Flag41:機能を取得しましょう
「で、何するんだよ?」
「笑ってしまったことは謝りますから機嫌を直してください」
つっけんどんなアル君の態度に両手を合わせて頭を下げます。アル君の行動が可愛いらしいので笑ってしまうことが多いのですよね。我慢しようとは思っているのですが。
まあアル君も本気で怒っているわけではないですしね。そう考えてしまうから直らないのかもしれませんが。
「新しい料理を作ってくれたら許してやる」
「はい、もちろんです」
いつも通りのやり取りをして仲直りすれば、アル君の機嫌はすぐに元通りになります。何というか最近はこのやり取りのためにわざと怒っているような気さえしますがね。
アル君が期待した目で私を見ていますので操舵輪奥のディスプレイをタッチしポイント画面から「その他」を選択します。「自動操縦」は既に選択を終えていますので表示されません。残っているのは「共通空間」という表示のみです。
「おっ、これっておっちゃんが取らないって言ってたやつだよな」
「はい。「共通空間」ですね。何が起こるかわかりませんでしたしあの時は必要性を感じませんでしたので」
「あっ、そっか。共通ってことは言葉がわかるようになるってことか」
「かもしれません」
アル君が嬉しそうに画面を見つめていた顔を私の方へと向けてきます。アル君の言う通りかもしれませんしそうでないのかもしれません。まあ私自身もその可能性があると考えたからここへと来たわけですが。
「共通空間」のボタンを押し、「200万ポイントかかります。よろしいですか?」という表示の下にある「はい」のボタンを続けて押します。普通に考えればそんな都合の良いことなどありえません。しかし親友の贈ってくれたフォーレッドオーシャン号だからこそこの選択が悪い方向へと向かうとは全く思いませんでした。たとえ話すこととは別の機能だったとしても私に悪影響を与えるようなものではないとなぜか信じられたのです。
特に何が変わったという事もなく、ただ画面から「共通空間」の項目が消えています。これで機能は追加されたという事でしょう。気になることもありません。
「さて戻りましょうか。私たちだけでは効果がわかりませんし」
「おう」
再びアル君を抱き上げミウさんたちの元へと戻ります。さあ予想通りならば良いのですがね。
アル君を抱いて再び3人のいる2階のダイニングエリアへと戻ります。私たちの姿を見た瞬間ピクリと体をこわばらせましたが視線を避けるようなことはしていません。私たちがいない間に3人で何かを話し合ったのでしょう。これならばもし「共通空間」の効果が違ったとしても話し合いは出来そうです。そのことにほっと胸を撫で下ろします。
「お待たせしました」
「いえ、私たちこそ少し時間をいただいて助かりました。確かにワタル様の仰る通りローレライの協力があればお嬢様の捜索の強い助っ人になるはずです。申し訳ありませんがワタル様からその子にお願いしてもらえませんか?」
ミウさんのその言葉に、アル君の方を見ればいたずらを思いついた子供のような顔をしてうなずいていました。どうやら天は私たちに味方したようです。アル君に微笑み返し、いいですよと無言で伝えます。
「なんか良くわからんがおっちゃんが良いって言うならいいぞ」
「どうして!? 人間の言葉は話せなかったはずでは?」
「いえ、ローレライの方々は人間の言葉を勉強しているそうですよ。まあ全員が全員という訳でもないらしいのですがね」
「そうそう。俺は次の族長候補だから覚えているけどな」
突然話が通じるようになったアル君の言葉に3人の目が大きく見開かれます。ハイ君とホアちゃんなどその狐のような耳がピンと立ってしまっています。そんな3人のリアクションをアル君が楽しそうに笑ってみていました。かくいう私は何とかうっすら笑みを浮かべるに留めることに成功しました。事前に何をするつもりかわかっていましたしね。
この「共通空間」の機能によって会話が出来るようになったとしてもこの機能についてはミウさんたちには話さないとアル君とは相談済みです。今までの対応からある程度の信頼はしていますが、いずれは船を去る方々ですし余計な情報は与えない方が良いでしょう。今でさえこの船の存在という大きすぎる情報を知られているのですから。
