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マーマンの世界征服  作者: ベスタ
15/18

14 ダゴンという神話

 昔々。人々の記憶から消えて、伝えるものすらもいなくなってしまったはるかな昔。

 ダゴンと呼ばれる小さな小さなタコがいた。

 唯一の特徴は陸の上でも活動できるという変なタコであった。


 それ以外は普通のタコだったので、よくいじめられていた。


「やめてよ、やめてよ!」

「ダゴンのくせに生意気だぞ!」


 どういった理由でいじめられていたのか、ダゴンはもう思い出せない。

 その後の記憶の方があまりにも強いからだ。


「ふんっ!」


 掛け声とともにいじめていたタコが槍に串刺しにされる。

 驚いたダゴンの前に猿が現れる。


 だが、猿のわけがないのだ。

 陸に上がれるダゴンだが今は海底の、それも結構深い場所にいるのである。


 海の中は貧弱な猿では決してたどり着くことのできない場所である。

 そもそも呼吸などはどうしているのだろうか。


 だが、ダゴンは自分の考えが間違いだと気づく。

 この猿は服を着ているのだから。そして、先ほどの声を聞く限り言葉を発している。

 そんな存在などダゴンは1つしか知らなかった。

 猿によく似ているが、この方はもしかしたら。


「あ、あなたは竜ですか?」

「ん? ああ、もう1匹いたのか」


 質問に答えることもなく、頭をわしづかみにする男に、タコスは恐れを抱いた。

 だが、男はすぐさま手を離す。


「うっわ、気持ち悪っ!!」

「ひどい!!」


 ダゴンはタコである。

 もちろんぬるぬるのぐちょぐちょなのである。その男の言葉は真実であるだろうが、ダゴンは傷ついた。


「まあ、こいつで腹は満たされるし、こいつは非常食でいいか」


 男はダゴンをいじめていた魚を掴むと頭から丸かじりにした。

 あたりに血の匂いが広がり、ますます恐怖を強くするダゴンだった。そのままその男に手で掴まれたまま連行されていくダゴン。


 ダゴンと神との出逢いはそんな衝撃の出会いであった。




「よし、非常食。食い物を探してこい」

「無理ですよ。いじめられっ子ですよ、僕」


 神は時折無茶を要求してきた。

 泣きそうになりながらダゴンは反発する。


「じゃあ、非常食を非常食するか」

「うわーん!! 死ぬ気で探してきまーす!!」


 ダゴンは当時泣き虫であった。

 泣きながら魚に体当たりしたり、時には食べられそうになりながら神の食事を探した。

 神に確実に食べられるよりかはマシだったからである。




「非常食。お前あったときに俺を竜だとか言ってたがどこにいるか知ってるか」

「知るわけないじゃないですか。竜なんてあった瞬間に死んじゃいますよ。どんな形かも知らないです」


 ダゴンが神にそういうと、神の機嫌が一気に悪くなった。


「中々偉そうな口を聞くじゃないか、え? 非常食?」

「すいませんご主人様、勘弁してください」


 睨んでくる神にタコスは素早く平伏した。

 満足そうに頷く神は命令を下す。


「よし、竜の居場所探してこい」

「わかるわけないじゃないですか」

「ああ、そろそろ珍味が食べたいかな?」

「わっはーい! いってきまーす!」




 大鮫を軽々と倒した神にダゴンは尊敬の眼差しを向ける。


「ご主人様、すごいですね! こんな奴も倒せちゃうなんて」

「よしよし、もっと褒めろ。俺は褒められるのが何よりも好きなんだ」

「この最低な性格さえなければ最高なんですけど」


 ダゴンの言葉ににっこりと顔を向ける神。


「お前に選択の自由をやろう。踊り食いとこんがり焼きと好きな方を選ばせてやる」

「それ以外でお願いします」

「じゃあ、つみれとかさしみとか串焼きとか」

「ああー!! できれば生き残るのでお願いしまーす!!」




 神との旅はダゴンにとって非常に過酷なものであった。

 だが、その旅はダゴンにとって今まで生きてきた中で最高の旅となったのであった。


 そしてその旅にも終わりがくる。

 神は世界で暴れている5匹の竜を封印したのであった。


 竜巻を起こす竜は人が入れない森の中に。

 地割れを引き起こす竜は地の底深くに。

 全てを燃やし尽くす竜は煙を吐く山の中に。

 雨を降らし洪水を起こす竜は海底洞窟の奥底に。

 暗黒の竜は空に浮かぶ月の裏側に。


 全ての竜を封印した神は全てをほうってこの世界から消え、神の世界に行きたかったらしい。

 だが、それは許されなかった。

 世界は竜を失い不安定となっていたからである。


 風が止まり世界の森という森が種を遠くに飛ばせず、密林と化していった。

 その為に神は目に付いた妖精を何匹か捕まえてジンカの業を施した。

 彼らはハイエルフという新たな種族となり、種族を増やし、森の管理を種族の命題として生きていった。


 山から力が失われていき、土砂崩れが起こるようになった。

