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Flag79:ミウさんに打ち明けましょう

 結局ツクニさんとの契約を交わしたり、獣人の方々から軽く話を聞いたりしているうちに辺りは薄暗くなってしまいました。ある程度の方針については話し終えましたので少しはツクニさんも安心できるでしょう。説明は明日に回そうかと思ったのですが流石に自分が何をさせられるのかわからない状態で一晩明かしてもらうというのもあまり好ましくありませんしね。その代わり出来るかどうかと言うプレッシャーを受けていらっしゃったようですがそこは何とか乗り越えていただきたいところです。


 ミウさんと2人で夕暮れに染まる赤レンガの通りを歩いていきます。船に泊まるつもりだったのですがツクニさんの所の片翼の獣人の方、ファンさんとおっしゃるそうですが、が船の番をかって出ていただけましたので久しぶりに陸で宿をとることにしました。

 そう言えばこちらの世界にやって来て初めて陸で宿に泊まるのですね。ルムッテロでは毎回船に戻っていましたし。慣れ親しんだ感のあるルムッテロではなく初めて来たハブルクで泊まることになるとはわからないものですね。


 宿についてはギルドで紹介してもらえましたので問題はないのですが、ミウさんと泊まると考えると少々緊張します。私たちは夫婦と言う設定で動いていますから宿の部屋を2部屋とるわけにもいけませんしね。傍から見れば私とミウさんは30代の夫婦なのですから20までに結婚することが一般的なこの世界では結婚10年以上の夫婦と見られているでしょうし。


 ミウさんと一緒の部屋で過ごすことが嬉しくないかと言えばそんなことはありえないのですが少し落ち着いた今考えてみると迷いが生じてしまいました。


 プロポーズに成功しました。勢いであったことは承知していますがミウさんが好きだという気持ちに嘘はありませんし、それを受けてくれたミウさんも私に好意を持ってくれているとは思います。

 しかし私には隠し事が多く、そしてミウさんには仕えるべきエリザさんと言う存在がいます。現状として私たちが付き合うということは良いことなのか……いえ、これは逃げですね。私自身怖いのです。この世界に来てから常に頭の片隅で考え続けていたことが。それをミウさんに言ってしまうことで何もかもが変わってしまうのではないかと言うことが。

 思考の海に飲み込まれそうになっていた私を、組まれていた手を少し引き、包み込むような温かさを与えてくれたミウさんが引き上げます。


「旦那様、考え事ですか?」

「いえ……違いますね。はい、考え事をしていました。すみません」

「あまり一人で考え込まないでください。私で良ければ相談に乗りますから」

「ありがとうございます」


 心配そうに私を見つめるミウさんに申し訳なく思いながら返事を濁します。聡明なミウさんならなにがしか気づいていてもおかしくありません。少なくとも私が何か隠していることには気づいているでしょう。それでもなお受け入れてくださった彼女には感謝しかないのですが……


 だからこそ私は言えるのでしょうか。私は本当に人間なのかわからないということなど。


 今まで生活してきて若返った以外は身体的な違和感は覚えていません。若返ったことによる意識のずれを感じることはありますがそれにしても許容範囲です。

 しかし話すことのできるはずのない言葉を話し、そして聞き取ることが出来ます。知らないはずの文字を読むことが出来ます。ローレライの歌を聞いても美しいとは感じますが魅了され海に飛び込んでしまうようなことはありません。普通の人間であるのならばありえないことが実際に私にはありえているのです。


 これが普通の人間と言えるのでしょうか。


 このことを隠したまま結婚するなど私には出来ません。それはあまりにミウさんのことをないがしろにしています。ならば話すべき。それは理解しています。しかし……。

 駄目ですね。考えがまとまりません。このままではミウさんをただ不安にさせるだけです。せっかくのプロポーズ後の初めての二人っきりの食事なのです。その間だけはそれを全力で楽しみましょう。

 ミウさんと目が合います。腕に伝わるぬくもりを感じます。その微笑みに心奪われます。今この時を、この気持ちを覚えておきましょう。その先にどんな未来が待っていても後悔しないように。





 ギルドで紹介していただいた宿はこのハブルクの町で2番目に立派な宿と言うことで施設、従業員ともに質が高く、食事も部屋まで運んできていただけるなど贅を尽くしています。まあ味は調味料などの関係もあってそこまで驚くほどの物ではありませんでしたが材料に差があるにも関わらず十分に美味しいと思える料理を提供できるという事はこの店の料理人の方がかなりの腕前をしているという事です。この宿を選んで正解でしたね。


 ミウさんも満足していただけたようで穏やかに食事を楽しむことが出来ました。そして食事を終え、食器も片づけられて部屋の中が2人きりになります。先ほどまでとなんら変わらないはずなのですが緊張感が高まったように感じてしまうのは私がこういったことに慣れていないせいでしょうか。私だけでなくミウさんも緊張しているように見えます。年上としてリードできるだけの余裕があれば良かったのですが。


「ミウさん」

「は、はい」

「ええっと……そうですね。キゴーリ奴隷商会で買った初老の男性についてお聞きしたいのですが」


 ミウさんのあからさまに緊張している返事を聞いて、思わず逃げてしまいました。別に今話さなくても良いことなのに。しかしミウさんもほっとしているところを見るとこの話題で正解だったのかもしれません。


