Flag57:情報を集めましょう
「あらやだ、もうそんなことを言ってー」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。実は他国での話なのですがね……」
ギルドを退出しオットーさんのところへ向かう前に食料などの補給がてら店の人やお客さんと話していきます。そのほとんどは愚にもつかない普通の内容です。マインさんが少々顔を引きつらせていますが、こういった経験はあまりないのでしょうかね。
「ではまたよろしくお願いします」
「はいはい。楽しみにしてるからまた来なよ」
おかみさんの言葉に笑って応え店を後にします。ふむ、なかなか有意義な時間でしたね。やはり食料品系の店は……
「ワタル殿。何をしているのだ?」
「んっ? あぁ、顔つなぎと食材などの必要な品の仕入れ、そして情報収集ですね。どれがメインかと言えば今回は情報収集がメインで他はついでと言ったところですが」
「情報収集なのか? 俺には世間話をしているようにしか見えなかったが」
首をひねるマインさんの態度に苦笑します。確かに私がしていたのは世間話ですからね。しかし世間話と言うのはその名の通りこの町に住む彼女たちの日常の話なわけです。そこには重要な情報がいくつも隠れています。意識しなければそのまま見逃してしまいますけれどね。
「そうですね。先ほどの世間話で戦争が起こると考えていないこと、食材の値段が高騰しはじめていること、その他にも町の現状や住民の雰囲気など色々とわかりました。とりあえず本当に戦争はないと思っているようですね」
「そうなのか?」
「ええ。まあもう少し色々と回って情報を精査しなければいけませんけれどね」
その後もしばらくマインさんを引き連れて店を巡っていきます。食堂で少し遅めの昼食を食べつつ今まで聞いた情報についてマインさんと話し合います。
食事後もいくつかの店を回り、以前に話したことのある主婦の方に声をかけられたりしつつ世間話と言う名の情報収集を続けました。マインさんも少しずつ慣れてきたのかたまに会話に加わろうとしてくれたりしたのですが、目つきが鋭くいぶし銀といった感じのマインさんが加わると話している方が顔を赤らめて黙ってしまったり、逆に必要のないことまで話そうとしたりしてしまい情報収集に支障が出てしまいましたので今回はちょっと遠慮していただくことにしました。
普通に世間話の出来る自分の普通な容姿に感謝しておきましょう。ええ。
そんなちょっとしたハプニングはありましたが目的の大勢は達しましたのでいったん船へと戻りオットーさんの店へと届ける生地を商人ギルドで借りた荷車へと積んでマインさんと運んでいきます。1反1反はそこまでの重さではありませんが1度に運ぶのはさすがに無理です。あと何往復かすることになりそうですね。
オットー服飾店へと入ろうとしたところでちょうど扉が開き、1人の男性とすれ違いました。軽く会釈をお互いにしてそのまま別れます。この辺りの住人の服のデザインとは一風変わっていますし私と同じように生地を卸しに来た商人かもしれませんね。
「おお、もう生地が手に入ったのですか。ありがとうございます」
「ああ、これで一安心です。これで計画の前倒しで無理をする必要がなくなります。本当にありがとう、ワタルさん。マインさんもありがとうございます」
あいさつや自己紹介もそこそこに生地を持ってきたことを伝えたらこんな状況になってしまいました。何度も何度も私たちに頭を下げるオットーさんとイザベラさんの態度にマインさんが驚き、居心地が悪そうにしながらなんとか笑みを浮かべています。ぴくぴくと口の端が引くついているのは見逃しておきましょう。
今までの経緯などは一応事前に話しておきましたが、やはり自分で経験したわけではありませんし、そもそも商人でも職人でもないマインさんにこの2人の喜びようを想像しろと言う方が無理だったのかもしれません。
以前に比べ頬と腹の肉が落ち疲労がありありと顔に出てしまっているオットーさんの姿を見ればどれだけ無理をしているかはわかりますからこの喜びようも当然だとわかるのですがね。
オットーさん自身が無理な注文を受けてしまったというのなら自業自得とも言えるのですが、オットーさんは例えるなら上司がお得意様から無理な注文を受けてしまいその対応に奔走される部下のような状態であり、しかも直属の上司ではなく社長同士のトップ会談で決まったようなものなので断ることも出来ないという最悪な状況です。しかも失敗すれば物理的に首が飛びそうなのですよね。比喩や冗談ではなく。
その肩にかかっていたプレッシャーは並大抵のものではなかったでしょう。まだこれで仕事が終わったわけではありませんが一番の懸案でしかも自力ではどうしようもない生地の確保が早期に出来たのですから計画に多少は余裕が出来るでしょう。
「最初にオットーさんと取引した時に手ごたえがありましたので先日、国に帰ったときにマインさんに生地を大量に発注して私の拠点までの運送をお願いしておいたのです。品質については私も確認しましたが太鼓判を押させていただきますよ」
「そうでしたか。ワタルさんの商人としての勘に救われたようですな」
「いえいえ、マインさんを始め色々な方の尽力があってのことです。おやっ、そちらは先ほどの商人さんが持ってみえた生地でしょうか?」
あまり持ち上げられても困ってしまいますので、机の端に置かれていた黄みがかった白色の生地へと話題を変えます。見た感じ綿のようですね。私の持ってきた生地よりはグレードは落ちるでしょうが中々に良い品質の物です。
