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Flag4:歌を聴きましょう

 その歌声に導かれるようにデッキへと向かいます。もちろん音楽が流れているはずもなくそして歌詞すらない歌です。しかしその旋律は私の心を揺さぶり、その音階の広さ、力強さはあたかもその歌声自身が楽器の1つであると言うかのような迫力を持っていました。

 その歌声に聞きほれながら歩いていると、また一人、また一人と歌声が重なっていきます。寄せては返すその歌声はまさしく波、いえこれは海の歌なのでしょう。どこまでも深く優しく受け止め、それでいながら時に激しく厳しい姿を見せるそんな海そのものを歌ったような……


「おっちゃん、聞くな!!」


 声のした方向を見れば、アル君が慌てた様子で私の方へとずりずりとはい寄って来るのが見えます。先ほどまでのソファーで眠そうにしていた姿からは想像がつかない必死さです。


「どうしました?」

「どうしたも何もローレライの歌だぞ! みんなが俺を助けに来たんだ!!」


 あっ、そういえばそうですね。他の人から見ればアル君は釣り上げられてから数時間戻っていないのですから私が誘拐したと誤解されかねません。親御さんに連絡をしておけば良かったのでしょうがそんなことはあの時は思いつきませんでしたし。

 しかし連絡するにしてもどうやってするべきなのでしょう。さすがに電話なんてものは無いでしょうしね。

 私が考え込んでいる間にも歌声はより大人数に、そして全方位から響くようになっていきます。まるでコンサートホールで私一人のために歌を歌ってもらっているような状況なのである意味で喜ばしいことなのですが、それがアル君を心配してされていると思うと純粋に楽しむことが出来ませんね。


「う~ん、もう少しアル君とお話がしたかったのですがご家族を心配させるのは良くありませんからね。アル君、一度帰ってくれませんか? そしてよろしければまた遊びに来てください」


 もう少し関係を深めてから友達になってほしいと切り出すつもりだったのですが、さすがに時間が足りませんから次の約束だけでもしておきましょうとそう言えば、アル君は信じられないものを見たかのような顔で私をじろじろと眺めています。

 何かおかしなことを言ったでしょうか?と首をかしげながら考えてみますが特に思いつきませんね。


「なんでおっちゃん平気なんだ?」

「平気とは?」

「……まあいいや。じゃあ俺ちょっと戻るよ。また明日遊びに来るぜ」

「はい、お待ちしています」


 アル君が自力でずるずるとデッキを進もうとしているのですがさすがにそのままでは遅すぎます。


「ちょっと失礼」

「うおっ、ちょっと降ろせよ!」

「いえ、さすがにこのままですと時間がかかりすぎますよ」


 お姫様抱っこの要領でアル君を胸に抱きます。見た目よりとても軽いその感触に少し驚きながら歩き始めれば、最初は抵抗していたアル君も大人しくなり、最後尾の海面にほど近いデッキへと着いた頃には、恥ずかしさのせいか顔を赤くしたまま私の腕の中でじっとしていました。


「はい、着きましたよ」

「う~、覚えてろよ、おっちゃん」


 歌声の響く中、アル君が海へと飛び込んでいきました。その先にはアル君と同じような、そして大人のローレライの方々が上半身を海面から出しながら歌を歌い続けています。

 クライマックスなのかより激しく揺さぶるような、そう、嵐のような歌声です。その歌声に聞きほれていると、一人のローレライの方と目が合いました。どうせなので友好的であることをアピールするために手でも振っておきましょう。

 あらら、どうやら驚かせてしまったようです。びっくりした顔をした後、海中に潜っていってしまいました。

 しかしやはりローレライも男性と女性がいるようですね。一応女性は胸を大きな二枚貝を加工して隠してあるのですがじろじろと見るのは失礼にあたるでしょう。しかし歌は最後まで聞きたいですし……先ほど食事した先頭のデッキのソファーでゆっくりと過ごしましょうかね。


 そういえば船にあるクラシックなどに合わせて歌ってもらっても素晴らしいのではないでしょうか。ふむ、意外と名案かもしれません。明日アル君が来たらちょっとお願いしてみましょうかね。

 まだ見ぬ未来に心弾ませながら歌に合わせて軽くステップを踏むのでした。





 おっちゃんに運ばれ、海へと飛び込んだ俺は船底を潜り抜け一直線に親父の元へと向かった。歌声からこっちのほうにいるってのはわかったしな。


「親父!」

「おお、アルシェル。無事だったか。心配したぞ」


 俺の姿を見た親父は歌うのをやめ、両手を広げて俺に抱き着こうとしてくる。もうそんな年じゃないって何度も言ってんだがやめないんだよな。ちょっとウザったいがここで逃げようものならさらに追いかけてきて面倒なことになるので大人しく捕まる。

 いつも以上の力で抱きしめられた。鍛えられた胸板にぐりぐりと押し付けられて暑苦しいっていうか……


「痛いって、少しは加減しろ! この馬鹿親父!」

「すまんな、しかしお前が人間に捕まったと聞いて心臓が止まるかと思ったんだぞ。なあ母さん」

「ええ、あの子たちが必死な形相で家に駆けこんできたときは何事かと思ったわ」

「それは、ごめん」


 めったに怒らない母さんの厳しい表情に素直に頭を下げる。そして奥の方で俺を心配そうに見ている友達に手を振り、「悪いな」と伝えれば安心したのかそれぞれの親のところへ帰っていったようだ。