「あの方はヒューゴ様です。昔は殿下の家庭教師をしていらっしゃいました。皇都の官僚の中で数少ない殿下の信望者でもあります」

「という事はやはり……」

「はい、濡れ衣を着せられたのでしょう。ヒューゴ様は清廉潔白な方として有名でしたし実際私もそう思っています。それなりに影響力もある方のはずなのですがヒューゴ様まで奴隷になっているところを見るとあらかたの殿下の信望者の排除は終わっているとみて良いと思います」

「徹底していますね。敵ながら見事と言わざるを得ません」


 ミウさんも首を縦に振り同意しています。

 エリザさんの影響力を徹底的に排除し、その代わりに自分の後援者へとすげ替えて勢力を伸ばしているのでしょう。旗頭であったエリザさんが行方不明と言うよりは死んでしまったと思われている状況では有効な手です。この状況ではエリザさんが国へ帰るなど夢のまた夢ですね。


 その後ツクニさんの店の今後の話などをし、お互いに少し落ち着いてきました。仕事の話をしている方が落ち着くなどどうかと思いますが私とミウさんにとってはまぎれもない事実なのですよね。ワーカホリックとまではいきませんがお互いにそれ気味かもしれません。

 仕事の話をしながらも頭の中ではどう告白すべきかを考えていました。今日一日を思い返してみてもミウさんと一緒にいたいと言う気持ちが強まるばかりです。私にとって大切な人。だから……だから全てを告白しましょう。それが私に出来るミウさんへの愛の証明なのですから。


「ミウさん。少し真剣な話があります」

「はい」


 私の表情につられたのかミウさんが居住まいを正します。


「私の秘密に関してです」

「っ!?」


 いきなりその話をされるとは思っていなかったのか驚きの表情をするミウさんを優しく見守ります。そして一言一句漏れのないように秘密を話していきます。

 別の世界で生まれて育ったこと、フォーレッドオーシャン号へ乗ったまま死んだはずであること、実際の年齢は60過ぎでありなぜか若返ったこと、言語がわかるなどの不可思議な状況、そして本当に人間なのか自分でも自信がないという事を。

 ミウさんは何も言わずただうなずいて聞いてくださいました。荒唐無稽な話とも捉えられかねない私の言葉を馬鹿にするでも呆れるでもなく真摯に聞いてくださるのです。それだけで、本当に話してよかったと思えるような時間でした。


「以上が私の秘密になります。このような重大なことを秘密にしたままプロポーズをしてしまい申し訳ありませんでした。気が変わって断ると言われても仕方がないと思っています」

「……」


 頭を下げます。そんな私の姿をミウさんは黙って見つめていました。そしてしばらく考えをまとめるように目を閉じ、そして柔らかく微笑みました。


「秘密を教えていただきありがとうございます。ワタルさんの話を聞いてどこかちぐはぐだった印象が繋がりました」


 どこかすっきりした顔をしているミウさんの言葉を待ちます。


「プロポーズを断る気はありません。でも……」

「でも?」

「私もワタルさんが悩んでいる姿を見て自分のことを改めて考えていたんです。今この状況でワタルさんのプロポーズを受けるべきだったのかと。私も迷いました。殿下には返せないほどの恩があります。私が結婚すると知れば優しい殿下は厄介ごとの多い自分から離れるようにと言うでしょう。それは私の本意ではありません」


 ミウさんの言葉にうなずきます。確かにエリザさんならばそうするでしょう。自分より他人の幸せを願うことの出来る優しい方ですから。


「だから殿下の件が片付いたらもう一度プロポーズしてください。それまでは清いお付き合いという事にしましょう」

「よろしいのですか。何年かかるかわかりませんよ」

「私ももう30を過ぎていますし、世間一般からすれば行き遅れと言われる年齢です。今更何年かかろうが気にしません」


 そう言って笑うミウさんの綺麗な笑顔に誓います。


「それではなるべく早くエリザさんの厄介ごとを片付けることにしませんとね」

「ええ、一緒に頑張りましょう」


 この愛しい人との幸せな時間が早く来るように打てる手をすべて打ちましょう。隠れ蓑も出来ましたし自重はどこかに置いておきましょう。私の全ての経験と知識、そしてフォーレッドオーシャン号のアドバンテージを使えばこの難局も乗り切れるはずです。さあどんな計画を進めましょうか……


 チュッ


 回り始めていた頭が一挙に真っ白になりました。顔を上げると頬を赤く染めながらイタズラが成功した子供のように笑うミウさんがいました。


「今日という日を忘れないための記念です」

「一生忘れることはありませんよ」


 立ち上がった私は、そっと目を閉じたミウさんと軽い口づけを交わすのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【ロイズ】


チョコレートのメーカーではなく船舶にかける損害保険の大元締めのようなイギリスの保険組合のことです。

このロイズですが元々はエドワード・ロイド氏が開いたロイズ・コーヒー・ハウスと言う喫茶店でした。このロイズ氏が海運関係の情報を熱心に集めて提供していたため海運業者や保険業者が店を訪れるようになり繁盛し、やがて店内が海運や保険の取引の場へと変わっていったというのが始まりです。


***


ブクマいただきました。ありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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