Flag53:話をまとめましょう
視線だけを上げ、剣を構えているマインさんを見ます。
「今日、2回目ですね」
「余裕だな。命の恩人に手荒なことはしたくない。姫の言うことを聞いてもらおう」
「これでも十分手荒だと私は思いますがね」
一瞬マインさんが目を伏せ、そして有無を言わさぬためか触れるか触れないかと言った距離にまでその剣が近づきます。触っていないはずなのですが触れられているような不思議な感覚です。これが剣気と言うものなのでしょうか?
それにしても不思議と前回のような生命の危機は感じませんね。
「マインさんの行動はエリザベート殿下の意向と言うことでよろしいのですよね」
「……はい。申し訳ありませんが手段を選んでいる時ではないのです」
一瞬返事を躊躇し、苦しそうな表情のままエリザベート殿下が私の言葉を肯定します。ほんの少しですがマインさんの剣が揺れ、ミウさんの表情が歪みました。
はぁ、そういうことですか。
気乗りしません。気乗りしませんがここまでされては他にどうしようもありません。
「おいっ、お前らもごもご……」
「あー、アル君。気持ちはとても嬉しいのですがちょっと待ってもらえますか。私が話をつけますので」
大声でおそらくエリザベート殿下たちを非難する言葉を叫ぼうとしたアル君の口を手で押さえます。アル君がもごもごと私の方を見ながら怒っていましたが、私が笑い返すと少しずつ大人しくなっていきました。気持ちはとても嬉しいですし、こんな状況でアル君の存在は癒しなのですが話がややこしくなってしまいますしね。
ふぅ、と一息つきそして表情を引き締めてじっとエリザベート殿下を見ます。さあ話し合いを始めましょうか。
「ランドル皇国のことについては多少詳しく調べています。私は現在ノルディ王国のルムッテロを拠点に活動していますのでそこでわかる範囲ですがね。エリザベート殿下が他国との和平を望み、国民にも人気があるということも存じています。そしてランドル皇国が領土を取り返すということで定期的に他国へと戦争を仕掛けていることも」
「はい。しかしだからこそ……」
「だからこそおかしいのですよ。ただ戦争を仕掛けるのならばエリザベート殿下を殺す必要などないのです。いつも通り仕掛ければ良いのですからね。これらのことから考えられる結論は1つ。今回のことはエリザベート殿下を殺すことを第一の目的としているということ。まあそれに付随して戦争が起こるかもしれませんし、その他に目的があるのかもしれませんがそれらはあくまでおまけ程度のものでしょう」
エリザベート殿下の顔から覇気が消えていきます。自分でも薄々自覚していたことを改めて私から言われて最悪とも言える現状を再認識したからかもしれません。マインさんとミウさんにちらりと視線を向ければ残念そうにしながらもどこかほっとしたような顔をしています。マインさんに突きつけられていた剣が少しですが私の額から離れました。
そんな2人の様子にすこしイラっとします。確かに仕える人に従うのは当たり前です。そうしなければ社会が成り立たないでしょうからね。しかしそうだとしてもその人が誤ったこと、無謀なことをしようとしたのならそれを止めるのが本当の部下ではないのでしょうか。その人を敬愛しているのならばなおさらに。
「しかしリーラントに行けば私に協力してくれる仲間や知人も……」
「本当にその方は仲間でしょうか?」
もしかしてという希望にすがるエリザベート殿下には申し訳ないのですがバッサリと切ります。エリザベート殿下の顔がみるみる赤くなり、机をバンと叩きました。
「侮辱するつもりですか!?」
「いえ。ただエリザベート号に乗っていた船員もその護衛の船の船員も仲間だったはずですよね。それでもなおこんなことになったということはエリザベート様を殺そうとした相手はそういったことについては2枚も3枚も上手ということではありませんか? それが誰なのか私は知りませんが、心当たりがあるのでは?」
「あっ、うっ」
怒りに染まっていたエリザベート殿下の顔が見る見るうちに消沈していきます。心当たりはあるようですね。しかもその上で私の言葉が正しいと思わざるを得ないような人ということですか。本当に厄介な状況です。ミウさんを助けると決めた時にある程度の面倒ごとは覚悟していたつもりでしたが、ここまでとは思いませんでした。
少し気持ちを入れ替えるために大きく息を吐きます。それだけでビクッとエリザベート殿下が体を震わせています。あぁ、これは怯えさせてしまったようですね。嫌われたかもしれませんがそれでも言うべきことでしたから仕方がありません。まあ年寄りの宿命と考えて諦めましょうかね。
「厳しいことを言っているかもしれません。しかしそれでも人の上に立つ立場なら現状を正しく把握することは必須です。そうでなければ今そばにいる本当の仲間を無駄に死地へと追いやることになります」
