10 援軍
非情にもライトの突撃命令が下される。
第4大隊がタコス軍に攻め寄せられた時、一二三は流石に死を覚悟した。
素手部隊は元気なものもまだいるが、壊滅的なのは武器部隊であった。
魔法部隊もほとんどのものが気絶に近い状態となっている。もはや防衛しているだけでも限界であった。
対してダゴン軍はもしこの第4大隊が防がれたとしても、たっぷりと休憩した第1大隊が攻め寄せてくるのだ。長期戦となった時点でタコス軍に勝ち目がなかった。
兵士たちは武器を持って立っているが、もはや立っているだけである。
おそらく気力だけで立っているのだろう。それだけで十分にありがたいのだが、もはや気力だけではどうにもならない局面にきてしまっていた。
むしろ今まで戦ってきただけ良くやったと言いたいぐらいである。
一二三が、かなりの被害を覚悟で素手部隊による決死の防衛をしようと指示しかけたところで、こちらに向かってきていた敵部隊に変化が見られる。
一二三の見ている前で急に陣形が崩されたのだ。
何が起こったのかわからないが、このチャンスを捨てるわけにはいかない。
「素手部隊は敵に突撃!! 他のものは今のうちに休息を取ること!」
素早く指示を出した一二三は敵の部隊が混乱した様子を解明しようと観察するのだった。
後方に待機していたライトはその様子をはっきりと見ていた。
攻め寄せた第4大隊の横から突如現れた軍勢が奇襲をかけたのだ。
それに呼応するように間髪入れずタコス軍が正面から襲いかかる。
まるで狙ったような挟み撃ちに敵の作戦だったかと思ったが、今のタイミングで仕掛けてくる理由がわからない。
タコス軍は遠目に見ても限界が近かった。
もっと早い段階で仕掛けるタイミングはあったはずである。
ライトは第4大隊の不利を悟り、急いで休憩中の第1大隊に収集をかけるのであった。
戦場は混乱の極地であった。
正面の敵を倒すだけでいいと思っていた第4大隊の横から、急に所属不明の軍が突撃してきたのである。
そしてその所属不明の軍がまた強かった。
「必殺!!」
叫び声とともに飛び込んできた巨体が宙に手を向ける。
その瞬間に白い稲妻が走り、その男の周りにいたものたちが気絶したのだ。中にはそのまま死んでいるものもいるかもしれない。
大男はそのまま怯まずに襲いかかってきた2人の顔面を両手でそれぞれ鷲掴みにすると叫んだ。
「ボルトクロー!!!」
パンッ!!
弾ける音とともに2人の兵士が焦げて死んでしまう。
そのまま拳でおそいかかってくるものを叩き潰し吹き飛ばしていく。驚異的な怪力と戦闘センスであった。
「エルエイルに遅れるな、突撃っ!!」
鎧に身を包んだ女性が突撃を指揮すると全軍が第4大隊を切り裂くように移動する。
指揮官を見つけたダゴン軍兵士が襲いかかるも、ほとんどのものがその手前で防がれてしまう。なんとか1人だけ突破して総大将に肉薄したが突如現れた土煙に巻かれてしまい、煙が晴れるとそこには1人の女性に胸を刺し貫かれた兵士が立っていた。
ズッ
ナイフを引き抜いた女性が総大将に告げる。
「気をつけてください、オーム様」
「苦労をかけるな、マコ」
苦笑するオームは、しかし足を止めない。
今や部隊は第4大隊の真っ只中である。ここで止まることは死を意味するのだから。
攻め寄せた部隊の正体はサイガンドからの援軍であった。
総数は2万。
薄い民を入れた混成軍であった。
しかしダゴン軍の兵士は5万。普通に戦えば潰されてしまうだけの兵力差である。
混乱している今であれば戦いも続けられるが、それも長くは続かない。混乱がなおれば敵の中に深く突撃したオーム軍は包囲殲滅されてしまうのだ。
しかし、それを一二三が見逃すはずもない。
