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Flag5:アル君を待ちましょう

 アル君が海に戻ってから程なくして歌声がだんだんと減っていき、ローレライのコンサートは終わってしまいました。まだ歌の途中だったように感じたのですがアル君を迎えに来るのが目的だったのでしょうから仕方がありません。非常に残念ですが。


 ローレライたちの姿も見えなくなりましたが、アル君のことがありましたので釣りをする気分にもなれず、そういえばアル君が飛び込んできたので側面のデッキが汚れていたことを思い出した私は掃除をすることに決めました。

 まあ汚れたと言っても海水が跳ねて濡れたくらいですし、この近隣の海自体が透き通るように青い海ですので汚れとしてはあまり気にする必要は無いかもしれませんが海水ですしね。

 ブラシで軽くこすり、乾いたタオルできれいに磨いていきます。アル君に刺さっていた釣り針が落ちていたのですぐに回収です。足に刺さっては大変ですからね。

 そんな風に拭き掃除をしている最中にキラリと何かが太陽の光を反射しました。


「おや、何でしょうかね」


 拭き掃除で曲がっていた腰を立ち上がってググッと伸ばし、その光の方向へと向かいます。デッキの(へり)にくっつくようにして小さなビー玉のようなものが3つ並んでいました。そのうちの1つを手に取り、上へと持ち上げます。

 それはエメラルド色をした透明な玉でした。その美しく鮮やかな緑色はまるで美しいサンゴの咲き誇る南国の海のよう。そして太陽に光に照らされたその玉はさざ波のようにその色を揺らめかせます。私も宝石には詳しいつもりでしたがこのような物は初めて見ました。


「何なのでしょう?」


 それが何かは分かりませんが、私の知らないものがここにあるということは、この持ち主はアル君である可能性が高いです。この船に乗ったことがあるのは今のところ私とアル君だけですしね。


「とりあえず明日聞いてみましょう」


 ハンカチにそっとその玉を3つ包むとポケットに入れ掃除を再開します。

 そうやって夕方まで過ごし、夕食は一匹だけ残っていたサンマもどきを頭付きの塩焼きにしてご飯と一緒にいただきました。やはりサンマにはご飯が合いますね。

 そして体を軽く拭いて就寝です。この夢が明日も続いてくれればいいのですがこればっかりは自由になるものでもないですから運任せですね。明日もいい夢が見れるといいのですが。


 朝、主寝室で目を覚ました私はまず自分の格好を確認しました。寝た時と同じローブ姿ですが腕の太さや体の動きから言ってまだ夢の中でしょう。少しホッとします。

 洗面所で30代半ばの自分の姿を改めて確認し、眠気を覚ますために顔を洗います。そして着替えをしようとしてふと思います。今日はアル君次第ではありますが遊びに来てくれるかもしれません。その時にあまり服装が変わっているのは良くないのではないでしょうか?


 服装というのは相手の印象に残る大切なアイテムの1つです。特に初めて会う人などは相手の性格など分かるはずもないのですから、その外見から多くのものを判断します。服にほつれやしわがあったり、靴が汚れていたりすればこの人はだらしがない人なのかなと思いますし、逆にしっかりと整えられていればこの人は几帳面な人なのかなと考えたりするのです。

 そういった印象は決して馬鹿にできるものではなく、ビジネスの世界、特に営業などでは大事な商談の前にはネイルサロンに行って爪を磨いてもらうといったことをしている営業マンもいるのです。まあゲン担ぎの意味もあるのかもしれませんが。


 まあそれはともかくアル君に会うのは今日が実質2日目。昨日もそれほど長い時間一緒にいたという訳でもありませんし、いきなり服装を変えるのは無用の警戒を与えてしまうかもしれません。特にローレライの方々は服を着る習慣がないようですから着替えるという言葉さえあるのかわからないですしね。


 まあ昨日と同じスーツでいいでしょう。

 昨日、クローゼットの中に全く同じスーツやシャツが合計7着あるのは確認済みです。しばらくは洗濯を溜めても問題はありません。海の上では毎日洗濯するなんてことは現実的に不可能ですから非常に助かりますが何で黒いスーツなのでしょうか?自分の夢ながら本当に不思議です。

 しわ一つ無いスーツに身を通し、ピカピカに磨かれた靴を履けば心まで引き締まった気がします。まあ生涯で最も長く着た服ですし、ある意味で戦闘服ですから当然かもしれません。


