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マーマンの世界征服  作者: ベスタ
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4 招待

 タコス軍は進軍していた。

 目標地点はマカレトロ海域。その支配者であるダゴンが住まう都市、ステロールである。





 マカレトロ海域もハルカズム海域も今や暗闇の海域である。だが、本来はハルカズムだけが暗闇の海域であった。


 ハルカズムには周りの陸の植物から出てきた樹液から染み出した濃い赤色の河川が流れ込んでおり、それが膜のように海域の上を覆い尽くしているのだ。

 元々、ハルカズム海域自体が海流の激しくない海域であること、他の海域に行くためには狭い出入り口を通らなければならないこと。


 それらの好条件がたまたま重なり合い、ハルカズム海域は常闇の海域となったのであった。

 ちなみに、普通であれば海域と呼べるほどの広さでこのような状態にはならない。

 大体上が淡水、下が海水という状況は湖など水の流れが限られている状況がほとんどであり、そういった湖は汽水湖と呼ばれている。


 汽水湖は日本各地にあり珍しいが決して存在しないものではない。しかし、海域と呼ばれるほどの広大な汽水湖であるハルカズム海域は、現代の世界にはない特別に珍しい海域であった。


 ハルカズム海域は光を遮る淡水の膜で、深海魚がいつでも暮らせる海域であったのだ。





 はっきりとわかる海域の違いはすぐに出た。

 マカレトロ海域に入った途端に紫色のもやが辺りを覆い始めたのだ。そしてそれが体に触れた途端、世界が白黒の世界へと変わっていったのである。


 青い海も、岩の質感も、様々な色に彩られた海藻たちも。

 全ての色が白黒の映画の中で行われている出来事のように、遠くに感じられた。もしくは漫画のようにどこか現実離れした出来事のように感じていたのだった。


「あっ」


 後ろから声がしてテルが振り向くと、そこには苦内が立っていた。苦内自身も驚いた顔をしている。

 すぐさま影の中に潜るも、しばらくすると出てきてしまうようだ。


「すみません。やはりこの海域で影潜りは長時間できないみたいです」

「そうみたいだな」


 苦内の能力である影潜りが制限される。

 そのためにテルたちはダゴン軍の詳細な情報が得られず、何もわからないままで進軍しているのだから。

 明らかにこの海に漂う薄紫のモヤが原因であった。


 タコスはモヤを懐かしそうに見ながら呟いた。


「俺様が出ていった時と何も変わっていないな。ここは」


 タコスは懐かしそうに、だが、悲しそうにいうのであった。





 マカレトロ海域に入ってからもタコス軍は順調に進軍を重ねた。

 なぜならダゴン軍からの攻撃が一切ないのである。それは不審と言ってもいい。わざわざ自分たちの首都まで敵を呼び込んできているのだから。

 首都を戦場とすれば街に戦火が及ぶ。そうすることによって街の経済活動にもダメージを負ってしまうのだ。

 悪影響はいくらでも挙げられるが、いいことはほとんどない。


 ダゴンの意図が見えないまま、ついに首都ステロール付近まできてしまうタコス軍であった。


「妙だと思わないか」

「ええ、敵の意図が読めません」


 石畳が海域境からずっと続いている。

 道は綺麗に整備されており、マカレトロが他の海域よりも進んでいることがよくわかった。

 だからこそ、タコス軍を懐深くまでひき入れる理由がわからないのだ。


 宣戦布告をしてきたのはダゴンの方からである。

 そのままタコス軍の迎撃準備が整わないうちにハルカズムまで攻め込んで来ればいいものを、一切動きのないままマカレトロの首都まで引き入れたのだ。


 そこにどんな意図があるのか、一二三はタコスに聞かれても答えられなかった。

 しかし、そんな疑問も次の瞬間に氷解してしまう。


「報告します!」

「なにか」


 物見の兵士が駆け込んで来る。それに一二三が対応した。

 苦内の影潜りがない今、原始的な物見の兵士を向かわせるしかなかったのである。

