ある見習い鍛治職人Aの独白
俺は、幼い頃より刃物が好きだ。
刃物を眺め、手触りを楽しみ、ピカピカになるまで磨きあげる。
そんな俺を、両親や兄弟が奇妙な目で見ていたことは知っていたが気にもならなかった。
刃物。それは至上のものである。
いつか至高の逸品に、巡り会うことが唯一の夢だ。
毎日毎日刃物を愛でる俺に、親は我慢の限界が来たらしい。
そんなに好きなら、刃物が沢山あるところへ婿に行けと。
そうして連れてこられたのが、鍛冶工房。
ここは天国だった。
俺は住み込みで親方の弟子になり、見習い鍛冶師になったのだ。
毎日毎日刃物を見ては美しく磨きあげ、親方に鍛冶を学んで行った。
数人いる兄弟子達と切磋琢磨しながら腕を磨く毎日はとても充実していた。
何より、毎日刃物を磨いていても奇異の目で見られないし、家にある物よりも数段良いものを扱えるのだ。最高である。
やはり、ここは天国なのだ。
そんなある日、弟弟子が出来た。
俺は7歳。
弟弟子は、5歳だった。
俺の日常に弟弟子が加わった。
見習いの雑用を教えながら、共に親方から鍛冶を学ぶ。
楽しい毎日であった。
兄弟子達が独立したり、一端の職人になって鍛冶工房を手伝ったりするだけの年月が過ぎた頃。
俺は弟弟子に負けまいと毎日必死だった。
アイツは凄いやつだった。
器用になんでもこなすのだ。
俺が何回も何回も繰り返して覚えることも、アイツは2、3回もやれば出来てしまう。
恐ろしいほどに才能の開きがあった。
悔しくて泣いた日もあった。
そんな時に俺を慰めてくれたのは刃物だった。
無心になって磨き上げていると、刃物がキラリと輝いたのだ。
あぁ、アイツのことなどどうでもいいではないか。
俺は至高の刃物に出会うのだろう?
いつか必ず作り上げてやると心に誓う。
心穏やかにアイツと付き合い、ただひたむきに鍛冶と刃物に向き合って数日。
アイツは鍛冶工房からいなくなった。
あんなに才能に溢れていたというのに、なぜ去ってしまったのか。
首を捻るばかりである。
てか、挨拶くらいしていけっつの。