Flag58:情報をまとめましょう
確かに町で聞いた噂を統合してみるとそういう結果になっていたのですが、オットーさんの口から同じ言葉が出てくると真実味が増してしまいますね。このルムッテロの町の領主とも取引のある一流店ですしドレスのキャンセルなどについてある程度の事情も説明されている可能性さえありますから。まあそうでなくてもこの店に来る使用人などとは懇意にしているでしょうから確度の高い情報を得られるでしょうしね。
「しかし本当なのですかね。ローレライが嵐を呼び皇女殿下の船を沈めたなど。町の人たちの反応を見る限り懐疑的なようですが」
「それはそうですな。おそらく護衛の船が皇女殿下をお助けできなかったことに対する責任逃れでしょう。それをまともに受け取り侵攻を決めたらしいランドル皇国に領主様も呆れられているそうですよ。ローレライたちにそんな力があればキオック海に最も近いこのルムッテロの町がこんなに平穏であるはずがありませんしな」
「嵐を呼べるのであれば船乗りにもっと恐れられているでしょうしね。建前上そのようにしてこの町を奇襲するということも考えられますがそれはこの町の領主様も十分承知しているでしょうし。何がしたいのでしょうかね?」
「わかりませんな。まあ一商人の私たちには知りえない理由があるのでしょう。個人的には勝手に戦力を減らして平和な時が続いてくれることを願いますが」
「良い生地も入るようになったことですしね」
そのとおり、とオットーさんとイザベラさんが笑ったところで聞きたいこともおおよそ聞けましたし話も一区切りしましたので挨拶をして席を辞します。
マインさんにエリザさんのドレスを持ってもらい、店舗で主にハイ君やホアちゃんの服や全員分の下着類の替えなどをついでに購入します。エリザベート号からある程度は引き上げたのですが、そもそも子供用の服はほとんどありませんでしたしね。
私の購入するラインナップにマインさんの顔が少し優しくなります。やはり父親としては子供たちの服の少なさは気がかりだったのかもしれません。もちろんこれについてはマインさんに費用を出させる気はありません。清潔な服装を心がけることで病気の予防に繋がりますし、気持ちも引き締まります。フォーレッドオーシャン号も汚れませんしね。だから必要経費です。
さすがにエリザさんやミウさんのものを私が選ぶわけにもいきませんのでおおよそのサイズと予算だけ告げて後は店員の彼に任せました。特に迷うことなく選んでいましたのでこういったことは多いのでしょう。
荷車に購入した衣服を乗せて船に戻りマインさんと二人で生地を運んでいきます。合計4度の運搬ですべての生地の納入を終えたころには日が沈み始め町も夜の様相を呈していました。久しぶりの肉体労働でバキバキになった体をほぐしていると特に疲れた様子もなくマインさんが近づいてきます。うーん、少しは運動をした方が良いかもしれませんね。
「この後はどうするのだ?」
「私は食事をして船に戻る予定です。問題はないと思いますが船を泥棒に荒らされる可能性がありますから。お借りした船ですしね。マインさんはどうされますか?」
「どうされるとはどういうことだ?」
「いえ、そのままの意味ですが。私と一緒に行動しても良いですし、宿をとってそちらで寝てもらっても、酒場にくり出しても良いですよ。問題行動さえ起こさなければ特に行動を縛るつもりはありませんから」
「良いのか!?」
驚き目を見開いているマインさんにうなずいて返します。そんなに驚くことでしょうかね。
マインさんにそのあたりの分別はあるでしょうし、何より大切な子供たちやエリザさんは私の船に今いる状態です。彼女たちを無視してどこかに行ってしまうという事も無いでしょうし。
1つ心配事を挙げるとすれば護衛艦に乗っていた人とばったり出くわして変な騒動にならないかという事ですがその辺りについては言い含めておけば大丈夫でしょう。
しばし迷っていたマインさんでしたが結局夕食を含めてしばらく1人で町を歩き、夜は船に戻ってくるとのことでした。私のことは気にせず宿に泊まっても良いと言ったのですがそこは頑なに拒否されました。彼なりの基準があるのでしょう。
買いたいものもあるかもしれませんのである程度のお金を渡してマインさんと別れます。昼の間にある程度の町の案内は終わっていますので問題はないとは思います。まあ全く心配していないかと言われればそうではないのですがね。
自分自身の夕食を済ませてさっさと船へと戻ります。夜の町は面倒ごとが多いですからね。だからこそ楽しいという事でもあるのですが今はやることがありますし。
船に戻って情報を整理するために手帳に考えをまとめつつ明日以降の予定を組んでいきます。
