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Flag80:奴隷契約を結びましょう

 この世界に来て初めて泊まった宿での目覚めは爽快感の全くないものでした。フォーレッドオーシャン号と比べてはいけませんが、この宿もこの町で2番目に立派な宿と言うことで寝心地が悪くて眠れなかったと言う訳ではありません。原因は私の体を抱き枕のように抱えて眠っているミウさんのせいです。

 ダブルベッドの部屋しか空いていなかったため私は床で寝ようかと提案したのですが、ミウさんがそれならば私が床で寝ますと一歩も引かなかったため妥協案として少し離れて眠ったはずなのですが、夜中に寝苦しさを覚えて起きるとこの状態でした。それ以来眠ることが出来なくなってしまいましたので目覚めと言えるかもあいまいです。


 ミウさんの体温が、その柔らかさが、その吐息が私に伝わってきます。いつもの凛とした雰囲気は消え、どこか甘えるような表情をしているミウさんはいつも以上に若く見えますね。

 こういう状態を生殺しと言うのでしょう。初めて体験しました。貴重な体験ではあるのですが望んで経験したいものではありませんね。これは辛い。

 若返った肉体の影響が出てきそうになるのを鉄の理性で抑えます。「信じています」と言って眠りについたミウさんのことを裏切るわけにもいきませんしね。しびれて感覚のなくなりつつある腕を動かさないように注意しながらミウさんの寝顔を目覚めるまで眺め続けるのでした。


 目が覚めて寝ぼけた状態で私に挨拶をし、しばらくして自分の状態を確認したミウさんが顔を赤くしながら離れていきました。どうやら寝起きはあまり良くないようですね。それでも朝早くから動いていたのはメイドとしての覚悟と習慣でしょう。

 ミウさんが起きた時間はまだ日が昇る前の早い時間でしたので宿も食事の用意は出来ていません。今日の予定を話したりしながらゆったりと過ごし時間が過ぎるのを待ちます。そして食事を食べて宿を出ました。


 向かう先はとりあえずツクニさんの奴隷商会です。

 店で会ったツクニさんの顔は寝不足であるのが丸わかりでした。うーん、この程度のプレッシャーで眠れなくなってしまうという精神的な弱さは少々問題です。まあ彼も別の理由で眠れなかった今の私に言われたくはないかもしれませんが。

 今後の役割上、表には立ってもらいますが有能な部下が必要ですね。


 ミウさんにツクニさんたちへと指示をお願いして私自身は奴隷契約をするためにキゴーリ奴隷商会へと向かいます。今後のことを考えるとヒューゴさんだけでなくあと数人は奴隷を雇った方が良いかもしれません。うーん、お金が足りるでしょうか?余計な虫が入り込まないためにもまずは奴隷で固めておきたいのですが。順次人員を増やしていくしかないかもしれませんね。


 キゴーリ奴隷商会に入ると、昨日私の対応をしていただいた担当者がにこやかな笑顔を浮かべて近づいてきました。そしてその案内に従い昨日の部屋より奥の小部屋へと入ります。中は思いのほか狭く人が4人座れる程度のテーブルと椅子がその大部分を占めていました。私が入ってきた反対側にも扉がありますので奴隷とお客で分けているのでしょう。


 その反対側の扉から男性の従業員に連れられヒューゴさんが歩いてきました。私の方をチラッと見ると興味を失ったのかうつむいたまま顔を上げようともしません。それが気に食わないのかヒューゴさんを連れてきた男性の従業員がそのあごを持ち無理やり顔を上げさせようとするのを制して止めます。そんなことをしても反感を買うだけでしょうに。


「それでは契約を始めます。まずは売買契約を確認してください」

「はい」


 提示された契約書を確認します。まあこれは定型的なものです。昨日既に代金は支払っていますので、支払いが既に済んでいる旨の記載や売買後に既往病などがわかった場合の損失補填の割合などが記載されています。損失補填の割合が50%と高いのは商品への自信とお客に対するアフターフォローの手厚さをアピールするためでしょうかね。


「問題ありません」

「では、サインを」


 さらさらと名前を記入します。さすがに自分の名前と基本的なことくらいは書けるようになっています。とは言えまだまだ勉強が必要なのですがね。


 売買契約が完了したので次はいよいよ奴隷契約になります。奴隷契約の概要はツクニさんに昨日聞きましたが実際に見るのは初めてです。この世界独特の奴隷契約には少し興味があります。

 ヒューゴさんの前で男性従業員が契約内容を見せながら読み上げていきます。この読み上げだけで30分程度かかるそうです。


「大変なものですね。奴隷契約と言うのは」

「いえ、この男は犯罪奴隷ですのでまだ楽な方です。事前にある程度の制約がかかっていますので。借金奴隷ですとこの倍はかかります」

「ほう、そんなにですか」

「注文の細かい方はもっとかかりますがね」


 朗らかに笑う従業員の方に合わせて軽く笑みを浮かべます。

 この世界の奴隷契約は地球のものよりもはるかに強力です。首輪が魔道具になっており、現在読みあげている契約内容を破ろうとすると身動きが取れなくなるほどの苦痛が与えられるそうです。どんなテクノロジーが使われているのか非常に気になるところですが魔法さえ使えない私には理解できないでしょう。

 とはいえこの方法にも落とし穴があり、契約文をその奴隷となる人に理解させないと意味がないとのこと。契約違反を犯すという認識に反応するということでしょうかね。どうやって……まあ、やめておきましょう。教えていただける訳もありませんしね。


 昨日の借金取りの2人組がリエンさんに向けていた視線の意味もそれを知ってわかりました。言語の違う獣人の中でリエンさんのように人間の言葉をある程度話せ、理解については問題なく行える人材と言うのは希少な存在です。他の奴隷商会にももちろんいるのでしょうがそういう人材は需要が高いですからね。

