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Flag51:報酬について聞きましょう

 アル君を連れて入った2階のダイニングエリアにはお嬢様を始めすでに全員がそろっていました。一応集合時間には間に合ってはいるのですが少々申し訳ないですね。


「お待たせしたようで申し訳ありません。お食事をお持ちしますね」

「いえ、大丈夫です」


 お嬢様の雰囲気は先ほど別れた時とは一変していました。こちらを真っすぐに見つめる凛としたそのまなざしは人の上に立つ人間だと物語っています。ミウさんやマインさんもお嬢様から一歩引いて立っていますし、ハイ君やホアちゃんはさらにその後ろにいます。少々ハイ君とホアちゃんの顔色が良くないですね。先ほどお嬢様とマインさんに再会した時は元気だったのですが。


 しかしここまであからさまに態度を変えられればどうすべきか明らかです。ふぅ、料理を用意した意味がなくなってしまったかもしれません。

 とりあえず抱いていたアル君を椅子へと座らせます。アル君にとってはあまり関係ないかもしれませんが見ることもある意味で勉強にはなるでしょう。アル君の立場なら座っていても問題はないでしょうしね。


「公式な立場でのお話と言うことでよろしいですね?」

「はい」


 お嬢様がはっきりと返事をします。ミウさんとマインさんへと視線を向ければ2人ともにうなずかれます。私の勘違いであれば良いなと多少の望みを持っていたのですが……仕方がありません。

 思考を切り替え、表情を引き締めます。私の雰囲気が急に変わったのがわかったのかアル君が驚いた表情でこちらを見ています。そういえばこんな仕事用の顔をしたのは初めてでしたかね。


「話し合いの前に改めて自己紹介をさせていただきます。このフォーレッドオーシャン号の船長のワタル カイバラと申します。お会いできて光栄です。エリザベート・フォン・ランドル殿下」


 そう言って胸に右手を当てて頭を下げます。国によって礼式は違いますので私の礼は正式なものではないでしょう。とは言えそれをとがめるような人とも思えませんし敬う気持ちは伝わるでしょうしね。


「頭を上げてください、ワタル様。ランドル皇国第3皇女、エリザベート・フォン・ランドルです。助けていただきありがとうございました。そしてあなたを危険な目に合わせてしまい申し訳ありませんでした」


 スカートを持ち上げようとしたのかエリザベート殿下の手がしばし宙をさまよい、そしてバスローブ姿であることに気づいて苦笑しながら私を見返しました。そして小さく頭を下げます。それに合わせて背後にいた4人も頭を下げてきます。

 雰囲気からして正式な謁見のようなものではなく内々の話し合いと言ったところでしょうか。そうでなければ皇族であるエリザベート殿下自らが謝るなんてことをさせるはずがないでしょうし、私の発言に関しても制限がつくはずですしね。

 ふむ、おおよその線引きは出来ました。それでは様子を見ながら話し合いを続けましょうか。わざわざ公式な立場としたのです。それなりの理由があるはずですしね。


「おい、おっちゃん。どういうことだよ?」


 空気を読んだのかアル君が小さな声で私に聞いてきます。小さな声なのですが室内ですので私だけではなくエリザベート殿下にも聞こえてしまっているようです。アル君のことを微笑ましそうに見ていますしね。


「エリザべ-ト殿下はランドル皇国という国の皇女殿下なのですよ。うーん、わかりやすく言うなら物凄く偉い人ですかね」

「へー」


 アル君はわかったようなわかっていないような生返事で返してきました。確かにローレライの方々はそう言った地位とか立場とか言ったものとはあまり縁がありませんしね。

 族長のガイストさんが一番偉いとも言えますが尊敬はされていますが立場的に上と言うよりは皆の取りまとめ役と言った感じですし。しかし考えてみればガイストさんが王だと考えればアル君の立場はエリザベート殿下と同じなわけですよね。


「んっ、なんだ?」


 私の視線に気づいたアル君が首をかしげながら私を見てきましたので軽く頭を撫でておきます。そのままのアル君が一番です。

 椅子へと座るように促し、ミウさんに介助されながらエリザベート殿下が座るのを待って私自身も椅子へと座ります。ミウさんが私の介助もしようとしていましたが目線で断っておきました。公式の立場ではありますが内々の話し合いですからね。そこまでこだわる必要もないでしょう。

 椅子へと座っているのは私、アル君、エリザベート殿下だけで、他の4人は立ったままです。まあ気にしても仕方がありません。皇女殿下と一緒の席に着く使用人はいないでしょうしね。アル君は不思議そうに見ていますがそのあたりの説明は後にしましょう。


「私の正体について最初に話すつもりだったのですがやはり気づいておられたのですね」

「はい」


 その言葉にハイ君とホアちゃんがビクリと体を震わせます。ああ、そういえばエリザベート殿下と2人が再会した時に「姫様」と言っていましたね。先ほどから2人の顔色が思わしくなかったのはそのことについて注意されたのかもしれません。うーん、このままと言うのは少々2人が可愛そうですね。よしっ、誤解は解いておきましょう。


