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マーマンの世界征服  作者: ベスタ
3/18

2 援助物資

 マカレトロからの宣戦布告より半月が流れた。

 その間、マカレトロの動向は何もなく、かえって何もないのが恐ろしいほどである。

 何人かの兵士が偵察に向かうものの何も情報が持って帰ってこれないので、警備だけは厳重なのがわかったくらいであった。


「仕方ない。苦内がいなければよほどのものでない限り相手の情報を探ってくるのは難しいからな」


 タコスは椅子に座り、ようやく落ち着いてきつつある内政に一息をついた。

 正直タコス軍はどうしようもないのが現状である。


 食糧生産力が急激に高まるわけでもなし、減った人員が増えるわけでもない。

 兵士は魚から希望したものたちを順次兵士へと登用しているが、残念ながら全員が全員兵士になることを希望しているわけでもないため、兵士の数はすぐには増えないのである。


 それこそ1年ほど期間を置けばかなりの数が増えるだろうけれど、この半月ほどでは限りがある。


「人員の問題もあるしな」


 魚から魚人にするには支配者の能力である『ジンカの業』をするしかない。だが、ジンカは支配者が直接行わなければいけないため、ハルカズムではタコスしか行うものがいないのである。

 対してマカレトロは支配者の絶対数が多い。


 ダゴンは直接ジンカをしないためその一族の者がジンカをするのだが、一族だけで少なくとも500名はいる。


 こちらが1人ジンカさせる間に敵は500人ジンカできるのだ。

 圧倒的な兵力差があった。

 タコス軍よりダゴン軍の兵士の数が少ないということはないだろう。


 こんなときにテルの妹である苦内がいれば彼女の特殊能力である影潜りで偵察できるのだが、苦内は現在伝令役としてアーラウト、マカレトロへと向かっている。




 影潜りは影の中を移動できる、現在は苦内しかできない能力である。

 影の中を移動した苦内は通常よりも高速で長距離を移動でき、影の中に身をひそめることによりよほどの達人でもなければ居場所を探知できない能力なのだ。


 そのため伝令に斥候に、はたまた内部監査にと役に立つ能力なのであった。

 問題は苦内1人しか使えない能力ということくらいであり、体は1つのため今回のようにしてもらいたいことが複数あった場合、手が足りないことがよく起きる。


 贅沢な悩みではあるのだが。




 そうして一休みしているタコスたちの元に、人々のざわつく声が聞こえた。


「誰かついたか」


 タコスは通路の入り口を見る。

 タコス軍は現在、支配地域からの救援物資を要請していた。

 ナラエゴニヤの安定のためにあらかじめ物資を輸送してもらっていたのだが、思いもかけずハルカズムまで占拠してしまったため、物資不足に陥っていたのだ。


 追加の物資までは間に合わないだろうが、補給部隊の先行隊はこちらにきてもおかしくない時間である。



 しばらく時間を置くと執務室の前の廊下でざわつきが治まる。


 バァン!!


「会いにきたぞ、タコス!」


 扉を凄い勢いで開け放って現れたのはスイカであった。テルは執務室の中で作業しながら、支配者は扉を開けるときに強く開けるのが普通なのかと思ってしまう。

 基本的にタコスもスイカも扉を強く開けすぎなのだ。


 そんなことも御構い無しにスイカはタコスの元へと移動する。心なしか嬉しそうである。

 それもそうだ。

 タコスとスイカは恋人同士なのだから。


「よくきたな。ただの補給部隊にお前がついてくるのは予想外だったが…」

「で、あろう。驚くかと思ってわざわざ妾が率いてきたのじゃからな。しかし、お主は相変わらず無茶をしておるようじゃな」


 スイカがそう思うのも無理はなかった。

 本来はカララト海域からナラエゴニヤ海域までの輸送任務であったのだ。それが気がつけばその1つ奥の海域であるハルカズム海域まで物資を運ばなければならなかったのである。


