Flag62:戦果?を確認しましょう
朝食を終え、動き出した艦隊の観察を続けること十数分。艦隊が緊急で停止し、そのうちの何隻かが周囲を警戒するようにぐるぐると停船している船の周りを回り始めたようです。まあそこには誰もいないのですがね。
「あの程度の作業でここまでの大事になるのか」
「はい。船を撃退するのに大げさな魔法なんて必要ないのですよ」
私を見ながら感心したように言うガイストさんに笑って返します。
実際私が指示したのは船の最重要部品の1つである舵の水中部分を切り落とすことでした。そのための道具は予備も含めてルムッテロの町で仕入れてきましたので予定より2隻ほど増えましたが問題はありません。ローレライの方々が見つかりにくく動きのない夜に少しずつ切れ目を入れていったのです。
今回の侵攻の対抗手段としていくつかの案を用意していたのですが最も安全そうな作戦が通じる状況で幸運でしたね。
船乗りにとって舵の取れない船というのは棺桶と同じです。もちろん舵輪だけしか進む方向を変更できないわけではなく帆を操作することによってある程度の進む方向を決めることは出来ます。とは言え帆船のつくり自体が舵輪で舵を操り進む方向を操作する物であることは間違えようのない事実です。そんな船が舵を失えばどうなるかは火を見るよりも明らかです。
船にはもちろん航海中の故障箇所を直すために修理用の道具や材料、そして船大工が乗っているのでしょうが船の最重要部品でもある舵を本格的に修理することなど出来るはずがありません。出来ても応急の修理でありその性能は本来発揮できるものの50%を切るでしょう。
そもそも海中を自由に行動できるローレライの方々に船を使わねば海を行くことの出来ない普通の人が勝とうとすること自体が無謀なのですよね。確かに以前のように歌だけでしか対抗したことが無いというのであれば対処のしようもあったのでしょうが、絶対的に有利である海中から船を攻撃してしまえば人になすすべはないのですから。
「ふむ、では我らの仕事はこれで終わりだな」
「はい。とりあえずはこれで終了です。ありがとうございます。お疲れ様でした」
「いや、この経験は今後の役に立つだろうし問題ない。また何かあれば呼んでくれ」
ガイストさんが体をずりながら階段を下りていきます。流石に私が抱えるのは無理ですからね。他のローレライの方々にはガイストさんから状況が伝えられるでしょう。
「ワタルさん、ありがとうございました」
「んっ? 何がでしょうか?」
ガイストさんがいなくなった展望デッキで望遠鏡を覗いていたエリザさんが私へと頭を下げます。
「やろうと思えば船を沈めることも全艦航行不能にすることも出来たのでしょう」
「まあ、そうですね」
その言葉にうなずきます。
実際わざわざ舵を切るなんて言う面倒なことをしなくても船底に切れ目を入れて浸水、沈没させるというのがローレライの方々にとっては一番簡単で後腐れのない方法ですしね。また今回と同じ方法でも12艦すべてに同様のことをしてしまえば潮流と風と乗っている水兵の腕次第ですが港に着くことは難しいかもしれません。
「とはいえすべてがエリザさんたちのためと言う訳でもないのですがね」
「そうなのですか?」
「ええ。艦隊を無事に帰すことで状況が正確に伝わりますから」
「どういうことだ? それでは対策を取られてしまうではないか?」
私の言葉にマインさんが反応します。やはり護衛としてそういった方面の情報の正確性の重要さとその後の動きについては気になるようですね。しかし今回に限っては情報を正確に伝えた方が良いのですよね。
「はい、それで良いのです。今回幸いにもローレライの方々は姿を見られていません。おそらくローレライがしたのだろうと予想はしているでしょうがそこには疑念があります。もしかしたら別の生物がいるのではないかと。そしてそのことを気にしなかったとしても今までとは全く違う方法で船を攻撃されたのです。なにがしかの変化があったと考えるでしょう。それは議論を生みます。そしてその解決は簡単には出来ません。だって情報がないのですからね。無駄に時間だけが過ぎていくでしょうね」
楽しそうに言う私に呆れた視線が向けられますが気にせずに笑っておきます。無駄な会議ほど人の気力を下げるものはないと私自身が重々知っていますからね。しかもそういった会議が行われている間はプロジェクトと言うのは停止するものです。しばらくキオック海に攻めてくることはないでしょう。対策が決定するまではね。
逆に全てを沈めてしまって情報が全く伝わらなかった場合、いつも通り歌で沈んだと思われてしまう可能性もありますし、さらに調査が来てしまうかもしれません。今回よりも大きな艦隊で。それは面倒ですしね。
「まあそんなところです。ではこれ以上今日は動きはないでしょうし私は休みます。何かあれば起こしてくださいね」
「わかりました」
「それではお休みなさい」
ミウさんが了解したのを確認し、自室へと戻っていきます。エリザさんたちはそのまま5人で観察を続けるようですね。
エリザさんたちに言いませんでしたが、今回艦隊を引き返させるのはもういくつか理由があります。ローレライの今後を考えると必要なことですが、エリザさんにとってはあまり好ましくない理由になるので話しませんでしたが。まぁ、再びキオック海に侵攻してこなければ別に問題はないのですがね。
まぁ、いつかは来るでしょう。人の欲望は果てしないのですから。
私に出来るのはそのいつかのために布石を打っておくこと、そしてそのいつかが来るのがなるべく遅くなるようにすることそれだけしか出来ませんしね。
「うーん、私の意図を読み取ってくださる方があちらにいれば良いのですが」
そんな独り言を呟きつつ部屋に帰りシャワーを浴びるとさっさとベッドへと飛び込むのでした。
結局日中に私が起こされることはありませんでした。ミウさんから報告を受けましたが今日はずっとあの場所で色々な作業をしていたようです。アル君に今日は全然船を動かせなかったとぶうぶう文句を言われたこと以外は予想通りです。まあアル君は夕食を食べたら機嫌が元通りになっていましたから問題はないでしょう。
再び1人で夜の見張りに入ります。ミウさんにワタルさんもお疲れでしょうからお手伝いしますと言っていただけましたが本当にすることもありませんのでと断りました。その言葉に嘘は全くありませんしね。
曳航するためのロープで船を繋いでいるため船同士が近い位置にある以外は昨日までと全く変わったことはありません。もしかしたら船の上は監視体制が強化されていたりと変化があるのかもしれませんがそれをわざわざ望遠鏡で覗く必要性もありませんしね。せいぜい来もしない襲来に備えて疲れれば良いのです。無駄な侵攻によって私たちも色々と手間取ったのです。そのくらいの苦労はしていただかないとね。
何事もなく時間だけが過ぎていきます。もうしばらくすれば日が昇るでしょう。曳航するとすれば船足は落ちるはずですがまあもともとあと数日でキオック海から出ていく距離でしたしそんなに日数的には変わらないでしょう。船が港に着くまで監視するつもりは全くありませんし。
それではそろそろ4階の展望デッキへ向かいいつも通り日の出を楽しみつつ望遠鏡での監視に切り替えようかと腰を浮かしかけたその時……
ドンッ!
そんな轟音が私の耳を襲ってきたのです。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【海に関わる名言1】
海に関わる有名人の発言はいろいろありますのでその一つをちょっと紹介します。
「海についての知識を得ることは単なる好奇心の満足ではなくもっと重要な問題だ。我々が生き延びられるかどうかがそれにかかっているほどに」
ジョン・F・ケネディ
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