Flag82:縁繋ぎをお願いしましょう
漁船を操りおよそ1か月ぶりのルムッテロへと向かいます。最近はハブルクばかりに行っていましたので海から見るルムッテロの白い町並みはどこか懐かしい印象を受けます。そこまで久しぶりという訳ではないのですがね。
同乗しているのはマインさんだけです。一応トッドさんも商人ギルドに入っているわけですが、商人ギルドへの登録と私との契約をした1回以外ルムッテロには行っていません。下手に姿を見せると危険でしょうからね。地元の商人からという事もありますが主にランドル皇国からの探りと言う意味で。
マインさんもいつもの私と同じ格好ではなく、全身を覆い隠すようなローブを身にまとい頭からはフードをかぶって顔をわからなくしています。帯剣していますので謎の護衛と言ったところでしょう。今のルムッテロの町にはランドル皇国の人が多いでしょうからね。もしかするとマインさんを見知っている人がいるかもしれません。しかし私自身狙われている可能性が高いので信頼の置ける護衛の方を付けない訳にもいきませんので苦肉の策です。
いつもの港へと船を動かしていると空から人が降りてくるのが見えました。今回もフューザーさんのようですね。
「ふむ、確かワタル殿だな」
「はい。お久しぶりですフューザーさん」
最近になってようやくかろうじて私のことを覚えていただけるようになりました。今回は1か月ぶりという事で忘れられているのではないかと思っていましたのでこれは少々うれしいですね。
「そちらは……」
「あぁ、いつも一緒にいるマインです。少々事情がありこのように護衛のような恰好をしてもらっています」
「ふむ。まあ詳しくは事務所でだな。それではいつも通り身分証明の確認と簡易検査だ」
フューザーさんに2人分の商人ギルドのギルドカードを手渡し身分証明を終えると続いて簡易検査へと移ります。簡易検査は本当に簡単なものでいつもざっと見る程度でしかありませんが、今回は少々自己申告が必要です。
「フューザーさん。今回はいつもの生地以外に特別なものを積んでおりまして。こちらなのですが」
いつも通りの綿や麻の生地よりも上質な布に包まれたそれを取り出して見せます。フューザーさんがそれを確認し特に問題ないというお墨付きをいただきました。まあ危険物ではありませんので問題ないとは思っていたのですがね。反応が薄いのはフューザーさんの性格の問題でしょう。特に興味は無さそうですし。
港へと船を着け、事務所でいつも通りの審査を受けたのちにルムッテロの町へと入っていきます。まず向かうのは商人ギルドです。まあ挨拶がてら情報収集と言ったところですね。
受付はもちろんミミさんです。ハブルクで最初に当たった受付嬢の方を考えればミミさんがどれほど優秀かわかります。短い会話の中で私が欲しいと思うだろう情報を提供することが出来ると言うことが彼女の優秀さを示しています。
ハブルクはまだまだ人手不足ですしスカウトしてぜひ手元に置いておきたい人材ではあるのですが、ギルドの仕事で安定した収入があるでしょうしさすがに無理でしょうね。下手に引き抜きして商人ギルドから目を付けられるのはお断りですし。どこかに良い人材が転がっていれば良いのですが。
情報収集を終え、続いてオットーさんの店へと向かいます。ギルドへと寄った理由の1つにランクが上がっているかの確認に来たという事もあるのですが、さすがに荷物を運ぶ契約の収入程度ではランクは上がっていないようですね。特に話はありませんでした。ミミさんが忘れるという事はよほど無いでしょうからね。
そしてもう1つの隠れた理由は……
「やはりいるな」
「そうですか。私にはわかりませんのでそれなりの腕の方なのでしょうね」
「ああ。まあ中の上といったところか」
町の人通りが増えてきたころからずっと私たちをつけてきている人がいるらしいのです。とは言えマインさんがそう言っているだけで私にはわからないのですが。まあ相手もプロの方でしょうし素人の私に見つけられるようなへまはしないでしょう。
私は特に気にしないように歩き、マインさんが視線を巡らし周囲を警戒するようにして相手を威嚇しています。まあ町の中ですしこの程度で十分でしょう。なりふり構わずという手段に出てこられたら参ってしまいますが今回は大通り周辺しか行く予定はありませんし。
