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Flag38:起きるのを待ちましょう

 3人が寝ている客室前の通路に椅子を持ってきて座り、ペラペラと本のページをめくっていきます。年を取るにつれて夜に起きていることが辛くなっていたのですが、さすが若い肉体と言うべきか眠気は感じますが耐えられないほどではありません。

 あくびを噛み殺しながら本を読みふけって時が過ぎるのを待っていると、壁越しに誰かの声が聞こえました。時刻は午前4時半。夜とも朝ともいえない微妙な時間ですね。さて、行きましょうか。


 こんこんこんこん、と4回ノックをすると、かすかに聞こえていた動く気配がぴたりと止まりました。しばらく待っていると「どうぞ」と言う女性の小さな声が聞こえました。

 驚かせないようにゆっくりとドアノブを下げ、扉を開いていきます。部屋の中にはメイドの女性がこちらを見ながら真面目な顔をして姿勢正しく立っていました。2人の子供たちが眠るベッドを守るようにして。


 予想はしていましたがかなり警戒していますね。表情には出さないようにしているのでしょうが、それでも私がノックしてからの対応と現状の立ち位置から警戒されているのは明らかです。まあ漂流するような事態に陥って気が付いたらこんな場所にいたとなれば警戒しない方がおかしいでしょう。


「執事……」

「申し訳ありませんが執事ではありません。ワタル カイバラと申します。この船の……そうですね、船長をしています」


 まあ1人しか乗組員がいませんので船長兼操舵士兼航海士兼いろいろなのですがね。アル君が操船に慣れたら操舵士として任命してみましょうかね。

 そんな関係のないことを頭に思い浮かべつつ、その場で軽く頭を下げます。目線を戻してもメイドの女性は微動だにしていませんでした。うーん、人畜無害な顔だと思っているのですがダメでしょうかね。


「信じられないかもしれませんが危害を加えるつもりはありません。よろしければお名前をお伺いしても?」

「……」


 うーん、やはりすぐには信頼を得ることは難しいですか。実際に海で漂流しているところを助けたのならばまた違うのかもしれませんが、気がついたらここにいたという状況では助けてもらったという実感よりもなんでこんな場所にと言う疑問の方が勝ってしまうのかもしれません。

 ふむ、ここは彼女が心の整理をする時間を確保すると言うことで一時退散した方が良さそうですね。


「のどが渇いているかと思いましたので枕元に水を用意してあります。自由に飲んでください。それでは私は失礼しますね。何かありましたら呼んでください」

「……待ってください」


 ドアを閉めようとした私へ声がかかります。


「ミウ レキノスと申します。助けていただきありがとうございました」

「いえ、困ったときはお互い様と言いますしね。それでは失礼します」


 頭を下げるミウさんへ微笑み返しゆっくりとドアを閉めます。閉める直前におそらくミウさんのものと思われる息を吐く音が聞こえました。やはり気を張っていたようです。

 本当ならば着替えやシャワーなどの話もしようかと思っていたのですがなかなか思い通りには事は進まないようです。とはいえ漂流してしまったミウさんたちの気持ちが今は一番大事ですから仕方がありません。子供たちが目覚めれば状況も動くでしょうし、しばしその時まで読書にふけることにしましょう。





 5時半を少々回りそろそろ日が昇る時間と言うところで部屋の中がなにやら騒がしくなりました。ミウさんの声ではありませんので子供たちが目を覚ましたようですね。読みかけの本へとしおりを挟みパタリと閉じると、席を立ちその椅子へと本を置きます。


 うーん、私から声をかけるべきでしょうか。しかしミウさんには何か用があれば呼んでいただけるようにお願いしてありますし、男性の私がいきなり入ってくるよりも同じ漂流者であるミウさんに対応をお願いした方が子供たちにとっても良いかもしれません。

 しばし待ちましょうかね。

 何となく再び座って本を読む気にもなれずしばらく待っていると中から「あの、いらっしゃいますか?」との声が聞こえてきました。子供たちの声は聞こえませんのでミウさんがうまく話してくれたのでしょう。


「はい。入ってもよろしいですか?」

「どうぞ」


 ドアを開けると先ほどとほぼ同じ位置にミウさんが立っており、その背後に隠れるようにして両側から子供たちがそれぞれこちらを恐々覗いています。ぎゅっとミウさんのスカートをつかんだ姿はこんな時でなければ可愛らしいのでしょうが、それが不安の表れとわかってしまっている今の状況ではそんなことも言っていられませんね。


