Flag77:ツクニさんを助けましょう
リエンさんがツクニさんのところへと慌てて走っていきます。そして不安そうな顔をしているツクニさんを励ますようにその手をぎゅっと握りました。ツクニさんはリエンさんの顔を愛おしそうに見つめると、覚悟を決めたのか部屋の扉に向かって歩いていきました。そして部屋を出る直前にこちらを振り返ります。
「すみません。厄介ごとがありますので失礼させていただきます。この部屋に留まっていただいても結構ですし、この部屋を出て右の通路の奥に裏口もありますのでそちらから帰っていただいても構いません」
「そうですか。自由にして良いという理解で良いですね」
「はい。こんなことになってしまい申し訳ありません。この大銀貨はお返し……」
「いえ、そちらはもう差し上げたものですのでお持ちください。彼女とは十分に話すことが出来ましたから」
「……ありがとうございます。それでは」
それだけを言い残しツクニさんとリエンさんは部屋から出ていきました。残されたのは私とミウさん、そして獣人の方々のみです。こちらに視線が集中しているのを感じます。普通の神経ならこの部屋に留まるという事はないでしょうね。ツクニさんにとってはこの部屋は居心地が良いので気が付いていないのかもしれませんが。
「どうするのですか、旦那様」
「ミウさん。わかっていて聞いているでしょう? 私たちの目的からすれば今の状況は食堂を開くことなんかよりもよほど良い機会です。それにツクニさんには自由にして良いと言われましたからね。自由にさせてもらいますよ」
ふふっと笑うミウさんから視線を外し獣人の方々へと向き直ります。ツクニさんがいなくなったことでさらに警戒されているようで子供たちが壁際の大人の獣人奴隷の方々の方へと逃げて行ってしまいました。まあ視線を巡らせる範囲が狭くなって良かったと思いましょう。あちらの視線も集まっていますしね。
「さて、皆さん。ツクニさんを救いたいですか?」
獣人の方々全員に語り掛けるつもりで言葉を発します。全員が驚きに目を見開いているところを見ると意味は通じているようですね。さて今の私の声はどの種族の声として聞こえているのでしょうか。それぞれの種族、それともどこか1つの種族でしょうか。少し興味が引かれる命題ではありますが、現状では意味が通じているという目的は果たしていますのでとりあえず横に置いておきましょう。
「お前には救えると言うのか?」
獣人たちの先頭で皆をかばうように立っていた鳥の羽を持った獣人の方が鋭い視線で私を貫きます。彼の片翼は無く、その腕には無数の傷跡が残っていました。
「確証はありません。でも手助けは出来るでしょう。うまくいけばすべての問題が解決するかもしれません」
「何が望みだ。商人が無償で誰かを助けるなど無いだろう。何を企んでいる?」
ふむ、読みは鋭いようですね。しかしそれを直接相手に聞いてしまうと言う素直さは利点と言うべきか欠点と言うべきか迷うところです。まあ別に隠すつもりもありませんし話が早く進みそうですので今回はラッキーだったと思っておきましょう。
「企んではいませんよ。私の望みとしてはツクニさんに奴隷商人として立ち直っていただきあなたたちのような出戻り奴隷を集めてほしいのです。そして少しお話をさせていただきたいだけですね。もし望まれるのであればこの国から連れ出すことも出来ますよ」
「その言葉に二言はないな」
「ええ、商人としても獣人の友人を持つ者としても誓いましょう」
「……いいだろう。もしツクニを助けてくれるのならばいくらでも話をしてやる」
その言葉に後ろの獣人の奴隷の方々もうなずいています。意見は一致していると考えて良さそうです。まあただ話を聞くだけでデメリットのない取引ですからね。私たちにとっては話を聞くことが最大のメリットなのですが。
人の好いツクニさんをこのまま見殺しにするのも心苦しいですしね。
「それではちょっと行ってきますね」
「あの……」
振り返り部屋を出ていこうとしたところで声をかけられました。元に戻り視線を少し下へと下げます。6歳ぐらいの猫耳の少女がこちらをうるうるとした目で見つめていました。
「ツクニおじちゃんを助けてあげて」
「僕もお願いします」
「俺も」
「私も」
次々に子供たちが大人たちの背から飛び出し懇願してきます。その純粋な視線の力は私のやる気を奮い立たせるのに十分なものでした。腰を下ろして膝をつき、目線を合わせます。
「大丈夫。ツクニさんは絶対に助けます。だから良い子で待っていてくださいね」
子供たちがうなずいたのを見て笑い、手を振って部屋を去ります。これだけされて失敗したでは格好がつきませんね。
ミウさんを見ると彼女もやる気になっているようです。ハイ君とホアちゃんの面倒も見ていましたしそれを思い出しているのかもしれません。言葉など通じなくてもあの純真な瞳は人を動かす力がありましたから。
「行きましょうか、ミウさん」
「はい、ワタルさん」
私たちは争うような物音の聞こえるホールへと向かって歩き始めました。その腕をしっかりと組ませながら。
ホールではツクニさんと見覚えのない男2人組が言い争っていました。がたいの良い大男が脅すように大声を張り上げ、それをなだめる様に中年の小男が立ちまわっています。ふふっ、あまりにわかりやす過ぎて笑ってしまいますね。しかし効果的と言えば効果的な手法ですし、特にツクニさんのように優しい方には。
「だからもう約束の期限から10日も過ぎているって言ってるだろうが!」
「それはそうですが前回来た時に支払いは1か月後で良いと……」
「それは借りた金の話だろうが。利息ってもんがあるんだよ。わかってんだろ!」
「まあまあ。そんなに責めても支払いが出来るわけでもないしね。そうだよね、ツクニ君」
「はい……」
完全に流れに乗せられていますね。リエンさんがもう少し話が出来れば少しは展開が変わったかもしれませんが。うーん、奴隷の発言権はどの程度なのでしょうか。やはり実際に接してみると色々と疑問が沸き上がってきますね。現場と言うのは良いものです。
っとと。そんなことを考えている時ではありませんでしたね。
「どうだろう。ツクニ君。今借りているお金と利息を含めた金額で借りなおすと言うのは。そうすれば支払いの期限も伸びるし、ちょっと余分に借りれば余裕も出来るのではないかい?」
「しかし……」
「しかしじゃねえだろ。せっかくボーロさんがここまで言ってくれているのに断るってのか! 破格の条件だぞ!」
ふむ、回収可能性が極めて低いのを理解しているのにも関わらずさらに金を貸すと言うのですか。という事はお金とは別の何かが欲しいという事ですね。それを知りたいところですがそこまでツクニさんがもつかどうか……
「わかり……」
「あぁ、ツクニさん。ここにいらっしゃいましたか。探しましたよ」
「ワタルさん、どうしてここに!?」
声をかけつつ驚いているツクニさんへと近寄っていきます。金貸しの男2人から誰だこいつはと言う顔で見られていますが華麗にスルーします。
しかし想像以上にもちませんでしたね。あのまま返事をされては面倒になるところだったかもしれません。間一髪と言ったところでしょうか。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【船の医務室】
今では大型の客船などには必ずついていると言っても過言ではない医務室ですがその歴史はあまり長くはありません。というより航海中の病気の問題が18世紀の末ごろまではあまり深刻に捉えられていなかったようです。
ちなみにイギリスの海軍で医務室の設置が義務付けられたのは1800年からです。まあ海軍ですから医務室の中に砲台があったりするんですけれどね。
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