Flag81:ランドル皇国を調べましょう
それから約2か月間、私たちは目が回るような忙しさで過ごしていました。
資金をある程度渡してヒューゴさんにツクニさんを鍛えてもらいつつ準備を進めてもらい、キオック海に戻りランドル皇国からの出国を希望する獣人奴隷の方々の受け入れ先の準備を始めてもらいました。
トッドさんを商人として登録し、私も漁船を使用したフォレオ海運商会を設立しました。名前はただ単にフォーレッドオーシャンを縮めただけで意味はないのですがね。そしてルムッテロの商人ギルドを通してトッドさんと運送契約を交わします。まあこれは保険のようなものですがね。
その後はフォーレッドオーシャン号から荷物を運びこんではハブルクへと向かいツクニさんとヒューゴさんが準備し終えていた店へと卸すという事を繰り返しました。その商品は砂糖と胡椒です。フォーレッドオーシャン号でポイントの消費が少なく済み、高額で取引することの出来る非常に有用な商品です。しかもこの世界では見たことが無い不純物がほぼ無く均一な大きさの胡椒に、真っ白な砂糖ですからね。売れないはずがありません。
実際当初は私も考えたことですしね。しかしあまりにも目立ちすぎるのでやめましたが。しかし現在その砂糖を販売しているのはツクニさんですし、その仕入れ先はルムッテロで商人の登録をしたトッドさんです。私はあくまでその商品を運んでいるに過ぎませんからね。私はツクニさんとは運送の契約をしていませんのでランドル皇国のギルドに直接知られることもありません。まあ運んでいるのが私という事自体は掴んでいるでしょうがね。
他の商人がその仕入れ先を知ろうとしても知ることが出来るのは隣国のルムッテロで商人登録をしたヒノモトと言う聞き覚えのない国のトッドと言う事しかわかりません。ツクニさんの周辺はヒューゴさんの指揮のもと万全の体制を敷いていますし、運送している私も港とツクニさんの奴隷商会の間しか移動しませんのでどうしようもないのでしょう。移動の間はツクニさんの所の獣人奴隷の方々が荷物運びと言いつつ護衛に来てくれていますし。そもそも昼の街中でそんな騒動がそうそう起こせるはずがありませんからね。
ツクニさんは順調に資金を溜めてヒューゴさんの昔の知識を利用して貴族などにも商品を売り始め、かなりの額を稼いだようです。そしてその金をふんだんに使いランドル皇国のハブルクを含めた主要な港4つ全てへツクニ奴隷商会を設立しました。そこではハブルクの店と同じように出戻り奴隷や子供の奴隷を買い集めてもらいました。砂糖や胡椒の販売については結構な抵抗があったらしいのですがこちらの奴隷商会はむしろ歓迎されたようです。まあ商品にならない奴隷をわざわざ買ってくれるのですから当たり前と言えば当たり前でしょう。
そして私とミウさんと言えば……
「ありがとうございました。聞き取りはこれで終了です」
「本当にこれだけでこのくそったれな国を出られるんだな」
「ええ。言葉などを覚えてもらうための教育を受けてもらって、合格すればノルディ王国のルムッテロの町へとお連れしますよ。その後は犯罪などをしないのであればどう生きていただいても構いません」
「生きる、か……その言葉を再び聞くことになるとは思わなかったな」
そんなことを呟きながら出戻る前に働いていた場所や仕事の内容などを聞き取っていた獣人奴隷の男性が出ていきます。彼のしっぽは半分が焼けただれたようになっており非常に痛々しいものでしたがその尻尾を喜びのためか振っていました。少なくとも今後の彼の人生が良いものであることを願いましょう。
「お疲れ様です、ワタルさん」
「いえ、ミウさんこそ」
差し出された紅茶に口をつけ一息吐きます。鼻腔から抜ける匂いが固くなった心をほぐしていきました。
出戻りの獣人奴隷の方々の話を書き写したノートは既に10冊を超えています。これだけでも今後の奴隷解放などのための礎とするに十分な資料になるのかもしれませんが、今回の私たちの目的はそれではありません。
エリザさんの突然の排斥と彼女たちでさえ存在を知らなかった外輪船、そしてオットーさんの所で聞いた生地の質の向上。それらから考えつくのは当然産業革命です。蒸気機関の発明による機械化の進展とも言えるかもしれませんが。
とは言えまだまだ大々的に進んでいるとは言えません。蒸気機関と言うのはそれまでの常識をひっくり返すような大発明です。そんなものが国中に広がっていればどうやって情報規制したとしても他国の商人との取引があるのですから漏れるものですからね。現状は情報規制を行える程度の規模、つまり実験段階という事です。
私たちが欲したのはその実験施設の情報です。この施設が実験段階のうちに他国へと情報を漏らし国力を拮抗させる。それが出来なければ待っているのは国力の高まったランドル皇国による一方的な蹂躙です。それはエリザさんの望むことではありませんからね。
海図から書き写した地上の地図を元に聞き取ったおおよその場所を記載していきます。本日、このハブルクから最も遠い港から出国希望の獣人奴隷を乗せた船が到着して話を聞くことができ、運よく先ほどの男性が欲しい情報を持っていました。まだまだ他の人からも話を聞いて確度を高めていく必要はありますがおおよその見通しは立ちましたね。
出来上がった地図をじっと眺めます。
「これで戦争を防げるのでしょうか?」
ミウさんの不安そうな顔へと視線を向け、そして下手に嘘を吐かない方が良いと真実を告げることにしました。
「無理でしょうね。どれだけこちらが真剣に話そうともそれを知らない人たちからすれば眉唾ものの話でしょうし」
「やはり、そうですか」
「事実を知り、戦争が起こって初めて言っていたことが正しいと知るのですよ。よほどの名君などで無ければこれは変えられないでしょうね」
残酷なようですが事実です。私は産業革命の影響と言うものを知っているので今後の展開をある程度予想することが出来ましたが、産業革命のさの字も知らないような人であればランドル皇国がかつてないほどの勢いで攻めてくると言っても信じないでしょうね。
「エリザさんの頑張り次第ではありますがね」
「そうですね。それに最終決定を下すのは殿下です。私は殿下が進むと決めた道を進むだけです」
決意を秘めた瞳でミウさんが拳を握ります。その拳を私が両手で包み込みます。ミウさんを1人で行かせるはずがありません。ミウさんを生かすために、そして今後の人生のためにあえて危険な道を進みましょう。仮に成功することが出来ればそのリターンは莫大なものになるでしょうからね。
「ではそろそろキオック海へと戻る準備を始めましょうか」
「はい」
地図を手に話を聞いていた部屋から出ます。
なぜランドル皇国のみで産業革命が、しかも別種のはずの発明が同時期にされたのか。そんな疑問が胸にくすぶります。もちろん自然に発生した可能性だってあります。しかしどうかんがえてもランドル皇国の動きは不自然です。さあて何が潜んでいるのでしょうね。余り大物は釣り上げたくないものですが。
そんなことを考えながら私たち用にと設えられた部屋へと戻り荷物の整理を始めます。まだまだ忙しい日々が続きそうです。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【海の味】
塩っ辛いイメージしかない海ですが場所によって味が違います。北太平洋では塩分が低く、反対に北大西洋や南極海では塩分が高いというような具合です。周辺や地球自体の環境変化に海も影響を受けているということです。
因みに海の酸性度は年々上昇しており、繊細な貝類などの絶滅が心配されています。
***
ブクマいただきました。ありがとうございます。