「あっ」
エリザベート殿下が周りを見ます。ミウさんが、マインさんが、そしてハイ君とホアちゃんがエリザベート殿下をじっと見ていました。そこに彼女を非難するような感情は全く含まれていません。ただ彼女を信頼し、心配し、そして何があっても彼女についていくという意思がこもった目をしています。それを見たエリザベート殿下の目が潤んでいきます。しかしそれでも彼女は涙を流すことなくグッと歯を食いしばり私をしっかりと見返してきたのです。
この年齢でここまでの対応が出来るものなのですね。さすがは皇族ということでしょうか。
「まあここまで憎まれ役をやったのでついでに言わせていただきますが、ミウさんとマインさん。あなたたち2人はそのことを十分に承知していたはずです。エリザベート殿下を止めるのもお2人の役目でしょう。私を利用しようとするなら事前に相談してからにしてほしかったですね」
「すまんな、ワタル殿」
「申し訳ありません。事前にギャレーへ行き相談させていただくつもりだったのですがいらっしゃいませんでしたので」
「あっ、そうでしたか。それは申し訳なかったですね。後部デッキでアル君と話していたものですから」
マインさんがあっさりと剣を納め、そしてミウさんが私へと頭を深々と下げます。その言葉と態度で理解しました。2人もエリザベート殿下に現状をお伝えしていたのでしょう。しかしそれでも2人には止められなかった。だからこそ私に助力を求め、そして事前の相談が出来なかったため半ば強引ともいえる方法で話を進めたのでしょう。
身内ではない第三者として意見なら戦争を止めたいということに凝り固まってしまったエリザベート殿下の心を動かせるかもしれないと考えて。
私たち3人の態度の豹変についていけていないエリザベート殿下と口をぽかんと開けたまま固まっている子供たちに対してにこやかに笑いかけます。
「とりあえず食事と飲み物を持ってきますから一息つきましょうか?」
「手伝います」
椅子から立ち上がり、手伝いを申し出てくれたミウさんを連れてギャレーへと向かいます。
「ありがとうございます。エリザベート殿下は紅茶ですかね。それとも子供たちと一緒のオレンジジュースの方がよろしいでしょうか?」
「殿下は普段は紅茶をお飲みになっていますが、本当は甘いものの方がお好きですのでオレンジジュースでよろ……」
「ちょっと待ちなさい!」
「紅茶の方がよろしかったでしょうか?」
「そういうことではありません。ミウ、何を言っているのですか!?」
背後からかかった声に振り向けば顔を赤くしたエリザべ-ト殿下がこちらを見ていました。少々怒っていらっしゃるようですが先ほどまでと比べればよほど良い表情をしています。高貴でありながらも親しみがわくような。これがエリザベート殿下が人気のある理由なのかもしれません。
「殿下があまりにも周りが見えなくなっていらっしゃいましたので一芝居打たせていただきました」
「芝居って……」
「なぜか私が悪役だったのですがね。まあ配役上仕方のないことだとは理解しているのですが若い女性しかも皇女殿下を責めるなんてことは2度としたくないものですね。剣を突きつけられるのもですが」
唖然とした表情でこちらを見たまま固まっているエリザベート殿下へ肩をすくめて返します。ミウさんの対応を見る限りこの程度の砕けた調子なら容認してくださりそうですしね。
エリザベート殿下の後ろではマインさんが明後日の方を向きながら頭をかいています。おそらく返す言葉がないのでしょう。器が小さいと自分でも少し思いますがこのぐらいのいやみは許容範囲ですよね。従わなければ殺されるという気はしませんでしたがやはり剣を突きつけられるというのはそれなりにストレスですから。
「とりあえずお互いに言いたいことはあるでしょうが少し休憩しましょう。のども渇きましたしね」
そう言い残して再びギャレーへと向かいます。エリザベート殿下から再び声をかけられることはありませんでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【航海の指示】
商船など航海する時に操舵手へ船長などが指示をするわけですがその時の指示方法は少し特殊です。「スターボード テン」や「ハード ア スターボード」など素人には何がなんだかわかりません。因みに前が「右舷方向へ船首回頭、舵角10度」で後が「面舵いっぱい」です。
操舵手は復唱後に操作を行い、操作できたら復唱+サーで返事をします。
マニアックで格好が良いのですが小説で忠実にそのとおりに書くと何がなんだかわからなくなりますので普通に指示するようにしています。
***
評価、ブクマいただきました。ありがとうございます。
そして200ブクマ達成です。読んでいただき本当にありがとうございます。