 朝食は昨日炊いて余ったご飯をレンジで温め、ミックスベジタブルと一緒に炒めた焼き飯です。ずいぶんと手抜きかつ重い料理ではありますが、これを食べても全く胃が重く感じないということが若い肉体を実感させます。

 この若い肉体のせいかお腹が空くのですよね。年を取って食事の嗜好も変わり、食べる量も減っていたのですが久しぶりに朝から重いものを食べたくなってしまったのです。


 朝食を終えた私は特に用事もないので3階の操舵室の後ろにあるリビングスペースのソファーでゆったりと読書することにしました。

 四角いテーブルを囲むように置かれたソファーは10人以上が座れるほどのスペースがあり、側面の窓からは雄大な海の景色を一望することができます。本来ならば家族でくつろいだり、パーティーをするスペースなのですが、今はもっぱら私がくつろいだり、読書するだけの場所になっています。

 そもそもこのメガヨットを一人で使用するということ自体がおかしいのですがね。


 このメガヨット。操舵室の下に位置する2階の私が寝ている主寝室のベッドはキングサイズのベッドですし、3階の操舵室近くにもクイーンサイズのベッドが置かれた寝室が用意されています。1階には従業員用の二段ベッドの置かれた部屋が4つ、ゲスト用のシングルベッドが2つ置かれた部屋が2つ、そしてダブルベッドが置かれた部屋が2つもあるのです。まあ1階の2段ベッドが置かれている部屋のうち1部屋は本で埋め尽くされていますし、もう1部屋は色々な趣味のものがごっちゃと置かれていますのでそこで寝ることは難しいでしょうが。

 その2部屋を差し引いたとしても、この船には14人以上が暮らせるということになるのです。それを1人で使っているということはある意味贅沢な、別の言い方をすればもったいない使用方法と言えるでしょう。


 そもそもこのメガヨット自体が海を優雅に楽しむための船ですからね。だからこそパーティーの出来るダイニングスペースやラウンジ、ギャレーなどが配置されていますし、4階のスカイデッキにはカクテルバーもあるのです。まあ1人の私では作るのも自分自身になってしまいますのでとても優雅とは言えませんが。

 そうですね、言うなれば海を走るスイートルームのような船と表現できるかもしれません。


 ペラペラと本をめくりながら頭の片隅でそんなことを考えているといつの間にか結構な時間が経っていたようで窓から射す日差しがきつくなってきました。その眩しさに目を少し細め、気分転換に水でも飲もうかと立ち上がれば、外から声をかけられていることに気づきました。


 アル君ですね。


 約束通り来てくれたことが嬉しく、頬をゆるめながら読みかけの本へ栞を挟みテーブルへと置きます。そして声のする後部デッキへ向かって歩き始めました。


「おっ、来た来た。おっちゃん遅いよ」

「お待たせして申し訳ありません。おや、そちらの方は?」


 てっきりアル君しかいないと思って後部デッキへと来てみれば海面に最も近いそこに腰掛けるようにしてアル君の他に2人の大人のローレライの方がいらっしゃいました。1人は女性、もう1人は男性ですね。どことなく2人ともアル君に似ているような気がします。アル君以外のローレライの方を近くで見るのは初めてですので余計にそう思うのかもしれませんが。


「俺の両親だよ」

「父親でキオック氏族の族長のガイスト・キオックだ」

「アルシェルの母のリリアンナと申します。昨日はこの子が大変お世話になったそうで申し訳ありません」

「あっ、これは申し遅れました。私は海原 航、いえ、こちら風で言うならばワタル カイバラと申します。こちらこそ昨日は申し訳ありませんでした」


 おっと予想通りだったようです。それに族長ということですし丁重におもてなししなくてはいけませんね。アル君がどう思っていようとも昨日のことは全面的に私が悪いのですし。

 しかし改めて親だと思ってみると、アル君の釣り目は父親のガイストさんから、その他のパーツは母親のリリアンナさんからもらったもののようですね。将来的にものすごくハンサムになりそうな予感がします。まあ大きくは外れないでしょう。

