Flag95:ダークエルフの集落へ行きましょう
海龍の牙を抜けしばらく行くと急に視界が開けました。やっと海龍の巣を抜け出したようですね。しかし抜けたものの視線の先の風景に少し顔をしかめます。
「岩礁に囲まれていますね」
「そうです。こちらからは絶対に入ることは出来ません」
私の呟きを聞いていたのかアナトリーさんが律儀に答えてきました。確かに見た限り周囲をぐるっと囲むようにして白波が立っています。そして目視で確認できる程度に岩礁が顔を覗かせているのです。もしあの場所を抜けようとするのならば底の浅いボートくらいしか無理でしょうね。
「ワタルさん、海龍の巣を抜けたのですか?」
「ええ、まあ」
操舵席奥の船室から顔を覗かせたエリザさんに軽く笑い返します。とりあえず第一目標は達成した訳ですがここからどうしたものか。
「アナトリーさん、この次は……」
ポチャン。
魚が跳ねるような海面の音に後方を確認します。そして崖の上に立つダークエルフの女性の姿を見つけました。
「海龍の巣を超えし勇者よ。汝の望みを聞こう」
威風堂々と言い放った彼女からエリザさんへと視線を向けます。こくりとエリザさんが首を縦に振りました。ここまで来たのですから当然と言えば当然かもしれませんが、その迷いの無さはさすが皇族といっても良いかもしれません。
「ダークエルフの方々と会談をさせていただきたい。我々の代表者はランドル皇国第3皇女エリザベート・フォン・ランドルです」
「……」
船室からエリザさんが姿を現します。エリザさんの姿を見たダークエルフの女性が少し驚いた表情をし、そして切り立った崖をまるでそこに通路でもあるかのように降りてきました。
「偽者ではあるまいな」
「彼女はエリザベート殿下だ。私が保証する。ソフィア」
「やはりアナトリーだったか、死んだものだとばかり思っていたが」
「運悪く捕まって奴隷になってな。まあここに帰ってこられたのだから運が良かったのかもしれないがな」
アナトリーさんを見るソフィアさんの表情は冷たいものでした。ふむ、死んだと思っていた仲間が帰ってきたのだから歓迎してもらえるかと思っていたのですがなかなかどうして一筋縄ではいかないようですね。
手招きするソフィアさんに従って漁船を近づけるとソフィアさんが崖の少し高い位置からこちらへと跳び、そしてふわりと着地しました。あからさまに落下速度がおかしかったので魔法でも使ったのでしょう。
「会談を希望と言うことだな」
「はい」
「では集落に案内する。この崖沿いにしばらく走ってくれ」
エリザさんの返事を聞いたソフィアさんの指示に従って漁船を崖沿い走らせます。円を描くようにぐるっと回ると先ほどの場所からは見えなかった直径10メートルほどの巨大な洞窟がそこにはありました。
「この洞窟の先だ」
「わかりました」
ライトをつけ意を決して洞窟内へと入って行きます。見た目ほど洞窟内は暗くは無く、流れも穏やかであるためそこまで危険は感じません。天井に連なる鍾乳洞を楽しむ余裕さえありそうです。まあ操舵しながらですからじっくりと楽しむわけにもいきませんが。
しばらく走り洞窟を抜けます。闇から光へと出たので少し目を細めながら視界を慣らしていくと外周をぐるっと崖で囲まれた内海に何隻もの船が泊まっているのが見えました。その奥には木で作られた住居が並んでいるのが見えます。
「ここがダークエルフの集落だ。正確に言えば海龍の巣の守役であるゴーシュ族の集落だがな」
「ゴーシュ族というとアナトリーさんも確かそうでしたね」
「ああ」
言葉少なに返すアナトリーさんの視線は懐かしげに集落の方を見ています。そこまで時間は経っていないのですがもう二度と見ることが出来ないと思っていたのでしょうから仕方がありません。
「会談を希望と言うことは長老会でと言うことで良いか?」
「はい。ダークエルフの代表者と話したいのですが」
「わかった。夜までには集まるように手配する。そうだな……船はあそこに着けてくれ」
ソフィアさんの指示に従って桟橋へと船を近づけていきます。私の船が珍しいのか集落の方から人々が顔を出していますが敵意というか攻撃を受けるような気配はしません。少し意外に思ったのですが、少し考えればわかりました。
私たちが来た方向からは海龍の巣を抜けない限り来られないのです。先ほどソフィアさんも勇者といっていましたしそれなりの敬意を払われていると言うことでしょう。まあソフィアさんの姿が船から見えていると言うことも大きいのだと思いますが。
