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Flag7:歌を歌いましょう

 アル君の家族三人を料理でもてなすことはうまくいったのですが、現在私は非常に困っています。

 というのも……


「聞いているのか、ワタル殿? 俺はな、一族の族長としてアルシェルの見本となるべく頑張っていたんだ。しかしあの子はいつの間にか俺のことを親父なんて呼ぶように……」

「ウフフフフフフ」


 食事が終わる頃までは普通だったのです。だからこそ私もこんなことになるとは全く想定していませんでした。せっかくの機会なので赤ワインもなどと考えたのが間違いの元だったのでしょう。今となっては後の祭りですが。

 しばらくは普通に飲んでいたお二人でしたがやがてリリアンナさんは何を言っても笑うようになってしまい、ガイストさんは座った目をしながら一方的に私に愚痴を言い続けるようになってしまいました。笑い上戸に絡み酒ですね。

 この状況で頼みになりそうなアル君は食後のお昼寝の真っ最中です。援軍はどこにもいません。


「だからな、俺は立派な父として大きな背中を見せてきたつもりなのだ。聞いているのか、ワタル殿!!」

「はい。ちゃんと聞いていますよ。素晴らしい父親ですね」

「そうなのだ。俺は他の奴らとは比べ物にならないくらい……」

「ウフフフフ」


 そう大した量は飲んでいないと思うのですが、次の機会があれば注意しましょう。

 それにしてもガイストさんの愚痴のほぼすべてがアル君が自分に懷いてくれない事への不満です。何度も同じことを聞かされて辟易としてしまいますが、少し可哀想でもあります。後でアル君にこっそりとガイストさんに優しくするように言っておきましょうかね。


 一時間ほど経ち、アル君がゆっくりと目を開けました。そしてキョロキョロと周りを見回し、そして少しやつれた私へと目を向けます。


「なんで親父も母さんも寝てるんだ?」

「若さゆえの過ちとでも言いましょうか?」

「んっ?」


 アル君がよくわからないといった顔で首をかしげています。若さゆえの過ちというよりは経験の少なさから来るお酒の飲みすぎですかね。

 考えてみればローレライの方々は海の中で住んでいるのですからお酒を飲む機会などほぼあるはずないのですよね。それに気付かなかった私の失点です。


「まあいいや。それじゃあ母さんたちが起きるまでどうすっかな?」


 暇を持て余したらしいアル君の言葉にピンとひらめきます。考えていたことをお願いする良い機会かもしれません。


「アル君。少しお願いしたいことがあるのですが」

「何だ?」

「ローレライの方々は歌が得意ですよね」

「得意っていうか……まあそうだな。歌うのは好きだぞ」


 なぜか微妙な顔をされてしまいましたが、歌うのが好きなら問題はなさそうです。以前聞いた歌声は素晴らしいものでしたから実力は疑う余地もありませんし。


「もしよろしければ音楽に合わせて歌ってはいただけませんか? 音楽に合わせればさらにすばらしいものになると思うのです」

「お、おう。別にいいぞ。おっちゃんには世話になってるし」


 若干アル君が引き気味であることが気になりますが肯定的な返事がもらえたことに心の中でガッツポーズします。さてどの曲にしましょうか? やはり最初はあの曲でしょうかね? 胸が躍ります。


「では早速行きましょうか」

「今すぐか? って言うか抱っこするなって……はぁ、もういいよ」


 さすがにここで音楽をかけては寝ているお二人の邪魔になってしまいますから船内へと案内するべくアル君を抱き上げます。アル君にとって船上の移動は大変ですしね。

 少し抗議の声が上がりましたが聞こえないふりをしてあえて無視します。これからもこういうことがあるかもしれませんしね。


 アル君を二階のリビングのソファーへと座らせ、ハードディスクに内蔵された曲の一覧から目当ての曲を選択し、アル君の隣へと座ります。

 とても弱々しい音から始まる神秘的な導入。まるで日が昇るのに合わせて打ち寄せるさざ波のような旋律が広がります。


 ドビュッシーの交響詩 「海」


 当時としては型破りな曲であり、賛否両論であったこの曲こそ前回ローレライの歌を聴いた私が最初にイメージした曲でした。

 まだ薄暗い中をさざめく波の音。そして日が昇るに連れて広がる雄大な海、そして寄せては返し、そして儚くも消え去っていく波を表したかのように響く音たち。そして強風にさらされ荒れ狂う波のごとくうねるオーケストラの演奏が私の心をさらって行くのです。

