Flag63:異常を確認しましょう
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ
断続して続く空気を震わせ体にまで伝わってくるようなその轟音に操舵室から飛び出し4階の展望デッキへと駆け上がります。その最中もその音が途切れることはありませんでした。
荒い息のままデッキへとたどり着いた私は望遠鏡へと駆け寄り、水平線に少しだけ顔を覗かせた日の光に照らされている艦隊へと照準を合わせます。全力で駆け上ってきたためうまく動かない手をもどかしく思いながら。
やっとのことで照準が合い、艦隊の姿が目に入ります。いえ、艦隊だったと言った方が正しいでしょうかね。
「何の音だ、ワタル殿!?」
階段を駆け上ってきたマインさんに何も言わず望遠鏡を覗くようにと席を譲ります。マインさんが望遠鏡を覗き、ヒュっと息を吸い込む音が聞こえました。しばらくそのまま見ていたマインさんでしたが階段を昇ってくる音に気づき顔を上げました。その顔は苦虫を噛み潰したかのような表情に変わっていました。
「何があったのですか?」
エリザさんがミウさんを伴ってやってきました。エリザさんのその言葉に私とマインさんが顔を見合わせます。マインさんの視線が自分が話すと伝えてきましたので視線を落とし了解を伝えます。確かに私よりはマインさんが伝える方が良いでしょう。
「現在艦隊内で交戦しています。いや正確に言うなら動けなくなった船を動ける船が攻撃していると言った方が正しいかと」
「なっ!」
マインさんが告げた状況にエリザさんが言葉を失います。顔がみるみると青くなっていき倒れてしまわないか心配になってしまうほどです。そんなエリザさんの肩をミウさんが掴んで支えながらマインさんを見ました。
「人はどうなのですか? 船だけを廃棄したという可能性は?」
マインさんが首を横に振ってその答えを伝えます。エリザさんが糸の切れてしまったマリオネットのように倒れていきそうになるのをミウさんが抱き留めました。エリザさんの体はぐでっと力なくミウさんにもたれかかっていますし気を失ってしまったようですね。
展望デッキにある横になることの出来るデッキチェアへとエリザさんを運び、マインさん、ミウさん、私の3人で顔を突き合わせます。
「一応聞いておきますがランドル皇国では味方に攻撃するのが普通と言う訳ではありませんよね」
「違う!」
「違います」
「それは失礼しました。冗談ではなくエリザベート号と言い、今回と言い、味方から攻撃されていましたので確率は低いとは思いましたが一応確認しておこうかと思いまして」
低い確率から潰しておこうかと思って聞いてしまったのですが即答した2人からはかなりの怒気を感じました。考えてみれば当たり前なのですがうかつだったと言わざるを得ません。いけませんね。私自身が信じられない光景を見てしまったためにまだ動揺しているようです。
2人に謝罪し、1度深呼吸して心を落ち着けます。
「まずは私とマインさんで監視を継続します。ミウさんはいつも通り朝食の用意をお願いします。子供たちにはここには来ないように伝えておいてください。どこまで伝えるかはミウさんの判断にお任せします」
「わかりました」
「わかった」
大砲の音は散発的になってきていますが聞こえるという事はまだ戦闘が続いているということです。私の指示に従ってマインさんが望遠鏡を覗きに行き、ミウさんが階段を下りていきました。
私も双眼鏡で監視をしますが20倍程度までしか倍率がありませんので船の数程度しかわかりません。それでも船の数が既に10を切っているという事実がその戦闘の激しさを物語っています。戦闘と言うよりは動けない船を蹂躙するという言葉の方が正しいのかもしれませんがね。
チラリとマインさんへと視線を送ると望遠鏡を覗きながら自分の太ももへと置かれた手によって血が出るのではないかと思うほど強く爪を食い込ませています。そんな彼へと言うべき言葉が見つからず私は再び双眼鏡へと視線を戻すしか出来ませんでした。
およそ1時間後、私とマインさんの視線の先には6隻になった艦隊が南進していくのが見えていました。それ以外にこの海域にいる船はフォーレッドオーシャン号しかいません。いなくなってしまいました。
ふぅー。
そう大きく息を吐いたのはマインさんでしょうか、私なのでしょうか。もしかしたら2人同時にだったのかもしれません。胸の内に溜まってしまったもやもやを吐き出したいのですがいくら息を吐いたところでそれは消えそうにありませんね。
「終わったな」
「はい、終わってしまいました」
それ以上何も言うことが出来ず沈黙が続きます。望遠鏡で見ていたマインさんは私なんかと比べ物にならないほど凄惨な光景を目にしているのでしょうから私から話を切り出すべきだとはわかっているのですが中々言葉にすることが出来ませんでした。
