15 勝利宣言
ダゴンはゆっくりと目を開ける。
走馬灯だったのだろうか、過去の夢を見ていたのだろうか。
世界のあまりの眩しさについ、目を細めてしまう。
光に目が慣れると下半身が白くなり崩れて行くのが見える。
まるで灰のように崩れていく体を見て、ダゴンはようやく自分の命が消えていくのが理解できた。
もはや『超再生』でもどうしようもないだろう。
ふと、影がダゴンの体にさしていることに気付いて、ダゴンは顔を上げた。
そこにはこちらを見下ろしているタコスがいる。
そのタコスが驚いた顔で見ているのだ。ダゴンはふんと鼻で笑うとタコスに言った。
「わしは、長く生き過ぎたからな」
普通の魚人であれば死んだ後も死体が残る。支配者の死体であっても普通は死体が残るものである。
だが、ダゴンはあまりにも長く生き過ぎていたのである
それは支配者の体、という限界をとっくの昔に超えていた。
不老長寿の祝福の弊害である。
その不老長寿の祝福すら切れた今、ダゴンの体は自然の摂理に従って死んでいくのだ。経過した時間的に、死体ではなく灰に戻っていくだけである。
タコスはそっとダゴンの横に座り込む。
ダゴンはそんなタコスを下から見上げる。
タコスの髪は陽の光に反射して真っ赤に燃え上がる炎のようにきらめいていた。
そしてこちらを憂う金色の瞳。
その美しさに言葉を失うダゴン。
それはダゴンが嫌で嫌で仕方なかった命のきらめきのようであった。
その命の輝きに心を奪われてしまったのだ。
そして、思い出す。
ダゴンの部屋に忍び込んできていた子供のことを。
クラークのようになるのではないかと最終的に遠ざけた小さな小さな子供のことを。
確かあの子供も赤い髪をしていたのではないか。
最近のことなのに記憶がおぼろげな自分に嫌になりそうなダゴンだったが、せめてその髪に触れてみたかった。
ダゴンが手を伸ばすのをタコスはただ見ているだけであった。
そっと、シワだらけの手がタコスの髪に触れる。
確かに撫でているはずなのに感触はなかった。
きっとダゴンの痛覚はもう、機能していないのだろう。
だが、ダゴンの心は確かに、命に触れていたのだった。
新しく、燃え盛るような命に。
しばらく撫でていたダゴンだった。
いや、もしかしたら数秒だったかもしれない
ダゴンの腕が白くなり指先から崩れていく。
もっと触っていたかったと惜しい気持ちがダゴンに湧いた。
そこに至ってようやく、ダゴンは全てが遅すぎることに気づいたのだった。
自嘲気味に笑うダゴン。
タコスはただ、無言でそんなダゴンを見つめていた。
言いたいことは今までの戦いで全て言ってきたのだ。もう死にゆく者に話すことはない。
タコスの背に広がる景色を見るダゴン。
そこには世界が待っていた。
海底にはサンゴの赤が複雑な形で広がっていた。
太陽は上から暑いくらいの熱量で眩しく照りつけていた。
海水は流れてひんやりとした冷たさでダゴンを出迎えてくれた。
長い年月の流れの中で知らない間にきつくつり上がっていたダゴンの目が自然と垂れてくる。
「あぁ、世界はなんて、美しいんだろうか…」
声が響き、その振動でダゴンの体の全てが崩れていった。
最後の最後にダゴンは世界を美しいといった。
タコスにはダゴンがどんな思いで言ったのかわからなかったが、それでも敬愛する大叔父と分かり合えた気がした。
ダゴンに死体があれば亡骸があったであろう場所を強く抱きしめると、涙ぐんだ。
死にたがっていた男が死んだのだ。
呪いから解放されたのだ。
だからこれは喜ぶべきことだとは思っていても、タコスの心は涙を流した。
ダゴンのために泣くことを、ダゴンはきっと文句は言わないだろう。
戦争というのは勝った者が正義なのだ。文句など言わせない。
タコスは立ち上がると最後の仕上げのために争っている軍の方を向いた。
口に手を当てる。
かなり遠い距離なので流石に叫ばないと届かないのだ。
お腹に力を入れて気合を入れて叫ぶ。
「ダゴンは死んだ!!! 俺たちの勝利だ!!!!!」
タコスは勝利宣言を上げた。
マカレトロで起こった戦争はついに終わったのだった。