 ふと横目でアル君を見れば、目を閉じ、音楽に耳を傾けながら体を揺らして音をとっています。その表情はとても穏やかです。

 そして旋律は終わりを告げ、静寂が戻ってきます。

 アル君がゆっくりと、本当にゆっくりとそのまぶたを上げました。


「すごいな。これ」

「はい、私のお気に入りの一曲です」


 アル君はそれだけ言うと再び目を閉じ、思い出すようにして小さな声でメロディを口ずさんでいます。とても小さく、下手をすれば聞き逃してしまいそうなその音はとても美しく、まるで曲に合わせて既に作られていたかのようにしっくりと合っていました。

 身動きしないようにじっとして、その旋律に聞き惚れます。もっと聞いていたい、そう思わせる何かがそこにはありました。

 そして自分自身に確かめるように歌い終えたアル君がじっと私を見ます。ええ、わかっていますよ。

 私は立ち上がり、再び音楽を再生させます。静かに曲が始まり、それに合わせてアル君の息を吸う音が聞こえ、そしてその口から美しい旋律が流れ始めました。


 あぁ。


 私の目から思わず涙が流れ出します。なんと素晴らしいのでしょう。曲に合わせ、高らかに歌い上げるアル君の姿は正に海の申し子。

 先程までの食事を食べて昼寝をしていた姿が嘘のようなその神秘的な姿に私の目は離せなくなってしまいました。涙を拭くことさえ出来ません。ただただ今はこの音楽と歌声の波をたゆたっていたい。それ以外を考えることなど出来るはずがないのです。


 そうして続く至福の時間も永遠に続くわけではありません。名残惜しくも曲は終わりを告げ、そして歌も同時に終わりを告げました。そしてアル君が楽しげな顔で私を見たと思うと一気に顔色を変え慌てています。


「どうして泣いてるんだよ、おっちゃん!」

「あぁ、すみません。あまりにも素晴らしかったので」


 ポケットチーフで涙を拭き、ニコリと笑い返せばアル君がほっとした表情で胸をなでおろしています。そして私の言った言葉の意味を理解したのか恥ずかしそうに頬を赤く染めていきました。


「すごいですね、アル君は」

「ま、まあな。それに歌いやすかったし。初めて音楽に合わせて歌ったけど楽しいな、これ」

「気に入って貰えて何よりです。たまにこうして歌っていただいてもよろしいですか? もちろんアル君の都合がよければですが」


 アル君は少し考えるような仕草をしましたが、それは一瞬でした。そしてどちらかといえば伺うような上目遣いで私を見ます。


「歌えば料理作ってくれるか?」

「そのくらいでいいならいつでも大丈夫ですよ」

「やった! やるやる。いつでも歌ってやるぜ」


 飛び跳ねるように喜ぶ姿はとても子供らしく、先程までの神秘的な雰囲気など微塵も感じさせないその姿に私はこっそりと苦笑するのでした。


 今すぐにでも歌うというアル君を落ち着かせるために、冷凍庫からみかんを取り出し、ミキサーに入れてスムージーにしてアル君に渡します。

 歌いましたし、気温も高いのでちょうど良いでしょう。


「うおっ、冷たっ! でもうまい!」


 ごくごくと一気に飲み干そうとしているアル君を横に洗い物を済ませます。特に油汚れは普通に洗うと大量に水を使ってしまいますのできっちりと油を吸わせてからですがね。

 洗い物を一通り終え、ソファーでくつろぎながら鼻歌を歌っているご機嫌なアル君の元へ向かおうとし、そういえばアル君に聞かなければいけないことがあることを思い出しました。ポケットを探り、ハンカチの中にしっかりとモノがあることを確認します。