 その為に神はゴーレムを何匹か作り出しジンカの業を施した。

 彼らはドワーフという新たな種族となり、土の妖精であるノームとともに山の管理を種族の命題として生きていった。


 星の熱が失われていき、星自体が寒くなり始めた。

 その為に神はそこらへんの獣を何匹か捕まえてジンカの業を施した。

 彼らは獣人という新たな種族となり火ととも暮らし、星に活気を与えるために爆発的に繁殖し、世界中に賑わいを届けていった。


 暗黒竜の封印は星に影響を与えなかったと言われている。


 海は竜がいなくなっても荒れ狂っていた。

 海中は竜が産み落とした化け物どもの最期の聖地だったのだ。

 その広さに呆れた神はついに面倒臭くなった。他の場所で頑張りすぎたとも言える。


「もう竜を倒したんだから、終わりでいいだろ。あー、面倒臭っ!」

「神様も楽じゃないですね」


 ダゴンがそういうと、神は何の気なしにダゴンを見た。

 しばらくして、名案とばかりに指を鳴らす。


「非常食に任せればいいじゃん」

「何を! うわっ!?」


 神はそういうとダゴンに有無を言わせずジンカさせる。

 まばゆい光が収まったとき、ダゴンは神と同じような形をしていた。

 神と同じ姿になったこと自体は嬉しいダゴンではあったが、海を安定させる大仕事を前に不安しかなかった。


「よし、海は任せたぞ」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。僕1人じゃ何もできませんって」

「あー。非常食だしな。よし」


 そのままどこかに行こうとする神を無理やり引き止める。

 面倒くさがりながらも神は再びダゴンを光で照らした。


「これで不老長寿の祝福が掛けられたから、少しづつでいいからやっちゃえよ」

「そんな簡単に」

「ついでにジンカの業をできるようにしたから。それで戦力を増やせばいけるだろ」

「そんな重大なこと…!」

「終わったら迎えにきてやるから。じゃあな!」


 ジンカの本当の意味を知っているダゴンは慌てたものの、神は有無を言わせず消えた。




 ジンカは神の仕事なのである。

 だが、その仕事すら他のものに丸投げした神はそこらへんの猿をジンカさせたらしい。


 風の噂では神は猿をジンカさせたもの『人間』に崇められて気楽に過ごしているらしい。

 ダゴンがその噂を聞いたのは随分経ってからだったが。


 置いてけぼりにされたダゴンはジンカについて思い出す。

 ジンカを受ける条件は自分がジンカしたいか、というたった一点である。


 ダゴンがジンカしたのだって神と同じようになりたいという思いがあったからジンカできたにすぎない。




 1人でポツンと残されたダゴンは神との別れに泣いた。

 なんだかんだと、ダゴンは神を慕っていたのだった。

 だが、神から託された使命をやり遂げねばならない。一生分泣いたと思えたダゴンは海を平定する為に、長い戦いに身を投じるのであった。


 終わったら迎えにくるという神の言葉を信じて。




 ダゴンは海に帰ると自分の親族のところに帰った。

 ジンカした親族を説得し、ジンカを施した。

 竜が残した化け物たちは強く、ダゴンは次々とジンカを施していった。


 そのうち戦闘が得意なものと苦手なものがいることに気づいた。

 だからこそ適材適所で、ジンカするときに希望を聞いて、その魚がなりたい職業にしてやった。


 流石に1人でジンカするのも疲れたので一族の者にジンカの業を伝えた。

 だが、注意事項だけを伝えて。

 ジンカする意思を確認すれば誰にジンカをしてもいいと伝えた。


 知らない間にジンカした魚が増えており、彼らは魚人やマーマンと呼ばれるようになっていた。

 そしてダゴンは彼らから神と崇められるようになっていた。

 神と呼ばれれば呼ばれるほどに、仲間と思っていた者たちからも壁ができたようにダゴンは感じ始めていたのだが。

 しばらくして、最前線で戦い続けたダゴンは全ての海を平定することに成功したのだった。


 全ての海を平定したダゴンだったが、それはダゴンにとっては嬉しいことではなかった。

 神はダゴンの迎えに来なかったのだ。


 神がダゴンのことを忘れてしまったのか。

 海の事情を神がわかっていないのか。

 すでに別の世界にいってしまった後なのか。

 まだ海の安定が足りていないのか。


 理由は分からなかったが、ダゴンの前に神がくることはなかったのだ。

 全ての海を平定してからは神と呼ばれることも多くなった。それがダゴンの孤独をより一層強くしていった。


 ダゴンはそれでも絶望しなかった。

 深い悲しみと孤独に包まれていたが、それでも海の世界の行く末を心配していたのだ。





 ダゴンに幸いだったのは、そんなダゴンの孤独に気づいたものがいたことである。

 後に賢王と呼ばれることとなるクラークである。


 まだ子供であったクラークはダゴンが孤独に悲しんでいることに気づいた。

