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Flag55:雇用契約をしましょう

 翌日、寝ているアル君を起こさないようにこっそりと部屋を抜け出し朝食を作っていると、そこにエリザベート殿下とミウさんたちがやって来ました。


「おはようございます。朝食の準備はもうしばらくかかりますので……とそういう話ではなさそうですね」


 子供たちの顔色は普通なのでゆっくり眠ったのだろうと思うのですが、エリザベート殿下を始めミウさん、マインさんの顔色が思わしくありません。殿下とマインさんだけの体調が悪そうだったなら減圧症かとも思ったのですがミウさんまで悪いとなると昨日私と別れた後も3人で話し合っていたのでしょう。気持ちはわかりますが無茶のし過ぎです。


「ワタル様のご厚意に甘えてしばらくの間この船で働かせていただきたいと思います」

「わかりました。ようこそフォーレッドオーシャン号へ。そしてこの船の船長として最初の命令です。朝食を食べてさっさと寝てください。寝不足の上、昨日の疲労が抜けきっていない人を働かせる気はありません」


 でも、しかしと抵抗する5人を無理やりダイニングエリアの椅子へと座らせ、作りかけの朝食を出来上がっただけ提供し、栄養補助の意味も含めてシリアルも開封しました。こちらに来てからはゆっくりと朝食を作ることが出来ましたしどちらかと言えばご飯派の私だけでは悪くなってしまうからと開封をためらっていたのですが良い機会でしょう。麦や玄米、トウモロコシなどの穀物類だけでなくナッツなども入っていますし砂糖やメープルシロップも含まれていますから栄養は満点ですしね。

 最初は不思議な顔をして食べていた皆さんでしたが、その独特の歯ごたえなどにも慣れたのか美味しそうに食べていました。この分ならシリアルが劣化してしまう前に食べきることが出来るでしょう。


 食事が終わり再び働こうとする3人を部屋へと押し込め、ハイ君とホアちゃんに3人がちゃんと休むように監視するという仕事を振っておきました。2人とも良い顔で返事をしていましたのでしっかりと見張ってくれることでしょう。

 ローレライの方々に殿下たちと同じ朝食を提供し、何かを忘れているような気がしつつも自分の朝食づくりを再開しようとしたところで、ギャレーの入り口の辺りからこちらを不機嫌そうに見つめる視線に気づきます。そういえば、そうでしたね。

 その後の朝食の時間が始まるまでアル君からぶちぶちと文句を言われたのは言うまでもありません。まあアル君のことを忘れていた私のミスです。甘んじて受けましたが少々納得がいかない部分もありますけれどね。


 食事がひと段落したところでアル君とローレライの方々には沈んでしまったエリザベート号から荷物などのサルベージをお願いしました。お金などもそうなのですが何より衣服が圧倒的に不足しています。マインさんは私のものを着れば良いのですが女性陣や子供たちは同じ服を着まわしするしかない状況です。思い出のものもあるでしょうしとりあえず目につくものは運んでもらうように依頼しました。殿下たちが起きてきたら要不要の判断してもらいましょう。


 一方私はと言えばせっせと雇用契約書を作成していました。船内にはノートパソコンと小型のプリンターも設置されていますので一度定型の契約書を作ってしまえば後は名前を変更するだけで済むので助かりました。「共通空間」の機能のおかげか日本語が読めることはミウさんと一緒に料理した時に確認済みですので問題ありません。


 日本語で書かれた食品表示などを普通に読んでいましたからね。知らないはずの文字が読めることを不審に思われるかと思ったのですが、その透明なビニールの包装やその表示の詳しさに驚かれたものの文字そのものに違和感を抱いている様子はありませんでした。どうにも文字については母国語で見えているようなのですよね。「共通空間」の謎は深まるばかりです。頼りすぎるのは危険だと思うのですが現状は頼らざるを得ないのがもどかしいところです。


 まあそんなこともあって雇用契約書の作成は簡単に終わりました。契約文書は一見すると難しいように感じますが言い回しや語句が独特なだけで丁寧に分解してみればそこまで難しいものではありません。まあこの分解する作業が非常に面倒ではあるのですがね。

 契約とは結局は契約者同士の権利の奪い合いです。そのためこの契約書を巡って喧々ごうごうの争いになることもしばしばあるのですがね。だからこそ一定の慣習と言われるものが出来ていったのですが。雇用契約は慣習契約の最たるものかもしれません。まあ会社によって細部は違いますがね。


 とは言え今回作った契約書は非常に簡素なものです。どちらかと言えば雇った、雇われたの意識づけの意味合いの方が大きいのです。エリザベート殿下にしてもずっとここで働くとは考えていないでしょうしね。