しかしこれで中の上なのですね。それをあっさりと見破るマインさんもすごいのですがね。私にはどう訓練したとしても真似出来るとは思えません。
しばらくしてオットーさんの店へと入りました。奥の部屋へと案内されそしてオットーさん夫妻と面会します。一瞬マインさんの姿にギョッとされましたがフードを外し、いつものマインさんだとわかると不思議そうに私たちを見てきました。
「ワタルさんも、マインさんもようこそ。しかしどうされたのですかな? いつもとは違う格好でしたので驚きましたよ」
「こんにちは、オットーさん。少々今回お持ちした物が物だけにマインさんには護衛のふりをしていただいたのです」
「おぉ、ワタルさんがそれほどのことを言われるとはさぞ希少な品なのでしょうね。早速拝見させていただいてもよろしいですかな」
「はい」
私は抱えていたそれを机の上へと置き、そしてそれを包んでいた上質な布を取り外します。
「これは……」
「綺麗……」
オットーさんとイザベラさんがそれを見たまま固まります。
真珠がそのまま生地になったかのような光沢のある美しい色合い。繊細なその細い糸で織り成された生地は滑らかでその手触りはどこまでも滑って行ってしまいそうなほどです。これほどの品質の生地を知ってしまえば今まで私の持ってきた綿や麻の生地が荒く感じてしまいそうですね。まあ生地ごとに使用用途が変わりますから一概にこれが優れているという訳ではありませんしね。むしろ欠点も多いですから。
「最高品質の絹を手に入れましたのでお持ちしました」
「すばらしい……すばらしいですな。この生地を売っていただけるという事でよろしいのですかな!?」
「ええ、直接売るという訳ではありませんが、オットーさんが扱う事にはなると思っています」
「ほう、どういう意味ですかな?」
私の言葉に興奮気味だったオットーさんが少し冷静さを取り戻しました。これならばまともに話が出来そうです。イザベラさんは生地に夢中になっているようですがこういった話には関わることは無さそうですのでとりあえず放置しておきます。
「これほどの品が今後手に入るかは私にはわかりません。それをただ売ってしまうのはもったいないと考えました」
「ふむ、確かに。あぁ、そういう事ですか。確かにそれならば私に依頼が来そうですね」
「ええ、その代わりと言ってはなんなのですがオットーさんには縁を作るお手伝いをいただきたいと考えております」
「確実、とは言えませんがよろしいですかな?」
「ええ、それはもちろん」
オットーさんが差し出してきた手を握り返し交渉が成立しました。後は相手方がオットーさんの話を聞いてどう対応していただけるかということです。まあ相手方としてもオットーさんには結構無茶な注文を聞いてもらっている自覚はあるでしょうし、それに付随して私がその手助けをしたことも知っているでしょうから無下に断られるという事もないでしょう。後はどのレベルの方が対応していただけるかということですね。
さあこの町の領主との縁がうまく構築できるか。果報は寝て待てと言いますが早く結果が知りたいものですね。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【壊血病】
中世などの海の話で必ずと言ってよいほど出てくるのがこの壊血病です。おそらくなろうの中にも主人公がこの壊血病の原因を伝えて感謝されると言うエピソードがゴロゴロしてそうなほど有名な病です。
この壊血病が蔓延した理由の一つに18世紀までの船に乗っていた医者(医事官)の大部分が外科であり、さらに大学で訓練を受けた医師に比べると知識などが劣っていたことが挙げられます。船に乗る医者は給料も少なかったため、どうやらあまり腕の良くないものばかりだった可能性が高いそうです。
壊血病により1300人以上の死者を出した船が出てから本格的にジェイムス・リンドと言う研究者が研究を始め1753年に柑橘類を摂取した船乗りが壊血病から回復することを論文発表してこの病の対策が知れ渡ることになったのです。
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