Flag83:漁船を捜索しましょう
オットーさんへの依頼も終わり、店でキオック海の島に移住してきた獣人の方々の服を仕入れます。人数も多いですし、値段も他の店に比べれば高いのですが1人につき1着はこの店の服を持たせるようにしています。他の皆にはそこまでする必要は無いと言われますし、プレゼントされる獣人の方々についても恐縮されることの方が多いのですがこれだけは私の一存で決めさせていただきました。
服装と言うのはとても重要です。相手に与える印象が違うという点でもそうですが、今回私はその点はあまり重視していません。実際、今はトッドさん達のいる島に移住者を集めて教育などをしている訳ですが、他の人との交流といっても同じ獣人奴隷の方かトッドさん達しかいませんからね。
私が重視したのは自らの価値を高めると言うことです。しっかりとした服を着ると人は不思議なことにその服にふさわしいように行動しようとするものです。まあ人によって違いはありますが全く関係なく振る舞うという人はほぼいないでしょう。スーツなんかが良い例かもしれませんね。
獣人奴隷の方々が着ている服は使い古されたボロボロの物でした。そんな服でも勉強が出来ないと言うことはもちろんありません。ありませんがやはり綺麗な服を着た方がやる気と集中力が上がると考えたのです。
獣人奴隷の方々をずっと島に住まわせるというのであれば特に気にする必要もないとは思うのですがある程度の教養と知識を備え言葉を話せるようになったらルムッテロに連れて行く予定ですからね。まあそのためにも領主との交渉をまとめる必要があるのですが。
大通り沿いの店を散策しつつ用事を済ませていきます。食料の調達はもちろんですが、獣人奴隷の方々が一気に増えましたので魔道具屋で調理用の魔道具からあれば生活に便利だと思われる魔道具まで大量発注しておきました。色々な意味を込めて。まあ意味はないかもしれませんがね。
注文するついでに魔道具屋のアイシャさんとラシッドさんに世間話がてら色々な魔道具の話を聞くことが出来たのは大変ありがたかったですね。ミウさんたちもある程度の知識はありましたがさすがに専門家には敵いませんから。
その後は適当な店で食事を買い、暗くなる前に船へと戻ります。
いつも通り船内を確認し、商品が盗まれているようなことが無い事を確認しました。
「やはり入られたようですね」
「予想通りだったな」
一通り見回り2人でこそこそと話します。ラシッドさんによると盗聴器のような魔道具があるという話は聞いたことは無いという話でしたが、作れそうか聞いてみるとかなりの開発費用をかけて研究すれば同じようなことが出来なくもないだろうということでしたので念には念を入れておきます。とは言え魔道具である限り、なにがしか私の覚えのないものがあるはずですので、そんなものが見当たらなかった現状では可能性は低いとは思いますがね。
一見するとこの船は私たちが降りた状態のままに見えます。少しずらしておいた荷物用の蓋も、その隙間にはさんでおいた髪の毛もそのままその通りに見えます。私たちも何も対策をしていなければ気づかなかったかもしれませんね。まあルムッテロに来る段階でこういったことがあるだろうとは予想していましたので対策は取っておきました。後は嫌がらせもですがね。
嫌がらせとしてはかわいいもので、船の至る所に細い釣り糸を張り巡らせただけです。まあ透明で細い糸なのですが日中ですし見えない訳ではありませんが動きづらかったでしょうね。侵入した痕跡は残したくないでしょうから避けるしかありませんし。
とはいえ見ることが出来ないほどは張っていません。調べることが出来ず何か隠していると思われる方が厄介ですからね。
「しかし本当に光るのだな」
「ええ、簡単でしょう」
私が液体を塗付した部分の一部がかすかに白色の光を放っているのを2人で眺めます。
いろいろとアナログな方法で侵入者が居るかどうかの警戒をしていると思わせておきましたが私の本命はこちらでしたからね。この光っているのは夜釣りやダイビングなどで使用することのある白色のケミカルライトで、それを分解して中に入っている液体を分離して片方だけを塗付しておき、もう片方の液体を先ほどその周辺へと塗ったのです。
化学反応で光るので時間経過とともに光る可能性が低くなってしまうのですが今回は何とか間に合ったようです。まあ出ていたのは2,3時間ですので良かったのでしょう。侵入者の足跡がくっきりと残っています。
まあこの方法が駄目だった場合も含めて船内でローカルな仕掛けをした場所について写真に収めていますのでじっくりとみれば形跡はわかったとは思いますがね。
「ではもったいないですが破棄ですね」
「そうだな」