「アル君、ひとつお聞きしたいことが」

「なんだ?」

「これはアル君の忘れ物ですか? 掃除していたら見つけたのですが」


 ポケットからハンカチを取り出し、それを開いて昨日拾った3つの玉をアル君に差し出します。

 アル君は興味深そうにハンカチを覗き、それを見た途端みるみる顔を赤くしてその3つの玉を奪い取るように掴むと私から見えないように背に隠します。よっぽど大事なものだったのでしょう。申し訳ないことをしました。


「おっちゃん、見たのか?」

「すみません、私が拾いましたので見てないとは言えません」

「そっか、そうだよな。あー、うー」


 頭を抱えて悩み出してしまうアル君に掛ける言葉が見つかりません。あの玉がどのようなものなのか知っていれば対応のとりようもあったのでしょうが、寡聞にして知りません。

 しかしアル君の様子から察するにあまり人に見られて良いもののようではありませんね。しかし見てしまったものは仕方がありませんのでアル君の判断を待ちましょう。

 そうして待っていると、しばらく悩んでいたアル君が顔を上げ、ちょっと目をそらしながら先ほど玉を掴んだ手を私の方へと差し出してきました。


「おっちゃんにやる」

「よろしいのですか? 何かは知りませんがとても大事なもののように見受けられましたが?」

「いいんだよ。俺がやるって言ったんだし。だけど誰にも内緒だぞ。親父や母さんにも言うなよ」


 ぐっと腕を突き出し、無理矢理にでも渡そうとするアル君に対してこれ以上断るのも野暮というものでしょう。アル君から受け取ったその玉を大切にハンカチに包み再びポケットへと仕舞います。後で自室の小物入れに隠してしまいましょう。


「ありがとうございます」

「おう、大切にしろよ」

「もちろんです」


 そう言って笑いかければ、アル君も一瞬笑いかけ、そして急にそっぽを向いて私と視線を合わせないようにしました。素直になれない年頃というやつなのでしょうか?

 それにしても思わぬ形ですが贈り物をもらってしまいました。なにかお返しを考えなくてはいけませんね。何が良いでしょう? 一番喜びそうなのは料理なのですが、さすがに料理でお返しするというのも何か違う気がしますしね。


「困りましたね」

「何がだ?」


 おっと、口には出していないつもりだったのですが癖で出てしまったようです。しばらく一人だったのでついてしまった変な癖ですがこれは直さないとダメですね。


「いえ、良い物を頂きましたので、なにかお返しをせねばと思ったのですが……アル君、なにか必要なものはありますか? こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが」

「必要なもの、必要なものか……」


 アル君はしばらく目を閉じて考え込んでいましたが、突然飛び跳ねるように私へと詰め寄ってきました。その顔はとても嬉しそうです。なにか思いついたようですね。私に用意出来る物だと良いのですが。


「じゃあおっちゃん。母さんに料理を教えてくれよ」

「そんなことでよろしいのですか?」

「そんなことって言うなよ。食事は大事だろ!」

「そうですね。失礼しました。もちろん問題ありませんよ。リリアンナさんが希望されればお教えしましょう。私も料理人というわけではありませんのである程度になってしまいますが」

「大丈夫だって。おっちゃんの料理はうまいし。母さんもうまいものを食べるのが好きだから絶対に料理を習いたいって言うはずだ」


 そういうことでしたら、とアル君に了承の意を示すとガッツポーズまでして喜んでいました。

 私の素人料理を気に入って貰えて嬉しいのですが、それをリリアンナさんに教えなくてはいけないので責任重大です。まあアル君は嬉しそうですのでとりあえず出来る限りのことはやってみましょうか。

 リリアンナさんにどんなふうに教えようか考えながら、ガイストさんとリリアンナさんが目覚めるまでアル君とゆったり過ごすのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【ドビュッシーの海】


本編に登場した「海」と言う曲ですが実はドビュッシーが妻を捨て不倫、駆け落ちした後に書かれた曲だったりします。そんなスキャンダルの後ですからこの海の初演は演奏するオーケストラ団員に嫌われ、良い演奏とは言えず、悪い評価もあったようです。自業自得とも言えますが。

ちなみに1905年に発売されたスコアの表紙は葛飾北斎の冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」だったりします。


***


お読みいただきありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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