 だからこそ周りが崇めているダゴンに積極的に会いに来て昔話をねだっていた。

 その間、ダゴンの孤独が癒されたのは本当であった。


 成長してからクラークは色々な仕事をダゴンに任せた。


「大叔父上。こちらの仕事もお願いします」

「わしは偉いんだぞ」

「じゃあ、サボらないでください」


 そう言ったクラークはよく笑う男だった。

 直接の子供がいないダゴンは実の孫のようにクラークを可愛がった。


 いつのまにか自分たちは支配者の一族だと偉ぶっている親族の中では、唯一と言っていいほどのまともな男だったとダゴンは思っている。

 仕事をしていれば支配者や魚人ともよく言葉を交わすことになった。


「これはこんな感じでいいか」

「はい、結構ですよ」


 書類の確認を隣の魚人にするとOKをもらえる。そう言った何気ない会話がダゴンの孤独を癒していた。

 そこにクラークが割って入る。


「ダメダメ! そこに誤字があります。やり直し! お前もダゴン様だからと黙ってないでいうことは言わないと仕事にならないだろう!」


 クラークはきちんとダゴンを1人の魚人として扱ってくれた。だからこそダゴンの心は本当に癒されていたのかもしれない。

 中にはクラークが不敬だという支配者や魚人もいたようだが、クラークは気にしなかった。





 ダゴンは走っていた。

 走るなどいつぶりであろうか。運動はしなければいけないと過去の己を恨みながらなんとか部屋の中に入った。


 その部屋はクラークに割り当てられた部屋であった。

 肩で息をしながら入ってきたダゴンにクラークは笑顔を見せる。クラークの周りに集まっていた親族がダゴンのために場所を開ける。

 ダゴンはそんなことにも気づかずにクラークに駆け寄った。


「死ぬな! 死なないでくれ、クラーク!」


 クラークは今、死んで行こうとしていた。

 死因は老衰である。もう心臓の鼓動すら弱く、命が消えかかっているのだ。


 クラークは支配者の一族としても十分長生きしていた。

 110歳のクラークは、しかし、ダゴンの懇願にも枯れ枝のような細腕を持ち上げるだけであった。

 しわしわになった折れそうな腕をダゴンのハリのある腕が受け止める。


 ダゴンは神から不老長寿の祝福を受けている。

 歳で死ぬことはない。だが、不死ではないので致命的な攻撃を受ければ死ぬこともある。

『死』というシステムは神の権限を超えていた。神よりも上位のシステムである死は、神では消すことはできない。

 不死は神といえどもできないのだ。


 だからこそ、ダゴンも自分よりも上位の祝福を消すことはできない。

 神の使命を完遂するための祝福に縛られてダゴンはクラークを看取ることしかできない。

 クラークとともに死んでしまいたいとすら思うのに。

 もしくはクラークに命を分け与えてしまいたかった。


 クラークが口をモゴモゴと動かす。

 その言葉を聞き逃さないようにと口元に耳を近づけたダゴンは体が凍りつく。


「先にいってしまい、すみません」


 その言葉を最後にクラークは亡くなった。

 かろうじてあげられていた腕が力をなくして漂う。急速に下がっていく体温に、ダゴンは走ってクラークの部屋を飛び出した。






 再び1人になったダゴンにまたも孤独が襲ってきた。

 だが、その孤独は前回の比ではなかった。

 体を切り刻まれるような孤独にダゴンは恐ろしくなってしまったのだ。


 ダゴンはこれからも多くのものと触れ合って生きていくだろう。

 そのためにクラークは、ダゴンがあまり仕事をしなくてもいいシステムを死ぬ間際に作り出した。


 できる限り多くの人と触れ合って欲しいと思ったからである。

 孤独を感じる暇もないくらい多くの人と触れ合って欲しいと思って作った多くの自由時間に、しかしダゴンは恐怖したのだった。


 誰と仲良くなってもみんな先に死んでいく。

 ダゴンには祝福があるからである。

 心の底から震え上がるダゴンはついに誰とも付き合わなくなってしまった。


 その頃からダゴンは退屈と戦う日々を暮らし始める。

 何をやっても楽しいと思わないのだ。

 誰とも触れ合わない中、ただただ退屈と戦う日々。色々してみたが結局のところ退屈は消えることはなかった。


 気まぐれで部屋に入り込んだ小さな小さな子供と触れ合ったことがあっただろうか。

 クラークのように人懐っこいので相手をしていたが、クラークのことを思い出して最後には追い出してしまった。


 あまりの退屈に自殺しようとしたこともあった。

 だが、それも取りやめてしまう。

 もうジンカをしなくはなっていたが、どこかでジンカをする使命が心のどこかで残っていたのだ。

 ダゴンは、擦り切れてぼろぼろになってでも、神のことが好きだったのだから。


 だから願う。

 誰かに殺してもらうことを。

 殺されれば仕方ないと、諦めることもできるのだから。

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