I’m crazy about you.
どうして、こんなことになった?
僕は、目の前で力なく崩れ落ちるミローラをただ呆然と見ていた。
ミローラの身体から流れる真っ赤ななにかが一面に広がって。
僕は、なすすべもなく立ち尽くす。
歯がカチカチと鳴って、震えが止まらない。
だって君は僕のもので。
僕だって、君のもので。
僕たちは、ずっと一緒にいられるはずで。
きみは、僕の半身。
僕のすべて。
なのにどうして、さよならなんて言うの。
ねえ、ミローラ。
ミローラの両親はミローラよりも姉の教育に力を入れていて、幼いミローラは僕の家に預けられることが多かった。
僕たちはいつも一緒だった。家族よりもなによりも僕はミローラが大切だったし、きっと彼女も同じ気持ちだったと思う。
ミローラは姉へのコンプレックスがあったようだけれど、僕にとってはミローラのほうが何倍も魅力的で、どれだけ見比べてもミローラのほうが美しかったし、どれだけ接してもミローラのほうがいとおしかった。それはもう、くらべるまでもないくらいに。
けれど、ミローラが僕へ向ける好意に返せるものを僕は知らなかった。
きっと、ミローラが思ってた以上に僕はミローラのことが愛しかった。僕のミローラへの気持ちは、きっと好きだなんて言葉じゃ足りなくて。
それこそ、その感情は、もはや狂気のようなものも含んでいたのかもしれない。
けれど、僕はそれよりもなによりも、僕たちの関係を、なにか脆弱な言葉で縛ってしまうことが恐ろしかった。
たとえば恋人になって、いつか別れが来ることが恐ろしかった。
たとえば友人になって、ミローラが誰か他の男と、なんて考えるのもおぞましかった。
ミローラを誰にも渡したくないと思いながら、僕はいつか来る別れが怖くてたまらなかったのだ。
僕の兄さんとミローラのお姉さんが結婚すると初めて聞いたとき、これでミローラと家族になれるのだと思った。
家族ならば、ずっと一緒にいられる。
なにがあっても、僕たちは離ればなれになることはない。
なのにどうして、ミローラはもう隣にいないんだろう。
ミローラの顔も、声も、目も、表情も、全部。
全部、僕の脳裏にこびりついて、昨日のことのように思い出す。
それなのに、僕の隣にきみはもういない。
「会いたい……、ミローラ、っ」
呟いて、唇を噛み締めた。
会いたい。
顔が見たい。
名前を呼ばれたい。
名前を呼びたい。
好きだと、言いたい。
愛してるって。
ずっとずっと愛してたって。
きっときみは、僕がきみを愛してたってことすら知らないのだろう。
知らないまま、消えてしまったのだろう。
僕の半身。
僕だけの半身。
でも、もうどこにもいない。
どこにもいない。
もう僕が生きている意味なんて、生きていく意味なんて、思い浮かばなかった。
だって、ミローラはもういないのだ。
本当は叫びだしたかった、叫んでなにもかも引き裂いて、泣いて、全部壊してしまいたかった。
けれど、涙も出なくて、指一本動かすのも億劫になるぐらい、僕にはもうなにもなかった。
ただ、最後に見たミローラの顔が僕になにかを伝えたかったんじゃないかって。それだけにすがって僕はただ生きている。
兄さんも、ミローラのお姉さんも、ミローラのことは僕のせいじゃないと言った。
けれど、僕はわかってしまった。
ミローラのことを一番知っていた僕はわかってしまった。
僕の存在がミローラを、ころした。
ミローラがいなくなって随分の時が経って。
それでも。
なにをしていても、ミローラのことを考える。
だから僕はなにもしたくなかった。ただただ、この身体がこのまま朽ちてしまえばいいと思った。
ミローラがいなくなってから、兄さんは僕を恐ろしいものでも見るような目で見るようになった。それは、まるで僕がいつ死んでしまうのかと恐れているような目だった。
そんな兄さんが、その日は、いつもとは違う面持ちでミローラのお姉さんを連れてやってきた。どこか強張ったような、けれど穏やかな顔だった。
「叔父さんに、なったよ。リトくん」
ミローラのお姉さんは目に涙を浮かべてそう言った。
彼女の腕に抱かれた、小さな小さな命は僕をその目にうつして笑う。嬉しそうに嬉しそうに。
キラキラした目を僕に一心に向けて、小さな手をこちらへ伸ばす。
「叔父さんに、なったんだよ。リトくん」
ミローラが守った、命。
ミローラがいなくなって、誕生した命。
ミローラにそっくりな瞳は、キラキラと僕を見ていた。
どうして、ミローラはいなくなったのにこの子はこんなに嬉しそうなんだろう。
どうして、こんなに嬉しそうに僕を見るんだろう。
目の前の小さな小さな存在が僕は、いとおしくて、けれど本当は憎くて、それでもやっぱりいとおしくて。
頭がおかしくなりそうだった。
頭の中が熱を持って目の前が滲む。
ぼたり、と涙が落ちて嗚咽が漏れると目の前の小さな小さな目も悲しそうに歪んだ。
僕のそばに寄り添って一緒に泣いてくれる目の前の存在が、僕はどうしたって、いとおしくて、いとおしくて、たまらなかった。
まるで、ミローラのように寄り添ってくれる存在が、僕はどうしようもなく愛しくて、たまらなかった。
けれど、それと同時にミローラがいなくなってしまったという実感が僕を殴り付けて。
僕は人目も憚らず、小さな手を握りしめたまま、泣き崩れた。