Flag65:今後を考えましょう
そのまま3階のリビングへと案内しようかとも思ったのですが戦闘をし、その後海面を漂っていたことを考えると疲れを癒し病気を予防する必要がありますのでシャワーを浴びていただくことにしました。そのままの服ではせっかく清潔に保っていたリビングも汚れてしまいますしね。
タオルで大雑把に体を拭いていただき、自己紹介などを交えつつ1階の従業員区画にある共同のシャワー室へと案内します。船内の様子などにいちいち驚かれますがそこはさらっと流しておきました。説明を始めればきりがありませんしね。
同時に2人までしか入れませんので交代で入っていただくようにお願いし、使い方を軽く説明して服を取りに戻ります。下着についてはオットーさんの店でまとめ買いしたものがありますし、マインさんにお願いして街中で着ていて不自然ではない服をいくつか仕入れてもらっていますのでそれを着てもらえば大丈夫でしょう。幸いなことに飛びぬけて大きい人や小さい人などはいませんからね。本来の目的とは違いますがまた買えばよいですし。問題はありません。
シャワーで暖まり、服を着てさっぱりしたことで顔色が多少良くなった彼らに過度とも思えるほどのお礼を言われつつ3階のリビングまで案内します。唖然とした顔で部屋を見回している彼らにソファーなどに座って休んでいるようにと伝えてギャレーへと向かい適当な飲み物とビスケットなどの軽くつまめるものを用意して3階のリビングへと戻ります。
戻ってみると先ほどと全く変わらない位置で所在なさげに立っていた彼らの姿に苦笑しながら若干強引にソファーや椅子へと座らせ、用意した飲み物などを配っていきます。毒が入っているなど警戒されることはないと思いますが変に遠慮されても困りますので私もー緒に座り率先して飲み食べしました。
軽く話題を振りながら話しかけ続けたかいがあり多少時間はかかってしまいましたが軽く笑みを浮かべる程度には気を紛らわせることは出来たようです。
「では皆さんは先ほどのユリウスさんの部下なのですね」
「そうです。大将からエリザベード殿下の敵討ちが出来ると聞いて自分から手を挙げたのですが……まさかこんなことになるとは夢にも思いませんでした。エリザベート殿下が生きていたということは喜ばしいのですが」
主に受け答えをしてくれているのはユリウスさんの補佐をしていたと言うトッドさんです。階級としては少佐だそうです。
「私も驚きました。しかしエリザベート殿下はやはり人気があるのですね」
雰囲気が暗くなりそうでしたので、すかさず別の話題へと切り替えます。個人的には情報収集をしたいところですが今はそれよりも彼らの心のケアをする方が大事ですしね。まあそのついでに信頼関係を築いておけば後々の役に立つでしょうし。
自主的に立候補するぐらいなのでエリザさんの話題であれば盛り上がるのではないかと思ったのですが、私がそう口にした途端皆さんの表情が明るくなり、次々に口を開いていきます。
「殿下は俺たちの事を考えてくれているしな」
「慰問にも何度も来てくれたし」
「あの人がいたから僕は兵士を目指したんだ」
「なんだよ、お前もかよ」
「本当に民の視線に立ってくれている皇族はあの人だけだ」
「美人でスタイルも良いですしねー」
最後に発言した若い兵士の方の頭を両サイドに座っていた2人がパシンと叩きました。とは言え怒っている訳では無くその表情は柔らかいものでしたが。皆が笑っています。それだけエリザさんが慕われている証拠でしょう。
少し落ち着いたころ、トッドさんが私を見ました。
「ランドル皇国の兵士のほとんどは家を継げない農家の3男や4男などなのです。まあ彼は6男なのですが」
トッドさんに視線を振られた兵士の方が頭を掻いて静かに笑います。
「家を出るしかなく他の就職先と言ってもコネが無ければ難しいため兵士を目指す若者が多いのです。だから戦いなどしたくないと言うのが本音です。もちろん表だってそんなことは言いませんが。だからこそ皇族でありながら自分たちの気持ちを理解してくれているエリザベート殿下は一般の兵士に人気があります」
「美人でスタイルも良いですしね」
「ははっ、それもそうですね」
先ほどの若い兵士の方の言葉を借りて冗談を交えながら会話を続けていきます。皆さん農家と言うことだったのでそちら系の話を振ってみたのですが何というか農家の3男以降あるあると言うような苦労話のオンパレードでした。まあ盛り上がっていたので問題は無いでしょう。
同じものを飲み食べして会話を続けたおかげで少しだけですが打ち解けてもらえたようです。私から話しかけるだけでなく彼らからも話を振ってくれるようになりました。まあこの船の事が多かったですがね。
