Flag66:未来を見据えましょう
「かくまう……ですか?」
「うむ、あの者どもへはいつか必ず報復はするが今は時ではない。死んだと完全に信じ込ませるために最低でも1年間は身を潜めたいのだ」
聞き返した私にユリウスさんが答えました。
その答えを少し意外に思います。こう言っては何ですがユリウスさんの見た目と今まで話した感じからして即座に報復に動くと言いそうだと思ったのですが。ちらりとミウさんとマインさんへ視線を走らせれば2人ともが疲れたようでいてどこかほっとしたような表情をしています。
どうやら説得したようですね。事情を聞くだけならばもっと早く終わっていたのでしょうからかなり苦労したのでしょう。私としてもすぐに報復に動かれてしまうと色々と台無しになってしまう可能性があったので助かりました。後で労っておきましょう。
しかしかくまうですか。第一に候補に挙がるのはこの船なのですが、すでにエリザさんたちがいるため仕事と言う仕事はありません。この船で航海すると言うのであれば人手は足りないのですが現状ではそのための準備は整っていません。労働力を無駄にするということはありえませんので却下ですね。
「何か希望などはありますか?」
「最低限衣食住が保証されるのであれば問題ない。こちらが頼んでいるのだ。高望みはせん」
「ふむ、そうですか……」
トッドさんたちの意見は聞いていないはずなのでそれで良いのか気になるところではありますが、軍として動いていると考えれば上官であるユリウスさんにその辺りは任されていると考えるのが無難ですかね。てっきりその辺りのことでエリザさんが何か付け加えるかとも思ったのですがこちらを見ながら穏やかに微笑んでいるだけです。
私なら悪いようにしないと信頼されているのでしょうか。別に何でも出来ると言う訳ではないのですがね。まああまりにひどければその時に言えばよいと考えているのかもしれませんが。
しかし身を隠す場所ですか。この船は前述の理由からしてないですし最も近いルムッテロの町、と言うよりノルディ王国も当然却下でしょう。敵国として戦ってきたでしょうからユリウスさんたちの胸の内がもやもやするでしょうし、なにより敵国の軍の大将であるユリウスさんの顔を知っている人もいるでしょう。かくまうつもりが捕らえられてしまっては本末転倒です。
何のしがらみもない他の大陸と言う選択肢もない訳ではありませんが、言語が通じるか不明ですし何よりユリウスさんたちは将来的にはランドル皇国に戻るつもりなのです。あまりに距離が離れすぎているというのは大きなデメリットになります。
そもそも私としてもこの船の情報が洩れないようにもしたいのですよね。今は絶対に口外しないと思っていてもひょんなことから口を滑らして洩れてしまうことも考えられますし。監視できない状況であるならばなおさらにその確率は高まるでしょう。
もういっそのことどこか適当な無人島にでも放り込んで……いやいや、そんなサバイバル生活はさすがに却下されてしまうでしょう。軍事演習をしたいわけでもないでしょうし。んっ?
「質問なのですがユリウスさんの軍では野営や拠点設置といった訓練はされていましたか?」
「もちろんだ。もちろん専門の兵もいるが一般の兵士も定期的に訓練に取り入れておる。儂も若いころは何度も参加したものだ」
「と言うことは簡易的な家を作ることなど……」
「可能だ。資材さえ潤沢にあれば雨風をしのげる程度のものはすぐに作れるはずだ」
ユリウスさんの言葉に思わず口の端が上がるのを感じます。きっと私は今良い笑みをしているでしょう。
「ユリウスさんたちをかくまうのに丁度良い場所があります。ランドル皇国に情報が洩れる心配は全くありませんし、衣服については私が支給します。食事も作ってもらえますが家だけはないので自分たちで立てる必要があります。いかがですか?」
「ふむ、申し分ないな。しかしただで衣服などを提供してもらえるわけではあるまい。その対価は何だ?」
腕を組みながらユリウスさんが私を見ます。その体の大きさも相まって威圧感がありますがさらりと流します。ユリウスさん自体にもその気はないでしょうしね。
「いくつか雨風をしのげる程度の建物を建てていただきたいという事と後は野菜を作っていただきたいですね」
「野菜だと?」
「ええ、この辺りではなかなか手に入れるのが難しいので。先ほどトッドさんたちに話を聞いたところ農家出身という事でしたのでちょうど良いでしょう」
「まさかワタルさん……」
私の思惑に気付いたのかエリザさんが小さく口を開けて驚いています。そんなエリザさんににこやかに笑い返し、その想像が正しいことを無言で伝えます。
許可を取る必要はあるでしょうがまあその辺りは問題ないでしょう。外輪船が製造されていたことを考えれば早めに手を打っておいたほうが良いですしね。
「どうでしょうか?」
「その程度であれば問題ないな」
「では私の知人に頼んでかくまってもらいましょう。なあに少し驚くかもしれませんが良い方々ですよ」
「えっ、あの……」
なぜか言葉を詰まらせているエリザさんを横目にユリウスさんとがっしりと握手をします。そのごつごつした手は歴戦の兵士を感じさせるのに十分でした。ユリウスさんは農業などしたことはないかもしれませんがこの体躯があれば何でもできるでしょう。