「あぁ、申し訳ない。片付けておくべきでした」
「いえ、なかなかに良い生地ですね。どちらの産地のものか伺ってもよろしいですか?」
「ランドル皇国の物ですよ。ワタルさんの生地に比べれば落ちますが最近はランドル皇国から良い生地が比較的安価で手に入るようになりましたので助かっているのです」
「ほう、ランドル皇国産ですか。お借りしても?」
オットーさんの了解をいただきその生地を確認していきます。綿糸の1本1本を見ると節がなく均一でストレートになっており今まで見てきたどの生地よりも均一に織られていました。この生地で作られた服ならば着心地はかなり良いでしょうね。
「ありがとうございます。勉強させていただきました」
手に持った生地を机に置き丁寧に感謝を伝えます。この生地がランドル皇国で作られたことを知ることが出来たのはある意味で幸運です。話もつなげやすいですしね。
「そういえば港で聞きましたが第3皇女殿下がお亡くなりになったそうで……」
「ええ。先日私の店にも領主様より連絡がありましてな。船が着く前でしたのでまさかとは思ったのですが残念なことです」
オットーさんもイザベラさんも沈痛な面持ちです。2人は無関係ではなくエリザさんのドレスを作っていたのですから思うところがあるのでしょう。服を作るという事はその人に似あうかという事だけでなく、着心地なども考えて作るのでしょうから思い入れが出来てしまうでしょうしね。
「そういえば作られていたドレスはどうされるのですか?」
「さすがに贈る相手のいないドレスを領主様に買っていただくわけにもいきませんし店頭の見本にしようかとも思ったのですが、縁起を考えるとそういう訳にもいかず苦慮しているところです」
「残念ですがこのままお蔵入りすることになりそうですな」
うーん、せっかくお2人が精魂込めて作った服が日の目を見ないというのももったいないですね。もともとエリザさんのために作られたものですし私の持ってきた生地で作った服でもあります。
「それならば私に買わせていただいてもよろしいですか? 私の生地を使ってお2人が最高の技術で作られた服なのですから記念に持っておきたいのですが」
「しかし縁起の悪い物ですが大丈夫ですかな?」
「はい。逆にその服が似合うような女性を見つけることを目標に商売を頑張ろうと思えますので」
「ははっ、そうですか。しかし殿下ほどのスタイルの方は中々いらっしゃらないでしょうな。見つけたらぜひこの店までお連れ下さい。最高の服をお作りしますので」
私の冗談に少しだけ顔色を良くしたオットーさんが応えてくれました。オットーさんとしても仕方のないことだとは思いつつもやるせない状況だったのでしょう。若干エリザさんのスタイルの話が出たときにマインさんの表情が厳しくなったのでひやひやしましたが幸いなことにそのことに気付いたのは私だけだったようです。
ドレスについては50万スオンにまけていただけました。おそらく定価であればその2倍いえ3倍以上はしていたのであろうそのドレスはネイビーの綿の生地を基調としており、重くなりがちなその色であるのにもかかわらず生地の上質な光沢とそのシルエットがそれを感じさせず知的な大人の印象を抱かせます。光を受け、キラリと輝く胸元に飾られたビジューには小さなダイヤが過度にならない程度にちりばめられそのドレスの美しさを際立たせていました。まさに1国の皇女殿下に贈るにふさわしいドレスと言えるでしょう。
「良い買い物をさせていただきました」
「いえ。私たちの方こそもう日の目を見ることはないと思っていたドレスを買っていただきありがとうございました」
オットーさんと握手をし、笑みをかわします。決して安い買い物ではありませんがこれはある意味で必要経費です。幸いなことにこのドレスを着ることの出来る女性がフォーレッドオーシャン号にいるわけですしね。無駄にはなりません。
「残りの生地も後で持ってきますがその前にお尋ねしてもよろしいですか?」
「何ですかな?」
「商人ギルドや町で色々な噂を聞きましてね。ランドル皇国に詳しいオットーさんでしたらもう少し詳しい情報を知っていらっしゃるのではないかと思いまして」
「あぁ、戦争や食料、魔石なんかのことですな」
「ええ。おおよその予想はついているのですがにわかには信じられませんでしたので無作法を承知でお聞きした次第です」
申し訳なさそうに聞く私にオットーさんは小さく笑みを浮かべ話し始めました。
「おそらくワタルさんの予想通りですな。ランドル皇国の軍船がルムッテロにやってくるそうです。その受け入れ準備を進めるために食料と魔石の需要が高まっていますな」
「やはりそうですか。その標的はノルディ王国ではなく……」
「はい。キオック海のローレライと言う話です」
オットーさんに告げられた言葉は予想通りでありながら、当たってほしくなかったそんな言葉でした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【古代の船のレリーフ】
船が人類にとって昔から身近な存在であった証明としてエジプトのテーベにある第18王朝(紀元前1400年ごろ)の墓のレリーフがあります。
このレリーフは故人とその家族がパピルスの筏に乗り、ナイル川で野鳥狩りをしている様子が色彩豊かに描かれています。
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