#1 遭遇戦
私は、馬車に乗せられている。ガラガラと音を立てて進む馬車。
その行く手は、戦場だ。
私の名はシェリル。20歳。ヴィレンツェ王国の10人の魔導士の一人だ。
私が使えるのは「火」の魔導。火の精霊を呼び出し、強力な爆炎の球を作り出すことができる。
が、私の両腕には、手枷がはめられている。肩幅程度しか腕が広げられないように、鎖で繋がれている。
魔導を使うためには、両手を目一杯広げなければならない。だが、鎖で繋がれている以上、魔導を発動させることができないのだ。
普段はこうして、手枷をはめられている。食事などの生活はできないことはないものの、不便には違いない。常に重い鎖をつけられての生活を、私はずっと強いられている。
このようにヴィレンツェ王国にいる魔導士は管理され、他の9人も私と同じように普段は手を繋がれている。これは、魔導士が逃げ出したり、反乱を起こさぬようにするための施策だ。
もちろん、今乗っているこの馬車の扉にも鍵がかけられている。無論、私が逃げ出せないようにするためだ。私が「魔導士」である以上、私に自由はない。
私達、魔導士は、衣食住を保証される代わりに、高い塀で囲まれた場所で暮らしている。暇つぶしには本を読むか、他の魔導士や見張りらと話をするしかない。
魔導士である我々は、いわば「戦争の道具」だ。だから、戦争が起これば連れて行かれる。そこで、私達は「仕事」をさせられる。
2日前にとなりのカターリア王国が、我がヴィレンツェ王国の国境を越えて侵入してきたとの報がもたらされる。その数、3000。一方で我がヴィレンツェ王国軍は、4500の軍勢を差し向ける。
両軍は、険しい山の谷間の入り口で会敵する。互いに方陣形で向き合う。カターリア王国の長槍部隊が、前面に立つのが見える。
私はそこで、馬車から降ろされた。首輪に鎖をかけられて、そのまま前線に連れていかれる。
まだ敵は動かない。こちらも、槍兵が長槍を立てて対峙している。
あちらは、魔導士である私が出てきたのを見て警戒し、兵を動かさない。同じ場所で、私は何度も彼らの軍を魔導で撃退している。だから、彼らは警戒して動かない。
これは、長期戦になりそうだな……敵にしてみれば、私が疲れて気が抜けたところを狙って襲いかかるしか策がない。
もし敵が動き出せば、私の手枷が外される。私が唯一、腕を自由にできる時だ。
魔導を放つ時は、腕を広げなければならない。うまくは言えないが、腕を広げることで、周りから精霊の力をかき集める。それで、魔導が使えるようになる。私にとっては、そんな感じだ。だから、魔導を使うためには目一杯腕を広げなければならない。
だから、手を封じられてしまうと、魔導を放つことができない。これは、他の魔導士も同じだ。
私がへたばるか、それとも相手が痺れを切らして攻めてくるか?
いつもならこの我慢比べなのだが、今日はそのどちらでもない出来事が起きた。
空が急に、暗くなる。変だな、雲一つない天気だったのに、なんだって急に……と、私は空を仰ぐと、そこには信じられないものが浮かんでいた。
灰色で、長い石造りの四角い塔を横倒しにしたような、不思議なものが浮かんでいる。
それにしても大きい。我がヴィレンツェ王国は、この辺りでもっとも強大な国家。その王国にある宮殿よりももっと大きなものが、今この空に浮かんでいるのだ。
敵も味方も、その不思議な空飛ぶ塔を眺めて唖然としている。しばらくそいつは空中にとどまっていたが、やがて徐々にこちらに降りてくる。
ブーンという鈍い音を立てながら、我がヴィレンツェ軍とカターリア軍の間に降りようとする。
が、ここは狭い山あいの谷。あの大きな物体はこの狭い谷間の岩壁に阻まれて降りられない。ここは、あまりに狭い場所だ。途中でその空に浮かぶ塔は降りるのを止める。
が、そのてっぺんの一部が開いて、何かが飛び出してきた。
空からゆっくりと降りてくるそれは、首はなく、太い胴体、太い腕、身体のわりに短い足を持ったまるで野獣のような化け物のようなものだった。それが1匹、ゆっくりと2つの軍勢の真ん中あたりに向かって降りてくる。
地上に降りたその化け物は、まずは敵の前に向かって歩く。ガシーン、ガシーンという妙な足音とともに地上を歩くその化け物。そしてその化け物は、敵兵に向かって叫ぶ。
『我々は、地球527遠征艦隊、駆逐艦2810号艦所属の陸戦機動隊の者だ!連合軍規第53条に則り、貴殿らに戦闘停止を要求する!速やかに撤退されたし!さもなくば、やむなく武力行使を行う覚悟だ!』
と言って、その野獣は右腕を真横に向ける。
腕には、なにやら筒状のものが付いている。なんだろうか、あれは?だが、その次の瞬間、私はその筒の力を知ることになる。
突如、青白い光の球が、先端で光り始める。徐々に大きくなったかと思ったら、急に雷のような音を立てて筋のように飛び出した。
太くて青白い筋が、すぐ横にあった崖めがけて真っ直ぐと放たれる。と同時に、その崖が破裂するように飛び散り、ガラガラと音を立てて崩れていく。
