Flag86:エリザさんと面会させましょう
翌朝約束通りやって来たカールさんを連れて一路キオック海を目指します。とは言ってもフォーレッドオーシャン号ではなく現在アリソンさんの店と取引をしているトッドさん達が住んでいる島です。出かける前に一応念のためにそちらに行っていただくようにお願いしましたのでそれが功を奏した形になります。万が一と考えての事だったのですが本当に起きてしまいましたしね。本当に何が起こるかわからないものです。
カールさんはやはり船で沖へ出ると言うことが珍しいのか、それともギフトシップに乗ると言うことが珍しいのか操舵席奥の休憩スペースに入ることもせず外に座りながら景色を眺めています。酔う様子も見えませんし、幸いでしたね。
しかし先ほどキオック海に向かうと言った時もカールさんは驚きはしませんでした。確かに私の今までの行動を知っており人に知られない安全な場所に隠すと言われればキオック海にあるローレライの涙を取引している島という予想が出ていてもおかしくありません。アリソンさんも領主の所にローレライの涙を売ったようですしね。私に連れられてキオック海の島へと行ったという話はしているでしょう。
船の先頭に旗を掲げながらキオック海を進み前方に島が見えてきました。速度を落としゆっくりと近づいていきます。旗を掲げながらこちらへと来るときは領主の関係者を乗せていると伝えていますので覚悟と準備が出来るはずです。とは言えそんなものは既に出来ていると言われてしまうかもしれませんが。
「カールさん、あちらの島が彼の方がいらっしゃる島になります」
「そうですか」
カールさんが島を見ながらすっと表情を引き締めます。彼にしてみればこれから領主の目として真実を見極めねばなりませんからね。領主の信に篤い方ですから有能でしょうし。エリザさんがこの方をどれだけ納得させることが出来るのか、それがポイントでしょう。
船を簡易な桟橋へとつけ下船すると、待っていたトッドさん達へエリザさんを呼んで来てもらえるように伝えます。そして私とマインさんはカールさんを連れていつもアリソンさん達が取引を行っている浜辺の小屋へと行きました。
小屋の中はアリソンさん達との取引のおかげか以前よりもいろいろな小物が増えていました。花瓶などの調度品までありますので取引は順調のようですね。そんなことを考えながらゆったりと待ちます。
しばらくしてドアがノックされたので全員で立ち上がります。そして扉が開かれミウさんに先導されてエリザさんが入ってきました。その姿を見たカールさんが即座にこうべを垂れひざまずきました。それに合わせるように私とマインさんも同じ姿勢をとります。
ネイビーの落ち着いた色のドレスはオットーさんが精魂込めてエリザさんの為に作った物です。買って来た時に一度着て見せていただきましたが本当にエリザさんの体型ぴったりに作られており改めてオットーさんの腕の素晴らしさを知りました。本当に50万スオンで良かったのか逆に心配になるほどでしたしね。
ネックレスをつけ、凛とたたずむ姿は誰がどう見ても平民では無く上位の貴族であることがわかります。その立場上、エリザさんの容姿についてはカールさんは知っているでしょうしもしかするとこのドレスのことも知っていたのかもしれません。だからこそあれだけ素早く敬意を表したのかもしれませんね。
「頭を上げてください。今の私は国に捨てられた身です」
「エリザベート・フォン・ランドル殿下。お会いできて光栄です。わたくしノルディ王国、ルムッテロの領主スチュワート・アイル・ルムッテロの代理として伺いましたカールと申します」
「エリザベート・フォン・ランドルです。急なお願いをこんなにも早く聞いてくださりありがとうございます。ワタルも無理な願いをしました。ありがとう」
「いえ、商人として契約に従ったまでの事です」
エリザさんに促されカールさんが椅子に座ります。私は今回は脇役ですので入り口の付近でマインさんと一緒に見守るだけです。ミウさんがカールさんとエリザさんへお茶を差し出しそれに口をつけてから話が始まりました。
「なぜ私が生きているか。そしてそれからどう過ごしていたのか。その疑問があると思います。ワタルから簡単に聞いたかもしれませんが説明しましょう。ミウ」
「はい。それでは僭越ながら説明させていただきます。私たちが海を漂流する原因となったのは……」
ミウさんが漂流することになった経緯を話していきます。もちろん海に沈んだエリザさんを私がフォーレッドオーシャン号に積まれていたダイビンググッズを使用して助けたというようなことは言わず、海を漂流していたところを私に助けられその後この島へと隠れ住んでいたというような内容です。
話す内容の半分以上は嘘であるわけですがカールさんにはその部分は知りようのないものですし、ある程度事実を織り交ぜてよどみなく話していますのでおそらく信用してもらえるでしょう。まあ完全に信じてもらう必要もないわけですがね。
「そしてワタル様に依頼し、今回ルムッテロの領主様へと繋ぎをもった。こういった経緯になります。ご質問などはございますか?」
「いいえ、大丈夫です。それにしても大変なご苦労をされたようで」
「いえ、この島の住人もワタルもとても良くしてくれました。こうして生きていられるだけでも奇跡のようなものだと自覚しています。これ以上を望むのはいささか傲慢でしょう」