ちょっとした違和感はあるかもしれませんが口の動きにことさら注目しなければ気づくことはないでしょう。ヒントは与えてしまっていますので少し不安ではありますがね。
「それでは最初から事実の確認と今後の計画について話します。何か意見などがあったら話の途中でも大丈夫ですので発言してください。では……」
アル君への事情説明とミウさんたちへの私の認識の確認を含めて説明をしていきます。特にミウさんたちからもアル君からも話の途中で何かを言われることはありませんでした。スムーズで良いのですが、本当に良いのか少し不安になりますね。
「つまり俺たちはその沈没した船ってのを見つければ良いわけだよな」
「そうですね」
「お願いできますか?」
「いいんじゃねえの。一応親父にも聞いてみるけれど人の余裕はあるし、おっちゃんの料理が食べられるって言えば希望者殺到するんじゃね?」
「大人数過ぎるのも困りますけれどね」
アル君がガイストさんと相談してくると言ったので一端席を離れアル君を抱いて後部デッキまで連れていき、海中へと消えていくアル君を見送りました。ガイストさんに会うならと1つ頼みごともしましたので出発するまで少々時間がかかるかもしれませんね。しかし本当に大人数が来たらどうしようかと少し苦笑いしながら2階のダイニングエリアへと戻ります。
アル君がいなくなったことで気が抜けたのか、ぐでーっと机につっぷしていた子供たちをミウさんが呼び起こします。とは言っても当のミウさんも少々疲れているようですが。
「休んでいていただいて大丈夫ですよ。漂流した後なのですから寝たと言っても疲れは残っているでしょう」
「確かにそうなのですが、ワタル様が動いてくださっている中ただ休むという訳には」
「いえいえ、アル君が戻ってくるまでは本当にすることはありませんので部屋に戻って休んでください。子供たちも疲れているでしょうし、お腹も膨れたから少し眠った方が良いと思いますよ」
一度はミウさんの声で起きた子供たちが再びうつらうつらし始めている姿を視線で教えます。ミウさんが何か言おうとして、そして1つため息を吐くと私に対して頭を下げました。
「ご厚意に甘えさせていただきます。すみません」
「はい。出発する時には部屋を訪ねますのでゆっくりしてください」
子供たちを連れて階段を降りようとするミウさんの姿を見送ろうとし、そういえばと一応もう一度聞いておくことにしました。
「船が沈没したのは昨日の午前6時ごろという事で間違いないですよね」
「はい、私たちがお嬢様の朝食の準備をしている時でしたのでほぼ間違いありません。それが何か?」
「いえちょっと再確認したかっただけです。ありがとうございます」
今度こそミウさんたちは姿を消し、私一人が残されました。
必要なこととはいえ少し無理をさせ過ぎてしまったかもしれません。しかし彼女たちの希望のリミットを考えればこうする他なかったのですがね。
ローレライの方々に協力をお願いするにしても、海に沈んだ船を見つけるというのは簡単なことではありません。沈んでいるのはキオック海の外なのでローレライの方々にとっても初めての海域になりますし、なにより海は広大です。やみくもに探しても見つかるものではないでしょう。
そのためにパズルのピースを集めていますがまだまだ不足しています。アル君が持ってくるピースががっちりとはまってくれれば良いのですがね。
後回しにしておいた食器を洗うためにギャレーに向かいながらそんなことを考えるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【オシアノス】
1991年8月3日、南アフリカ共和国東部の沿岸で沈没したギリシャ船籍の客船です。
荒天の中、整備不良のままで航行を行った結果エンジンルームまで浸水し発電機が爆発。乗組員が水密区画を閉めずに逃げ出したりしたため船の沈没速度が早まったと言われています。
船の沈没という大事故でありながら乗員乗客全員が無事という快挙を成し遂げますがそれが乗っていたギタリストの活躍によるものだったりと船員が乗客を置いて逃げ出したりと映画のような沈没事案です。
***
ブクマ、評価いただきました。ありがとうございます。