 行軍のほんの少し先を見て来る程度だが、それでも役に立ったようだ。

 物見の兵士がもたらした情報は驚くべきものであったのだ。


「敵軍、マカレトロ首都にて多数、待ち構えております。その数、およそ20万!」

「20万!?」


 思わず一二三の口から驚きの声が上がってしまう。

 それほどに驚くべき軍団の数なのだ。



 タコス軍は3万の兵士ですらも多すぎて制御に問題がある。ハルカズムのオリザではその3万ですら収容しきれずに困っているのだから。

 いかに大都市とはいえステロールも兵士収容人数は変わらないだろう。


「なぜそんなに大勢だとわかるのか?」

「敵兵はステロールの街にとどまらず、その多くが街の外にテントを敷き野宿をしておりました。その兵でステロール周辺の平野が埋まっております」

「なんと……」


 兵士を多く野宿させて待ち構えていたのだ。

 その数であれば十分な食料さえあれば多少体調が悪くなったところで、タコス軍を一気に駆逐してしまえるであろう。


 受け答えしていた一二三ですら絶句してしまう。3万の味方すらも頼りなく思えて来るほどの戦力差であった。

 平地で戦えばあっという間に潰されてしまう。


「一二三。どうすればいい」


 タコスの言葉に我に帰る一二三。とりあえずこのままぼうっとしておくのは時間が惜しい。

 できることをとにかくしなければならなかったからだ。


「一旦、高いところに陣を敷きましょう。防衛できる場所を作らなければ我々は一気に押しつぶされます」

「よし、案内しろ」


 物見兵に案内させて全軍が移動を開始する。近くに小高い丘があり、登りきると辺りの景色がよく見渡せた。


「こ、これは」


 一二三は再度言葉を失う。

 丘から向こう数キロに渡って平地が続き、その向こう側にはテントの野原が広がっていた。

 遠くかすかにマカレトロの首都、ステロールが見える程度である。


 遠目に見ても魚人が行き交っているのが見える。

 いや、魚人を見ないようにするのが難しいほど兵士たちがひしめいているのである。あっけにとられたタコス軍に一二三がすぐさま号令をかける。


「ここに陣を敷く。できる限り堅固な陣を作ってください。やりすぎて砦となっても構いません」


 一二三の言葉に兵士たちは急いで動き出した。いつ敵が襲って来るかわからないからだ。


 杭を立てて柵を作る。杭が簡単に倒れないようにつっかえ棒をする。

 杭同士を横で固定して縛って支える。

 厳重に作られる陣だったが兵士たちは心もとなかった。


 目の前には常に大勢の敵軍の兵士が待ち構えているのだから。

 死に物狂いで行われた作業は、しかし、ダゴン軍の攻撃を受けることもなく完成を迎えるのであった。





 睨み合いの状態で1日が経過した。

 普段であれば攻める時は簡単に攻撃を仕掛けてみるタコス軍だったが、今回は相手が悪すぎた。

 圧倒的大多数に攻撃を仕掛ければ自分の死を早めるだけである。


 何かいい手がないかと考えるタコス軍に、ダゴンの使者がきたのはさらにその次の日のことであった。


「話し合い?」


 タコスは陣地のテントで椅子に座り使者にあっていた。

 使者は大仰に頷く。タコス側を下に見る態度に少し怒りも湧くが、今はそんなことを言っている場合でもなかった。


 ダゴンからの使者はダゴンがタコスと話し合いがしたいそうだからと、招待状を持ってきたのだった。


「罠としか言いようがないな」

「私も同意見です」


 テルと一二三が口をそろえる。言外に行くなと言っているのだ。


 タコスが敵に捕まるだけで、タコス軍は戦えなくなるだろう。

 そうでなくても敵に殺されただけでタコス軍は戦う意味を見失う。降伏しか出来なくなるからだ。


「ダゴン様は1対1での話を希望しておられます」


 使者が偉そうに告げた。

 まるで来るのが当然とでも言いたげに。

 その態度にいちいち腹が立ったものの、タコスは率先して椅子から立ち上がると使者に告げた。


「わかった。ダゴンには俺様が会いに向かうと伝えてくれ」

「……わかりました」


 タコスがダゴンのことを様付けせずに呼んだことを腹立たしく思ったようだが、使者は特に何もいわずに従った。