買ってきた夕食、船内に残っていた食料などをすべて破棄します。マスクをつけビニールの手袋をして船内を一通り掃除して事務所へと連絡していったん港を離れます。1週間の期間内ならば再入港してもお金は取られないと言うことでしたのでそこは良かったですね。
警戒のしすぎかもしれませんが、ランドル皇国でツクニさんが砂糖と胡椒を販売し始めたことによる影響は小さくありません。直接の販売者ではないにしろそれに携わっている私を邪魔に思う輩もいるでしょう。まあいきなり毒殺と言うことは無いとは思いたいのですがね。しばらくは注意しておくべきでしょう。
今回は相手がどこまでしてくるか試すために船を空にしましたが、今後は獣人奴隷の方にお願いして船の番をしていただいた方が良さそうです。まあ息抜きと社会勉強を含めて数人ずつ交代でお願いすることにしましょうかね。
ルムッテロから沖に1キロ程度の場所で夜を明かします。一応船が通る可能性もありますし、何かが来ても怖いのでマインさんと交代で眠ることにしました。食事はマインさんがずっと持ち運んでいた食料がありますので何とかなるのですが、さすがに味は期待が出来ません。まあ数日の辛抱だと思って我慢しておきましょう。
翌日の朝に再びルムッテロへと戻り、船から出ずに過ごします。私は持ってきた本を読みながらゆったりと過ごし、マインさんは港のはずれで剣の訓練をして過ごします。今日は町に入る予定はありません。というよりはオットーさんから連絡が来るまで港から出るつもりはありません。用事もないのにわざわざ危険を犯す必要もないですしね。
オットーさんから連絡が来た、というよりはオットーさんが港へとやって来たのはその日の夕方でした。私としてはてっきりもっと日数がかかると思いましたし、来るにしても店員の彼が来ると思っていたので驚きました。
息を切らせながら私の船へとやってくるオットーさんのために水の魔道具からコップに水を入れて用意しておきます。
「ワ、タルさん……」
「オットーさん。とりあえず水を飲んでください」
「これは、失礼」
体中から汗を流しているオットーさんへ水を差し出すとごくごくと勢いよく一気に飲んでしまいました。そして美味しそうに息を吐くと呼吸を整え真剣な表情で私を見ました。これほどの顔は初めて取引をした時を含めて初めてです。それを見て私も心と体を正します。
「明日の午後、領主様が直々にお会いになるそうです」
「ずいぶんと急ですね。それに領主様自らがですか。てっきり私は文官の方にお渡しするものだとばかり思っていましたが」
「はい。私もそう思っていたのですが、私が話を知り合いの文官の方に持って行ったところにちょうど領主様がいらっしゃいまして。一度ワタルさんに会ってみたいと」
「そうでしたか」
突然の話に頭を回します。領主と直接会うことになるとは私も想像していませんでした。しかし明日の午後と言うのは準備期間としては短すぎますね。とは言え断ることが出来るようなものでもありませんが。
「わかりました。明日の午後と言うことですが直接領主様の館を訪れればよろしいのですか? それとも迎えの方がいらっしゃるのでしょうか?」
「私の店に迎えの馬車がやってくる予定ですな。ワタルさんには昼前に来ていただければと思います。迎えが来たら私とワタルさんの2人で領主様の館へ向かう予定ですな」
「わかりました。少し早目の時間に伺わせていただきます。格好はいつも通りで問題ないでしょうか?」
「問題ないですな」
早く知らせるためにわざわざここまで走って来てくれたオットーさんに感謝を伝えて別れます。
さて思わぬ機会が巡ってきました。この機会を最大限利用したいところですが問題点も色々とありますね。とりあえず今のうちに洗い出しと対策を考えておきましょうかね。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ケミカルライト】
化学反応による発光を利用した照明器具の総称です。本編で出てきたのは100円均一などでも買うことのできる曲げると光るあれを想像していただければと思います。
発光の原理としては比較的単純で混ざると発光する液体を曲げることのできるポリエチレンの筒とその中に薄いガラスのアンプルに分けて入れ、外から力を加えることで中のガラスのアンプルが割れて液が混合し発光しはじめるというものです。ポリなので海底洞窟をダイビングするときに定期的に落としたりします。もちろん帰りに拾って帰りますけれどね。
ちなみに化学薬品が入っていますのでもちろん分解は厳禁です。
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