Flag89:オークションに参加しましょう
ランドル皇国の皇都に最も近い港街であるリーラントはこの国の中で最も栄えている港町でもあります。皇都に近いため商品の輸入量が多く商人の出入りが多いという事もあるのですが、このリーラントにはそう言った一般用の港とは別に軍港が併設されているのです。もちろん軍港は一般の船が入れないように完全に閉め切られていますがね。
そう言ったこともありリーラントの港全体としての規模はルムッテロやハブルクの3倍程度の大きさがあります。軍港の方は詳しくはわかりませんのでおおよそではありますがね。
「もうすぐ着きますよ」
「はい。あぁー、大丈夫かな」
「ツクニ、ガンバレ」
ダークエルフが出品されると言うオークションに参加するためツクニさんとリエンさん、そしてファンさんを始めとした護衛の獣人奴隷の方々を合わせて合計10名で私たちはリーラントにやってきました。護衛の獣人奴隷の方々は皆出戻りの方ばかりですが、腕は確かですし自分たちを救ってくれたツクニさんに対する忠誠心も高いのでまず問題はないでしょう。
入港前の手続きも多少厳しめですが特に怪しいことなどありませんので問題なく終わり、そしていよいよリーラントへと上陸しました。
リーラントの町はルムッテロなどに比べ大きな建物が多い印象です。ルムッテロなどは大きな建物と言えば教会などで普通の家などは2階建て、たまに3階建てがあるという感じだったのですが、このリーラントは4階建ての家が基本のようです。しかし横幅が広いわけではなく何というか鉛筆が並んでいるような印象を受けます。港に近い位置にある倉庫もルムッテロなどと比べて大きく作られていますね。
町に活気があると言うのはもちろんなのですが、少々ルムッテロなどと印象が違うのは頻繁に目にする水兵と思わしき人々のせいでしょうね。別に警邏などをしている訳でなく休日なのか普通に過ごしているのですがそろいの白い服を着ていますので目立ちます。休みでも何か緊急の事態があればすぐに軍港へと向かう必要があるので休日でも着用が義務付けられているのでしょう。住民もそれを当たり前のように受け止めているようですしね。
ツクニ奴隷商会のリーラント支店に顔を出して休憩させてもらいながら最終的な打ち合わせです。とは言え何度も話し合ったことですので確認と言った意味が強いのですが。
緊張からなのか顔を強張らせているツクニさんをリエンさんが励ましています。うーん、一応ハブルクのオークションには何度か参加してもらって少しは慣れたはずなのですがやはり自分が元々住んでいたホームとは違うのでしょうね。
「落ち着いてください。別にツクニさんが取って食われるわけではありませんよ」
「ソウヨ」
「ええ、わかってはいるのですがこれから大きな取引をすると考えるとどうしても……」
確かにそれは理解できます。自分の生活とはかけ離れた金額の取引をするとき、経験が浅かったころは私自身、身が震える思いでしたし今でもやはり心のどこかにそういう想いが残っています。完全に失うのは危険だと思っていますのでこの状態がベストなのでしょう。
これは慣れるしかありませんからツクニさんにも経験を積んでもらうしかありません。まあ失敗しないようにフォローはしますけれどね。
「やることは覚えていますか?」
「ええ、商人ギルドの証書を受付で提示して札を受け取り、オークションでダークエルフを落札する。それだけですよね」
「はい、問題ありません。簡単でしょう」
不安そうな瞳で見つめてくるツクニさんに笑い返し安心させます。こういった緊張状態で細かい指示を事前に出しておいても本番の時に思い出せなくなってパニックになるだけです。だからこそ出来る限りシンプルにすべきことだけを覚えておく。細かいフォローは現地で私とリエンさんが行えば良いですしね。
出されたお茶などに手をつけしばらく過ごし、多少落ち着いたツクニさんを連れてオークション会場へと向かいます。私たちの他にも同じようにオークション会場へと向かう商人が散見されます。目的はやはりダークエルフなのでしょうかね。まあ、商人として見るだけでも価値があるのかもしれません。
オークション会場の受付で参加料として5千スオンを支払います。一応このお金は奴隷を落札すれば返金されます。冷やかしを防ぐための参加料と言ったところでしょうか。
