Flag33:商人ギルドで話を聞きましょう
1か月ぶりにやってきたとは言え早々に変化がある訳もなく、軽く周囲を確認すると正面のカウンターへと向かいます。
「ルムッテロの商人ギルドへようこそ、ワタル様」
「お久しぶりです、ミミさん。相変わらずお美しいですね」
私に気づいて席を立ってくれたミミさんのカウンターの椅子へと座ります。数回しか会っていないのですが名前を覚えていただけていたとは光栄です。私と違ってギルドの職員であれば毎日いろいろな商人の受付をされているはずですからね。一顧客の顔を見てすぐに名前が出てくるというのは素晴らしい才能です。窓口はギルドの顔ですからやはりミミさんは優秀なのでしょう。
少し顔を赤らめるミミさんと軽く挨拶を交わしつつ本題へと入ります。
「そういえば、前回私が出港する直前にローレライを捕まえるために大型船が何隻か寄港していてギルドにも商談に来ていたと記憶していますがどうなりました?」
「そうですね。1か月ほど前から戻ってきていませんのでおそらくもう2度と戻っては来ないでしょう」
「それは、結構な事件だと思うのですが……」
「そういえばワタルさんはこの辺りの人ではありませんでしたね。確かに他の土地の人から見たら大事件かもしれませんが、ローレライを狙ってキオック海に向かい帰ってこない船の話は掃いて捨てるほどあるんです。だから私たちにとっては、あぁまたかという感想しかないんですよね」
ミミさんが疲れたようにため息を吐きます。この様子から考えると商人ギルドとしてはキオック海に近づかないように注意しているようですね。その注意を受け入れずに向かった者は帰ってこない。それが当たり前になっているようです。そういえばいつかアルくんも勝つのが当たり前と言っていましたね。
「まあ今回はランドル皇国のウェストス海運商会が向かったので少し期待していたのですがやっぱり魔の海には近づかないほうが良いです」
「ほう、商人ギルドが期待するほどに有名な商会なのですね?」
「そうですね。このバーランド大陸の海運関係で1番大きな商会です。保有船数は500を超えていたかと。すみません、確実ではないのですが」
「いやはや、そんな大商会でも敵わないとは。私なんかではひとたまりもありませんね。近づかないようにしましょう」
「その方が良いですね」
少しおどけて返せば、ミミさんも肩の力を抜いた自然な笑顔を見せてくれました。商人ギルドの受付嬢としてこういう風にやり取りをしていた商人が二度と戻ってこなかったということがあったのかもしれません。キオック海の話をする時に少し顔がこわばっていますからね。
「しかしそのような大商会であれば再度挑戦することもありえるのでは? 前回は魔石や食料が高騰しましたし、そう言った情報はありましたか?」
「商人ギルドの判断としても私の個人的な判断としても無いと思います。先の船にこのノルディ王国のウェストス海運商会の支部長が乗っていたようでその代わりの新支部長の方が先日このギルドにも挨拶にいらっしゃいましたが目の下に隈を作ってらっしゃいましたので。そんな余裕は無いと思います」
「そうでしたか。儲け話の1つでもないかと思ったのですが流石にそう甘くはありませんね」
軽くかぶりを振って落胆をあらわにします。そんな私の様子にミミさんが苦笑しています。
ミミさんの話を聞く限りしばらくは安全なようです。しかし500隻を超える船を所有しているとは私の想像をはるかに超える大商会ですね。日本の海上保安庁が保有している船艇の数より多いとは驚きです。まあ性能は比べるべくもないのですがね。
それにしてもこの国の支部長自ら乗り込むとは普通ならば考えられない愚行です。今まで成功したことがなく、うまくいくかどうかもわからないのです。何か事情があったのか、それともただ射幸心を煽られただけなのか。音が消える魔道具があるからと慢心したのかもしれませんね。いずれにせよ私にとっては好都合です。ごたごたが落ち着くまでは大きな動きはないでしょうからね。
「そういえば、オットー服飾店からワタルさんがギルドに来たら店に来てほしいと伝言を預かっています」
「急ぎのようでしたか?」
「緊急とは仰っていませんでしたが……」
「早い方が良いと言う訳ですね。わかりました。それでは今からお店に寄っていきますね」
「よろしくお願いします」
少し申し訳なさそうに頭を下げるミミさんに笑顔で小さく首を横に振り、気にしないでくださいと伝え席を立ちます。
オットーさんが私を呼ぶということは綿と麻の生地の関係ですね。製品に不備はないと思っていますが私もその道のプロではないですから確信はありません。前回はお試しの意味も含めて各種1反ずつしか販売していませんから追加の発注であれば良いのですがね。
