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Flag45:お嬢様を起こしましょう

 真っ白なマットレスはまるでその女性専用であることを主張するかのように女性以外のものは何も載っていません。部屋にあったであろう荷物が散らばりごちゃっとした中でそこだけがすっきりとしているのは魔道具の影響でしょうか。


(死んでいませんよね)


 遠目から見ただけでは本当に呼吸しているのかさえわからないほどその女性は身じろぎ1つしないのです。とりあえずフィンを外して床になっている場所へ降りる方法がないかと探すと、丁度良い具合に衣装ケースなどがドア付近まで寄りかかっていました。少し不安を覚えながらそこを伝えば、特にがたつくこともなく床へと足をつけることが出来ました。


 足元に注意しながら女性へと近づきます。ベッドに広がった流れるような金髪、そしてほんの少し赤みのさした真っ白な肌、目が閉じられているため印象を決めきることは出来ませんがおとぎ話のお姫様がそのまま目の前に現れたかのようです。着ているドレスも一目で最高級の品であることがわかるほど素材もそして服を作った職人の技量もすばらしいものです。少なくとも普通のお嬢様が着ることの出来る服ではありません。そしてその胸には透き通るような青色の宝石のついたネックレスが光を放っています。アクアマリンに近いのですがどこか違う印象を受けます。これも普通では買えないものでしょう。

 顔色などから判断して死んでいるという事はなさそうです。とりあえず起こすべきでしょうかね。ミウさんたちのことを話せば多少は警戒を緩めてくれるかもしれません。


 女性を起こそうと再び足を踏み出したその瞬間でした。背後でカタッという音が響き、それと同時に悪寒が全身に走りました。その直感を信じそのまま前方に倒れこもうとするとその直後にヒュンと何かが風を切る音が響き、軽い衝撃とともに自分の後頭部の辺りからプシューとものすごい勢いで何かが噴き出していく音が聞こえてきました。


「仕留めそこなったか。不審者め」


 その声の方向を向くと30代前半と思われる男が立っていました。その体の一部分は赤黒く染まっており、その右手には鋭く光る金属が握られています。普通なら見ることがないはずの剣です。さっきの風切り音はこの剣を振った音だったのでしょう。悪寒に従って体を前に倒していなかったら私の首が飛んでいたかもしれません。


 目線をその男性から外さないように注意しながらレギュレーターを口から外します。空気が保たれていると言っても十分な酸素があるのか不安だったのでしたままだったのですが、タンクの空気が漏れている現状では邪魔でしかありません。


「おっちゃん!」


 ドアから身を乗り出したアル君の叫びに視線が一瞬そちらへと向きます。しかしそれは凶器を持った相手を前にしてして良いような行為ではありませんでした。


「シッ!!」

「危ない!!」


 短く息を吐く音、そしてアル君の叫びがほぼ同時に聞こえます。視線を男性へと戻した時には彼我の距離はもう避けようのないほどの距離になっていました。彼が剣を振り下ろそうと腕に力を込めているのが肌で感じられ、私がどうしようともその刃から逃れることなど出来ないと他人事のように確信しました。その間私に出来たのは息を吸うことだけ。


「死ね」


 無常にも振り下ろされるその刃に一切の躊躇などありません。そのあまりの迫力に思わず目をつぶってしまい身動きも出来ず、それでもなんとかお腹へと力をこめ……


「ハイとホア!」


 そう叫びました。

 1秒経ち、2秒経ち、自分の体のどこにも痛みの無いことに安堵しつつゆっくりと目を開けます。本当に数センチ前で止まっていた白刃の輝きに驚き、思わず腰からぺたんと床へと座り込みます。先ほどまでは静かだった心臓がバクバクとうるさいぐらいに脈動を始め、栓が抜けたかのように全身から汗が吹き出します。


 はあ、本当に死ぬかと思いました。


 今更ながらに震えだす手で刃が通るはずだった自分の額をぴしゃりと叩きます。大きく息を吐きそしてその体勢のまま顔を上にあげます。そこには私の方へと刃を向け、冷たい瞳で私を見下ろすこげ茶色の狐耳をした彼が立っていました。


「なぜハイとホアを知っている?」


 低く、そして重みのあるその声には一切の偽りを許さないという思いが乗っているようでした。脅しているようにも聞こえるその声が逆に私を安堵させます。だってそれだけ2人のことが心配だということなのですから。


「海を漂流していた彼らを助けました。メイドのミウという女性も一緒です」

「ミウもか」


 そう呟くと多少はこちらを信用していただけたのか彼は切っ先を私から外しその剣を腰につけていた鞘へと納めました。


「おっちゃん、大丈夫か!?」

「ええ、問題ありません。敵ではありませんから安心してください」


 こちらへと飛び込んできそうな勢いのアル君にそう告げ、ゆっくりと体に力を入れていきます。腰が抜けてしまったかと思いましたが何とか動くことが出来そうです。そのまま立ち上がろうとして少し考え直して彼を見ます。


「立ち上がっても?」


 その返事は無言で差し出された彼の右手でした。その手を取ると思いのほか強い力で引き上げられ、そのことに少しバランスを崩しながらも立ち上がります。


「ありがとうございます」

「いや」


 感謝を伝えますが言葉少なに返されます。まだ警戒されているということもあるのですがその言葉の返し方が彼のちょっとした仕草などと合っています。もしかすると普段から言葉数は少なめなのかもしれません。180を少し超えた身長とその鍛え上げられた体、そして鋭い表情は正に武骨と言う言葉が似合いますね。