急遽陣内から出撃した素手部隊による奇襲により、混乱の収まりかけたダゴン軍第4大隊はさらに混乱することになる。
ダゴン軍は陣の中にこもっているタコス軍は攻めてこないと思っていた。だからこそ、突然襲いかかってきたオーム軍に対応している間も出てくることはないと勝手に思っていたのである。
たとえ正面に相対していても、意識の外側からの攻撃は奇襲になったのであった。
オームもタコス軍の動きをよく見ていた。
「全軍、タコス軍の陣の中に駆け込め! 急げよ!!」
オームの指示に従い全軍が移動する。
奇襲で混乱している有利な戦場から離脱する。オームは理解していたのだ。
視界にはこちらに攻め寄せてくる敵の部隊が見える。おそらく敵の指揮官が援軍としてよこしたのだろう。
敵の援軍が到着すれば形勢は不利となる。
オーム軍は素早く移動を開始した。周りに集まる敵を払いのけてタコス軍の陣内にたどり着く兵士たち。
その兵士たちに続いて陣地に入っていくオームであった。
「危ない!」
ばしゅううぅぅ…
素早く巨体がオームの体をかばう。
何事かとオームが後ろを見るとそこには全身鎧に覆われた兵士が立ちはだかっていた。
その兵士の持つ盾には衝撃を受けた余韻が響いている。
その兵士はオームに声をかける。
「早く陣内に。狙撃です」
「助かった。礼を言う」
声をかけた兵士はタコス軍の兵士、タルトルであった。
全身を重装鎧で身を固め大楯を持つタルトルは、オームにめがけて飛んでくる魔法攻撃を防いだのだった。
魚人が使う水流魔法の外見は、通過したあと複数の泡が帯状に浮かぶのを目視で確認できる程度である。その割にはタルトルの盾を強く振動させるほどに威力も高く、速度もそこそこあるのでなかなか防ぐことが難しいのだ。
今回タルトルが狙撃に気づけたのは運が良かった。
オームとタルトルは面識はない。だが、助けてくれたことに礼を述べて素早く陣内に駆け込むオーム。
「引けっ!」
素早く叫んだ五十六の命令にタコス軍の素手部隊も素早く撤収する。オーム軍を陣内に引き入れれば第4大隊を陣外で攻撃する理由もないのである。
素手部隊は素早く撤収し陣の門が閉じられた。
オームが一息ついていると一二三が駆け寄ってくる。
「おお、久しぶりではないか」
「ええ。挨拶よりもまず、サイガンド軍には陣前にて防衛をお願いします。我が軍はあまりにも疲弊してますから、その休憩の間だけでも」
「わかった」
親しそうに話したオームであったが、すぐに真剣な顔つきに変わる。タコス軍の兵士は武器部隊がほとんど疲労困憊で動けないからだった。
防衛の指示を出して程なく、敵の攻撃が再開される。
だが、守りの準備が整っているのでそう簡単に崩されることはない。
オームと一二三は陣の奥に移動しながら情報交換をすることにした。
「合流に時間がかかりましたね」
「ああ、お前たちの伝令がきた時、我々はタロスに着いたばかりでな。戦争になると言うからリグナン村に寄って薄い民たちに手伝ってもらったのだ」
リグナン村とは淡水魚である薄い民たちによって作られた村である。
この村の者たちは淡水出身の魚人で構成されており、支配者が淡水域に近寄らなかったためなかなかジンカを受けられなかったので、能力の高いものも多く隠れていたのだった。
そして、タコスたちがピンチの時によく手を貸してくれていた。
ジンカをしたのはタコスなのでその恩を返すと言っているのだが、タコスたちがリグナン村の者たちに借りている恩の方が多いくらいである。
エルエイルを見て頭を下げる一二三であった。
「また、あなた方を戦争に巻き込んでしまいました」
「気にしないでいい。うちの村長もそう言っていた」
そう言ったエルエイルは満足そうに笑ったのだった。
エルエイルはデンキウナギの魚人である。そのため、種族能力として電気を発生させることができる。