 衣食住のうち食事と住居はこちら持ちですし、そんなに大した仕事をしていただく予定もないため基本給として月に大人は5000スオン、子供は1000スオンとし、後は私の評価によって追加報酬を払うと言うことにしました。少ないようにも感じますが、そもそもお金を使う機会が圧倒的に少ないでしょうし何か必要な物があれば品によっては経費で買うということにすれば良いでしょう。まあこの辺りはミウさんあたりと相談しながら変更しようかとは思っています。


 昼を少し過ぎたあたりに起きてきたエリザベート殿下やミウさんたちの顔色が元に戻っていることに安堵しつつ昼食を用意し、ローレライの方々がサルベージした物の中から必要な物を選んでもらったり、雇用契約についてミウさんと調整したりしながらその日の午後は過ぎていきました。

 そして夕食も終わり、皆がそれぞれの部屋へと戻る前に今後の方針を伝えることにしました。


「とりあえずこの海域で出来ることはもうありませんのでキオック海へと戻ります。悪魔の海なんて言われていますがそんなことはありませんので安心してください」

「おう。おっちゃんの船に乗ってる奴を攻撃する馬鹿はローレライにはいないから大丈夫だぞ」


 アル君の言葉に苦笑いが浮かんでいます。裏を返せば私の船以外は攻撃すると言っているようなものですからね。とはいえアル君と一緒に過ごしたりサルベージするローレライの方々と話したりしているのです。以前よりは畏怖の感情は薄まっているようですし問題は無いでしょう。


「キオック海に戻ってからですがとりあえずは船の内部の把握と雑用を覚えてもらいます。具体的に言うなら掃除と料理ですね。これはミウさんの今までの仕事と重複する部分があると思いますのでミウさんをリーダーとしてやっていただきます」

「わかりました」

「エリザベート殿……ええっとエリザさんはあまりそう言ったことはやったことが無いでしょうからゆっくりと覚えていただければと思います」

「はい」


 エリザベート殿下が首を縦に振り、ミウさんに「よろしくね」と声をかけています。ううん、やはり慣れませんね。

 雇用契約を交わした後にエリザベート殿下から直々にエリザと呼ぶようにと言われました。雇われた以上立場を明確にすべきだと考えられたそうです。抵抗はしてみたのですがエリザベート殿下の意志は固く、ミウさんたちに助けを求めたのですが首を横に振っていたので仕方なく了承しました。さすがに呼び捨てにして欲しいと言う要望は却下しましたけれどね。そもそもミウさんたちについても呼び捨てにしたこともありませんし。


「そしてマインさんですが私と一緒にルムッテロの町に行ってもらいます。荷物運びの手伝いと少々確認したいことがありますので」

「了解した」

「ではとりあえずこの方針で私とマインさんが帰ってくるまでは働いてください。わからないことはアル君に聞いてくださいね。大体の事はわかると思いますので」

「おう、任せとけ」


 今後の方針を話し終え、それぞれの部屋へと戻っていきます。私は航海日誌をつけるために操舵室へと向かいます。人数が増えているために燃料や水の消費が少々増えているようですが問題ない範囲です。

 航海日誌を書き終え椅子の背もたれへと体を預けます。

 ひょんなことから皇族のお姫様をかくまう形になってしまいました。このことがどれだけ今後に影響を及ぼすのか予想がつかないのが厳しいところです。何も影響がないと言うことは絶対にありえませんからね。

 そしてエリザベート号が沈没していた地点。確かに人目につかないように陸から離れたと言う理由だと思うのですがそれにしても離れすぎです。私の予想地点よりさらに外洋でしたしね。そもそもバーランド大陸の東にはキオック海が広がっていますので船乗りならば近づかないはずなのですが……


「はぁ、私の予想が外れればよいのですがね」


 ゆったりとした船の揺れを感じながら、どうしてもそれが嵐の前の静けさのように感じてしまいそれを振り払うように軽く首を振り、操舵室の電気を消して自分の部屋へと戻ることにしました。嵐は過ぎ去ったはずなのですがね。そんなことを考えてしまった自分に苦笑しながら。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【船乗りの転職事情】


一つの会社で勤め上げると言う人も確かにいますがそうでない人も多い印象です。

特に内航船のタンカーなどの船乗りは雇用条件の合う職場に転職する人も多いです。経験豊富で有能な船乗りはどこの会社も喉から手が出るほど欲しいですからその辺りの事情とも合わさっているのかもしれませんね。


***


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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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