「子供たちも起きたようですね」

「はい。こちらの男の子がハイ、女の子がホアと言います。2人とも挨拶できますよね」

「ハイです。助けていただきありがとうございました」

「ホアです。助けていただきありがとうございました」

「どういたしまして。私はワタル カイバラと言います。よろしくお願いしますね」


 子供たちは挨拶をするときだけぴょこんとミウさんの後ろから出てきてそして頭を下げるとすぐに元の位置へと戻ってしまいました。完全にミウさんに言わされているのですがそれもまた可愛らしいですね。

 そのお礼ではありませんが、膝をつき胸に手を当てて自己紹介をします。2人はそんな私を珍しそうに見ていました。ミウさんに視線を戻せば彼女もまた同様に驚いた顔をしています。ふむ、警戒心を与えないようにと思ったのですが膝をつくのはまずかったでしょうかね。そのあたりの常識はまだわかりませんから何とも言えません。まあしれっと当然のようにして無視しておきましょう。


「とりあえず事情を伺いたいところですが、まずはその恰好をどうにかした方が良いですよね」

「そうですね。出来ればお湯か水をいただければと思うのですが」


 ミウさんたちの服は昨日海水で濡れたまま寝たのでしわもありますし塩もふいていてひどい格好です。髪や体もべたついているでしょうし洗い流した方が良いでしょう。バスタオルを大量に敷いたので水分についてはある程度吸収できたかもしれませんが、さっぱりしてもらった方が病気になる確率も減るでしょうしね。


「そうですね。ではこちらに着いてきていただいてもよろしいですか?」


 3人がうなずいたのを確認し、入り口からすぐ左に曲がり少し歩いたところにある扉を開きます。この小部屋には専用のトイレと化粧台、そしてシャワーが備え付けられています。化粧台の前に張り付けられた鏡には曇り1つなく、シャワー室を区切る強化ガラスにも水滴1つ付いていません。まあ使っていないので当たり前なのですが。


「こちらのシャワーを使ってください。ええっとシャワーの使い方はわかりますか?」

「「「……」」」


 そもそもシャワーという概念自体があるんだろうかと少し不安になりながら振り返ると、3人は唖然とした表情で固まってしまっています。子供たちに関してはかぱーっと口が開いてしまっています。どうやらこのような設備を見たのは初めてのようですね。

 先に動き始めたのは子供たちでした。2人は化粧台の前にある大きな鏡に手を近づけてちょんちょんと触っています。


「ホア。お嬢様の鏡よりきれいだね」

「そうだね、ハイ」


 2人が鏡に向かって手を振ったりしているとやっとミウさんが再起動したようで、再び鏡に触れようとしたハイ君とホアちゃんの手を慌ててつかみました。


「ダメです。壊したらどうするんですか?」

「「えぇー!!」」

「ダメったらダメです」


 駄々をこねる2人をミウさんがピシャリとはねつけます。そして私に向かってぺこぺこと頭を下げていますが少々触った程度で壊れる物ではないので別に良いのですがね。しかし子供のしつけとしてはミウさんの方が正しいのかもしれません。そのあたりの知識はあまりないのでどうとも言えませんが。

 まあ他人の私が口を出すべきではないのでしょうが。


「では改めてシャワーの説明をしますね。こちらのレバーを上げるとあの丸い部分から水が出てきます。こちらのノブで温度を変えることが出来ますのでお好みの温度で浴びてください」

「はい」


 私の説明を一言一句逃さないようにミウさんが真剣な表情で聞いています。きっと彼女の頭の中では現在シミュレーションが行われているのでしょう。そんなに大したことをしているわけではないのですがね。


「体を拭くタオルはこちらに、着替えは申し訳ないのですが女性や子供ものは用意していませんでしたのでバスローブを羽織っていただけるとありがたいです」

「わかりました。何から何までありがとうございます」


 頭を下げるミウさんに気にしなくて大丈夫ですよと伝え、部屋から外へと出ていきます。さすがに女性のシャワーの最中に部屋の中にいるというのは非常識ですしね。

 さて3人がシャワーを浴びる間しばらく時間が空きそうです。そろそろお腹も空いてきているでしょうし朝食の準備でもしてきましょうかね。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【船は女性?】


英語で何か物を表すときの代名詞としては「it」が普通ですが、船を表すときは女性と同じ「she」と言います。

なぜそう言うのか明確な理由は私の知る限りではわかっていないようです。船員たちを包みこむ母のような存在だからかもしれません。


***


なぜか大量のブクマと評価をいただきました。ありがとうございます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://ncode.syosetu.com/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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