その強力な電気で戦うのだが、どこか戦闘を楽しんでいる節があるのだ。普段はとても紳士的な男なのだが。
一二三はオームと歩きながら、状況を伝えていく。
「現在我々は陣にこもった一進一退の攻防を続けています。とはいえ、もう少しで崩れそうでしたがあなた方に助けられました。軍勢はどれくらい連れてきているのですか」
「2万を少し超えた程度か」
「全軍で5万にいくかいかないかくらいですね」
しかし、オームが連れてきた者たちは殆どが槍に武装している魚人たちであった。素手のものなど薄い民たちくらいしかいない。
柵前の防衛には十分な戦力と言えるだろう。
その間にどれだけの兵士が回復するだろうか。
結局は疲労で完全に動けなくなる時間を引き伸ばしただけではないのか。
だが、一息をつけるだけでも兵士にとっては大助かりだろう。
「よく戦場がここだとわかりましたね」
「うちにも優秀な斥候はいるからな」
一二三が尋ねるとオームは笑って答える。
オーム軍にはマコという1番魚人がいた。今はただのオームの幼馴染である。
マコは砂の中に隠れての隠密行動が得意である。
特に特殊能力というわけでもないので薄紫のもやに行動が制限されなかったのだろう。
一二三がなるほどと納得し情報交換を続けていくうちに、本陣営のテントに到着していた。
中に入るとスイカが待ち構えていた。
「久しぶりじゃな。オーム」
「ああ、久しぶりだ……タコスはいないようだな」
その言葉にスイカは平然と答える。
「ああ、タコスはダゴンと直接に話し合いをしておる」
「そうか。敵の中に行くのは中々勇気ある行動だな」
感心しているオームを、スイカは睨みつけるとぼそりと呟いた。
「………ここにタコスがおらんで残念か?」
「何か言ったか?」
あまりにもぼそりと呟いたため、オームの耳には届いていなかった。実際には聞こえていたのだが、オームは少しすっとぼけて見た。
スイカは顔を赤くしてそっぽを向く。
「なんでもない」
その様子に苦笑するオームであった。
スイカの感情は非常にわかりやすいのだ。オームの口からタコスの言葉が出た途端に喧嘩腰になったのを見てもわかるというものだ。
オームはスイカのそばによると耳元にささやいた。
「心配しなくともタコスを取ったりはしないさ」
「!!!!!?!?」
目を白黒させるスイカ。
内心ではやはりオームがタコスを取ったりしないかと心配していたのだ。
なにせタコス軍に所属している支配者はタコスとスイカ、そしてオームの3名だけなのだから。
恋敵になる確率があるのはオームだけなのだ。
内心を悟られたスイカは焦りながらも胸を張って言い張った。
「そんな心配はしとらん!!」
「ははは、そうか。我が軍はそちらに従う。それでいいだろう?」
赤い顔が説得力をなくしているとも知らずに。
オームは笑いながら率いてきた軍をそのままタコス軍に組み込んだのだった。
オーム率いるサイガンド軍の参戦に、タコス軍は少しの休憩をする時間を確保できた。
その後もタコス軍とオーム軍の入れ替わりで戦い続けたのであった。
槍に武装したサイガンド軍の兵士たちも、必死になって戦い続けた。
だが、数の差が決定的な疲労感を誘う。
4交代のダゴン軍に対してタコス軍は2交代。休める時間も違うためやはり限界がくるのは時間の問題であった。
どれくらいの時間がすぎたのだろうか。
さらに2周、第3大隊が襲ってくる順番を乗り越えた頃には、タコス軍は再びボロボロとなっていた。わかりきっていたことだがオーム軍の参戦も時間稼ぎにしかならなかったのだ。
タコス軍の疲労が極限に来たことを悟り援軍もこれ以上なさそうなので、ライトは攻撃態勢のままの全軍の前に1人で進み出す。
ここに来てついに、ライトが動き出したのだった。