Flag75:奴隷商会へ向かいましょう
思わぬところでミウさんにプロポーズしてしまい、そしてそれがなぜか成功してしまいました。自分自身まだ信じられないせいか現実味がありません。というか何を私はするつもりだったでしょうかね。
空回りする頭をどうにかしないといけないのですがその方法がわかりません。
「旦那様、道の真ん中で立ち止まるのは邪魔になると思いますよ」
「えっ、あぁ。そうですね」
ミウさんに手を引かれて道端へと歩きます。繋がれた手のぬくもりが気恥ずかしく、再び思考の渦へと飛び込んでいきそうになります。しかしさすがにこれ以上の醜態を見せるわけにもいきません。
深呼吸をして脳へと酸素を送ります。少し間をとったこともあり頭が冷えてきました。
「ありがとうございました。少し頭が冷えました」
「どういたしまして」
ほんのりと赤いミウさんの顔に視線を奪われそうになりながらなんとか心を落ち着けます。プロポーズを受け入れてくださったからと言ってその直後に失望されるなんて言うことは遠慮したいですしね。
「ええっと色々と言いたいこと、聞きたいことはあるのですがまずは奴隷商会に向かいつつ散策を続けましょう」
「はい、旦那様」
先ほどまでとは違い、ミウさんに腕を組まれました。すぐには冷静になれないので予定通り行動して冷却期間を置こうかと考えたのですがこれは無理かもしれません。視線を下へ向ければミウさんが何か問題でも?と言わんばかりの表情で笑いながら私を見ています。勝てそうにありませんね。
嘘だった夫婦と言う関係が半ば本当に変わったわけですが先ほどまでよりもぎこちなくなってしまうのは私の経験不足のせいでしょうか。
ふぅ、まずは通りの商店を見て気持ちを落ち着けましょう。このまま奴隷商会に行くのはまずいですしね。
頭の片隅に浮かんだ買い物デートという言葉を霧散させながら商店の商品へと目を向けます。やはり綿花の栽培地に最も近い港町ということもあり生地を販売している店が多いですね。まあ港付近の商店は輸出する物を取り扱う場合が多いですから当たり前かもしれませんが。
店員に断りを入れ生地を見ていきます。織り目の安定しない生地もありますが、オットーさんの店で見たように綺麗なものもあります。値段としては1.2倍程度の差ですね。この差でこの品質の違いであればいつか悪いものは淘汰されてしまうでしょう。
「なかなか良い生地ですね。値段も申し分ないですし」
「はい。最近入荷できるようになった売れ筋です。美しい奥様のお召し物にいかがですか?」
「そんな、美しい奥様だなんて」
「そうですね。ではこれとこれをお願いします」
照れるミウさんを微笑ましく眺めつつ2種類の生地を購入します。2つ合わせておよそ3万スオンです。気になることもありましたし本当にミウさんの服を作るのもよいかもしれませんしね。あまり私服はもっていらっしゃいませんし。
「しかし素晴らしい技量をもった職人がいらっしゃるのですね」
「ええ、我々も詳しくは知らないのですが数年前から国主導で職人を育てているようでして最近は安定して高品質の生地が手に入るようになりました。他国から来た商人の方に非常に人気ですよ」
「いやはや、羨ましいものですね。良い買い物をありがとうございました。商品は商人ギルドへワタル宛てとして預けておいてください」
「かしこまりました」
ギルドカードを見せそのようにお願いして店を出ます。なかなか有益な情報が得られました。やはりビジネスの事に頭がいくと落ち着きますね。
その後も店を巡りつつ歩き、奴隷商会が集まる広場へとやってきました。この広場は特殊な作りをしており、中央の最も大きな建物は奴隷のオークション会場になっておりその周囲を取り囲むように大小さまざまな奴隷商会が軒を連ねているのです。
広場には商人だけでなく冒険者らしき鍛えられた体と格好をした方々や、農作業着を着たままの方もいらっしゃいました。どなたも当然のような顔をしており、注目を集めているようなことはありません。これが日常の風景と言うことですね。
「オークション会場を覗きますか?」
「いえ、それはやめておきましょう。時間がかかってしまいますし、購入するならばしっかりと目を合わせて購入したいと思いますので」
オークション会場で競りにかけられる奴隷はいわゆる目玉商品ですしね。値段も高くなるでしょうし、何より遠くから見ただけで相手の人となりまでわかるはずがありません。まあ、それを見抜くのが奴隷商人としての才能なのかもしれませんが。
とは言え今回に限って言えばそんな目玉商品となる奴隷は必要ありません。料理が出来る者であることが第一で経理が出来れば儲けもの。まあ実際は2人に分ける予定ですが。どう考えても1人で店を回せるはずありませんしね。
商人ギルドで受け取った紹介状の中から1枚を選びます。獣人では無く人間の奴隷を専門に扱っている奴隷商会です。人間専門の店はこの1店しかありませんが。
ドアマンに歓迎され入ったホールは清潔に保たれ、日差しも良く入り奴隷と言うイメージとは真逆と言っても良い様相でした。そこには数名の従業員の方が立っており、私たちが入ってきたのを見て微笑みながら近寄ってきました。
「キゴーリ奴隷商会へようこそ。どのような奴隷をお探しでしょうか?」