口に溜まってしまった唾をごくりと飲み込みます。
「これから……」
「う、ううん」
意を決し話そうとした言葉はエリザさんの身じろぎする声によって止められてしまいました。私とマインさんの視線がエリザさんへと向かいます。エリザさんはゆっくりと目を開け、軽く顔を左右へと振ると突然体を跳ね上げ立ち上がりました。
「艦隊は、襲われていた方々は!?」
「沈んでしまいました」
「ならばすぐに救助に」
「それは……」
必死の表情で迫ってくるエリザさんへの返事に困っていると私とエリザさんの間にマインさんが体を割り込ませました。突然のマインさんの行動にエリザさんが目を見開きます。
「姫、無理です」
「なぜですか? 人の命がかかっているのですよ。この船ならあそこまですぐに……」
「無理なのです。助けに行くにしても残った艦隊との距離が近すぎます」
「くっ」
エリザさんがすがるような目で私を見てきますが、私は即座に首を横に振ります。エリザさんの目が一瞬私を睨みましたが、すぐにその瞳は諦めの感情に染まっていきます。そんな表情をさせたいわけではないのですがね。
今行けば助けられる命があるという事は私自身わかっています。時が経過するごとに砂時計が零れ落ちるかのようにそれが減っていってしまうという事も。しかし今助けに行くことは絶対にできないのです。
そもそもこのフォーレッドオーシャン号は戦うために作られていません。いくら性能が優れていたとしてもそんな船が艦隊に見つかり一斉砲火を受ければ沈んでしまうでしょう。もちろん警戒は最大限にしますので逃げ切れるかもしれませんがその時はこの船のことが知れ渡ってしまいます。
ローレライの方々にお願いすれば助けられるし戦えるのかもしれませんがそれは彼らの命を危険にさらすという事と同じです。そんなことが出来るはずありません。
我ながら薄情なことを言っているなとは思います。しかしここは譲れない一線です。マインさんも、そしてエリザさんもそれはわかっているのでしょう。
気まずい沈黙が続く中、ミウさんが屋上へとやってきました。持ってきていただいた朝食を3人でもそもそと口へと入れます。おかしいですね、味がしません。そういえばいつもの祈りの言葉はありませんでした。そのせいでしょうか?
そんな馬鹿なことを考えてしまうほど自分が動揺していることを改めて実感します。
食事が終わり、マインさんと私から状況の説明をしていきました。とは言えマインさんも詳細についてはエリザさんに配慮しているらしくほとんどがわかりきっていたことですが。
動けない6隻が味方の艦隊に夜明けとともに襲われたこと。
襲われた6隻は既に海へと沈んでしまっていること。
そして……その船には人が乗っていたこと。
全て話し終えたころにはまるでお通夜のように重い空気が漂っていました。誰もが口を開くことなく波の音だけがそこに響いています。
ふぅ、ダメですね。当事者とは言えない私が1番ショックは少ないのでしょうし年長者なのですから私が動くべきでしょう。
「そろそろ距離も離れましたし救助に向かいます。皆さんにも目視で確認していただきたいので協力してください。辛いようでしたら結構で……」
「やります、やらせてください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私の言葉を遮るような勢いで声を上げたエリザさんに感謝を伝え、その背後に立つマインさんとミウさんに視線でエリザさんを頼みますと伝えます。2人ともしっかりとうなずいていただけましたので大丈夫でしょう。ミウさんとマインさんにとっても大変なことだとわかっていますので心苦しいのですがね。
操舵室へと向かい船を艦隊が停泊していた場所へ向けて船を走らせます。絶望に染まったであろうその海に希望が残されていることを願いながら。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【通訳】
通常は英語が話せれば問題のない外航船ですが通訳が必要な時があります。漁船などと接触事故を起こしたときなどです。
しっかりとした本職の通訳を雇うかと思えばそんなこともなく高校の臨時講師の方が雇われることもあります。その報酬は数十万円だそうです。高校のときに講師の方がホクホク顔で言っていた実話ですが特殊な事例だとは思います。
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ブクマいただきました。ありがとうございます。
9/18 予測変換誤りで意味がわからなくなっていた部分を修正しました。