「戦いには機がある。機を逃せば戦いには勝てない」

「そうか? その割には苦戦したようじゃがな」


 鼻を鳴らしてなんでもないとばかりに言うタコスに辛辣な意見を突きつけるスイカ。

 実際、タコスは少し強引にハルカズム海域に侵攻しているのだ。指揮系統に大きな混乱があったためであるが、そんな情報まですでにスイカは仕入れているのであった。


 タコスはお手上げとばかりに両手をあげるとため息をついた。


「耳が早いことだな」

「妾も支配者じゃからな」


 スイカは勝ち誇った笑みを浮かべる。少し前のタコスであればその姿に苛立ちを募らせて噛み付くところであっただろうが、落ち着いた態度であった。

 スイカの方が逆に不思議がるほどである。


「……どうした。いつものお主らしくないな」

「そうか?」

「そうだとも。いつものお主であれば妾に噛み付いてきおったであろうに」

「ああ」


 タコスは優しく微笑むとなんでもないことのように答える。


「前のスイカは敵だったからな。だが、今のお前は俺様のものだ。図星をつかれたくらいで怒ったりはしない」

「なっ、にを」


 タコスの言葉に茹で上がったように真っ赤になるスイカであった。告白はスイカの方からしたというのにタコスの言葉に照れている様子である。

 そのスイカの姿を見てタコスの顔がニヤリと悪そうに笑った。


「どうしたどうした? せっかくの可愛らしい顔が歪んでるぞ。ほらほら」

「くっ! お主、妾で遊んでおるな!!」

「ばれたか」

「この……!! 殺してやるわ!!」


 タコスに掴みかかり首元を揺さぶるスイカに、タコスは笑いながら揺すられていた。


「タコス様、スイカ様。そういったことは外でやってください」


 キュリーの静かな言葉が響き渡り、スイカが急激に静かになる。

 ここが執務室であるということを忘れていたのだろう。やはり、一二三、テル、キュリー、タンブリーの4人から見られていると認識して、恥ずかしくなったのだった。

 スイカのしどろもどろな顔を見てタコスが真剣な顔で言った。


「おいおいスイカ。もうちょっと場所を考えてくれ」

「お主のせいじゃろがぁ!!!」


 スイカは振りかぶった拳でタコスを殴りぬいた。

 タコスはあいも変わらずスイカをいじるのが好きらしい。






 スイカが連れてきた援助物資は食料と資金をかなり持ち込んでいた。

 そのおかげで食料が人々に行き渡り、売買がいろんなところからされ始める。

 援助物資のおかげでハルカズムが再びまともに動き出したのだった。


「こりゃえらい栄えてますな」


 アーラウトから来たムジナがそれを見ながら驚いている。

 ムジナはスイカが来た後、少し時間を開けて到着していた。やっていることはスイカと同じ援助物資の運び役である。


「お前も来ているのは驚いたけどな」


 テルは隣を歩くムジナとともに街を見学に来ていた。ここのところ食料などが不足気味であったため、あまり急速に配り過ぎてもいけないと思い見回りにきたのだ。


 ムジナはテルの弟である。

 基本はアーラウト海域から出てこないため戦争には直接関わらないが、アーラウト海域で政治を一手に引き受けており、そこからもたらされる食料や装備にタコス軍は非常に助けられているのだった。


「お前がいなくてアーラウト海域は大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。私1人おらんでもなんとかなるように人は配備しとりますんで」


 怪しい商人のような話し方は変わっていないようだ。だが、お金に関しては妙に才能があるのでテルとしても助かっている。

 そのムジナが言うのだから大丈夫なのだろう。

 そう思って歩いていると前からテルの妹でもあるニコが歩いてきた。


「あれ? 珍しいね。ムジナがこんなところにいるなんて」

「ああ、姉さん。久しぶりですなぁ」


 見た目は完全にムジナの方が年寄りくさく見えるのだが、ニコの方が年上である。

 兄弟とはいえほんの少しの差しかないのだが。

 ニコは25番目の姉妹。ムジナは647番目なのでだいぶ間が空いている方ではある。


「おお、ムジナじゃないか」

「ムサシ兄さんも元気そうで」


 ムサシも兄弟である。

 634番目なのでムジナとはだいぶ近い兄弟となる。

 とはいえ、実戦向きのムサシと内政向きのムジナなのであんまり似てはいないのだが。


「お前たちは何しにここにきたんだ?」

「俺は援助物資が来たっていうから飯でも食えるかなーと思っただけだな」

「私は新しい槍を見にきたの。前の戦いで折れちゃったから」


 ニコは先の戦いで槍を折ってしまったらしい。まあ、死ぬよりかは槍が折れてしまう方が断然いいし、ニコの場合素手でもある程度の戦いができるのでそれほど問題でもないのだが、槍はあった方が便利がいい。