 そんな事を考えながらペコペコとリリアンナさんと頭を下げあっていると、そんな私たちにしびれを切らしたのかアル君が間に割り込んできました。


「おっちゃんも母さんもそろそろやめろよ。それよりおっちゃん、今日はお土産があるんだ。ほら親父出せよ」

「う、うむ。わかっておる」


 ガイストさんが海中から腕を持ち上げます。その鍛えられた太い二の腕の力こぶが盛り上がり、そして一抱えほどある網がその姿を見せました。


「これはまたすごい量ですね」


 その網の中には昨日採ったサンマもどき以外に、シロギスやメバル、タコ、イカ、ほたて、そして巨大な蟹まで入っていました。どれもまだ生きており、まさしく鮮度は抜群です。

 魚については釣りをすることでたびたび食べていたのですが、さすがに新鮮な貝や蟹を食べる機会などあるはずもなく、久しぶりのご馳走に心が躍ります。


「おっちゃん、これやるから料理してくれよ。母さんも興味があるんだって。あと、サンリマのパスタは絶対に作ってくれよな」

「こらアルシェル、そういうことは言わないの。申し訳ありません。私たちローレライには料理するという習慣がないのですが、この子があまりに美味しいと言うものですから好奇心が抑えきれなくて」


 アル君を叱りながら、恥ずかしそうにほんのり頬を染めるリリアンナさんの姿はとても可愛らしく、彼女が人妻でなければ不覚にもときめいてしまっていたかもしれません。

 まあ人妻ですので手を出すつもりはありませんが、美人の頼みを断るというのも男としてはしづらいものです。まあ大した手間ではありませんから断る理由もないのですがね。

 それにしてもあのサンマもどきはサンリマと言うのですか。ちょっと惜しかったですね。


「ははっ、大丈夫ですよ。私の方こそこんなに頂いてしまって申し訳ないくらいですから料理をふるまうくらいどうということもありません」

「やったぜ。ありがと、おっちゃん」

「ありがとうございます」


 そうと決まれば早速料理にとりかかりませんとね。せっかく四人分の料理を作るのですから一人分ではなかなか作れないものにしましょうか、と考えながらガイストさんが持ち上げている網を受け取ろうとしたのですが、どうにもガイストさんの顔色が思わしくありません。


「どうかされましたか?」

「いや、本当にこれらは食べられるのか?」


 そう言いながら網の中を見るガイストさんの視線を追えば、その先にはうにょうにょと元気に動くタコとイカの姿が。とても新鮮で美味しそうです。しかしガイストさんの目はかけらほどもそう思っていないようでした。嫌悪さえ感じられます。


「タコとイカですか? もちろん食べられますよ」

「何言ってるの、あなた。一度食べたことがあるでしょう?」

「そうだよ親父。見た目はあれだけどうまかったじゃん」

「いや、あれは母さんが食べてみろといったから仕方なく……」


 私たち3人に言われ、ガイストさんは次第にしどろもどろになり、最後には小さな声でぶつくさと文句を言っています。しかしガイストさんの反応を見るとタコやイカを食べるのはローレライの中でも珍しいようですね。もったいない。

 しかしその見た目から嫌われている地域があるのも確か。しかもアル君たちの場合は生食が基本ですからその傾向が強いのかもしれません。無理強いするものではありませんが、調理すればその見た目を変えることも出来ますし美味しさを知るきっかけにはなるでしょう。


「料理すれば案外美味しいかもしれませんよ。それでは少々お待ちください」

「おっちゃん!」

「パスタですよね。わかっています」

「さすがおっちゃん。じゃあ頼むな」


 やりぃ、と指を鳴らして喜ぶアル君に軽く手を振って、頭を下げるリリアンナさんに会釈を返しキッチンへと向かいます。さあ急いで支度をしましょうか。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【タコやイカは本当に海外で嫌われているのか?】


結論から言うとある意味で正しく。ある意味で間違っています。タコやイカ嫌いの原因の一つはユダヤ教のヒレや鱗のある魚類以外は食べてはいけないという戒律にあると言われています。キリスト教にも引き継がれていますのでヨーロッパの北部やアメリカでは嫌いな人が多いそうです。しかしその教えが広がる前からタコなどを食べていた地中海側のヨーロッパ諸国では普通に食べられています。同じくヒレや鱗のないロブスターなんかはアメリカでも食べられているのですが、タコやイカはやはり見た目で損をしているのでしょう。


***


お読みいただきありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
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少しでも気になった方は読んでみてください。

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