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マーマンの世界征服  作者: ベスタ
12/18

11 時間稼ぎ

 疲れ切っていたタコス軍は突然止んだ攻撃に、何事かと敵軍を見る。

 そこには1人の男が前に進んで来ていた。


 黒い服に身を包んだ男である。

 鉄の剣を腰につけており、背中に鉄棍棒を背負っている。


 先程からこちらを攻撃して来ているダゴン軍の指揮官、ライト。

 ライトはタコス軍にある程度近づくと、声をかける。


「タコス軍の兵士たちよ! 聞こえるか! 私はダゴン軍の指揮官であるライトである!」


 その言葉に兵士たちは自分の記憶が間違いではなかったことを理解した。

 だが、その指揮官がなぜ1人で戦場に出てきているのかが理解できなかった。

 ライトは疲れ切っている兵士たちを前に、聞こえているのを実感すると再び大きな声で伝える。


「私はタコス軍のテルに一騎打ちを申し込む! その間、こちらの軍団は手を出させないと約束しよう!」


 ライトがそう言って片手を横に強く伸ばすと、それを見たダゴン軍が一斉に海底に座り込む。

 完全に座り込んでしまうと、すぐには動き出せない。

 つまり、一騎打ちの間は手出しはしないというアピールであった。

 実際は座り込んでいても魔法は打てるのだが、流石にそこまではどうしようもない。


「悪い条件ではないと思うが、返事は!」


 これこそがライトの待っていたタイミングであった。

 全軍が疲弊しきっており、こちらの要求を飲まざるを得ないタイミングである。一騎打ちにすれば味方の横槍も入らない。

 ライト以外のものの手でテルが死ぬこともないだろうという考えであった。


 ライトは自分が負けることなど考えていない。

 この海の中では右に出る者がいないほどに剣の達人なのだから。




 一騎打ちを受ける側のテルとしても好条件である。

 テルの戦いが長引けばタコス軍はその間に体力を回復させることができる。

 今のタコス軍は疲労を回復させることが1番大事であろうと思った。


 兵士の中には疲れ切って足を止めているものもいる。

 しゃがんでしまえばもう立ち上がれないだろう。もう一度襲われれば抵抗もできないと思われるほどのヨロヨロとした状態である。


「俺が行く」

「ダメです。あんなやつと1対1なんて」


 だが、テルがそういうと引き止める兵士がいた。

 テルは名前も知らない、話したことも数回程度しかないだろうと思われる。

 そんな兵士が立つのも苦しい中で、立ち上がってテルを引き止めるのだ。


「とてもじゃないですが、あんな化け物誰も勝てませんよ」

「俺も勝てるとは思っていないさ」


 テルは苦笑する。

 残念なことにテルが逆立ちしたってライトには勝てないだろう。

 今までの戦いが全てを物語っている。


 テルがライトに勝ったのは一度きりである。

 それも集団で攻撃の影響がない遠距離から一方的に攻撃して、なんとかである。

 1対1で魔法も使えないテルでは勝ち目がないのは百も承知なのである。


「だけど、俺じゃないといけないらしい」


 ライトの大事な人であるアカネを殺したのはテルである。

 だからこそライトはテルを自分の手で殺したいのだろう。ライトはこんなにも大規模な戦争をしているが、本心はきっとたった1人の仇討ちなのだ。


 笑ってしまうくらいにくだらない理由だと、人によってはいうのだろう。

 だが、そんな理由にライトは命をかけている。

 その思いに答えられるのはテルしかいない。


 時間を稼げるのもテルしかいないのだ。


「できる限り時間を稼いでくる」


 そう言って周りの兵士が止めるのも聞かずテルは陣の柵を飛び越える。

 このまま待てば他の仲間たちが引き止めに来るだろうからだ。

 くるりと後ろを振り向くと柵の後ろにフーカが来ていた。案の定、他にも兄弟たちが何人かこちらに向かってきている。


 テルは柵の外から、槍を持っていない方の手でフーカの頭を撫でた。

 テルの手でフーカの髪の毛がさらりと揺れる。

 フーカの瞳が不安に揺れている、その顔に笑顔を返すテル。


「出来るだけ死なないように、行ってくる」

「………約束だよ」


 出来るだけ気楽に聞こえるように明るく言うテル。

 言いたいこともあっただろうにフーカは言葉を飲み込んで見送ってくれた。

 テルとライトの戦力差はフーカが1番よく知っているのである。切られそうなテルを身を呈して守ったのだから。


 そんなフーカとの約束を胸にテルは戦場のただ中に立った。

 前に見える180度、全てが敵である。

 だが、逃げるわけにもいかない。

 後ろ180度にはテルが守るべき味方がいるのだから。


「怖じけずによくきたな」


 ライトは穏やかに語りかけ、自分の腰にかけている剣に手をかける。それに、テルも穏やかに答える。


「お前からは逃げちゃいけないだろう?」


 そういったテルはまだ槍を構えない。槍を構えた途端に戦いが始まることをテルはなんとなく感じていた。

 テルの目的は時間稼ぎである。決して戦うことではない。


「ああ、貴様を殺してアカネの墓前に勝利を添えるのだ」

「それをアカネが望んでいなかったとしてもか?」

「そうだ。そうしなければ私の気が済まない」


 剣を抜きはなったライトは律儀にもテルと会話を続ける。テルは槍を構えずにまだ話し続ける。しかし、体は危機を感じ取っていた。槍を持つテルの手が無意識のうちに小刻みに揺れる。


