も彼の名を知っている。

 だが、人見知りのマリスカは、この大男を見て震え始めた。


「あ……ああ……」


 ガタガタと震えが止まらなくなったマリスカ。私は声をかける。


「どうした、マリスカ!?」

「ああ……あれ……」


 そういえばマリスカのやつ、一度だけ塀の中でひどい目にあったことがある。

 マリスカは「木」の魔導使いだ。早い話、木や草を操ることができる魔導士だ。

 だが、この魔導はほとんど役に立たない。木や草では、鎧に身を固めた兵士を倒せるわけではない。そういう事情もあって、彼女は一度も戦場に出たことがない。いつも留守番役だ。

 それをなじり、突然彼女に暴力を振るってきた大男の兵士がいた。だが、魔導士にむやみに暴力を振るうことは幾ら何でも禁止されている。その兵士はすぐに追い出された。

 だが、その兵士とこの大男が、彼女には重なって見えるようだ。あのトラウマを、呼び起こしてしまったらしい。

 それに気づいたウバルド大尉が、振り向いて尋ねる。


「どうしたんだ?なにか、あったのか?」

「いや、大尉殿、この娘が突然……」

「えっ!?この娘が、どうかしたのか?」

「大尉殿を見て、突然震え始めて……」


 それを聞いたウバルド大尉は、なんとマリスカのところにやってきた。

 ただでさえ恐ろしい相手が、目の前に立っている。マリスカは恐怖の絶頂だ。足がガタガタと震えている。

 それどころか、なんとこの大尉殿はマリスカを抱き上げた。

 何事かと見守る残りの12人。だがウバルド大尉は、マリスカの肩を叩きながら、こう言った。


「大丈夫。大丈夫だよ……ほら、何も怖くない」


 大男の腕の中で抱かれているマリスカ。まるで赤子をあやすようにマリスカに接するウバルド大尉。すると、不思議とマリスカの身体の震えが止まる。キョトンとした顔で、その大男の顔を見るマリスカ。

 ウバルド大尉は身体こそ大きいが、優しい顔つきだ。そんな彼が、マリスカを抱き寄せてなだめながら笑みを浮かべている。

 それを見たマリスカも、少し笑顔になる。


「ほら、大丈夫だろう?じゃあ、下ろすよ」


 ゆっくりと降りるマリスカ。唖然としてみる12人。セシリオが尋ねる。


「あの、大尉殿、一体何を……」

「ああ、僕の妹がものすごい人見知りでね。まだ小さい頃、家に知らない人が来るたびにああやって震えていたんだよ。でも、僕が抱き上げて肩をポンポンと叩くと、不思議と落ち着いてね。彼女を見てたら、それを思い出したんだ」


 そして、マリスカに向かって言った。


「そういえば、怪我をされてるようですが、痛くはないですか?」

「はい……大丈夫……です」

「ところで、お嬢さんもお食事ですか?」

「は、はい……」

「もしかして、さっき保護された魔導士の方ですかね?私がお食事を選んであげましょうか?」

「あ、はい……ぜひお願いします」


 あのマリスカが、初対面でしかも大男に、話しかけることができた。一緒に食事を選ぶマリスカとウバルド大尉。

 ああ、マリスカの世話係はこの人で決まりだな。その瞬間、そう思った。


 そしてその日の晩のこと。

 ヴィレンツェ王国の軍事侵攻の報を受けて、モナーク王国とルクセン王国はヴィレンツェ王国を見限り、地球(アース)527との同盟を決意したとの連絡が入った。ヴィレンツェ王国包囲網は、ついに完成した。

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