そんな感じで時間を潰していると階段からマインさんが姿を見せました。
「ワタル殿、姫が呼んでいる」
「わかりました。それでは少し失礼します。疲れているでしょうからゆっくりと休んでください」
そう声をかけてマインさんの後について2階へと向かいます。いつも食事をとっているテーブルにエリザさんとユリウスさんが座っており、私が現れたことに気づくとユリウスさんが立ち上がりズンズンと音がしそうな歩き方で私へと近づいてきました。
190近くあるでしょうか。背の高さだけでなくボディビルの選手のように筋肉質の体から放たれる威圧感はかなりのものです。私の目前で止まったユリウスさんがその手を振り上げました。
「ハッハッハ。感謝するぞ、ワタルとやら。エリザベート殿下を救った貴殿の功績は測り知れん」
「光栄です」
私の肩をばしばしと叩きながら笑う姿は豪快と言う言葉がとてもよく似合っています。しかしもう少し力加減をしていただけるとありがたいですね。おそらく青あざになるであろう威力です。表情と言葉が無ければ攻撃されているのかと思いたくなるほどですし。
「ユリウス様、とりあえず座ってお話をされてはいかがでしょうか?」
「んっ、そうだな。ワタルよ、エリザベート殿下を、我等を救ってくれたこと本当に感謝する」
そう言ってユリウスさんが先ほど自分の座っていた席へと戻っていきました。助け船を出してくれたミウさんに視線だけで感謝を伝えると申し訳なさそうな顔で返されました。
エリザさんとユリウスさんは対面に座っていますのでお2人の横の席へと腰を下ろします。
「話し合いに一段落がついたのですね」
「はい。ユリウスから話を聞きましたがどうやらあの攻撃は私の支持層の筆頭とも言えるユリウスを狙ったもののようです」
「ふんっ、卑怯な真似をしおってからに」
「ほう、もう少し詳しく聞いてもよろしいですか?」
エリザさんとユリウスさんそして時々ミウさんの補足をいただきながら話を聞いていきます。
どうやらユリウスさんはエリザさんの支持母体のトップのような位置づけらしく、それを邪魔と考えた者によって消されそうになってしまったと言うのが今回の事の顛末のようです。大将と言えば軍のトップのはずですがその人が他国との融和を掲げるエリザさんを支持していると言うのも面白いですね。
話を聞いていくうちに救助出来た人が少ない理由もわかりました。どうやら甲板への出口が閉ざされてしまっていたらしく、助かったユリウスさん達にしてもたまたま砲撃で開いた船体の穴からなんとか飛び出すことで船と共に沈没せずに済んだそうです。襲った艦隊がそう言った人たちをわざわざ攻撃しなかったのは陸地から離れたこんな場所では助からないと考えたからでしょうね。確かにこの付近には島もありませんし、助けに来る船が無い限りそのまま死んでしまったでしょうから。
亡くなった兵士の数は約600名。全てがエリザさんのために自ら志願して船へと乗り込んだ方々だそうです。その話になった時エリザさんの目は悲しげに揺れていました。
「おおむね事情は理解しました。それで今後はどうされるおつもりですか?」
「もちろんランドル皇国に戻り味方を不意打ちで攻撃するなどと言う卑怯な手段を用いたあやつらへ反撃してくれるわ! と言いたいが……」
「ミウやマインとも話しましたがおそらく既にユリウスの代わりが立っているだろうと」
「はい。ユリウス様の第3方面陸軍の中将、レイモンドは第2皇子派です。既に軍は掌握されているでしょう」
と言うことは第2皇子が今回の事を画策したと言うことでしょうかね。とりあえず今そのことを聞いてしまうと話が紛糾してしまいそうですので後にしておきましょう。まずは今後の処遇を確かめることが最優先です。
「ではどうされますか?」
エリザさんがユリウスさんを見ます。無言で問われたユリウスさんは少し頭を下げることでそれに応えました。エリザさんが私の方を向き小さく息を吸いました。
「彼らをかくまう場所を用意できないでしょうか?」
役に立つかわからない海の知識コーナー
【避難設備】
船火事や転覆などが起こった場合に備え、基本的に全員分の救命胴衣と全員が乗れるだけの救命ボートまたは筏が船には備え付けられています。これらの装備はSOLAS規則と言う国際条約や各国の規則により船の大きさなどにより細かく要件が定められています。
ただし、沿岸などの陸に近い場所のみを航行する船はその要件が緩和されています。外洋に比べて危険性が低いですから。
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