9 苦戦
テルたちは変わらず苦しい戦いを続けている。しかも、もう限界と言えた。
ダゴン軍の第2大隊の攻撃を何とか凌ぎ切ったテルたちは第3大隊と戦いを繰り広げていた。
疲労により兵士たちの腕は槍の重さに耐え切れない。疲労が体力の限界に近づいてきているのいるのだ。
数で補っているが中には敵兵士に十分に槍が刺さらなくなりつつあるものもいた。
そしてそうなれば敵の兵士たちもバカではない。
邪魔な柵の破壊をしようとし始めていた。
その行動に気づいたのは後ろから見ている一二三ではなく、最前線で指揮をしている五十六であった。
五十六は焦る。
柵は防衛部隊の生命線であるからだ。ここが破られた途端、敵はそこからなだれ込んでくるだろう。そうなれば数の差で一気に負けてしまう。
「だれか!! 柵の前の敵を蹴散らしてください!!」
こうなると柵の内側だけで戦うのも限界がくる。外に出て敵を撹乱する余力はないが、そういった仕事をするものが欲しいと五十六は考えていた。
五十六がそういうと、答える言葉が返ってくる。
「任せろ!」
大木刀を持ったムサシであった。
ムサシの武器は大木刀である。もちろん柵の間から攻撃できるような器用な武器でもないし、味方だらけの陣地内で入ってきた敵を排除できるような繊細な戦い方も出来ない。
そのため、ほとんど活躍しなかったのだが、ここに至って活躍の場面が巡ってきたのだ。
ムサシは敵の真っ只中に入り込むと大木刀を大きく横薙ぎにふるった。
「どりゃああ!!!」
柵を破壊しようとしていた敵を一掃する。
それほどの質量を大木刀は持っていた。敵の一部をミンチにするとムサシは柵の前に立って大木刀を振るった。
「今のうちです。柵の補強を!!」
五十六は叫ぶ。
すると兄弟である直が飛んでくる。直は戦闘に関してはそこまでであるが、工作は得意なのであった。柵の補強を手際よく作業していく。
いかにムサシが強いとはいえ大軍相手ではそう長時間持ちこたえられるものでもない。
その間に壊されかかっている柵を直そうというのだ。
「ナオ兄。まだかかりそうか!」
「もうちょっと頑張って!!」
「まだかよ!?」
「まだ!!」
ムサシが敵を必死になって殺していく。時に殺せなくても振るうだけで敵にとってみれば脅威となる。
必死になって振るっている後ろで直も修復作業を続けていた。
「よし!!」
「あー、しんどっ!!!」
最後と言わんばかりにムサシは大きく横薙ぎに剣を振るった。
2人まとめて敵を吹き飛ばすと、自分はその反動でうまく柵の後ろへと流されていった。
「2人とも、ありがとう!!」
「いいってことよ!!!」
「次、行ってくる!」
ムサシは気楽に、直は大急ぎで次の場所へと移動して行った。
大木刀は周りが敵しかいない時に活躍する。逆を言えば柵が効果を発揮している間はやることがない。柵さえ直ってしまえばムサシはしばらく休憩なのだ。
敵の集まってきたのを見計らって五十六は再び指示を出す。
「構え、突けっ!!」
どどどっ!!!