船を桟橋へと着け、去って行ったソフィアさんの代わりに案内をしてくれた男性のダークエルフの方に従って一軒の家に入りました。豪勢な部屋ではもちろんありませんがおもてなしをされているとわかる程度には整えられた室内です。案内の男性が出て行き少し息を吐きます。
「とりあえずは第一関門突破と言った所ですね」
「そうだな。後は長老会しだいだな」
「ちなみに長老会とは具体的にどういった組織なのでしょうか? 皇国には無かったのですが」
「長老会はこの群島に住むダークエルフの氏族のそれぞれの長老が集まって今後の方針などを決める組織です。ダークエルフの代表会議とでも言えば良いでしょうか」
エリザさんの質問にアナトリーさんがすらすらと答えます。まあ嘘を吐く必要も無い事でしょうから本当でしょう。ダークエルフ全体の意思の決定機関といった理解で十分そうです。
その後もいくつかの話をアナトリーさんに聞きつつ時間を過ごしていき、18時を過ぎたころに扉がノックされました。訪れてきたのはソフィアさんでした。
「長老会の準備が整った。着いてきてくれ」
ソフィアさんの後について歩を進めます。興味深げに私たちを見る視線を受けながら集落の中を進み、最奥にある洞窟の中へと入って行きます。暗いかと思われた洞窟は煌々とした灯りに照らされており、通路を進んだ先にあった広間に7名のダークエルフの方々が座っていました。長老会という名にふさわしく高齢の男性や女性が多い中、1人だけ私と同じくらいの年齢に見える男性もいました。
私達が来たことを見た全員が腰を上げ立ち上がりました。そしてエリザさんが一歩前へと進み出て彼らに挨拶をします。
「エリザベート・フォン・ランドルです。この度は私たちの願いの為にお集まりいただき申し訳ありません」
「じゃあ儂からじゃな。ゴーシュじゃ。長老になった段階で名を捨てる習慣がダークエルフにはあっての。気を悪くせんでくれ」
一番歳をとって見えるダークエルフのご老人がにこやかにほほ笑みながら自己紹介をしました。彼に続いて同じように氏族名だけを告げて長老たちが自己紹介をしていきます。そして最後が一番若いダークエルフの中年男性でした。
「アーリャだ。最近長老になったのでな。まだまだ経験不足ではあるが許してほしい」
「いえ、こちらこそ未熟者ですがよろしくお願いします」
「まあ立っての話もなんじゃ。ゆっくりと話を聞こうかの。死んだはずの皇女殿下がわざわざ我々の前に姿を現したんじゃ。それなりの理由があろう」
車座になって全員が座ります。私とマインさん、そしてアナトリーさんはエリザさんの後方に控えるように座っています。エリザさんが小さく息を吐き、そして話し始めました。
「単刀直入に言わせていただきます。貴方たちの力を貸していただきたいのです」
「ほっほっ。復讐でもされるおつもりですかな。さすがにそれは試練を超えた勇者の願いでも叶えることは出来ませんぞ」
ゴーシュさんがにこやかに笑っていますが、目は全く笑っていません。まあ本気でそう思っているとは考えていないでしょう。エリザさんが首を横に振ります。
「いえ、個人的に私を害した者への復讐は考えていません。私が望むのは民の平穏。それは私がどのような立場になったとしても変わりはありません」
「では、我々に何を望みますかな?」
長老たちの視線がエリザさんを試すようなものに変わります。一族を率いる立場の方々ですから歳を召していてもかなりの眼力です。しかしそれでもエリザさんはひるまずに堂々と胸を張っていました。そして告げます。
「私たちの望みは、あなた方の手助けをしたいと言うことです」
役に立つかわからない海の知識コーナー
【世界最初の灯台】
世界で最初の灯台といわれている物は紀元前3世紀にアレクサンドリアに作られた物です。アレクサンドリアはナイル川と地中海を結ぶ重要な貿易港であり、ファロス島の大灯台とも呼ばれています。世界の七不思議にも挙げられる有名な建造物で地震や要塞がその上に建てられたりという理由で現存はしていません。
鏡の反射光で敵船を焼き尽くすことが出来たと言うとんでもない伝説が残っていたりします。
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