どうやらランドル皇国がキオック海へとやってくるのはほぼ確実なようです。しかしその目的が見えないのですよね。ローレライへの報復と言う理由ですがそれが本当のはずがありません。何か別の理由があるはずなのですがね。いくつかの推論は立てていますが確証がありませんし……。まあこの辺りに着いては考えるだけ無駄でしょう。
問題はどう対処するかという事です。キオック海に来るのですからウェストス海運商会の船のように魔法を防ぐ魔道具と音を防ぐ魔道具は搭載されているはずです。なので普通に撃退しようと思うと少々方法を考える必要があります。とは言えエリザさんの性格からしてランドル皇国の船を沈めるというのは嫌がるでしょうし、どうしましょうかね。
個人的には相手を侵略してきた段階で自分たちが攻撃されても仕方のないことだとは思うのですが、それで割り切れない思いがあるというのは理解できます。兵士の中には戦いを望んでいない人ももちろんいるでしょうしね。
しかし相手のことを考えたばかりにローレライの方々に被害が出るという事は絶対に避けなければなりません。とりあえず今回はエリザさんの顔を立てる意味を込め、なお且つ初めて攻めてくるわけですからこちらの脅威を知らしめた上で船を沈めずに引き返させると言うのがベストな方法です。
中々に難しい問題ですがね。
しかし情報が足りません。集まっているのはどうしても噂レベルの話です。精査して取捨選択していますがその裏付けとなるものがないためどうしても弱い。オットーさんのおかげである程度の信頼性は出てきましたが。うーん、少しアプローチを変える必要がありますかね。
そんなことを考えながら物思いにふけっていると船に人が乗り込んでくる音が聞こえ、程なくしてマインさんが顔を覗かせました。服装が出かけた時と変わっていますね。頭にタオルを巻いてこの町の住人のような薄手の服を着ています。顔が少々赤くなっていますのでお酒を飲んできたのかもしれません。
「おかえりなさい」
「ああ」
マインさんは少しけだるげに返事を返し、そしてどっかりと腰を下ろしました。
「キオック海へと向かう船はランドル皇国海軍から10隻程度だそうだ。あの護衛艦も含めてな。予定では1か月後にこの町で合流するらしい」
「どこでその情報を?」
「酒場だ。乗組員らしい奴らがいたんでな。酒を飲ませて聞き出した。もらった金は全て使ってしまった。すまんな」
頭を下げるマインさんの肩に手を置き、顔を上げた彼に向かい微笑みます。お金を有用に使ったことを咎めるはずがありません。
「いえ、その情報と引き換えなら全く気にする必要はありません。一応聞いておきますが気付かれてはいませんよね」
「ああ。後をつけてくる奴はいなかったし、住宅地の方へ向かってから大回りしてきたから問題はないだろう」
「そうですか」
その場にいなかった私にはわかりませんがマインさんの判断を信じましょう。
出来るのならば私もその場で話を聞いてみたかったものですがそれも今更の話です。マインさんが私を連れて行かなかったという事は少々危険のある場所なのでしょう。確かに私はそういった方面はあまり得意ではありませんし、マインさんの風貌ならば自然に溶け込めるのかもしれません。
マインさんが持ってきた情報はかなり有用なものです。酔っていたとはいえ出所は当事者なのですから確度は高いと言えるでしょう。実際私も乗組員と接触することを考えていたところでしたし正に渡りに船といったところです。
「ありがとうございました。私は少し明日以降の予定を考えますので休んでください」
「あぁ、悪いな。久々の酒はさすがに堪えた」
マインさんが操縦席奥の休憩室へと入っていくのを見送ります。堪えたのは久々の酒ではなく、その酒を仇とも言うべき護衛艦の乗組員と飲まなくてはいけなかったことでしょう。その心境は私にははかり知れません。
マインさんがそこまでして手に入れてくれた情報のおかげで足りなかったパズルのピースがはまっていきます。障害も準備すべきことも多いですがマインさんの思いに応えなくてはいけませんからね。
ノートにペンを走らせながら取りうる最高の一手を探して考えを巡らせるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【バカヤロー】
海に向かって叫ぶ言葉の定番です。どうにもドラマが大本でそれを芸人さんなどがパロディとして使っているうちに定着したようです。
しかし海にはバカヤローと言うのに山では言いませんよね。そんなことを考えていたら面白い回答があったので紹介させていただきます。
山でバカヤローと言うと自分に返って来るからだそうです。そんなことを言われても何も言い返さない海の懐はやはり深いようです。
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評価、ブクマいただきました。ありがとうございます。