まあその辺りは直接確かめてみましょう。ギルドに伝言を頼んだということは私に危害を加える気はないということですしね。
それにしてもやはりオットーさんの店はギルドにもかなりの影響力を持っているようです。さすがにこの町で一番の服飾店ということだけあります。ギルドのランクもおそらく高いのでしょうね。そんな相手と取引できる幸運に感謝しましょう。
ギルド近くの高級店が並ぶ通りを歩き、目的のオットー服飾店へとやってきました。外側からでも様子がわかるようにと作られた格子状のガラス窓越しに見た店内の様子に思わず息を飲みます。
そこには私が持ってきた生地を使ったと思われる服が展示されていました。しかしそれだけならここまで驚きはしません。私を驚かせたのはそのデザインです。オットーさんの店に展示されていた服については前回軽くではありますが見て回っていますので覚えています。しかしその展示されている服は既存のどの服のデザインとも違うのです。つまりこの生地のために新たにデザインをおこし、仕立て、さらには商品として成立するレベルの完成度まで仕上げたということです。早いなんて言うレベルの話ではありません。
あの服を直に見てみたい。その思いが私の足を進ませ、店の中へと入ると一直線に丁の字の木の棒に掛けられて展示されている服へと誘われます。
「すばらしい」
間近で見たその服の完成度に思わず称賛の言葉が漏れます。シアンとオフホワイトの麻の生地で作られているのは女性用の半袖のAラインのシャツです。腰のあたりでふんわりと広がるそのデザインは生地と相まって涼しげな印象を醸し出しています。また麻独特のシワの入ったその姿はゆったりとした休日を過ごすお嬢様といった印象を強く受けます。
ベージュとネイビーの綿の生地はそれぞれ男性用のシャツとベストになっています。ベージュの柔らかな印象のシャツの上にネイビーの襟付きベストが良く映え、クラシカルな雰囲気でありながらスタイリッシュという絶妙なバランスが保たれています。
本当にすばらしい。しかしだからこそ残念でもあります。
「いかがですかな?」
「ああ、失礼しました。あまりに素晴らしい服でしたので見とれてしまいました」
「ははっ、そう言っていただけるとこちらとしても嬉しいですな」
突然後ろから掛けられた声に振り返ると、そこにはにこにことした笑みを浮かべているオットーさんがいました。しかしその表情とはうって変わって体調は良くなさそうです。目の下には深いクマが出来ており、ふっくらとしていた頬がこけやつれてしまっています。しかしその充血した目からは疲れと言うよりも鬼気迫るものを感じさせます。
「ささっ、こんなところで立ち話も何ですので奥へどうぞ」
オットーさんに連れられて前回話をした店舗奥の部屋へと向かいます。その足取りは少しフラフラとしており見ているこちらのほうが不安になってしまいます。そして部屋に入った私の目に入ったのは静かに微笑むイザベラさんではなく、机に向かい一心不乱に何かを描いている彼女の姿でした。私たちが入ってきた音を聞き、一瞬顔を上げたイザベラさんでしたがすぐに視線を元に戻すと作業を再開しています。
「イザベラ、ワタルさんが来たよ」
「ええ、わかっているわ。もう少し待って頂戴、今アイディアを纏めているの」
「いや、しかしなぁ……」
言葉を続けようとしたオットーさんの肩を叩き、首を横に振ります。
イザベラさんが描いているのは洋服のデザイン画です。何度も描き直しながら自分の納得のいくデザインを描いているのです。こういった作業を止めることは絶対にダメです。
昔、ある職人さんが私に教えてくれました。時々自分ではない存在が自分に乗り移ったかのように体が動くときがあるのだと。その時にできる作品は素晴らしいもので、しかしその状態はちょっとしたことで崩れてしまうと。だからこそ一人で山奥に篭って制作するんだと。
イザベラさんも今、同じような状態なのでしょう。ならばそれが終わるまで待つしかありません。私たち2人はそのペンの音が途切れるその時までイザベラさんを見守り続けるのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ドミトリー・ドンスコイ】
日露戦争時にはバルチック艦隊に所属したロシアの装甲艦です。日本海での海戦において最後まで戦い抜いた船でもあります。
つい先日の2018年7月に韓国の企業によって発見の報がされましたが引き上げを巡って裁判沙汰やロシアも絡んだりと色々とゴタゴタしているようです。
個人的には静かに海底で眠らせてあげればと思いますがどうなるのでしょうか。注目です。
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ブクマ、感想いただきました。ついに100ブクマ達成です。ありがとうございます。




