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マーマンの世界征服  作者: ベスタ
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7 カリスマ

 一二三が攻めてくる軍隊に対して味方に出した指示は防衛であった。

 とにかく堅い守りをすることによって1秒でも長く生き延びること。タコス軍が攻勢に出た瞬間に敵に飲まれて、攻め滅ぼされてしまうのは明らかだった。


 数としては20万対3万。戦力比はおよそ7対1。

 タコス軍は1人殺される間にダゴン軍兵士を7人殺さないと互角にならない計算である。


「魔法部隊は敵が見え次第、攻撃しなさい」


 魔法というものは無尽蔵のエネルギーではない。使い続けていれば疲弊をするし、酷使すれば気絶だってする。

 だが、今回の戦いに関しては打つのを躊躇していれば即負けにつながる。


「手を休めるなよ!」


 余市は次々と魔法を放った。

 余市が本気になれば一度に何発もまとめて魔法を打つことができる。だが、それでは長時間持たない。

 単発魔法を適度に、しかし、切らさないように放ち続ける。

 余計なエネルギーを使わないために誘導を切って純粋な水流魔法で攻撃するため、余市の魔力には余裕があった。


「こうなったら一三じゅうぞうの方が得意だな」

「ああ……」


 一三は寡黙に敵に狙いをつけて打つ。

 一三は純粋な水流魔法しか打てないが、その分射程も威力も抜群の精度を持つのだ。

 一三の放つ水流魔法が敵兵士の頭を吹き飛ばし、後ろにいた兵士の胸を貫く。


「でもこれじゃジリ貧か」


 余市は壁のように押し寄せてくる敵兵を見る。

 数人殺した程度では敵は止まりそうもないのだ。むしろ死体を押しのけて迫り来る様子は恐怖すら感じさせる。




 柵にダゴン軍兵士が取り付き始める。

 乗り越えさえすればダゴン軍の方が数が多いのだ。柵を壊してもいい。


「突けっ!!」


 五十六の命令が飛び、柵の隙間から無数の槍が飛び出す。

 柵に取り付いていた兵士は何箇所も同時に突き刺され、息絶えてしまった。その柵の後ろで五十六は敵を眺める。


「止まらないですよね」


 五十六のいうとおり、敵は死体を乗り越えてさらに柵を乗り越えようとしてきていた。

 目の前で味方がやられているのだから躊躇くらいはするかと思ったが、甘い考えであったようだ。


 だが、柵に掴みかかるのであれば、五十六のやることは変わらない。


「用意、突けっ!!」


 再度、柵の間から槍が突き出され再び敵の死骸が積み上げられる。

 五十六は緊張の最中、思考を巡らせていた。


 柵があるうちは兵士の集中が切れなければ大丈夫だろう。

 そう、兵士の集中が切れなければ、である。だが集中力などというものは長続きしないのだ。


 切らさないようにしていても切れてしまうのが集中力であるし、集中ができていたとしても体の疲労が来ればどちらにしても崩れてしまう。



 それであるならば何とかして元気なうちに対策を練らなければいけないのだが、残念ながら打てる手立てがない。

 大軍で少数を攻めるのは正しい戦い方なのだから。


 王道の攻め方をされては邪道の搦め手など通用しない。

 だからこその王道なのだ。

 五十六は終わりの見えない戦いに、知らず知らずのうちにため息をつくのであった。




 柵を乗り越えて敵兵士が何人か乗り込んでくる。


「たぁーっ!!」


 気合いとともに殴りかかる奈美に敵兵士が吹き飛ばされる。そのままその場で横に一回転すると別の兵士の胴体に回し蹴りを叩き込む。


 それでどうやら絶命したようだ。

 ふう、と息をつくと自分の手のひらを何度か開閉する。戦闘の勘が戻ってきているのだ。

 その実感が確かな手応えとして奈美の体に残っている。


 その様子を見た史郎も安堵する。

 奈美はテルたちの兄弟の中では格闘でかなり強い部類であった。

 だが、戦場から長い間離れていたのだ。腕はだいぶ落ちているはずであった。


 それでも久しぶりの戦場が奈美の感覚を取り戻させているのだろうか。

 今の奈美には不安要素が見当たらなかった。


「残念ながら防衛戦では俺たちは役に立たないからな」


 ティガが史郎の隣で謝る。

 ティガ率いる素手部隊は柵を間に挟んだ攻撃ができないのである。彼ら素手部隊が活躍するのは間に障害のない機動力を生かした戦闘である。