「お前の個人的な思いで何人が犠牲になったと思っている」

「これは私のわがままだ。そのためにはどれだけ犠牲になろうと構わん」

「情けないことを堂々と言うものだ」

「否定はせん。だが、貴様には言われたくはない。アカネを殺した貴様だけには」


 剣を持ったまま止まったライトに話し続けるテル。きっと話を終えた瞬間に斬りかかられるだろうという予感に背筋がゾクゾクする。

 刃の上を歩いているような緊張感の中、しかし、話を止めるわけにはいかない。

 戦いとなればテルが死ぬのは明確だからだ。


 それでも時間を稼ぐつもりではあるが。

 頭をフル回転させて受け答えを続けるテル。


「後悔はしている。きっと俺の人生にいつまでもついてくるだろう。だが、俺は仲間を守るという目的は見失わないと決めたんだ」

「墓の前でうなだれていた男がよく言えたものだ」

「………確かに、俺も情けないのかもしれないな」


 テルはアカネを殺した時に後悔のあまり自暴自棄に似た心境になっていた。

 それでも再び立ち上がることができたのだ。

 1人ではとても立ち上がれなかっただろう。


「仲間や兄弟、それこそアカネがいたから俺はもう一度立ち上がれたんだ」

「殺した貴様が、その名を口にするな!」


 ライトがついに強く叫ぶ。

 そして剣を構えるとライトはテルを睨みつけた。


「もう時間稼ぎも十分しただろう。貴様が構えなくとも私は貴様を殺す」


 テルの目論見はばれていた。

 ライトが構えると凄まじい速度で間を詰める。テルは突進してくるライトに槍をかまえる。

 剣筋が線のように横から襲いかかってくるが、テルはかろうじてしゃがみこんで身をかわす。

 返した剣が逆サイドから襲ってくるが飛びすさって距離を取るテル。


 瞬発力こそがテルの最大の武器である。

 極短時間のギリギリの瞬発力であればテルに勝る魚人はほとんどいないと言ってもいい。

 だが、例外は目の前のライトである。


 ライトは全ての速度においてテルを上回っている。

 テルがついていけるのは剣が迫った時のごくわずかな回避の時だけである。


「アカネも今のお前を見ればがっかりするだろう」

「何を!」


 だからこそ言葉で翻弄するしかない。

 ライトといえど怒れば剣筋が鈍る。力が入りすぎて最高の速度が出せないのだ。

 もちろん普通のものであれば斬り殺される未来は変わらない。


 しかし、ギリギリの速度勝負をしているテルにとってはそのわずかな速度差こそが命の分け目であった。

 突き掛かってきたライトの剣をギリギリで横にかわす。

 薄皮一枚持っていかれるがそんなものに気を配っている時間はない。テルは考えながら戦い続ける。


「高潔な騎士が自分のわがままで戦争を続けるのだから」

「ええい!!!」


 ヒュン…


 テルの髪の毛を少しだけ吹き飛ばし頭上を通り過ぎるライトの剣。

 視線を決して剣から離すことなくテルは言葉を紡ぎ続ける。


「今回だけだ! お前さえ殺せばそれでこの戦争は終わる!!」

「いいや、終わらない。この戦いは俺たちを根こそぎ殺すまで続くさ」


 売り言葉に買い言葉である。

 だが、冷静さを見失いつつあるライトにはそれで十分である。


 以前戦った時はライトの剣筋すらも見切れなかったのだが、テルも成長したものであった。


「戦わないものには手は出さない!」

「いや、きっと戦う。なぜなら俺たちはみんな戦っているからだ」


 後ろにいるだけの住民だって戦っているのだ。食料を作るものたちは食料を作り。武器を作るものは武器を作り。帰りを待つものはその無事を祈って。

