Flag84:領主に会う対策をしましょう
直接領主に会うことが出来ると言うのは一介の商人兼船乗りである私にとっては望外の出来事と言って良いでしょう。まあ生地のことなどもありますし前々から目をつけられていたという可能性が高いですね。いくらオットーさんがこの町で一番の服飾店の店主で信頼が厚いと言ってもほいほいとその取引相手と領主自らが会うという事はないでしょう。
既に私自身について調べられていたと考えるのが普通でしょうね。そうすると自ずと聞かれそうなことも想像がつきますが……
「とりあえず一度フォーレッドオーシャン号にもどりましょうかね」
「んっ? 領主に遭うのは明日の午後だろう。やめるのか?」
不思議そうに聞いてきたマインさんに首を横に振って応えます。
「いえ、領主様への献上品は絹なのですが、奥様や娘様に対する物、気軽に部下の方にプレゼントできるようなものなどがあった方が良いでしょうからね。直接お会いするのですから。しかしさじ加減が難しいですね。仕方がありません。後でミウさんに相談してみましょう」
「ふむ、面倒なものだな」
「そうですね。作法なども必要ですし何かと面倒ですよ。しかし権力者との縁というのは今後のためにも必要ですからね。まあ良い機会と考えましょう」
そんなことをマインさんに説明しつつ船を出港させます。港の事務所には夕方になる前に出港することは伝えていますので少々時間は早いですが問題はありません。既に荷物の検査も受けていますし町には入ってさえいませんからね。
何とか夜になる前にフォーレッドオーシャン号へと到着し、ミウさんと打ち合わせをしつつ品を用意していきます。私が元々考えていた物もあったのですが、さすがは皇女様付きのメイドと言ったところかミウさんから色々なアドバイスをいただきました。
なんとか品を用意し終え、食事をして仮眠をとってから夜も明けないうちにルムッテロへと取って返します。服はもちろん新しいものに変えています。とは言えいつものスーツですがね。まあこれが最もしっくりきますし失礼もないでしょう。
夜明けから少ししたぐらいにルムッテロへと到着し、10時ごろに朝食兼昼食をとってオットーさんの店へと向かいます。そしてすぐに奥の部屋へと通され、いつもよりかっちりとした服装のオットーさんに出迎えられました。かっちりしているのでお腹の大きさが目立っていますがオットーさんの人柄もあり嫌な感じは受けませんね。そういうデザインなのかもしれませんが。
「なかなか大量の荷物ですな」
「ええ。まさか領主様に直接お会いできるとは思っていませんでしたのでオットーさんに知らせていただいてからかき集めてきました。気に入っていただければ良いのですがね」
オットーさんが私の言葉にしたり、したりとうなずいています。確かにオットーさんもここまで店を大きくする間にはこういった経験をしているのでしょう。とは言えこんなに急という訳ではなかったでしょうが。
しばらくオットーさんと歓談して過ごし、昼食に誘われましたが既に食べてきましたと言って断りました。別にご相伴に預かっても問題はないのでしょうが、今回は食事に誘われてオットーさんの店へ来たわけではありませんからね。初めから何も食べずに来るというのはそれを見越していると思われそうなのですよね。さすがにそれは出来ません。
オットーさんたちの食事も終わり、昼を少し過ぎたあたりでしょうか。店員の彼が私たちに馬車がついた旨を知らせに来ました。オットーさんと連れ立って表へと向かいます。
オットーさんの店の前に止められていたのは1台の箱馬車でした。その前に壮年の執事と思われる男性が立ちこちらを待っています。
「オットー様、ワタル様。お迎えに上がりました」
「おぉ、カールさん。お迎えありがとうございます」
「ありがとうございます。お初にお目にかかります。商人のワタルと申します。今回は私のためにわざわざ申し訳ありません」
「執事のカールと申します。領主様が決めたことですのでお気になさらず。では馬車の中へどうぞ」
カールさんに促され、黒塗りの箱馬車へと乗り込んでいきます。外見はごてっとした装飾などが無くシンプルに品よくまとめられていましたが、内部も同様にシンプルですが座り心地などを考えると良い品を使っているようです。これが領主の趣味であれば中々に大変そうですね。こういったシンプルな品を喜ぶ方の方が逆にこだわりが強かったりしますから。派手好きとかはっきりとした好みがある方がプレゼントするのにも簡単なのですがね。
箱馬車の高い風景を時折楽しみつつ、領主の館へと向かっていきます。献上品などはマインさんが御者の方に屋根の上に乗せてもらっていましたから問題はありません。
馬車の中にはオットーさん、私、そしてカールさんの3人が乗っています。軽い話を続けながら少しの時間を潰していきました。特に探るような気配も質問もありませんでしたが、領主が会う前の事前チェックと言ったところでしょうかね。
塀に囲まれた領主の館の敷地へと馬車のまま入っていきます。町を散策している最中に何度か目にしたことはありますが、高い塀がありますし入り口には兵士の方が立っていますのであまり近寄らないようにしていました。準備無く絡まれるのも嫌でしたし。そこへと自ら望んで行くことになるとはやはり人生と言うのはわからないものですね。
馬車が止まりカールさんに先導されながら館の中へと入っていきます。過度な装飾品などはありませんが落ち着いた雰囲気の内装をしています。置かれている品々も大切にされていることがわかるくらいに手入れが行き届いているようです。
カールさんの背を見ているようにしながら周囲に視線を飛ばしつつ歩いていき、奥の小部屋に入りました。まあ小部屋と言っても7畳ほどありそうな部屋なのですがね。そこには中央にソファーと机並んでいました。待機部屋ということですかね。
「こちらでしばらくお待ちください。お飲み物を持ってまいります」
カールさんがそう言い残して部屋を出ていきました。
「大きなお屋敷ですね」
「ええ、ルムッテロは大きな町ですし交易の拠点として栄えていますしな。それに港ですので要人を招くことも多いですから自然とこうなるのでしょうな」
確かにエリザさんも招かれる予定だったでしょうしね。そんなことを考えながら少し息を抜きます。緊張し続けても集中力を欠いてしまいますからね。適度に息抜きは必要です。
今回に限って言えば正式な謁見という訳ではなく、献上品を持ってきた私への私的な面会と言う形になるのだそうです。
エリザさんのように形式にこだわらない方であればいくぶん気持ちは楽なのでしょうが、私的な面会と言ってもさすがに初対面の方に対して失礼があってはいけませんからね。気合を入れなおしましょう。
オットーさんと雑談を交わしつつ過ごしていると扉がノックされカールさんが入ってきました。そしてそれに続いて1人の中年の男性が中へと入ってきます。オットーさんが作成したと思われる私の生地の服を着たその男性の姿を見たオットーさんが息を飲み、慌てて立ち上がって頭を下げました。私もそれに倣って頭を下げます。
カールさんの声が部屋に響きます。
「ルムッテロの町の領主、スチュワート・アイル・ルムッテロ様です」
若干非難めいた声であるのはおそらく私たちにではなく領主のスチュワートさんに対してでしょう。しかし突然が多い方ですね。突飛な質問をされなければよいのですが。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【海に関する世界のことわざ】
海に関係することわざと言うのは世界に色々とあるわけですがその中でも一つを今回紹介したいと思います。
「娯楽で海に出る者は、道楽で地獄を見る」
18世紀のイギリスあたりで良く言われたことわざ、というか教訓のようなものでしょうか。イングランドのロンドンで1774年にヨットクラブ第1号が設立され、船が商用や軍用だけでなく趣味や道楽として楽しまれることになったのでこの言葉が生まれたのかもしれません。
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