「一応断っておきますが、お嬢様がエリザベート殿下だと気づいたのはハイ君とホアちゃんの言葉のせいではありませんよ」

「では、なぜ?」

「はっきりと言ってしまえば事実の積み重ねによるものです。まずミウさんが私に自己紹介するときに主家の名前を言わなかったことや、お嬢様と言うだけでその本名を言わなかったことに違和感を覚えました。報酬は払うと言っていましたし、短い間ですがミウさんの人となりを見た限りそれが嘘とも思えませんでした。しかしそれでも名前を言わないということは言わないのではなく言えないのだろうと予想がつきましたのであえて聞きませんでしたが」


 何とも言えない表情をしているミウさんを見ながら話します。そして視線をその隣に立つマインさんへと移します。


「マインさんも一度だけですが姫と口走っていましたし」

「ぐっ」


 私の言葉にマインさんの顔が歪みます。まあ室内に海水が入ってきてとっさの時でしたから本人は覚えていないかもしれませんが。


「とは言えこれらはあくまで推察の域です。貴族のお嬢様がお忍びで、なんて言う可能性もあるわけですしね」

「と言うことは他に私の正体がわかってしまう理由があったということですか?」


 そのエリザベート殿下の言葉ににこやかに笑いながらうなずきます。


「はい、単純にして明快な理由ですよ。沈没した船の船体後尾に記されていた船の名はエリザベート号。貴賓者が乗ることを前提に作られたと思われるその船の内装、そしてその最も良い部屋にお嬢様がいたという事実。第3皇女殿下がルムッテロに船で来航されるという話は聞いていましたし時期的にも妥当です。むしろこれで違うと考える方が無理があります」

「ふふっ、確かにそうですね」


 私の答えにお嬢様が小さく笑います。ハイ君とホアちゃんも驚いた顔をしていますが先ほどのように落ち込んでいるような感じはしませんので少しは気を紛らわせることが出来たようです。アル君は「ふーん」とわかったような顔をしていますがあの表情は十中八九よくわかっていないでしょう。と言うよりは興味がないと言った方が正しいかもしれませんね。


「と言う訳ですのでハイ君とホアちゃんにあまり厳しくしないであげてくださいね」


 少し表情を緩め、視線をミウさんとマインさんへと送ります。2人が少し気まずげにしながらも黙ってうなずくのを確認し、視線をエリザベート殿下へと戻します。そんな私たちのやり取りを微笑みながらエリザベート殿下は見ていました。そして私の視線が自分へと戻ってきたことがわかるとスッとその表情を引き締めます。いよいよの様ですね。


「まず報酬についてお話させていただきます。とは言え私は今報酬として払えるような価値のあるものやお金を持っていません。価値があると言えばこのネックレスも価値があるのですがこれは差し上げることは出来ないのです。本国に帰り次第出来うる限りの報酬を支払わせていただきたいと考えています」

「……」


 黙ってエリザベート殿下に続きを促します。少々引っかかる点がありますが、まあそれについては後で良いでしょうしね。どうにもあえてそうしているようにも思えますし。


「ですのでワタル様には申し訳ないのですが私をランドル皇国の皇都に近いリーラントの港まで送っていただけないでしょうか。もちろんそのためにかかる経費も報酬に上乗せさせていただきます」


 普通に話を聞く限り特に問題はないように思えます。

 リーラントと言う港はこの沈没した海域を特定するためにミウさんから話を聞いた時に出発港として聞いた港の名前ですので、場所については一度海図で確認しています。この船で昼夜問わず走ればここからなら2日程度でたどり着くことが出来るでしょう。燃料の残りも問題ありません。この船の存在が知られてしまうというデメリットがありますがエリザベート様の乗るこの船にちょっかいを出す者もいないでしょうし、逆にその庇護下にあると思われればある意味でそれはメリットと言えるかもしれませんね。


 エリザベート殿下だけでなく全員の視線が私に向かっています。皆真剣な表情です。私はそんな彼女たちに向かって微笑み


「お断りします」


 そう告げるのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【高気圧酸素療法】


本編でくどいぐらい出てきた減圧症を治療する方法です。

カプセルのようなものに入り、そこに徐々に圧力をかけていき高濃度の酸素を吸引させることで血中で泡沫化した窒素などを消失させる治療法です。

高濃度の酸素ですので静電気などでも発火する恐れがあるため、服装は基本的に静電気の発生しにくい綿100%の治療着などを着用します。

ただ全ての病院にこの機械があるわけではありませんので注意して下さい。ダイビングショップの方にこの治療の出来る近くの病院を聞いてすぐに返事があるなら危機意識の高いショップと言えるかもしれません。


***


評価、ブクマいただきました。ありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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