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マーマンの世界征服  作者: ベスタ
14/18

13 神の光

 謁見の間では血の臭いが充満していた。

 えぐれた地面に破られた敷物、壊された玉座。

 それらの1つ1つが戦いの激しさを物語っている。


 その戦いを繰り広げたタコスは息をするのも辛い状態であった。

 それもそうだろう。


 タコスはダゴンの剣によって胴体を刺し貫かれ、謁見の間の頑丈な石壁に串刺しにされているのだから。


 呼吸をするだけで痛みが体を駆け巡る。

 体の位置がずれるだけで激痛が走る。いくら『超再生』で体が治るといっても痛みはあるのだ。痛みは体の危険信号なのだから。


 ダゴンは虫の息をしているタコスを見ていたが、反撃どこか動くことも難しい状態を見て深くため息をついた。


「お前でもダメだったか」


 もはや興味をなくしたと背を向けるダゴン。

 また、長い退屈な日々が続くのだ。とてもではないが耐えられるものではない。


 いや、もしかしたら本当に耐えられないのかもしれない。ダゴンの命自体がいつ尽きてもおかしくはないのだから。

 その間にダゴンが生きて来た確かな何かを残せないのが悔しかった。


 外の戦争はまだ続いているのだろうか。

 そこでならもっと命を燃やす何かが待っているのだろうかと、ダゴンが外への扉を開こうとしたとき、かすかに海水が震えた。


 ゆっくりと振り返るダゴンの視線にタコスが映る。


 そこには今まさに壁から剣を抜き取ったタコスが、壁からの貼り付けから抜け出したところであった。

 肩で息をしながらタコスは悪そうな笑顔でダゴンを見た。


「大叔父貴。世界は、広いぞ」


 荒い息をしながら、1つずつ言葉を告げるタコス。

 上半身の服はもう破れて消えていた。体のいたるところに傷跡が付いており、『超再生』の能力が弱まりつつあることが見てとれた。


 だが、それでも貫かれた体を治してタコスは立ち上がる。

 まだ、タコスは諦めていない。


 それはまさしく、往生際が悪いというやつであった。

 ダゴンはそんなタコスにため息をつく。

 しぶといだけではタコスはダゴンに勝つことはできない。


 タコスもそれを理解しているはずである。それでも立ち上がるのは自分の言った往生際が悪いという言葉に意地になっているだけだとダゴンは思った。

 ダゴンはつまらないものを見る目でタコスを見る。


 ここまでくると『超再生』で回復するのはただの面倒でしかない。逆転の確率があればダゴンも面白いのだが、逆転の可能性がない戦いで悦に浸れるほどダゴンは若くはなかった。


「だっ!!」


 叫びとともに飛び込んでくるタコス。すでに声とともに襲いかかってくる時点でタコスの実力がわかるというものである。

 いま行きますよといっているようなものなのだ。


 迫り来る突きを素手でいなすダゴン。

 もちろん腕も少々切れるが構わずいなしきると、反撃に先ほど剣で刺した場所に拳を叩き込む。


「がああっ!!! ちくしょう!!」


 腹を抱えて吹き飛ぶタコスは痛みにのたうちまわる。

 超再生も完全に回復できなくなってきており、僅かずつではあるがダメージが残りつつある。

 ダゴンは地面でのたうちまわるタコスを見ながら腕を『超再生』で治していく。

 ほとんど消耗していないダゴンの傷は完全治癒に近い形で治っている。


 ダゴンはそのままタコスに近づくと、足を思い切り振りかぶってタコスの頭を蹴り飛ばす。

 サッカーボールを蹴るようなその動きに意識が飛びかかるタコス。


「!!!!!」


 言葉などもはや出てこない。

 腹の傷を抑えてうずくまり考えすらもまとまらないタコスは、ダゴンが接近して来ていたことすらも気づけなかったのだ。


 蹴りで額が割れているタコスの首を掴み持ち上げるダゴン。

 締め上げられたままで呼吸がだんだん苦しくなってくるタコスは、どうにかしようともがいた。


 手でダゴンの指に掴みかかるも微動だにしない。

 引っ掻いたり殴ったりするも効果が感じられない。

 目の前のダゴンの体を思いっきり蹴りつけるが締め付けが弱まることはない。


(勝ち目がひとつもなさすぎる)


