Flag54:落ち着いて話しましょう
ギャレーで私がカボチャのミルクがゆを温めなおす傍らでミウさんが全員分の飲み物を用意しています。さすがメイドと言ってよいのかわかりませんが既にこのギャレーにあるものは把握しているようですね。動きに無駄がありません。
「脚本はミウさんですね?」
「はい」
一応確認しておこうと聞けば、即座に肯定の返事が返ってきました。まぁ、マインさんにそんな腹芸が出来るようには見えませんし、子供たちについても言わずもがなです。消去法で考えればミウさんしかいないのですよね。
「私がエリザベート殿下の依頼を受けていたらどうするつもりだったのですか? そういう可能性もあったと思いますが」
「その時は殿下と共にランドル皇国に戻るつもりでした」
「それが破滅へとつながるとわかりきっていてもですか?」
「はい。しかしワタル様なら断ってくださると思っていました。本当に感謝いたします」
再びミウさんが深々と頭を下げます。やはり失敗した時はそのままエリザベート殿下と共に死ぬつもりでしたか。それが皇女に仕えるメイドとしての覚悟、いえミウさんの覚悟なのでしょう。私としてはあまり賛成できませんがね。
おっと、温めも終わったようです。殿下も少しは落ち着いたでしょうしそろそろ戻りましょうかね。
「先にお聞きしておきます。今後どうするおつもりですか?」
「わかりません。しかし殿下のお心のままに共に歩ませていただくつもりです。少しお導きはしますけれどね」
そう言ってにこりと笑ったミウさんは今まで見た中で最も綺麗でした。思わずドキリとしてしまうほどに。エリザベート殿下が無事に助かり、そして現状を把握してくれたことでミウさんの中の重圧が軽くなったのでしょう。その笑顔が彼女本来の美しさなのかもしれません。
「さて行きましょうか。殿下がお待ちです」
「え、ええ。そうですね」
先導するミウさんの後を追います。その後ろ姿を目で追ってしまっている自分自身に苦笑しながら。
ダイニングエリアへと戻ると意外な光景が目の前に広がっていました。お嬢様とアル君が座っているのはそのままなのですが、マインさんやハイ君そしてホアちゃんも椅子に座っています。ミウさんの時のように私から言い出さなければならないと思っていたのですが。
ミウさんは驚いていないようですのでこれが珍しい光景という訳ではないのでしょう。エリザベート殿下はそういう方だということなのでしょうね。どうしてそのような考えになったのか興味がありますが、簡単に聞けるような内容でもないでしょうし諦めましょう。
ミウさんが全員分の飲み物を配っていく傍らでエリザベート殿下とマインさんの前にカボチャのミルクがゆとスプーンを置きます。
「一応胃に優しいものと考えて作ってみました。お口に合えば良いのですが」
「ワタル殿は驚かないのだな」
「いえ、少々驚きましたが私としてはこちらの方が好ましいですからね」
「本当にミウが言った通りの方なのですね」
チラッとミウさんの方を見ると微笑み返されました。どう話をされたのか聞いてみたいところですが藪蛇になりそうですしやめておきましょう。
食前の祈りをしてエリザベート殿下とマインさんがミルクがゆを食べ始めます。ミウさんたちと同様に食事中に話すことはなく、言っては悪いですがエリザベート様は元よりマインさんも非常にきれいに食事をされています。やはり皇女殿下のお付きとしてはそういったことを求められるのかもしれませんね。
しばし待っていたのですが子供たちがもの欲しそうにしていたためギャレーへと戻りルムッテロで仕入れたリンゴをカットして提供しました。うさぎリンゴはやはり受けが良いですね。特に子供には。
器も空になったところで話し合いに戻ります。私としてはいったん今日はお開きにしても良いのではないかと思うのですが、エリザベート殿下の視線がそれを許してくれそうにありません。ミウさんとマインさんもそのつもりのようですし仕方がありませんね。
「現状を正しく理解していただいたという認識で話を進めさせていただきます。私としては助けた殿下や皆さんをみすみす死なせるようなことは出来ません。それは良いですね」
「はい」
「その上で聞きます。今後殿下はどうされるおつもりですか? いくつか選択肢はあると思いますが」
母国へと帰ることは実質不可能なのですがそれ以外ならば無数に選択肢はあるのです。バーランド大陸の別の国へ身分を明かして亡命するもよし、身分を隠して市井に紛れて暮らしていくもよし、別の大陸に行ってしまうという手もあります。それぞれ違った苦労はあるでしょうがそれは当たり前ですしね。