 テルも以前の戦争でニコの槍がなくなっていたことには気づいていたので、一緒に探すこととした。


「俺も一緒に見て周るよ」

「ほんと? ありがとね、兄さん」


 ニコは喜んでテルと一緒に歩いていった。

 それについていこうとしていたムジナを、ムサシの手が止める。


「ムサシ兄さん。どうしたんでっか?」

「ムジナ。お前、ほとんど戦争には参加してなかったよな」

「そうですな。一番最初に兄弟で敵討ちした時しか戦ってませんわ」


 遠い記憶を探るようにいうムジナ。

 実際、ムジナはすぐにその才能を見出されてアーラウト海域で今日に至るまで内政を行なっていたのだった。

 大勢で行う戦争には参加したことがないと言ってもいい。


 そんなムジナの言葉にムサシはにやっと笑うとさも楽しそうに言った。


「いやー、勿体無かったな。まあアーラウトに引っ込んでばかりじゃしょうがない。お前も大事な仕事があるんだし」

「まあ、そうですな。ってなんかあったんで?」

「ああ、このあいだの戦いで兄さんが共感能力でみんなに声をかけててな」

「えっ!?」


 ムジナが驚くのも無理はなかった。




 基本的にテルたちの兄弟が頭に何もつけずに兄さんとだけ呼ぶ場合はテルのことを指す。

 それは現在生き延びている中で最も年上なのがテルだからである。

 また、今生き延びている中で唯一の一桁台というのも兄弟たちから慕われている理由でもあった。


 テルはイワシでの名前をイワ士という。

 大体当て字の多いイワシ魚人で、イワ士は4番目の兄弟である。ほかの一桁の兄弟はみんな死んでしまっている。

 生き残っているだけでもすごいことなのである。


 だが、テルにはイワシ魚人として致命的な欠陥があった。イワシ魚人ならば誰でも持っている種族能力、共感能力の受信部分が壊れているのである。

 そのため、テルは全くと言っていいほど能力で兄弟たちに語りかけたことはなかった。


 最初は能力を知らなかったからだったが、能力を知ってからも語りかけることはなかったのである。テルとしてみればあるかどうかわからない能力を使うよりも口で話した方が早いというだけなのだが。


 そのテルが仲間たちに共感能力で呼びかける。

 それはある意味めでたいことでもあった。子供が立ち上がったように、成人した時のように、還暦を迎えた時のように、それは記録的なことなのである。



 ムジナはようやくムサシの言いたいことがわかった。

 つまりムサシは自慢しているのである。


(俺は兄さんの共感能力聞いたぜ。えっ、お前聞いてないの?)


 というやつである。


(えらい陰気なやっちゃな)


 ムジナはそう思ったものの、言葉には出さなかった。実際ムジナとしても羨ましかったのである。共感能力を受けたということはテルに必要とされたということでもある。


 共感能力もオンとオフができる。

 史郎の恋心を今の妻である奈美が中々気づけなかったように、ある程度思いを制御することができるのだ。

 だからこそ、共感能力で求める時は強い意志が必要になることもある。


 オンオフのできない、兄弟たちの間で英雄視されているテルに心の底から求められたのである。それはムジナとしてもとても羨ましいものであった。


「いいだろう?」


 ニヤリと笑うムサシが羨ましい。ムジナはボソリと漏らした。


「ええなぁ……」


 口に出してしまったが最後、その思いはどんどん膨らんでいく。


「ええなぁ、ええなぁ! ずるいわぁ…」

「残念だったな」


 ムサシはそう言ってからかうだけからかうとそのままふらりと何処かへと行ってしまった。

 おそらく食い物でも買いに行ったのだろう。


(私も兄さんの声を聞いてみたいですわ)