 それぞれがそれぞれの理由を胸に戦っているのだ。


「アカネが教えてくれたように、戦っていないものも戦っているんだ」

「何? アカネがそんなことを…」


 振られた剣を後ろに下がって避けたテルだったが、さらに踏み込んでライトは剣を振り込んできた。

 避けようのないテルはその剣に槍を合わせる。

 そして弾いた勢いを加えて横に逃げる。


「そんなことも知らずにお前はなんのために戦っているんだ」

「言っただろう、私は私のわがままで戦っていると」


 冷静さが幾分か戻ったライトの攻撃に冴えが戻ってくる。

 そうなるとテルが槍で攻撃を受ける回数が増えてくる。

 水流さえ発生させないほどに冴えわたった剣が、テルの守りを弾き飛ばす。


「終わりだ」


 ライトが言葉とともに下から剣を跳ねあげる。それをなんとか槍で受けるテルだったが、再び体勢が大きく崩される。

 それでももう一撃くらい、攻撃を防ぐのは間に合いそうであった。

 手に力を込めて槍を引き戻そうとするテルの視界にライトの右手が離れるのが見える。


 まるでスローモーションのようにその右手がライトの肩越しに消える。

 次の瞬間、銀色の影が凄まじい勢いでテルの頭に襲いかかってくる。


(やばい!!)


 何がきているのか考えている暇さえない。

 テルは足に力を入れるが、その足がわずかに滑る。


 ズッ…


 腰から下に力が入らずストンと落ちていくテルの体。

 それが思いもかけずライトの攻撃を避けさせた。

 銀色の塊は凄まじい質量を感じさせる水流で、直撃しなかったテルの体を吹き飛ばした。


「がっ!」


 テルの口から意味のない苦悶が漏れる。

 吹き飛ばされて海水と泡がぐるぐると渦巻く視界の中、テルはライトが持っている武器を確認した。


(鉄棍棒!?)


 ライトが背中に背負っていた鉄棍棒である。

 それがトラックと見間違えるほどの勢いで通り過ぎたのである。

 地面に叩きつけられたテルは、すぐに逃げるために立ち上がろうとする。


(えっ?)


 だが、テルは立ち上がれなかった。

 鉄のにおいがテルの思考を曖昧にしてしまう。考えがまとまらず、水面のように揺らめく視界の中でテルは自分がどうなったかわからなかった。

 思わずひざまずくテルはそこでようやく、自分のこめかみに違和感を感じるのであった。


 手で触ると痛みが走る。

 ギリギリでライトの鉄棍棒をかわしたと思っていたが、かすめていたようだ。

 当たっていればテルの頭は体とさよならしていただろう。


 吐き気も混ざり体を抱きかかえるように倒れるテル。

 自分が怪我をしていると実感してからこめかみに鋭い痛みが走り始める。

 視界も余計に歪んできているようだった。


 体を支え切れずうつ伏せで倒れたテルだったが、なんとか視線をライトに向ける。

 これほどの隙をライトが逃すはずがない。

 怒っていたのだから当然とどめは自分の手でうちに来るだろうと、視線をあげるとそこにはよく見知った姿が見えた。


 シマシマ模様の大柄な男、ティガである。

 魚の時も脅威からテルを偶然守った男。そのどう猛な男が今はテルを守るために戦っているのである。


 感謝をするテルだが、同時にティガが来たことで一騎打ちは崩壊した。

 つまり一騎打ちのため攻撃してこなかった敵の大軍が、タコス軍に攻め込むということでもあった。


 その様子を見ながら、テルは意識がますます混濁していくのだった。

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