 攻めの戦いこそが素手部隊の本領発揮であった。


「槍部隊は全員防衛に集中してます。それを護衛してもらえるのは助かります」

「そう言ってもらえると俺も助かる」


 史郎の言葉にティガも笑って答える。

 戦況が悪いながらそれでもやることに集中している間は戦えるのだ。


 槍部隊は目の前に出てきた敵を突き殺す事、だけ。

 素手部隊は柵を抜けてきたものを処理する事、だけ。

 魔法部隊は敵を間引く事、だけ。

 それだけに集中している間は疲労も少ないし、気力も途切れにくい。


 タコス軍は団結して目の前の敵に対して対応していくのだった。





 ライトはその戦場を眺めていた。

 見ているだけである。戦闘には参加していない。


 ダゴン軍の目標としては戦闘の勝利が1番にくるのだろう。だが、ライトの目標は別の場所にあった。

 ライトの目標はテルを自分の手で殺す事である。

 そのためだけにこの戦場に立っていると言っても過言ではなかったのだ。


 確実にテルを自分の手によってとどめを刺す。

 その条件が作り出されるのは今のような混戦ではなかった。


 敵や味方がどこにいるかわからない状態では、テルがそこらの兵士の手にかかることもあるだろう。それではライトの目標は達成されないのである。



 一騎打ちの状況に持っていくこと。



 それがライトの目標への前段階であった。

 そしてそのライトの思惑のおかげでタコス軍は助かっている。



 もしもライトがなりふり構わず軍団の勝利を目指しているのであれば、ライトが前線に出てきていることだろう。

 そしてライトが前線に出てきていればどんなに熱い防壁も柵も、何の意味も持たず破壊されていただろう。


 柵さえ破壊されてしまえばタコス軍は持ちこたえることもできなくなるのだから。





 テルは戦場でも最前線の柵の防備に回っていた。

 敵兵士が柵を乗り越えようと登ってくるところを、再び突き殺す。

 この時周りの動きに合わせて一斉に槍を突き出すのが肝心であった。


 壁のようにせり出してくる槍の穂先に、敵は少しずつ恐怖を蓄積させる。

 そして、一斉に動くことで大きめの海流が生まれる。その海流の勢いで死体が外へと押し出されていくのであった。

 綺麗になった柵の前にはまた再び敵兵が押し寄せてきて、それをまた突き殺していく。


 繰り返していくことによって、タコス軍は少しずつ優位になっていくはずであった。


 バキッ


「あっ」


 テルの隣の兵士の槍が壊れる。その兵士の顔に絶望が張り付くが、すぐさま予備の槍が差し出される。


「ああ、ありがとう」

「どういたしまして」


 テルは横目で槍を差し出した魚人を見た。

 それはテルの兄弟である千だった。テル達の兄弟の中では末っ子である。

 戦闘は得意ではなく戦うことに関しての才能はないのだが、自分にできることをしっかりと把握しているのだ。


 自分が戦うよりも自分が周りのサポートをして、強いものがより快適に戦い続けることができる環境を作る。

 それが千の選んだ戦場である。


 魚人の中には自分から戦わない卑怯者の戦法だと言う者がいることをテルは知っている。だが、千はテルのように戦場自体から逃げたことは一度もない。

 戦い自体を恐れていることはテルと変わらないのに、である。


 千も自分の戦場を自分なりの戦い方で必死に戦っているのである。

 それは何も考えずただ最前線で戦っているものなどよりもきっと辛い戦いであるだろう。

 そして周りの兵士たちも千に助けられて初めて知るのだ。千も戦っているということに。


 テルは千に話しかけた。


「千。辛いか?」

「僕は戦ってません。兄さんは?」

「ああ、平気だ」


 短いやり取りであった。

 だが、それで十分だと思った千は別の場所へと向かう。必要な兵士達の元へ、予備の槍を大量に体に背負って。


 テルは千のことを頭の端に追いやる。

 そして目の前の敵に向かって槍を突き込む。戦いは止まってはくれないのだから。





 その戦いはまさに紙一重でタコス軍が勝っていた。

 ギリギリの戦いを繰り広げてはいたが柵は壊されることはなく、大きな破綻が起きることもなかった。タコス軍の兵士達は敵の魔法にやられたり、不運にも敵に殺されるものはいたがごく少数にとどまり、ダゴン軍に大打撃を与えていたのだった。