 そんなムサシを頭の外へ追い出して、ムジナは想い続けるのであった。





 本来であればサイガンドの援助物資も届くはずであった。

 だが、いつまでたっても到着しそうにない。帰ってきた連絡役の苦内は途中でサイガンドの部隊と遭遇したらしい。


 こちらもなぜか支配者であるオームが率いていたのだが、少し考えるとすぐさまハルカズムではなく、別の場所に向かったようであった。

 どこへ向かったかまではわからなかったが、何か考えがあるのだろう。


 それでも、ハルカズムにいる軍は総勢3万の部隊となった。

 タコスが元々連れていた兵士が7000名ほど。

 スイカとムジナが援軍として連れてきていた部隊が23000人。合わせて3万の大部隊となっている。


 どれくらい多いのかというと、かつてナラエゴニヤ海域の支配者であるクレイオーが2つの海域を全て集めた軍隊が3万である。

 ちょっとやそっとではまず負けることはない数であった。

 普通の海域を責める分には圧倒的ともいえる兵数であったのだ。


 もちろん、普通の都市にはそんな大軍を収容できる施設はない。


 せいぜいが2万を収容限界としている。

 1万人ほどは野営をしたり宿をとったりしてなんとか暮らしているが長引かせるものでもなかった。


「タコス。兵士たちが野宿したりすれば体調にも影響する。戦う時期はいつ頃にするんだ」


 テルは兵士たちの体調を心配してタコスに聞いてみた。

 なにせ戦うのは兵士たちなのだ。外で寝て寝違えた状態では戦っても負けは確実であるし、これほどいるのであれば戦ってしまえばいいとおもうのも普通のことであった。


 タコスは腕を組むと考え込む。


「ふむ。このままオームを待つというのも正しいんだろうが、いつまでマカレトロが待っていてくれるかわからないしな。

 兵士たちが使い物にならなくなる前に戦った方が効果もでかいというのもあるだろう」


 正直敵の数がまだわからないのである。


 苦内さえ帰って来れば敵の数がわかると思っていたのだが、帰ってきた苦内が言うにはマカレトロでは長期間影の中に潜伏できないのだそうだ。

 薄紫のもやが漂っており、影にうまく潜れないらしい。

 短距離では問題ないし、海域の外に出てしまえば関係ないそうなのだが。


 つまり敵と実際会ってみなければ、敵がどういう状況なのかすらわからないと言うことだ。

 行き当たりばったりで戦うことをタコスは懸念しているのである。


「俺様としても、向こうがやる気なのにこちらが及び腰と思われるのはシャクだ」

「本当はもっと敵の情報を集めたいのですがね」


 一二三が現れて釘をさす。たしかに確実に勝つためには敵の情報が不可欠なのだが。


「だが、敵の情報を知るための方法がない。斥候を送っても帰ってこない。苦内の能力も沈黙している。これじゃなんのために待っているのかわからない」


 そして、なんのために待っているのかわからないことほど、人を苦しめる事はないのだ。

 確かにオームは援軍も連れてくるのだろう。

 だが、到着時間もわからず、敵の情報も手に入るめどが立たない。


 なんのためにいつまで待つのかわからない状態で野宿となれば、精神的にもきついこととなるだろう。最悪戦う意欲さえ失われかねないのだから。

 テルと一二三はタコスを見る。

 視線を受けてタコスは立ち上がると告げた。


「よし、マカレトロに侵攻する。出発は明後日の朝だ。手抜かりのない様に準備をしっかりとしておけよ」

「「はい」」


 プランクトンランプを持って出て行く2人を眺めて、タコスは深く椅子に座り込むのだった。


 宣戦布告をしたにもかかわらず、襲ってこないマカレトロ軍。

 目と鼻の先にいるにもかかわらず動向が伝わってこない不安。


 タコスは自分がこれから先、決して戻ってこれない戦いに身を投じることを思い、ため息をついたのだった。

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