再び柵が機能しだしたのを確認して、五十六は戦闘に意識を集中するのであった。
暗い雰囲気の女性が柵を壊そうとしている敵めがけて手をかざす。
「むぅぅぅぅぅーーーーー!!!!!」
何をしているのかわからない姿をちらりと見て、敵兵は破壊工作を続ける。
しかし、それが敵兵の失策であった。
「ぐびゅ」
「げひゃ」
首がねじ曲がるもの、腹から内臓が飛び出るもの、頭が破裂するもの。
死に方は様々であったが、結果は同じであった。
死骸を前にサイコはため息をついて、周りに漂っている薄紫のもやを睨みつける。。
能力が使いづらい感覚があるのだ。
敵が1人であれば簡単に倒せるのだが、複数になった瞬間に長い集中が必要になる。
テルの妹であるサイコは特殊能力『サイコキネシス』が使える。
手を使わずに物体に影響を与える能力である。普段であればものを動かしたりする能力であるのだが、人体に使えばこういった効果を与えることができる。
魔法よりも影響範囲が狭いが、魔法よりも複雑なことができるのが特徴である。
「はぁ、はぁ」
強い集中力を要するため肩で息をしているサイコであったが、その隙をついて2人の敵が特攻を仕掛けてくる。
一般兵士にとって魔法使いは脅威である。
そのために、目につく魔法使いはなんとしてでも倒しにかかるのであった。
普通の魔法部隊は攻撃されないために集団で固まったり兵士たちの間に隠れるものだが、サイコは敵の破壊工作を止めるために目立つ場所に出てきてしまったのだった。
襲いかかる敵にサイコは気づいたが、もう遅い。
距離としては完全に槍の間合いである。
「ひいっ」
サイコが短い悲鳴をあげるのと同時に前にいた敵兵士の後ろに影が盛り上がる。
「ふっ」
「ひゅっ!」
影が素早く腕を横に切る。
その瞬間に前にいた敵兵士が変な声を上げて無力化される。後ろの兵士が前の兵士を影ごと突き刺そうとする。
だが、
「ひょっ!」
空気が漏れる音ともに再び後ろの兵士も力なく漂う。
いつのまにかその兵士の後ろに影が移動していたのだった。
その影が座り込んだサイコに手を差し伸べる。
「大丈夫? サイコ姉さん」
「あ、ありがとう。苦内ちゃん」
影から出たのは苦内であった。
短時間しかできない影潜りを連発してサイコを助けたのだった。真正面からの戦闘能力に乏しい苦内は暗殺に近い形での戦闘しかできない。
苦内は自分の持てる力で姉であるサイコを助けたのであった。
「影潜りはできるのね」
「短い距離しかできないけど」
サイコは基本的に人見知りで内向的である。だが、苦内には心を開いている。
黒い色が落ち着くらしい。
苦内としてもサイコは優しくしてくれるので、案外慕っているのだった。
「サイコ姉さんも気をつけて」
「そっちもね」
そういって別れる2人。
気をつけるが無茶はするのだ。戦況は至る所でタコス軍が押されているのだから。
「おおおおおおお!!!!」
「えええああああああ!!!!」
気合いとともに暴風のように荒れ狂う2人がいた。
ティガとフーカである。
柵が壊されそうになり敵の勢いを止めるために一時的に前に出たのだ。
時間を稼がないといけないのでかなりの数の敵と戦わなければならない。
「があああっ!!!」
ティガの放った拳が敵の上半身を吹き飛ばす。
息が荒くなっているのは血の臭いに酔っているからだ。興奮によって一回り大きく見えるティガの体は丸太のような腕で敵を弾き飛ばした。
もはやかするだけで大惨事である。
「たぁぁ!!!」
対するフーカも血の臭いに酔っている。
瞳孔が完全に開きどう猛な野生が解き放たれている。敵はフーカの『鮫肌』によって触れただけでも体を削り取られてしまう恐怖になかなか近づけない。
2人の戦果はうなぎのぼりであり、少しの間周辺の味方兵士は一息つけるほどであった。
だが、それも限界がくる。
「戻るぞ、フーカ」
「まだ戦えるよ!」
「いや、引けっ、フーカ!」
敵の数が多すぎるのだ。ここの戦力で敵を食い止めているがそうやって足止めできるのも少しが限界だ。
数の差はどうしようもないのだから。
それにティガには懸念がある。
ライトの存在だ。
敵の総大将であるライトがまだ動いていないのだ。
ライトが動いた時止められるのはティガかフーカか。史郎が万全であれば史郎もなんとか止められるだろう。
だが、疲れ切っている史郎ではもう止めることはできない。
ならばティガかフーカがライトと戦う必要だ出てくるだろう。雑魚と戦って消耗している場合ではないのだった。
ティガとフーカがもたらした戦果はたしかに個人としては凄まじいものであった。
だが、所詮個人にしては、である。
一時しのぎにはなったようで、第3大隊が引き上げていく。
その奥にまだ元気な第4大隊が見えた時にタコス軍は絶望に包まれた。