 この場面で自分の感情よりも使者としての仕事を優先したのだろう。


 使者が退室して少し経ってからテルと一二三がタコスに詰め寄った。


「何を考えてるんだ」

「行けば死ぬことになりますよ」


 テルと一二三が説得しようとする後ろから、さらに声が聞こえる。


「何を考えている、タコス」


 それはスイカであった。そんな三人をみてタコスは素直に答えた。


「大叔父貴とはあって話したいことがあったからな。丁度いい」

「ですがタコス様が死ねば話したいことがあっても出来ないのですよ」


 一二三がタコスに忠告する。タコスはそんな一二三を笑って見返す。


「やる気ならば今でも攻めて来るだろう。攻めてこないのは俺様と本当に話したいことがあるんだろう。それともここで突っぱねてすぐさま戦闘を開始したほうがよかったか?」

「それは確かに」


 まだ陣を補強する時間が稼げるのであればそれに越したことはない。なにせいくら陣地を補強しても十分という手応えが全く感じられないからだ。

 簡単な陣地ではあるが、その陣地の守りがタコス軍の運命を握っていると言っても過言ではないのだから。


「自分たちの軍に被害を出さないためかもしれない」


 支配者が死ねば魚人の群れは降伏する。サイガンドやハルカズムを攻略した時のように、対象さえ失えば軍は降伏せざるを得ないのだ。

 タコスが敵に殺されればその時点でタコス軍の負けとなるのだった。ダゴン軍に最も被害が出ない戦い方だろう。


 テルが忠告するとタコスはそれにも首を横に降る。


「他の海域の支配者や俺様がやればその作戦は有効だが、ダゴンがわざわざそんな面倒くさいことをするとは思えない。大叔父貴は魚人の被害などそんなに重く受け取らない」


 そもそも魚人を信頼していないという明確な証拠がダゴン軍にはある。

 マカレトロには1番魚人がいないのだ。




 支配者が最も信頼している魚人である1番魚人がいない。

 それは支配者が魚人を誰も信用していないということである。


 かつて1番魚人を持たない支配者もいた。タロス海域の支配者であったビゼンである。

 そのビゼンも魚人を信用しておらず、1番魚人がいなかった。

 結果としてビゼンは魚人の結束の前に敗れたのだが。


 ダゴンも1番魚人を置いていない。それは信頼する魚人がいないことに他ならない。

 信頼していない魚人がどうなろうと、ダゴンには痛くもかゆくもないのだから。


「もし俺様に何かあればスイカを大将として戦いを継続させろ。そうすれば俺様としては何の問題もない」

「わかった。もしもの時は妾が大将を引き継ごう」


 そう言い張るタコスと応えるスイカに、ついにテルと一二三も折れる。タコスは腰に手を当て胸を張ってテルたちに前向きに言った。


「それに1対1の話し合いだ。うまくいけば暗殺だってできるかもしれない。そうすればその時点で俺様たちの勝ちだ」


 その言葉でテルたちは納得して頷くしかなかった。


「気をつけろよ」


 テルはそれだけを言うと退室する。

 テントに残ったのはタコスと、俯いているスイカだけであった。

 タコスはそんなスイカに何もないかのように尋ねる。


「まだ何か言い足りないか?」

「ああ、沢山あるとも」


 スイカはタコスの元へと歩く。

 本音のスイカはタコスに行って欲しくないのだ。

 行けばほぼ死ぬこととなる。むしろタコスを殺さないほうがおかしいくらいであるのだから。


 だが、タコスの言う通りダゴンが話したがっていると言うのも本当のことなのだろう。

 タコスがダゴンに言いたいことがあると言うのも本当のことだろう。


 スイカはタコスが時々ダゴンを慕っていると思うことがあった。

 それは不意の言葉の端々に見え隠れしている。

 幼馴染のスイカでも知らないことが、タコスとダゴンの間にはあるのだろう。


 だからこそ、スイカはもしもの時は大将をかって出ると言ったのだ。

 もしも、などという時は絶対にこないと信じているから。




 仮に今、スイカが行くなといえばタコスはどうするだろうか。

 嫌な笑い方をしてスイカをおちょくるだろうか。

 行ったほうがいい理由を並べ説得するのだろうか。