 ライトはそれを見ると伝令を出す。

 やがてタコス軍の陣地に攻め寄せていたダゴン軍は撤退を始めていった。


「何とか、持ちこたえましたか」


 一二三はため息をつく。だが、それは安堵のため息であった。

 この山場を越えれば少しは息をつく時間ができるだろう。その間に英気を養い、次の戦いに備えることもできるだろうと一二三は考えていたのだ。


 それはタコス軍の多くの兵士も同じように思っていた。

 退却した兵士も休まなければまともな戦いができないのだから。中には初戦を勝ったことによる喜びの声を上げる者もいた。


 厳しい防衛戦であった。

 柵が壊されていればそのまま負けも確定であったのだ。その柵もよく保ったほうだと言えるだろう。このまま修理しなくとも十分に使えそうであった。




 浮かれるタコス軍の前で引き上げていったダゴン軍は、そのままステロールに戻っていった。

 そして、引き上げていったことでタコス軍の視界が大きく確保される。


 その目に映ったのは引き上げていった兵士達よりも多い敵の兵士たちであった。


「えっ?」


 誰の言葉であったのだろうか。タコス軍の兵士から声が漏れる。

 そこには元気を保ったままのダゴン軍の兵士が待ち構えていた。ライトが手を振ると指示を伝える。


「第2大隊、突撃!」


 そして地響きを立ててタコス軍の陣地に押し寄せてくるダゴン軍。

 先ほどまで戦っていた敵兵はそのままステロールの陣地に入っていく。そのまま休むのであろう。


「やられた!」


 一二三は頭を抱えた。

 敵が増えたわけではない。もともとライトは20万の軍隊を分けていたのだ。

 視界が開けた時に見えた景色から計算して、おそらくライトは20万の軍隊を4つに分けて5万ずつに分けている。


 そしてそのうちの1つをタコス軍にけしかけたのだ。

 今まで何とか防げていると思っていたのもふたを開けてみれば簡単な話であった。


 流石のタコス軍も20万が固まりとなって襲い掛かられればもっと被害が出ていただろう。

 だが、5万の軍勢が攻めてくる時に陣地付きで3万の兵士であれば互角に戦えたのも納得である。


 問題はそのあと。

 20万の敵を撃退したと思った後に、実はまだ敵は余裕がありましたと知った時の兵士の心。

 これまではギリギリの集中力が戦線を保っていた。だが、勝ったと気持ちが緩んだところに敵はまだまだ襲ってくると知れば。


「ああ…」


 カラン


 兵士の1人が槍を取り落としてしまう。中には膝をつく者もいた。

 戦う心が折れてしまったのだ。

 そして心が折れてしまえばもう戦うことはできない。敵に押されてそれでおしまいであろう。


「再度、防衛!」


 一二三は素早く命令する。

 その命令のおかげで何とか戦う姿勢だけは保つ兵士たち。だが、その手には力が込められないだろう。そのことに歯噛みする一二三。


 残念ながら一二三には兵士を鼓舞するようなカリスマは持ち合わせていない。

 そのことは一二三自身がよくわかっていることである。

 一二三が最も力を発揮できる場所は、カリスマのある君主の下について作戦をこねることである。


 兵士を動かすことはできるが、兵士にこの人のためなら死んでもいいと思わせることはできないのである。

 タコスの偉大さを改めて知る一二三であった。


 兵士みんなが諦めきっているその中で、しかし、諦めない声が響いた。


「シャキッとせんか!!!!」


 不思議とよく通る声であった。そんな怒鳴り声の中には不思議と親しみやすさも含まれていた。


「大将が諦めておらんのに、お主らが諦めてどうするか!!!」


 白い服に白い髪をした純白の支配者。

 マカレトロの白黒の世界で強烈に目立つスイカであった。

 拳を握りしめ声も高らかにさけぶ。


「お主らに少しでもタコスに何かしらの思いがあるのなら、戦ってくれ! それでも足りないのなら、妾に従え!!!」


 少女が胸を張る。

 堂々とした態度にタコス軍の兵士はスイカの言葉を待つ。それらを見渡したスイカは襲いかかってくるダゴン軍に指を突きつけて叫んだ。


「妾は支配者のスイカである!!! 支配者に刃を向ける者共と戦えぃ!!!!」

「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」」」」」


 タコス軍の兵士達の士気が上がる。

 完全にダゴン軍に傾きかけていた勝敗の天秤が水平近くまで戻される。

 一二三は何とかなった現状に安堵のため息をついた。


 だが、戦況はタコス軍に不利なのは変わらない。

 タコス軍は戦い続けているのだ。いずれ頭からの指令に体が追いつかなくなるのも時間の問題だろう。そうなれば柵があろうと負けは確定してしまう。


 ただただ、戦い続けるしかない終わりの見えない戦いは始まったばかりなのだろうと一二三は思い、うちわで不安げな顔を隠すのだった。

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