エリザさんがはかなげに笑います。それを見てカールさんが目をハンカチでぬぐいました。確かにミウさんの語り口調は真に迫った物がありましたしね。
「失礼しました。それで我々の国へ危機が迫っているとの話でしたが?」
「はい。こちらの地図を見てください」
ミウさんがエリザさんの言葉に合わせて地図を広げます。もちろん私とミウさんが獣人の奴隷の方々に話を聞いて色々と書いていた地図を清書したものです。それを見たカールさんが目を見開きます。
「これはまさかランドル皇国の地図ですか!?」
「はい。かなり正確な地図です。残念ながらこれをお渡しすることは出来ませんが。」
その言葉に一瞬カールさん残念そうな顔をしました。確かに敵国であるランドル皇国のしかも沿岸部だけしか書いていないとはいえ正確な地図ともなればのどから手が出るほどほしいでしょうからね。しかしそんな物を渡しては厄介なことになりかねませんし、エリザさんが渡してしまうこと自体が逆に疑いを持たせてしまいます。
「今、ランドル皇国は大きな変革が起こっています。私を亡き者にしようとしたこともそうですが、この印をつけた3か所。この辺りに国が極秘に進めている産業を革新する技術の研究所があります」
「……」
カールさんの目が細まります。国が極秘に進めている研究所の情報。それは敵国にとっては紛れも無く重要なものです。しかしそれをなぜランドル皇国の皇女であるエリザさんがカールさん、というよりは敵国であるはずのノルディ王国に教えるのかそんな疑問が頭を巡っているのでしょう。
とは言えそれを直接エリザさんへ聞くのは愚策です。相手への猜疑心を伝えることになってしまいますしそのことによってそれ以上に有用な情報が途切れてしまう可能性がありますから。
まあそう考えるのは想定済みです。
「補足させていただきます。なぜ殿下がわざわざこのような情報を伝えるのか疑問でしょうから。殿下は和平を望んでおられます。殿下の望みは民の平穏な暮らし。それは自国であっても他国であっても変わりはありません。だからこそ今回この情報を提供することに決めたのです」
「もし何も対策をとらないまま進んでしまえばその先に待っているのは虐殺でしょうから」
「それほどまでの差が出ると?」
「はい」
カールさんが文官で良かったかもしれません。このようなことを言われれば軍に所属する者であれば事実であったとしても反感を買ったはずです。カールさんが眉根を寄せ深く考え込んでいます。この情報をどう利用すべきか頭を悩ませているのでしょう。
今のところ証拠は何一つなく、エリザベート殿下と思われる方の証言のみですからね。そろそろ出しましょうか。ミウさんに視線で合図を送ります。
部屋の隅に用意しておいたランドル皇国で購入した生地と紙を綴った物をミウさんが取り出します。
「明確な証拠と言う訳ではありませんがこちらに少しばかり物を用意させていただきました」
「それは?」
「ワタル様にランドル皇国へ行ってもらい購入してきてもらった2種類の生地とその極秘の工場で働いていたと思われる獣人奴隷の証言をまとめた物です。ワタル様には苦労を掛けてしまいましたが何とか集めることが出来ました」
「その荒い生地が以前の生地、整った物がその新しい技術で織られた物だそうですよ。市場にも流れていましたしこれが大量に生産されるのであれば私のような商人にとっては格好の取引材料になりますね。値段もそれなりでしたので。獣人の証言については殿下の懇意にしている奴隷商の方に集めていただきました。数がありますので私としてはある程度信頼できるのではないかと思いますがね」
「こちらはいただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです。地図も簡易な物を用意していますのでお持ちください」
カールさんの表情が険しくなっています。明確な物はありませんが、危険があるかもしれないという危機感を持たせることには成功したようですね。これなら動いてくれるでしょう。というよりは動いてくれないと困るのですがね。
「希少な情報をありがとうございました。さっそく検討させていただきます」
「はい。くれぐれも民の為に役立ててください」
「必ず」
エリザさんが出て行くのを再び膝をついて送ります。エリザさんが部屋から出て行きしばらくしてカールさんが大きく息を吐きました。
「とんでもない情報でした。これは帰ってからが大変そうです」
「頑張ってください。何かあれば商人ギルドにご連絡を。契約上殿下を危険にさらすようなことは出来ませんが出来うる限りの協力はさせていただきます」
「ははっ、ありがとうございます」
疲れたように笑うカールさんには今後の展開がわかっているのでしょう。まあ大変でしょうがこれも仕事です。全力で頑張っていただきましょう。この国と私たちの未来の為に。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【アレクサンダー・セルカーク】
18世紀初頭の航海士です。航海中に船長と激しい口論の末チリ西方沖700キロのファン・フェルナンデス島に置き去りにされ、救助されるまで4年4か月後に救助されるまで猫とヤギとともに生き抜いたと言うアグレッシブな人です。
彼の体験を元に海の有名作であるロビンソン・クルーソーとガリバー旅行記が書かれたと言われています。
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