「ワタル カイバラと申します。ミウさんたちからお嬢様を救ってほしいとお願いされてここに来ました」

「マインだ」

「お嬢様の付き人という理解で良いですか?」

「ああ」


 付き人と言うか実質護衛でしょうね。私自身格闘技などの経験が学校の授業程度にしかありませんので何とも言えませんが、先ほど私に斬りかかったその速さは尋常ではありませんでしたし。それに勢いづいた刃を止めるということは思いの外難しいはずですから。そう考えると助かって本当に良かったですね。


「それでお聞きしたいのですがお嬢様は生きていらっしゃいますよね」

「ああ」

「ではなぜ先ほどから全く動かないのでしょうか? 結構な物音がしたと思うのですが」

「わからん」

「起こしてみても?」


 その言葉に一瞬マインさんの目が鋭くなり重い空気が私にのしかかります。これが武術をする人が放つプレッシャーですか。ビジネスの時に相手から感じるプレッシャーとは少々勝手が違いますね。とは言え対処方法は一緒です。そのプレッシャーを受けていることを意識しつつ受け流すだけです。とっさの時にしろと言われてもなかなか厳しいものがありますが、今のように冷静であれば造作もありません。

 表情の変わらない私をじっと見ていたマインさんでしたが、ゆっくりとその頭を縦に振りました。


「変なことはするな」

「元々するつもりはありませんよ」


 忠告の言葉に苦笑いをしつつお嬢様に向けて無造作に歩を進めます。一瞬マインさんの手が腰の剣へと動いた時には少々肝を冷やしましたがなんとかそれは思いとどまっていただけたようです。これだけの忠義心、ハイ君とホアちゃんにとってお嬢様は恩人と言っていましたがマインさんにとっても恩人なのかもしれません。


 マットレスの上で眠るお嬢様を近くで見るとため息の出るほどの美しさです。とは言えそれは劣情をもたらすようなものではなく、素晴らしい芸術作品を見るかのような感動なのです。本人にとっては失礼な話なのかもしれませんがね。

 触っても本当に良いのかという自分でもよくわからない悩みを振り払いその肩へと手を添えます。


「もしもし、聞こえますか? もしもし、聞こえますか? もしもし、聞こえますか?」


 少しずつ声を大きくしていき、肩を叩きながら3度呼び掛けてみましたがほんの少しの反応すらありません。しかも何と言えばよいのか叩いた肩の感触が変です。

 お嬢様から視線を外し、この状況について私よりも理解しているのであろうマインさんを見ます。


「マインさんも試されたのですよね」

「ああ」

「魔道具のせいということでしょうか?」

「おそらく」


 うーん、マインさんもわからないということですか。ミウさんから沈没などの事態に対処できる魔道具を用意したとは聞きましたがこんなデメリットがあるとは一言も聞いていません。隠す必要など全くありませんし、知っていれば対策をとるためにも私に伝えたでしょう。と言うことはミウさんも知らない可能性が高いということです。

 手に残った硬い感触を思い出しながら、希望的観測を込めてマインさんを見つめます。


「ちなみに動かせますか?」

「無理だな。マットレスごと運ぶことも出来ん」

「やはり、そうですか」


 先ほど起こすために肩を叩いた時にまるで大岩を叩いているような異常な重々しさを感じました。私一人では動かそうとも思えないほどのものです。マインさんならあるいはと思ったのですがやはり無理ですか。動かせないほど重ければ床と言うか壁が抜けそうなものですがそうなっていないのは魔道具の効果でしょうかね。つくづく不思議な物ですね、魔道具とは。


「この魔道具を止めることは出来ますか?」


 マインさんが黙って首を横に振ります。つまりこの魔道具が自然に止まるまで何も出来ないということですか。そしてこの魔道具が切れた瞬間大量の海水がこの部屋に流れ込んでくるということです。うーん八方塞がりとはこのことですね。

 仕方がありません。


「よいしょっと」


 BCを脱ぎ、背負っていたタンクごと床へと置きます。レギュレーターのホースがすっぱりと切れてしまっていますね。本当に紙一重だったようです。自分の勘と運の良さに感謝しましょう。そしてもちろんタンクの残量もゼロ。もうこれは使い物になりません。


 ふう、と小さく息を吐きます。


 その事実は私自身がこの場から脱出することが出来なくなったことを意味していました。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【BC】


ダイビングに使用する浮力調整装置で、Buoyancy Compensator(浮力補償装置)の頭文字からそう呼ばれています。

ダイビングする場合、水中でかかる浮力が水深やタンクの空気消費により変わりますので、BC内の空気を調整することで無駄な体力を使わないダイビングが可能になります。また救命胴衣的な使い方も可能です。


***


ブクマ、評価いただきました。ありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

― 新着の感想 ―
[気になる点] 本話を拝見した後、何か違和感が残りました。 2話程、読み進めた後、気づきましたので、ここで書き込みます。 それは、姫を助けに向かう際に、ミウが、姫のそばに誰かが居ることに全く言及しなか…
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