「料理が出来る者、商売の経理などが出来る者をお願いします。男女年齢は問いません」
「予算はどの程度でしょうか?」
「最大で200万スオンですね。もちろん相応の価値があると判断させていただければの話ですが」
「かしこまりました。それではご案内させていただく部屋でおくつろぎになってお待ちください」
別の男性従業員がやって来て私たちを連れて奥の部屋へと案内します。椅子に座っているとお茶請けの菓子と紅茶が出されました。薫り高くなかなかの茶葉の様ですね。
お茶を楽しみつつその男性従業員から説明を受けます。
この店にいる奴隷は犯罪奴隷もしくは借金奴隷だそうでその奴隷期間があらかじめ決められているそうです。完全な奴隷と言う訳ではなくその期間を買うという扱いの様ですね。そのため奴隷の扱い方についても細かく決められており最低限の人権は残されている印象です。
この話を聞いた段階でこの店で奴隷を買うことは半ば諦めました。居るのは犯罪者か返すことの出来ないほどの借金をするような方ということですからね。やむを得ない事情などによって奴隷になる方がいないわけではないでしょうが、わざわざそれを探す意義もありませんしね。
程なく連れてこられた奴隷の方を見ていきます。服装は外にいる住人と同じような服を着ており、その表情も奴隷だとは思えないほど明るいものでした。なにせ自ら売り込んでくる人もいたぐらいですからね
料理人の方はおらず商人の経理を出来る方々とお会いしたのですがピンとくる方はいらっしゃいませんでした。何かと理由をつけて断り続けます。
「それでは最後です。あまりお勧めはしませんが条件には合致しますので」
そう言って連れてこられた初老の男性はこちらと目を合わそうともせずうつむいています。今までの奴隷とはうって変わったその姿だけでなくミウさんが少し反応したことが興味を引きます。
「この方はどうして奴隷になったのですか?」
「公金に手をつけた罪ですね。奴隷期間としては30年ですがそこまで生きられるかどうか。それにこのように無気力な状態でしてこちらも困っているところです」
「ちなみに値段はおいくらですか?」
「50万スオンです。この年齢で高いと思われるかもしれませんが能力は優れていますのでこの値段になってしまうのです。こちらとしても早くさばきたいのですが」
ミウさんが無言で握っていた私の手に力を込めます。ええ、わかっていますよ。
「ふむ、能力が高いのでしたら購入しても良いのですが50万スオンはいささか高いですね。年齢、状態などを加味すれば30万スオンほどでは?」
「それではこちらの仕入れた金額にさえなりませんよ。48万スオンでどうでしょう?」
うーん、渋いですね。仕入れ値が高かったのは事実の様です。まあ別に定価で購入しても良いのですがそれは商人としては不自然ですしね。
「売れ残った場合、食費など経費がかさんでいきますよね。先ほどの説明では病気になった場合は医者に見せる必要があるとのことでしたが。40万」
「確かにそうですが医者とは商会として契約しておりますので。45万」
「知識系の人材は豊富に取り揃えていらっしゃるようですし今後売れるのでしょうか? 奴隷以外にもそう言った人材は溢れているようですが。42万」
「43万です。それ以上は無理です」
「良いでしょう。43万スオンで購入させていただきます」
交渉していた男性従業員と握手をして売買契約を交わします。初老の奴隷男性はそんな私たちのやり取りなど興味がないかのようにこちらを見もしません。
奴隷契約と受け渡しは急に入用でなければ明日行いたいとのことでしたので素直に従っておきます。初老の男性奴隷が連れられていく様子をミウさんがじっと見ていました。結局あの男性はこちらを一度も見もしませんでしたね。見ていれば何か反応があったかもしれませんが。
見送りを受け店の外へと出ます。思ったよりも時間がかかってしまいました。巡ることが出来るのはあと1、2店舗でしょう。
「後で話は聞かせていただきますね」
「はい」
少し表情を暗くしているミウさんへと肘を差し出します。ミウさんは少し驚いたような顔をした後少し笑いそこに腕をからませました。
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、好きな女性に喜んでいただきたいだけです」
自分で言っておいて恥ずかしくなり顔を赤くする私と、私の言葉に顔を赤くしたミウさんの目が合い笑いあいます。いつか自然にこういったことが出来るようになる日が来るのでしょうかね。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【海に関する名言2】
初の世界一周を成し遂げた船の指揮官として世界史の教科書にも載っているファーディナント・マゼランですが世界一周へと向かう前にこんな言葉を残しています。
「教会は地球が平らだという。だが私は月に映る影を見たので地球が丸いことを知っている。私は教会より影に信を置く」
因みにマゼランが航海術を学んだのは1505年、世界一周の航海に出たのが1519年です。
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