 母さんがそんな俺たちの様子に仕方ないわねとため息をつきながらこちらに近づいてくると、俺の両側のほっぺたをぎゅーっとつねった。


「ひはい」

「あれほど遠くに行かないように言ったでしょ。あなたはまだまだ子供なのよ。あまり心配させないでちょうだい」

「うん、ごめんね、母さん」

「何か父さんと態度が違わないか?」

「親父は無駄に暑苦しいんだよ」


 母さんがよしよしと俺の頭を撫でてくれる横でわざとらしくいじける親父が本当にウザったい。心配してくれているのは分かるんだけど、俺だってそろそろ独り立ちを考える年になっているんだ。何から何まで親父の監視の下で行動するなんてやなこった。

 というか親父はいつもやりすぎなんだよ。俺たちが遊びに行こうとするだけでこっそり後をつけてきたりするし。母さんはその点、心配はしてくれるけど俺のやることを黙って見守ってくれるから好きなんだ。後をつけた親父を連れ戻して説教とかしてくれているらしいし。

 っとと、こんなことやってる場合じゃなかった。


「親父、さすがにこれはやりすぎだろ。一族全員で歌うことはねえだろ」

「何を言ってるんだ。族長たる俺の子がさらわれたんだぞ。いやそうでなくても一族に危害を加えた人間は歌声に聞きほれさせ、海の底へと沈める。それがローレライ、キオック氏族の掟だ」

「そうよ。運よく戻ってこれたとはいえ、あなたがさらわれたことに変わりはないのよ」


 いや、そんなことは知ってる。この辺りの海がキオック海と呼ばれていて船が避けて通るようになっているのは、ご先祖様たちが一族に危害を加えそうになった船を歌声で魅了して次々に沈めていったからっていうのは親父から耳がたこになるほど聞いた話だ。


「だからそれが違うんだって。俺はさらわれた訳じゃない。確かに船にいたけどおっちゃんは間違って釣り上げたって謝ってくれたし、食べ物もくれたんだぞ」

「まあ、そうなの?」

「いや、しかしなあ」


 母さんは俺の言葉を信じてくれたみたいだけど、親父はまだ迷っているみたいだ。なんでこう頭が固いんだろうな。


「っていうかサンリマを料理してもらったんだけどめっちゃうまかったぞ」

「料理……料理……。あぁ、確か陸に住む人間なんかは魚を切ったりして食べるのよね。そんなに違うの?」

「違う違う。っていうかあれ別物だ。今までそのまま食べてたのが馬鹿みたいになるぞ」

「へ~。そこまで言うならすごそうね。私も食べてみたいわ」

「おっちゃんはまた遊びに来いって言ってたから母さんも一緒に行こうぜ」

「じゃあちょっとお邪魔しちゃおうかしら。でも何も持って行かないのは失礼よね。」

「魚とか貝とかでいいんじゃないか? それで料理を作ってもらえばいいんだし」

「う~ん、そうね。そうしてみましょうか。行ってみて何か欲しいものがあれば別にとって来ればいいでしょうしね」


 母さんは俺の話に結構ノリノリだ。元々母さんは結構グルメだし、美味しいものと聞けば遠くまで採りに行くくらい積極的だったしな。

 俺も今日の料理の味を思い出して、思わず垂れてしまった涎をじゅるりと舌なめずりする。おっちゃんが作ってくれたサンリマのパスタだったか?あれは衝撃だった。俺が生まれてきて一番美味かったと言っても過言じゃない。母さんもきっと満足するはずだ。

 それにあの美味しさを知ったら母さんが料理を覚えようとするんじゃないかっていう思惑もある。そうしたらあんなうまいご飯が毎日食べられるんだ。夢のような話だ。

 まあ料理を教えてくれるようにおっちゃんに頼まないといけないが、何となくおっちゃんなら断らないんじゃないかなって思う。優しかったし。


「ちょっと待て待て。なんでそんな話になっているんだ! あいつは敵だぞ」

「だから違うって言ってんだろ」

「何を聞いていたんですかあなたは。それよりさっさとみんなの歌を止めてきてください。その方が死んでしまっては大変じゃあありませんか」

「いや、しかし……」

「しかしではありません。早く行きなさい!!」

「はい!!」


 親父がなんか反論していたが母さんに気おされて皆のところに向かっていった。これで一安心だ。まあなんでか知らないけどおっちゃんは歌声に魅了された様子は無かったから問題は無いと思うけど。

 もしかしたら最後まで聞けなくて残念とか言いそうだよな、おっちゃんなら。


 皆が続々と船から離れていくのに合わせて俺も母さんと一緒に家へと戻る。帰ったらみんなに心配かけてごめんって謝らないとな。

 そんなことを考える俺の横で、母さんは明日の料理を想像しているのか、何を持って行こうかと悩んでいる。悩んでいるんだけどとても楽しそうだ。

 俺もそんな母さんを眺めながら、絶対にサンリマのパスタは作ってもらうように頼もうと密かに決意するのだった。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【人魚姫の像】


デンマーク、コペンハーゲンにある人魚姫の像ですが世界三大がっかりと呼ばれています。理由は色々ですが個人的には期待度が大きすぎるんじゃないかなと思っています。だって人魚姫ですし。

ちなみに日本にもレプリカが五体いるようですので気になる方は見に行ってはどうでしょうか。


***


お読みいただきありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

― 新着の感想 ―
[一言] レプリカ人魚像✖️5 ありがたみもへったくれも
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