Flag78:ツクニさんと契約しましょう
「おや、こちらの方は?」
「私がお金を借りているボーロさんです。こんなところをお見せしてしまいお恥ずかしい次第です」
「ほう、ツクニさんはお金を借りていらっしゃるのですか。まあ商人たるものそういう危機の1つや2つ乗り越えてこそですしね。それでいくら借りていらっしゃるのですか?」
「おい、よそ者が勝手な口を出すんじゃねえ!」
口から唾を飛ばして大男が威嚇してきます。ふぅ、暴力的に威嚇するだけなら子供でも出来ます。彼が私に暴力を振るえるわけがないですしね。私と彼の間には何の関係もなく、そして彼には私がどんな立場なのかわからないのですから。下手に手を出して虎の尾を踏むような危険を犯すはずがありません。せいぜい怒鳴りつけるとか物に当たるくらいでしょう。それさえ理解していれば怖くはありません。むしろ一発殴られた方が簡単にかたがつくかもしれませんがね。
怒鳴る彼に一歩近づきその顔をじっと見つめます。
「私とツクニさんの商談を邪魔した。あなたも商人に仕えるのであればそれがどの程度の損失か知りなさい。私としてはさっさと面倒ごとを終わらせて商談に戻りたいのですよ」
「ぐっ!」
「それでいくらですか?」
「100万スオンです」
「違う、今は利息が付いて180万スオンだ! ここに契約書もある」
「ほうほう、それでは少々拝見」
「あっ……」
大男が取り出した契約書をそのまま受け取ります。いや、手間が省けました。ツクニさんに持ってきてもらおうかと思っていたのですが。
契約内容を読みつつそのあまりのずさんな契約にため息が出てしまいます。ツクニさんも良くこの契約書で金を借りようと思ったものです。奴隷商会ですし契約事務は慣れているでしょうに。
「ふむ、計算が間違っていますね。今日の日付で考えると契約書の利率で計算すればおよそ146万スオンのはずです。概算ですので正式に計算すればもう少し下がるでしょうが」
「約束の期限を破った違約金だ!」
「契約書にはそんな文言は一言も書いていませんよ。それにミウ、確かこの国はお金を貸す時に利率を制限しているのではなかったかな」
「はい。ギルドの方にお聞きしましたが確か年間に借りた金額の50%まででしたね。私たちが店を出す時の融資先を探す時にお聞きしましたから覚えています」
「……契約書を書き間違えてしまったようですね」
ここまで黙っていたボーロが笑みを浮かべながらこちらに向かって頭を下げてきました。その笑みの後ろが透けて見えていますが、まあいいでしょう。
「おや、それは大変ですね。契約を結びなおす必要があります。年利50%で計算すれば利息を含めて112万スオンほどでしょうか」
「そうですな。しかし期限がもう切れてしまっていますので全額即金で払っていただきましょう」
「そんな、ボーロさん!」
「利息分が減ったのですから払えるでしょう? 払えないのであれば何か別の物をいただくしかありませんよ」
ボーロのそんな言葉にツクニさんが絶望したような顔をしています。ゆっくりと首を絞めるのが無理そうになったので一気に締めに来たわけですか。
2人がにやけた顔でこちらを見ています。その視線の向かう先を見れば何を欲しているかは一目瞭然なわけですが、ふむ、どうして欲しいのでしょうかね。
しかしこの2人は私が言ったことを覚えていないのでしょうか。私は商談をしていたといったはずなのですがね。いや、この店ならその規模の取引はないと考えているのでしょうか。まあ現状を考えればそうなのかもしれませんね。
「たった112万スオンですか。ではこちらの商談がまとまれば今日中に支払うことができそうですね。あぁ、とりあえず手付金としてその金額は私が払っておきましょう。お釣りは必要ありませんよ」
「ワタルさん?」
「よろしいですね、ツクニさん」
余計なことを言いそうなツクニさんを笑みを浮かべながら見つめて黙らせます。コクコクと頭を縦に振っていましたのでその辺りの空気は読んでいただけて幸いでした。
大男のにやけていた顔は茹でたタコのように赤く染まり、ボーロの顔は真顔に戻っています。何でしょうね。ここまでわかりやす過ぎるとシュールな冗談にも思えてきます。金貸しなので普段相手にしているのが貸しのある相手だけしかいないせいでしょうか。自分たちの思い通りにいかないことがなかったのかもしれません。
財布から12枚の金貨を取り出し、10枚の大金貨の入った袋へと入れて2人へと差し出します。2人は受け取りもせずただそれを見つめていました。
「おいてめぇ、横からいきなりしゃしゃり出て俺たちの邪魔してんじゃねえよ!」
「おや、邪魔をしましたか。それは失礼しました。しかし私は適正に取引をしただけにすぎませんよ。現状あなたたちも損はしていないのです。この程度で満足されてはいかがですか?」
「なんだと!」
「やめなさい。この程度で満足しておきましょう。今回は我々に運がなかったとしておきます。ワタルさんでしたかね。店を出すにあたってお金が入用であれば私のところでどうぞ。適正な利率でお貸しいたしますよ」
「あぁ、それは助かりますね。機会があればお願いいたします」
ボーロが私の手から大金貨と金貨の入った袋を受け取り大男へと渡します。大男が困惑しながら枚数を数える姿に笑いそうになってしまうのを我慢するのが大変でした。そして金額に誤りがないことを確認した2人が帰っていきます。
ふぅ、とりあえずはこれで一安心と言ったところでしょうか。
「あの、ありがとうございました」
「アリガトウ」