私は確信する。あの化け物め、魔導を放ったな。だが、詠唱も構えもなしに、わずかな時間で放たれる青白い炎の魔導。未だかつて見たことのない魔導だ。
そして、その筒の先を敵兵らに向ける。それを見た敵の兵士は、大慌てで引き返していく。それを見届けたその化け物は、今度はこちらへと向かってくる。
あの筒を、こちらに向けている。そして、奴は叫んだ。
『こちらの軍にも同様の要求をする!直ちに撤退せよ!さもなくば、攻撃する!』
それを見た我らヴィレンツェ軍の指揮官は、鍵を使って私の手枷を外す。そして、あの化け物を指差す。
「あれをやれ!」
その指揮官の指示に、私はうなずく。どのみち私には拒否などできない。そんなことをすれば、その場で首を斬られて殺されるだけだ。
手枷を外された私は、腕を横に広げる。そして、魔導の呪文を唱える。
「この地に舞う火の精霊よ、我にその力を集めたまえ……いでよ!!爆炎球!!」
この魔導術式を唱えることで、空中に私の背丈の3倍ほどの炎の球を作り出す。目の前のあの化け物と、同じくらいの大きさだ。
この球は、ものに触れるか一定の距離を進むと、大爆発を起こす。その威力は、密集した500人の兵士を跡形もなく吹き飛ばせるだけの力がある。
そんな炎の玉を、あの化け物に向かって飛ばす。いくら化け物でも、私のこの魔導を受けて無事で済むはずがない。おそらく、跡形もなく消し飛ぶであろう。
赤く輝く炎の球は、まっすぐにその野獣のような化け物めがけて飛んでいく。
そして、凄まじい爆発音を出しながら、私の放った炎の球は大爆発を起こす。その衝撃の波が、私とヴィレンツェ軍の4500人に襲いかかる。
その衝撃で、私と大半の兵がその場で倒れる。土埃が舞い上がり、辺り一面見えなくなった。
これほどの爆発だ。大きな化け物とはいえ、無事で済むはずがない。私は立ち上がる。だが、首の鎖に引っ張られ、私はその場に倒れ込んでしまう。鎖を握った指揮官が、まだ起き上がっていないためだ。
「……あの爆発だ。影も形も残るまい」
指揮官が私に言う。私もうなずく。
もっとも、あの化け物が倒れようがどうしようがどうだっていい。このあと待っているのは、また塀で囲まれた建物での中の退屈な日々。王都を馬車で移動するときに、その中から見える街並みを歩くことすら、魔導士には許されないのだ。
ああ、どうして、こんな力を手に入れてしまったのだろう……いっそ、さっきの化け物に殺された方が幸せかもしれない。そんなことを思いながら、砂煙が収まるのを見届ける。
が、私の目の前に、信じられないことが起きた。
砂煙が収まるや、あの化け物の姿が徐々に現れてきたのだ。影も形も残らない、そう言った指揮官の言葉とは裏腹に、やつは傷一つ負ってはいない。まるで何事もなかったかのように、そこに立っていた。
まさか、私の魔導が不発に終わったのか!?いや、確かに爆発は起きたし、現に地面は爆発によってえぐれている。
ただ、あの化け物にはまるで通用しなかった、そういうことのようだ。
それを見たヴィレンツェ軍は、大混乱に陥る。かつて経験したことのない事態。500の兵を一瞬で消せるほどの私の魔導、そんな魔導がまるで通用しない化け物が今、目の前にいる。
そして、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
フォーン……フォーン……という不気味な音を立てて、歩み寄るその無敵の野獣。
「あ、悪魔だ……あれは悪魔だ!」
そう叫ぶと、指揮官は私の首輪につながっている鎖を放り投げて、逃げ出してしまった。
指揮官が逃亡すれば、その場に残ろうなどと考える兵はいない。皆、王都の方へ向かって走り去っていった。
だが、私は腰が抜けて立ち上がれない。そもそも私は、逃げるだけの体力がない。私だけがこの戦場に取り残されてしまった。
その私の前に、私の背丈の3、4倍はあろうかというその化け物が立ち止まる。
ああ、私はもうすぐ、殺される……そう覚悟した。
だが、それでいいのかもしれない。魔導士として生きる以上、自由のない退屈な日々を過ごし、戦場に駆り出されて人殺しの道具であり続ける、そんな人生しかないのだ。
私の魔導をあっけなくはねのけ、しかも崖をも崩せるだけの魔導を放てる化け物だ。きっと、私が苦しいを味わうまもなく一瞬にして、死を与えてくれるに違いない。
そう思い、私はその場に座り込む。目を閉じ、手を合わせ、最期の時を待つ。
が、その時だった。
「あの~すいません。つかぬことをお聞きしますけど……もしかして、怪我してます?」
なんだ?化け物にしては、妙に物腰低い物言いだな。不思議に思い、私は目を開く。
化け物は、よく見ると鉄のような物でできた、いわばカラクリだ。そして、胴体のあたりがかぱっと大きく開いて、その中に人が乗っているのが分かる。
そう、これが私の夫となるべき人との、出会いの瞬間だった。