 タコスはだんだん意識が消えていくのを感じていた。

 体の欠損は超再生で治すことができるが、意識は超再生ではどうしようもないのだ。


 そのことにダゴンも気づいたのであろう。

 しめつける力を一層強めて来た。


 諦めたくない心では意識をつなぎとめるのも限界になって来た。

 もがく腕の力すらも弱まってしまい、今やダゴンの腕に自分の腕を添えている状態となっている。


「かっ、かっ」


 もはや口からは言葉も出ない。空気も通らない。

 苦しみの中でタコスは悟った。


 とてもではないがダゴンには力でも技でも敵わない。

 さすがは伝説上の英雄である。くぐり抜けた死線の数がタコスの比ではないのだろう。

 戦闘能力自体がとてもではないが魚人たちが勝てるものではない。


(とてもじゃないが、同じ支配者とも思えない。もはや神だ)


 神のようなダゴンにタコスの心は膝を折りかける。

 神に人では勝てないのだから。



 だが、タコスの思考の片隅に何かが引っかかった。


 人の力では神には決して勝てない。

 そこに異論を挟む余地は今のタコスにはない。


 しかし、タコスは絶対に勝てないのだろうか。

 人の力でなければどうだろう。

 タコスの脳みそが焼き切れそうになるほど必死に回転する。


 もともとダゴンもただの海の生物であった。

 だが、神に与えられた力によって支配者となったのではなかったか。

 ダゴンが神から与えられた力は何か。


 人間のような体と、不老長寿の祝福と、あと1つ。

 その力のうち、タコスに使える力もあったはずではないか。



 ジンカのわざ


 人の力が通用しないなら神の力ではどうだろうか。

 タコスは首を絞められながらもニヤリと悪そうに笑った。







 ダゴンはいつも城の中に引きこもっていた。

 それは太陽の光を嫌ったと、周りのものには伝えてある。

 そのために伝説に残されている遮光香しゃこうこうを使ったのだ。


 ダゴンの伝説では遮光香には光を遮る能力があるとされているが、それは副次効果でしかない。

 そもそも白黒の世界になるだけで物を見ることができる時点で暗闇でもなんでもない。

 光を遮るのであればマカレトロのように夜目が利かなければ一寸先すら見えなくならないとおかしいのだ。


 では遮光香の本当の力とは何か。

 それは命の光を遮る効果だ。


 命の光は様々な力で具現化する。それは魔法や身体能力の上昇などである。

 しかし、魔法はダゴンが作った遮光香よりもより上位の者が作ったシステムなので、干渉できない。身体能力の強化も同じく干渉はできない。


 では何を防ぐかというと特殊能力と呼ばれる類のものである。

 わかりやすいところで言えば苦内の影潜りやサイコのサイコキネシスである。

 そして1番大事なのはジンカの光であった。


 ダゴンはジンカをしなくなってから随分と時間が経っている。

 そもそもダゴンがジンカをするのは古の約束による使命のためである。


 だが、ダゴンはジンカをすることが元々嫌だったのだ。

 ダゴンは苦労の末、主人である神からジンカをしてもらえた。だが、そんなダゴンに与えられた使命は海の生物たちをジンカをしていくことであった。


 苦労の末に手に入れたジンカの業を、なんの苦労もしていないものたちに施すのは嫌だったのだ。

 大好きな神の隣に並ぶのは自分だけでいたかったのだ。


 それでも使命のためにダゴンは相反する気持ちを抱きながらジンカをしていった。

 そのジンカをやめたのはいつだっただろうか。


 その結果として、ダゴンの体にはジンカのための力がたまっていた。

 …いや、たまりすぎていたのだ。


 ダゴンは気づいていない。

 いや、実は気づいているが見て見ぬ振りをしている。


 だからこそ、体にたまりすぎているジンカの力にこれ以上刺激を与えないように遮光香を使っているのだから。