笑顔で握手をする私たちをよそにミウさんとマインさんが呆れたように私を見ながらため息を吐いています。別にだましたわけでもないのですからその反応はどうかと思いますがね。嘘はついていませんし。
「ふむ、では当面の見通しは立ったな。助かったぞ。ワタルよ」
「いえ、私としても元々野菜の確保方法を増やそうとは考えていましたので渡りに船といったところです。もちろん道具や種子などは全て用意させていただきますので」
「何から何まですまんな。将来への不安が軽くなれば部下たちも安心しよう。しかしこうして落ち着いてみると思い出してしまうが裏切り者共に一矢さえ報えなかったことが残念でならん」
ユリウスさんが拳を握り締めながら少しの怒気をにじませます。気持ちはわからないでもありません。マインさんに聞いたところではユリウスさんたちの乗っていた船は有効的な反撃さえできずに沈没してしまったそうですから。
操縦不能の船でしかも甲板に上がることも出来ず、攻撃手段の乏しい正面から攻撃を受けたのですからどうしようもなかったとユリウスさん自身わかっているのでしょうが、それでも責任は感じているのでしょう。何もできずに海へと沈んで行ってしまった部下たちの死が意味あるものであってほしいのでしょう。
「大丈夫ですよ。ケンカを売った相手を何事もなく帰すほど私はお人よしではありませんから」
「ワタルさん、何か言いましたか?」
おっと、しゃべってはいないつもりだったのですが声に出していたようです。最近は独り言も減ってきたと思っていたのですが危ない、危ない。
不思議そうな顔で私を見ているエリザさんに柔らかく微笑み
「いいえ、何も」
そう答えるのでした。
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「はぁ! 何ですと?」
「だからこの船はもう駄目だってんだよ。まあこの船って言うか戻ってきた船全て廃棄だな」
足手まといの船を邪魔者と共に海の底へと沈ませ密命を果たすことができ上機嫌で王都に近いリーラントの軍港へと戻ってきたオスカーだったが船の損傷を調べていた船大工の頭のそんな言葉に顔色を一変させた。
「ドックに入れた船の竜骨に不自然な切れ目がいくつも入ってやがったからもしかしてと思ってすべての船を見てみたが同じように切れ目が入ってやがった。船の命ともいえる竜骨をこれだけ傷つけられちゃあ終わりさ」
「何とかならないのですか? 竜骨だけ取り換えれば問題ないでしょう」
オスカーの言葉に船大工の頭がハァーと深いため息を吐いた。その態度にオスカーの顔色がさらに赤くなるがそんなことは全く気にせずに船大工の頭は説明を続ける。
「竜骨は船の土台だぞ。こいつに合わせて船を造るんだよ。それに解体してまた作り直すってんなら新しく作っても額としては変わんねえんだよ。船乗りならそのくらい知っとけ」
「貴様、言うに事欠いて少将の私になんて口を……」
「はんっ、自分の乗ってる船についてさえ知らねえ船乗りなんて知るかよ。それにな……」
船大工の頭の言葉に合わせるようにいくつもの足音がそこに響いた。全身黒い装備で固めた5人の騎士たちがオスカーを取り囲んでいった。
「何ですか、あなたたちは!」
「オスカー海軍少将、皇帝陛下より今回の失策の説明をするようにと召喚状が出ております」
「何ですって!? 私は命令を忠実にこなしただけで……」
「弁明は後程お聞きします。連れていけ」
わめくオスカーを引きずるようにして騎士たちが去っていくのを船大工の頭は見送った。彼は先ほどの全身黒づくめの装備をした騎士たちが皇帝の直属の騎士であることを知っていた。そして彼らがオスカーを連行するためにここに来ることも。
コツ、コツと音を立てながらそんな船大工の頭へと近づく者がいた。その足音に聞き覚えのあった頭が皮肉気に笑いながらそちらを振り返った。
「責任問題。本人不知」
「いいんじゃねえか。いくら味方だろうとそんなことにも気づかないような馬鹿は害悪でしかねえだろ。中将がいるってのに少将が指揮権を任される段階で普通おかしいと思うだろ」
「……」
頭の言葉にガウェインは応えず静かに息を吐きだすのに留めた。そしてドックに入っている船を寂しそうに見つめる。
「短命謝罪」
「仕方ねえよ。俺だってこんな場所が攻撃されるとは思わなかったしな。舵の話といい、嫌なとこを的確に突いてきやがるぜ」
「侵攻困難、計画再考」
「だな。とりあえず俺はどうやって改良するか素案を作ることにするぜ。それ以外の報告は任せた」
「了承」
ガウェインは視線を船から外すと振り返らずにドックから出ていった。それを見送った頭は船を解体するために集まった船大工たちへと指示を飛ばすべく先ほどまでガウェインが見ていた船へと近づいていくのだった。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【水平線の距離は?】
本編でも計算式などが出てきましたが水平線の距離はどのくらいかと言うと身長を170センチの人が見ると仮定して計算すると約4.6キロしかありません。とは言えこの数値は空気の屈折率などで変わってしまいますが。
走れば1時間かからない距離しか見えていないなんて少し不思議です。
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ブクマいただきました。ありがとうございます。