 だが、結果的に苦笑いをして残ってくれるのではないか。


 それは恋人であるタコスの動きを縛ってしまうのではないか。


 だからスイカは引きとめない。むしろ行きやすいように後押しをしてやる。

 そのかわり。


「言いたいことは沢山あるが飲み込んでやろう。その代わりに約束をしろ。生きて帰ってこい」


 その複雑な顔にスイカの苦悩を感じたタコス。

 その感じた苦悩は実際のスイカの苦悩の何パーセントほどであっただろうか。


 それでもタコスは悪そうに笑った。

 いつものように意地悪くニヤニヤと、上から目線で。


「当たり前だ」


 白黒でわからないが金色の瞳が子供の頃から変わらずきらめいているように見えて、不思議とスイカは安心するのであった。







 次の日、タコスは1人でステロールの前へと進んでいった。

 その間も急ピッチで柵の強化などが行われている。これで1日は確実に作業にかかる時間を稼いだことになる。


 だが、いつまでもダゴンを待たせるわけにもいかない。

 だからこそタコスは1人でステロールの前へと歩いてきたのだった。


「ようこそ、タコス様」

「ライトか、久しぶりだな」

「ええ、カリウム城以来でしょうか」


 出迎えに来ていた者。

 それはライトであった。しかし、象徴とも思える白い鎧は着込んでいない。黒い肌着のみである。それは敵の攻撃を喰らわないという絶対の自信の表れでもあった。


 タコスとライトは同じ戦場で戦うことはあった。だが、二人が出会うことはなかった。

 タコスがライトを見かけること、ライトがタコスを見かけることはあっても、落ち着いた場所であったのはこれが2回目である。


「お前には何度も痛い目にあわされた」

「お互い様です」


 ライトの言葉には支配者の一族に対する尊敬の念は消えていた。

 聞こえるのは表面上の丁寧な言葉のみである。そんなライトにタコスは正面から尋ねた。


「大叔父貴には合わせてくれるんだろうな」

「ダゴン様がそう望んでいますので」


 そう言ってお辞儀をするライトは先導を始める。

 兵士たちのテントの間を通り、やがて街の中に入る。

 街は多くの家が立ち並んでいるが、そのどれもが息を潜めている。これから戦争が起こるかもしれないのだから当たり前の反応であった。


 建物の窓や建物の隙間から多くの目がこちらを見ている。

 ダゴンに反旗を翻したタコスを一目でもみようとしているのだろう。


 そんな好奇の視線にさらされながらタコスは堂々と城の中へと入って行く。

 ライトはそのまま奥に進むと大きな扉の前で止まる。

 軽くノックをすると中から返事が聞こえた。


「入れ」


 その声は重く、威厳のある響きであった。

 その言葉が聞こえるとライトが先に中に入る。


「ダゴン様、タコスを連れて来ました」

「おお、ようやくか」


 タコスが案内された部屋は広く大きい部屋であった。

 地面には豪華な敷物が敷かれており、壁や天井には一面に絵が描かれている。

 広大ながらも誰もいない寂しさを感じさせるその広間は、ステロール城の謁見の間であった。


 タコスはこの城の主人がこの部屋にいる姿を見たことがなかった。

 なかった。過去形である。


 いま、この城の主人が座るべき場所に座って、タコスを待ち構えている。


 鋭い視線が心に突き刺さる。タコスと同じ金色の瞳をしていると思われる瞳。

 髪の毛を短く切りそろえて後ろにまとめてしまっている髪。

 とても老人とは思えないほどの顔つき。50才といっても十分通用するだろう。

 それに比べてとてもシワがよっている手。

 オシャレをしたのだろう。スーツのような立派な衣服を着込みびしっと決め込んでいた。


 全ての魚人の畏怖の象徴、支配者の父、偉大なるダゴンがそこにいた。


「アーラウト海域への赴任挨拶以来か、タコス」

「老けたな、大叔父貴」


 あまり記憶に残っていないダゴンはタコスに思い出しながら言う。

 タコスは挑発がてらにダゴンに噛み付いてみる。


 海域の支配者である二人が、歳月を超えてついに出会ったのであった。

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