 もはや周りのジンカの光ですらも嫌だと思えるくらいに、ダゴンの中のジンカの力は許容量を超えていたのだから。


 知らず知らずダゴンは自分の身を守っていたのだ。

 自分の死期が近づいているのは心の退屈が原因だと自分自身を偽って。






 タコスは笑みを浮かべたまま手に力を集中させる。

 ダゴンのジンカ事情は知らないが、可能性があるのならばタコスはその可能性に賭けるしかなかった。

 ダゴンの手に添えたままのタコスの手から光が溢れ出す。

 その光に明らかにダゴンが動揺を浮かべる。


 その動揺をタコスは見逃さない。


「ひゅっ」


 片手で力の緩んだダゴンの手を少し緩めて呼吸をする。

 そして、こちらを強く睨んだダゴンにタコスはニヤニヤと笑ってやった。


「なあ、大叔父貴。ジンカしたやつにジンカしたら、どうなるんだろうな?」

「これは、ジンカの光か!?」


 久しぶりに見るジンカの光にダゴンはおもわずタコスを取り落す。

 だが、今更手を離したところでもう遅い。

 むしろ自分からダゴンの手を離すまいと近づいていく。


 タコスの放つジンカの光は容赦なくダゴンを照らした。

 その光の下でもがいていたダゴンだったが、その体が急に大きく膨れ上がる。


 それは広く大きい謁見の間を埋め尽くすほどで、風船のように一気に膨らんだダゴンの体はあたりのものを押しつぶしたが、タコスはそれでもジンカの光を弱めることはしない。

 苦しい戦いの中でようやく手に入れた唯一の勝機なのだ。

 死んででもかじりつく覚悟であった。


「ががが、が、はっ! が、はっはっは!! はあっはっはっはあぁ!!!!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 勝利を確信したタコスは、押しつぶされる痛みに苦しみながらも笑いをこらえることができなかった。その笑いは完全に悪役の笑い方であった。

 その笑いを聞きながら、ダゴンは断末魔の叫びをあげる。


 ピシ……ピシピシ…


 ついに限界を迎えたダゴンの体は石造りの城を破壊し、それでも止まらずについにダゴンの体に亀裂が生まれる。


 亀裂はとどまることを知らずにダゴンの体全体に回り、溢れる光とともについに大爆発をするのであった。






 ガラ…

 ……ガラガラ


 回復した聴力が城の破片が落ちた音を拾い、タコスは『超再生』で治した体を引きずりながら歩く。

 大爆発でタコスが受けたダメージはひどいもので、超再生で治したものの完全とはいかなかった。

 時間をかけて体力が戻ればもう一度超再生をし直せば済む問題であるのだが。


 タコスが辺りを見回すと、先ほどの爆発がとんでもない威力だったと理解できた。

 頑丈な城が半分吹き飛んでいるのだ。


 視界のよくなった城でタコスは外をみる。

 もはや壁も吹き飛んでおり、遠くの戦場がよく見えた。


 そこでは20万の大軍と必死に戦い、そしてまだ生き残っている仲間たちが見えた。

 あれほど不利な条件で戦い、生き残っていること自体がある意味奇跡と言えるだろう。


「往生際が悪いな」


 タコスは自分でそういってから、自分のセリフに気づいて笑ってしまう。

 往生際の悪さこそが、この場にタコスが立っており、ダゴンのいない理由なのだから。

 タコスは口の端をあげる。

 それはニヤニヤとしたとても悪い笑顔であった。


 先ほどの大爆発で遮光香が壊れたのだろう。

 紫色のもやが薄れていっている。

 それに合わせて世界は変わっていった。


 海の色が黒い色から青に戻っていく。気持ちのいい青い海に。

 空から眩しいほどに太陽が降り注ぐ。清々しいきらめく光が。


 世界に色が戻ったのであった。

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