払い終えると壁で仕切られた受付へと向かいます。私とツクニさんは当然別の窓口です。この場所でオークションに参加するための札を受け取るわけですが、その時に必要なものとして商人ギルドで発行された預金の証明書が必要なのです。支払い能力があるのか事前に審査が行われるという事ですね。
「よろしくお願いします」
「はい、少々お待ちください」
私の預金残高を確認した受付の方がいくつか並んだ札の中から真ん中あたりに置かれていた青い札と69と書かれた番号札をこちらに差し出してきました。
「こちらをつけてオークションにお望み下さい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
簡単に手続きが終わりその場を辞します。外でしばらくの間時間を潰してツクニさんと合流しオークション会場へと向かいます。
オークション会場は最奥の舞台を支点として扇状に広がっており、札が見やすいように多少の勾配がついています。そこには椅子が並んでおりオークションの始まる1時間前なのですが半数以上の椅子が既に埋まっていますね。
座っているのは身なりからしても私たちと同じような商人です。一応今回のオークションにはそれ以外の方々も参加するようなのですがそう言った方々はこの会場ではなくて2階の個室から参加するようです。しかしこちらからはあまり見えないのですね。
そわそわしているツクニさんを私とリエンさんで宥めつつ時間を過ごているうちにオークションがついに開始されました。司会の男性が軽快な口調で話し始めながら、出てくる奴隷の紹介をしていきます。ダークエルフは目玉ですので最後のようですしそれまですることはありません。
次々に札が上げられボルテージの上がっていく会場の雰囲気とは裏腹に私の心は冷えていきます。こういう場所だとはわかっていました。オークションにも私自身実際に参加した経験はあります。しかし商品として扱われているのは物ではなく人。それがこの世界の、この国の常識だと割り切るべきでしょう。しかしやはり好きにはなれませんし好きになる必要も無いでしょう。ただひたすらに早く進むことを願いながらそれを眺めます。
結局私も人の命を金で買おうとしているのですがね、そんなことを思いつき自嘲しながら。
「さて、いよいよ本日最後の商品。お客様の多くはこの商品目当てではないのでしょうか?今回のオークションの目玉、ダークエルフです」
枷をつけられながら黒い肌で長い耳をした男性が連れてこられます。その瞳はこちらを見ておらずぎゅっと握られたその拳が彼の身上を如実に表していました。
「肉体は健康そのもの。魔法も水と土の魔法を使えると言う万能さ。そしてそのルックス。お客様のどのような要望にも応えることが出来ると我々も自信をもってお勧めする一品です」
「「「おぉー」」」
会場から歓声が上がります。確かに今まで私たちと同じように全く札を上げていない商人が何人もいました。全員がただの見物という訳はありません。会場も既に温まっていますしこのままいけばつられて入札しようとする人も増えるかもしれませんね。
「それでは300万スオンから始めます」
「350万」
「380万」
会場から次々と声が飛びます。やはり狙う人は多そうですね。この流れは止めるべきです。変に張り合われても困りますし。
ぼーっとそれを見ていたツクニさんの膝へ自分の膝を軽くぶつけます。こちらを見たツクニさんににこやかに笑って行きなさいと伝えます。ごくりとツクニさんが唾を飲み、そして金色の札を掲げました。
「1000万!」
会場にツクニさんの声が響き渡りました。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【アミスタッド】
19世紀に走っていた奴隷商船の名前でアミスタッド・フリーダム号というのが正式な名前です。西アフリカなどから奴隷を運んでいたスクーナーなのですが、1839年にこの船で奴隷の反乱がおき、かなり大きな事件になりました。
この事件がアメリカの奴隷制度廃止運動に高まりをもたらしていきます。奴隷商船でありながらフリーダム号という矛盾した名が本当の意味で奴隷の自由を勝ち取る礎になったというなんとも皮肉な船になりました。