殿下は私の言葉に眉根を寄せ考え込んでいました。皇女として生きてきた彼女にはそれ以外の暮らしと言うものが見えていないのかもしれません。
しばらく無言の時が過ぎ、そして殿下がぽつりと呟きました。
「迷っているのです。私はランドル皇国の皇女です。謀殺されそうになった今でもそれは変わりません。私は民が苦しむ姿を見たくない。望んでもいない戦争に駆り出され、そして帰ってこないと嘆く人々の姿を見たくないのです」
「それは……」
「ええ、わかっています。夢物語だってことは。小さかった私の力はさらに小さくなってしまいました。私にはもうどうすることも出来ないのだとは理解しているのです。理解しているのに……」
肩を震わせる殿下の手をミウさんがそっと握りしめます。
殿下の言葉は本心でしょう。それは疑いようもありません。そしてそれが夢物語であるという事も確かです。殿下に今回のようなことがなく和平外交を続けていけていれば非常に低い確率ですがあるいはそういった未来があったのかもしれません。しかしその道は永遠に閉ざされてしまいました。他でもない自らの国の誰かによって。
殿下にとっては今まで自分が生きてきた意味を見失ってしまった状態なのでしょう。だからこそ無謀な選択をしようとしてしまったのです。これはすぐに解決できそうにはありませんね。ふぅ、仕方がありません。
「提案があります」
私に全員の視線が集まります。期待されているのはわかるのですがそう大したことは出来ないのですがね。心の中で嘆息しながらそれを出さないように余裕がある表情を保ちます。
「皆さん、しばらくこの船で働きませんか?」
「どういうことですか?」
聞き返してきた殿下へと視線を向けます。私の発言の意図が理解できなかったのか困惑した様子です。
「いえ、別にそのままの意味なのですがね。この船に現状で乗っているのは私とアル君だけですので乗員が不足しているのです。普段はそう大したこともありませんので余裕はありますがやはり人手が欲しいと感じることもありますので」
「俺たちは船については素人だぞ」
「それは知っていますよ。そこは私がお教えしますので大丈夫です。マインさんには海の魅力についてお教えするという約束もありますしね」
マインさんがニヤリと笑います。非常時にした約束でしたがそのことを思い出したのでしょう。私もまさかあの時の約束をこんな形で話すことになるとは思ってもみませんでしたがね。
「殿下には考える時間が必要なはずです。性急に答えを出して後悔するよりはじっくりと自分が進むべき道を探してください。この船ならばよほどのことがない限り安全ですからじっくりと考えられるでしょう」
「それで良いのでしょうか?」
「わかりません。私の提案はいわゆる年寄りのおせっかいですからね。別にこの提案を蹴っていただいても一向に構いません。ただ殿下には殿下のために命を懸けてくれる4人がいることを重々心に留めておいてくださいね」
「わかりました。少し考えてみます」
「では今日はいったんお開きにしましょう。いろいろあって疲れたでしょうし、子供たちも限界のようですしね」
うつらうつらし始めている子供たちが私の言葉に目をこすり眠っていないとアピールしてきます。そんな可愛らしいしぐさに少し気持ちが和らいだのでしょう。殿下が微笑まれます。そしてハイ君とホアちゃんを連れて自分たちの客室へと降りていきました。
私も眠りそうなアル君を抱き上げ自分の部屋へと戻ります。キングサイズのベッドですのでアル君と私が寝たとしてもかなり余裕がありますし問題ないでしょう。
アル君をベッドへと横たえ、スーツを少し乱雑に脱いでベッドへと倒れこみます。今日は色々な事がありすぎました。流石に限界です。
アル君の穏やかな寝息を聞きながらいつの間にか私も深い眠りへと落ちていくのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【日本は旅客船大国?】
船の保有数ということではなく離島等に人を運ぶ旅客船の数のことです。
日本は大小合わせて7000近い島々からなる国土ですのでその間を行き来するために船が欠かせない存在です。旅客船やフェリーがこれほど身近な国も珍しいと言っても過言ではありません。
因みに日本の旅客船の数は世界の15%を占めています。
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