「いえ、獣人の方々にもお願いされましたし、ちゃんと契約も結んでいただきますので大丈夫ですよ」
ぺこぺこと頭を下げていたツクニさんとリエンさんへと笑いながら応えます。
「お金は絶対に返します。申し訳ないのですがしばらく期限を待っていただければ……」
「うーん、ツクニさん。具体的な返済のビジョンが無ければその言葉は言わない方が良いですよ。相手に失礼ですし」
「はい、すみません」
少し注意しただけなのですが青菜に塩をかけたようにツクニさんがしゅんとしてしまいました。その様子にミウさんと2人で苦笑します。
「とりあえず先ほどの部屋へ戻りましょう。獣人の皆さんも心配されているでしょうから」
4人で部屋へと戻ります。落ち込むツクニさんをたどたどしい言葉でリエンさんが励ましていますね。何というか生粋の商人であるはずのツクニさんより最近商人のまねごとをするようになったマインさんの方がよほど商人らしい気がしてきますね。
私たちが先に部屋へと入り、続いてツクニさんとリエンさんが入ってくると子供たちが2人のところへと飛び込んでいきました。そんな子供たちをツクニさんが優しい顔で受け止め抱きしめています。子供たちの中には泣いている子もいました。この子たちの笑顔を守れただけでも十分に価値はありますね。
先ほどの片翼の獣人の方の視線が私に向いていましたのでコクリとうなずいて返します。彼の口が皮肉気に片側だけ上がりました。本当に愛されていますね、ツクニさんは。この才能は別のところで生かすことが出来るかもしれません。
しばらくして獣人の方々もツクニさんも落ち着いたので椅子に座り話し合いをすることにしました。
「それで契約とは何でしょうか? こちらが言えた義理ではないことは重々承知しているのですがあまり無理なことは……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ツクニさんには今まで通り出戻り奴隷を買っていただきたいだけですから。資金もお渡ししますので積極的に買っていただければありがたいですね」
「それに何の意味があるのですか?」
「出戻った奴隷の方がどんな仕事をし、どんな扱いを受け、どう感じたのか。それを知りたいと思っています。私たちの国では奴隷と言うものが存在しませんでしたからそれを国に伝えたいのです。私たちの国は遠い島国なのですが他国と交流がありません。だからそう言った情報は高く売れるのです」
「はぁ、そうなのですか」
あまり良くわかっていないのか生返事を返してくるツクニさんの姿に苦笑します。まあ理由は今適当に考えたものですので突っ込まれなくて助かりましたが。
自分たちの目的以外にも証言を集めるという事の意味は後々出てくると思うのですが、まあそれは遠い未来の話でしょうし特に伝える意味はないでしょう。
「コドモモ ダイジョブ?」
「はい。もちろんです。見殺しにするのはさすがに忍びないですから」
リエンさんがほっと胸を撫で下ろしました。あっ、そうそう。もう少しお願いしたいこともありましたね。
「あとこれはあくまでお願いなのですが、おそらく商品にならないと思われてしまった獣人の方が港で処分されていました。どうにかすることが出来ると思いますか?」
「そうですね。私がどんな奴隷でも買うと言えば大丈夫だと思います。病気の奴隷は町に入れませんので救うことは難しいですが。遺体の処分費も払っているらしいですし相手に損はないですからたぶん。でもそれだけ集めてもこの場所では限界があります」
ツクニさんが残念そうに顔を曇らせます。確かにツクニさんの店は奴隷商会の中でも最も小さいですし、今の人数でもギリギリといったところかもしれません。
「廃業した奴隷商会の建物を買うもしくは土地を買うか借りるかは可能そうですか?」
「お金があれば……」
「わかりました。後で物件と金額を確認しに行きましょう」
「えっ、あっ、はい」
話の流れの速さにツクニさんが追いついていけていない気がしますがこのまま進めましょう。放置すれば先ほどの二の舞になるのは明らかです。ツクニさんは一定の指針を与えられたうえで働いた方が良い方のようですからね。
「あっ、そうそう。いつまでも私がお金を出すわけにもいきませんのでツクニさんにも奴隷商会以外の商売を始めてもらいます。他の港にも奴隷商会を出していただきたいですし。まあそれらは後で話すとして……」
ツクニさんの目がぐるぐると回り始めてしまいました。完全にキャパシティーを超えてしまったようですね。これはしばらく指導が必要そうです。優秀な補佐をつけたいところですが確保するのなら奴隷でしょうか。お金足りますかね?まあそれは後で考えますか。なければ稼げば良いのですし。
「とりあえず契約を結びましょうか?」
契約上の注意点などを説明しつつ、私とツクニさんは相互に利のある契約を結んだのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【船台とスロープとドック】
陸上で船を造る場所を船台と呼びますが大別すると水面に向かってしつらえたスロープか地面を掘りぬいて作ったドックの2種類になります。
どちらを使うかの目安としては数万トン程度の船まではスロープを使って作られることが多く、それ以上の大型船はドックで作られるのが一般的です。
ちなみにスロープはおおよそ1000メートルの距離で50メートルの高さになる角度になっています。違う場所ももちろんあるとは思いますが。
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