 もしかすると初めからリエンさん目当てで金を貸した可能性もありますし。とりあえず当面は大丈夫だと思いますが、まあ用心はしておいてもらいましょう。


 そんなことを考えているうちに読み上げが完了し、いよいよ奴隷契約になります。指を針で刺し血を首輪についているガラス玉のようなものへと擦りつけるとまるで血を吸うようにガラス玉が透明から少し赤みがかった色へと変わります。そしてその首輪がヒューゴさんにつけられこれで奴隷契約の完了です。

 従業員の方に見送られながらヒューゴさんを連れて歩いていきます。さっきから一言も話していませんが下手に事情を話して騒がれても困りますしね。とりあえずはツクニさんの商会に向かいましょう。ミウさんがいた方が話は早いでしょうから。


 閉ざされ、CLOSEの札が掛けられた扉を開き中へと入って行きます。そこでは獣人奴隷の方々が忙しく働いていました。私の船に積んでいた荷物も持ってきたようで部屋の片隅に積まれています。関税を払えば問題なく持ち込めるようですね。良かった。

 近くの獣人の方にミウさんとツクニさんの居場所を聞くと昨日の奥の部屋にいるということだったのでそちらへと向かいます。私が獣人の言葉を話したのが珍しいのか初めてヒューゴさんとまともに目が合いました。直ぐに逸らされましたがね。


 奥の部屋ではミウさんがツクニさんに今後の展望の説明をしているようです。ツクニさんの顔が若干青白いのは寝不足のせいでしょう。そう思っておくことにします。


「お疲れ様です。ヒューゴさんをお連れしましたよ」


 突然自分の名前を呼ばれヒューゴさんがバッと顔を上げます。犯罪奴隷は名前を買った者がつけるということで元の名前は教えてもらえないはずですからね。警戒心をあらわにするヒューゴさんへとミウさんが近寄ります。


「お久しぶりです、ヒューゴ様」

「誰じゃ。あんたのような娘っこに知り合いはおらんはずじゃが」

「お嬢様のメイドのミウです」


 その言葉にヒューゴさんが目を見開き、まじまじとミウさんの事を眺めます。


「ミウ、なのか!? いや、確かに良く見ればそうじゃが……」

「積もる話もありますしツクニさんも休憩が必要そうですから別室へ移りましょう。少し部屋をお借りしますね」


 内容が内容だけにあまりツクニさんに聞かせられないですからね。ツクニさんも助かったという顔をしていますしちょうど良かったでしょう。

 3人で大部屋を出てその手前の小部屋へと入り椅子へと座ります。奴隷商会ですのでこの部屋を覗けるような場所があるのかもしれませんがツクニさんがそんなことをするとは思えませんから聞かれる心配はあまりないでしょう。

 先ほどからうずうずとしているヒューゴさんに目線でどうぞと伝えます。


「ミウ、お主が生きていると言うことはもしや殿下も」

「はい、生きていらっしゃいます」

「そうか……そうか……」


 ヒューゴさんの表情が崩れその瞳から涙が溢れだしてきました。彼の初めての人間らしい姿にミウさんと目を合わせ温かく見守ることにしました。しばらくしてヒューゴさんが服で涙をぬぐい顔を上げました。


「すまんな。この年になると涙もろくていかんのじゃ。して今殿下はどちらに?」

「こちらのワタル様に保護していただいています。この国に戻ってくるわけにもいきませんでしたので」

「ワタルです。エリザベート殿下は安全な場所へ保護しています。おいそれとは手出しが出来ない場所ですのでご安心を」

「ミウから聞いておるだろうがヒューゴじゃ」


 ヒューゴさんが差し出してきた手を握り握手します。年と自分で言う割には力強い手です。官僚の中でも影響力を持っていたと言いますし当たり前なのかもしれませんが。


「ヒューゴ様、なぜあなた様のような方が奴隷なんかに?」

「悪いのじゃがそれは言えんのじゃ。縛られておってな。その他のことについてもかなりの部分で制約がかかっておるのじゃ」


 自分の首輪の部分をトントンとヒューゴさんが叩きます。ヒューゴさんと話せば少しは話が進むのかと思ったのですがさすがにそこまで甘くありませんか。

 仕方がありません。当初の計画通りに動くことにしましょう。


「わかりました。それでは今までの経緯と今後の計画というよりヒューゴさんにしていただきたいことなのですが……」


 ヒューゴさんにミウさんに会って以降の話と今後の計画を話していきます。エリザさんの関係では憤ったりしていたヒューゴさんでしたが、計画のことを話しはじめると冷静にその内容を吟味しているようでした。そして話し終えるとその口がニヤリと持ち上がります。


「なかなか面白い計画じゃの?」

「ええ、殿下のご希望に沿い、そして今後の殿下の進む道を開くものであると考えています」

「ふふっ、そうか。このまま死ぬものと思っていたが今一度殿下の為に働いてみようかの」

「頼りにしています」


 良い顔で笑うヒューゴさんと握手をし、とりあえずの事前準備は出来ました。さあ始めましょうかね。ランドル皇国を丸裸にする計画を。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【世界一長い山脈】


海じゃなくて山だと思われる方が居るかもしれませんが、世界一長い山脈は海底にあります。大洋中央海嶺と呼ばれる海底山脈で大西洋、インド洋南太平洋の中央を走っています。その長さは実に4万キロ。おおよそ地球一周分にもなります。ちなみに地上でもっとも長いアンデス山脈が7千キロですのでその規模の大きさがわかります。

もっとも知る人は圧倒的に少ないのですがね。


***


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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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